life.63 襲撃予告
「……状況は最悪だね」
魔王ファルビウム・アスモデウスは、部下からの報告書に溜め息を吐く。今回の襲撃事件の被害を纏めたものだ。
アリーナ襲撃や首都での衝突による犠牲者と重軽傷者は合わせて数万人、被害額は日本円換算で数十億円にもなる。悪魔勢力にとっては大打撃であり、彼は報告を聞いた直後に卒倒しそうになった。
そして無視できないことが二つあって、一つは有望な若手にしてバアル家の次期当主だったサイラオーグの戦死、魔王二人も揃って重傷を負った点だ。
サーゼクスは至近距離で敵の自爆に巻き込まれたらしいが、直ぐに応急処置がなされたお陰で命に別状は無い。ただ当分の間は入院生活だろう。
ただ集中攻撃を受けた上に高所から落下したセラフォルーの場合はそうもいかない。″フェニックスの涙″で即死こそ免れたものの、頭を強打した影響で今も眼を覚ましていない。下手すれば、このまま永遠に植物状態かもしれない。
「今はアジュカを筆頭に復興作業をしてるけど、ハッキリ言うと
「もう、どうしようもないってのか?」
「……アザゼル」
ファルビウムは悪魔の未来を既に諦めていた。前述の事態に加えて、復興に人手を割いているこの状況で再び襲撃されれば、今度こそ冥界は滅ぼされるのだから。
かといってテロリストを優先すれば復興が後回しになってしまい、民衆の怒りは政府に向けられるだろう。そうなると最終的に待っているのは反乱、そして滅亡だ。
どれだけ考えても現状を打開出来ないので、流石の彼も諦めてしまったのである。
故に、執務室を唐突に訪れてきたアザゼルにも大した反応を示さなかった。恐らくは主犯格の兵藤一誠について話し合おうとしたのだろう。手に大量の紙束を持って、何より怒りに歪めた表情を見れば一目瞭然だ。
恐らく″神の子を見張る者″で既に結論は出していて、その結果を元に悪魔側との話し合いに来たのだ。
「僕達は遅すぎたんだよ。旧魔王派も兵藤一誠も早々に粛清しておくべきだった。こんな騒ぎにもならずに済んだ」
「そう言っても今更どうしようもねぇだろ。今は俺達の今後についてだな……」
「──″悪魔の駒″の生産拠点が襲撃された。それでも尚、悪魔の今後について語るのかい?」
ファルビウムは、淡々と告げた。
悪魔という種族は寿命が長いのが特徴で、平気で数万年もの年月を生きる。だが代わりに出生率は驚く程に低く、統治している領域に反比例して総人口は少ない。
加えて、三大勢力戦争や派閥争いの内乱が勃発したせいで、終戦直後は種の絶滅の危機にまで瀕していた。
悪魔政府は何よりも頭数を欲した。子供を増やしていくよりも手っ取り早い方法を求めた。早急に、加速度的に、それも従順で扱いやすい連中を。
上層部の要請を受けたアジュカは研究を続け、犠牲を積み上げ、実験を重ね、そして遂に一つの回答に辿り着いた。
他種族を悪魔にしてしまえば良い。
「そして完成した″悪魔の駒″は実用化され、瞬く間に悪魔勢力を立て直した。後はアザゼルの知っている通りさ」
「拉致される他種族、貴族様主催のオークション、大した調査もなく処刑される″はぐれ悪魔″。本当にお前らは悪魔だよ」
「誰だって自分が一番大事だろ? ま、そんな思考回路だから滅ぼされかけてるんだよね」
自業自得だよ、と言いたげに笑うファルビウム。それからぼんやりと窓の外に視線を移した。
あの襲撃事件から一週間と少しが経つ。
果たして兵藤一誠がその間を黙って大人しくしているだろうか。″悪魔の駒″を破壊する為だけに魔力攻撃や首都リリス強襲を実行したテロリストが指を咥えて見ているだろうか。
部下が血相を変えて駆け込んできた時点で、答えを悟った。
「……で、今度は何があったのさ」
「先ずはテレビ放送をご覧下さい! 奴等、どの放送局にも──」
──life.63 襲撃予告──
小ぢんまりとした一室。簡易ベッドと机、椅子。最低限度の家具しか置かれておらず、生活している様子は感じさせない。
『やあ、悪魔の諸君。兵藤一誠だ』
一目で安物と解るベッドに少年は腰かけていて、満面の笑みを浮かべている。身長差の問題で映像には顔の上半分しか映っていないが、その隣にはオーフィスの存在も確認出来る。
『今回、放送をジャックしたのは他でもない。新たな襲撃作戦を予告する為だ』
赤く派手な題字が中央に大きく表示されると共に効果音が鳴り響く。
襲撃予告。
つまり一誠は大胆にも再び冥界を襲うと公言しているのだ。しかし今度は何処を襲うのか。悪魔達が固唾を呑んで見守る中で、一誠はわざとらしく隣の彼女に微笑みかける。
『オーフィス、復習といこう。前回の事件で最も多かった犠牲者は、だーれだ?』
『……民衆?』
『
さて、問題です。
一誠は少女を側に抱き寄せてから訊ねる。今度は視聴している者に、見ているであろう悪魔達に。
『魔王は重傷で病院送り。民衆は言わずもがな。それじゃあ……被害を
『……貴族?』
『またまた
そうなのだ。王も平民も大なり小なりのダメージを負った中で、貴族階級だけは殆ど無傷のまま、犠牲を出していないのだ。
許される訳がない。皆がボロボロになって傷付いているのに、連中は知らぬ振りをしている。許せる筈が無いだろう。
やがて、視聴者の大多数を占める民衆達は願う。それが進まない復興作業への苛立ちであるとか、大切な人を失った怒りと悲しみであるとか、日頃から溜まっていたお偉い貴族様への羨望であるとか。
無知であるが故にそれら全てを引っ括めて、悪魔達は願うのである。
『これじゃ不公平だろ? 自分達だけって思うだろ? だからさ、これから一週間毎に貴族共をランダムで襲っていきまーす!!』
どうか奴らの大切な人も殺してくれ、と。