ビィディゼ・アバドンにとって、それは全く突然に起こった事態だった。
「やあ、はじめまして。レーティング・ゲームのトップランカー殿」
「な、貴様は兵藤一誠!? どうやって屋敷に侵入したッ!?」
「うーん、どうやってだろうね。ま、そんなことはどうでも良いだろ? 取り敢えず──冥界と″さよなら″しようか?」
アバドンを皮切りに、グラシャラボラス、アガレス、ベルフェゴール、ベリアル、アスタロト、バアル、ヴァサーゴ。
僅か二ヶ月の間に八つの貴族領が襲われた。その度に一誠はテレビ放送をジャックして、今回の成果と次回に襲撃する貴族を予告した。
『久し振り、民衆の皆さん。兵藤一誠だ。今回もお偉い貴族様を襲ってやったぜ。侵入にも気付かないザル警備ってのは楽だねぇ』
無論、悪魔側もただ指を咥えて見ていたのではない。予告される度に軍を派遣して、何としても討伐しようとした。
だが叶わなかった。先の首都での攻防で負った被害が予想以上に大きく、充分な戦力を確保しきれなかったのだ。
加えて、アリーナ襲撃の件から赤龍帝を相手に戦意を喪失する者が続出。残った者とて心を折られる寸前だ。戦果など挙げられる筈もない。
今や民衆にとって兵藤一誠は貴族を打ちのめすヒーローであったし、彼を捕らえられない政府は彼等の嘲笑の的であった。そうすることでしか民衆は恐怖を払拭出来ずにいた。
『ま、成果報告はこの辺で。リスナーの皆様も次回予告を待ってるだろうしな?』
『……パチパチパチ』
『口で拍手をしても意味ないぜ。……可愛いなぁ、ちくしょー』
今日も余裕の表情を浮かべる一誠を悔しげに睨む悪魔上層部。民衆からは無能と嗤われ、襲われた貴族にはネチネチと嫌味を言われる。だが何もできないので、こうして歯噛みする日々である。
そんな悪魔達の心情など知ったこっちゃない、と言いたげに一誠は次の予告を行おうとしていた。
『次に襲うのは──ソーナ・シトリーだ』
──life.65 標的──
「お姉様……」
シトリー領の病院の一室で、ソーナは変わり果てたセラフォルーを懸命に看病していた。彼女は全身の傷こそ治療されたものの、頭部に受けたダメージが原因で今も眼を覚まさない。
下手をすれば、ずっとこのまま。仮に意識が戻ったとしても家族の介護が必要だろう。医師の下した診断はあまりにも残酷だった。
「……兵藤、一誠!!」
姉がこうなった遠因の男を思い浮かべて拳を握り締める。
あの日、アリーナ襲撃があった際は自分は別のスタジアムに居て、同時開催される予定だったシーグヴァイラとのゲームに備えていた。
そして彼女は目撃した。隕石となって冥界に迫り来る、巨大な魔力の塊を。
『皆さん、直ぐに避難して下さい!!』
『ガブリエルさん! 何があったのですか!?』
『テロリストが、兵藤一誠が攻撃を仕掛けてきたのです!!』
駆け付けてきたガブリエルの言葉で、あの隕石は遠距離からの攻撃であり、兵藤一誠からの
後に旧魔王派も首都リリスを襲撃したと聞いて、彼は本気で悪魔勢力を潰そうとしていると直感した。リアス、そして冥界への復讐を果たそうとしているのだ。
兵藤一誠について、ソーナは未だ彼が人間であった頃から知っている。覗きの常習犯で有名な男で生徒会長として一誠には悩まされたものだ。
それはリアスの眷属になってからも変わらずに、「伝説の赤龍帝を宿した人間が女子生徒の着替えを覗くのか」と呆れたものだった。
そんな一誠のイメージが変わったのは三大勢力会談と、若手悪魔のパーティーの襲撃事件だ。
『だから俺は復讐を目指す。対象はサーゼクスや上層部の政府首脳陣、ライザー及びフェニックス家。そして……』
最強の″女王″であるグレイフィアを圧倒し、ソーナの知略戦略を見抜き、若手悪魔最強と称されたサイラオーグも容易く降す。
久し振りに顔を合わせた少年からはもうかつての真っ直ぐさは消え失せていた。
ただそれでも、一誠はこれまで無関係な者を巻き込もうとはしなかった。あくまでも恨みある魔王や上層部を標的にしていて、間違っても無関係な民間人を虐殺するような手段は取らなかったのである。
それはきっと、心の何処かに優しさが残っていたからだろう。故に若手悪魔パーティーでも自分達を殺さなかったのだ。
「……両親の死が貴方を歪めた。外れてはいけない枷が、外そうとしなかった楔が。兵藤一誠から抜け落ちてしまった」
それが今回の襲撃ではアリーナに集まっていた大勢の観客を虐殺し、サイラオーグも交戦の末に殺害した。冥界のマスメディアを利用してリアスとグレモリー家を簡単に追い詰めた。明らかに手段が過激になっているのだ。
現に今も貴族の領土を一週間毎に襲撃して回っている。それに果たしてどのような目的があるのかは分からない。
「……ですが、無関係な者を復讐に巻き込んで良い筈がない。虐殺して良い訳がない。──実の姉を殺されかけて、黙っていられる程に私は大人じゃない!!」
セラフォルーの手を握って泣き叫ぶソーナ。その姿はあまりにも痛々しくて──、
『ソーナ・シトリーとは以前からの知り合いでね。なんと、あの無能姫とも親友だったのよ。いやー、彼女が親友を諌めてればな……どうしたの、オーフィス?』
『……他の女の話してる。プイッ』
『いやいや、頬膨らませても可愛いだけだからね?』
──悪意の標的にされない筈がないのである。