「それでは、これより定例会議を行う」
一誠の厳かな宣言により、会議は幕を開けた。最初の議題となったのは冥界襲撃の成果及び旧魔王派を率いていたカテレアとクルゼレイの
今は冥界中に残党が潜んでいる、とついでのように報告する一誠だが、彼も含めて会議室に集まった面々は誰も悲しんでいる素振りなど見せていない。
唯一、魔法使い派代表として参加したソフィアだけは悲痛そうな表情だが、同じく派閥の長として出席しているヴァーリと曹操はただ退屈そうに欠伸をするだけ。他の小規模の集まりの者達も気にしてはいなかった。
「……それで、兵藤一誠の次なる目標は?」
茶化すように訊ねる曹操。英雄派は今回の襲撃事件に関与こそしていないが、その一部始終を監視していた一同は首都壊滅の報告に大層喜んだらしい。
三大勢力に憎悪を抱いているが故に、一誠の快進撃が嬉しかったのだろう。一誠が既に企てているだろう計画に興味を示すのも当然の流れだった。
そして、既に裏方として活動しているヴァーリもまた視線を移した。
先の一件ではディハウザーの勧誘を頼まれた身として、果たして次はどのような頼みをしてくるのか。どうやって悪魔勢力を壊滅させるのか。少年染みた好奇心を乗せて、一誠を見つめた。
曹操、ヴァーリ。
大物達の視線を受けても一誠は余裕を崩さずに、膝に座るオーフィスの頭を撫でていた。透き通る黒髪に指を絡ませて遊ばせて。下から甘えるような声がしても気にせずに。
最近の彼はずっとオーフィスに構っている、とは普段から付き合いのあるヴァーリ達のみならず、あまり関わらない弱小派閥の間でも話題に上がる。
一誠が両親を喪った直後は部屋に閉じ籠って、オーフィスの言葉にすら反応しなかった。それが最近は何処へ行くにも二人で行動しているのだ。
しかも以前のような甘酸っぱい雰囲気ではなく、もっとドロドロした沼のような空気を纏わせて。
「……依存、だな。それも日を重ねる毎に悪化している」
「両親の死がトリガーになったのかもしれない」
ヴァーリの呟きに曹操も深く頷いて、それから一誠とオーフィスに視線を移す。オーフィスが一誠の膝上にちょこんと座っている姿は確かに微笑ましいものがあるし、それだけなら以前から見ていた光景だ。
ただ以前はあくまでもプラトニックな付き合いで、間違っても男女の口付けを交わす関係では無かった。端から見ても痛々しい程に抱き締める仲まで進んでいなかった筈だ。
きっと不安なのだろう。姿を見るだけでなく、自らの手でペタペタ触って確かめないと駄目なのだ。
ある日突然に消えてしまわないか、いなくなってしまわないか。それだけがとても怖くて恐ろしいのだ。
「オーフィスを心配する者など、彼が最初で最後だろうさ」
「そして、今の兵藤一誠を支えているのもオーフィスなのだろう」
「おい、ヴァーリと曹操。何を話してるんだ?」
訝しげに問う一誠。しかし両手は相変わらず彼女を撫でている事に苦笑しつつ、彼等は会議を進めるように促した。
──life.62 答え合わせ──
「オッス、旦那。結果報告に来たぜ。タイミングが悪いなら後にしようか?」
「……いや、構わない。話してくれ」
会議終了後。人波に紛れて部屋を出ようとする一誠を呼び止める者がいた。カテレアの護衛殺害を命じられていたフリードだ。
「命令通り、カテレアを殺した。こいつが証拠の″蛇″だ」
そう言って、黒い蛇の詰められた瓶を渡した。カテレアの身体から回収したものだった。無論、魔法で封印措置がされている。
一誠は受け取ると大事そうに懐に仕舞った。そして、「お疲れさん」とだけ労って、再び歩き始めようとした。
「……なあ、一誠の旦那」
背中越しに問いかける声が、彼の歩みを止めた。
「旧魔王派は最初から死んで貰う予定の囮だった。つまり連中が関与した作戦も重要度が低いって事になる」
嫌っている連中を大切な計画に噛ませやしないだろう。首都リリスの襲撃も、″悪魔の駒″の破壊も、全てが周囲の目を惹き付ける為のデコイならば。
「では、本当の目的は何か? 簡単だ。旦那が自ら手を下した案件があるだろ」
一つはアリーナへの長距離攻撃。勢いを作る上でも絶対に失敗出来ない、作戦の要。故に一誠自らが攻撃役を担った。
「そして、サイラオーグ・バアルの殺害だ。彼は上層部と太いパイプがあった。彼は貴族派筆頭のバアル家の次期当主。彼が消えれば、上層部と貴族派の分裂は避けられない」
「……」
「今頃は派閥間で責任の押し付け合いをしてるだろうよ。でもって、連中の矛先はグレモリー家やリアスに向けられる筈だ。殺された民衆の遺族連中も一緒になってな。どうだ、合ってるか?」
赤龍帝を″はぐれ悪魔″にし、結果として多大な損失をもたらした責任。テロリストとの内通疑惑。
それらは悪意と尾びれを付けて冥界を駆け巡る。
莫大な損害賠償を請求される羽目になったグレモリー家の財政は圧迫され、領土は返還と縮小の一路を辿る。見切りを付けた民衆は他領に移住していき、収入源を失ったグレモリー家は更に困窮していく。そのスパイラルから抜け出すのは容易ではないだろう。
自分の存在と立場を最大限に利用して、リアスのみならずグレモリー家そのものを奈落に突き落とす。
それこそが今回の作戦の真の目的だった。
「……正解だ。よく見抜いたな」
「そりゃ俺ちゃんは赤龍帝の腹心ですから☆ で、次の標的は?」
フリードの問いに、一誠は答える。
「次は腐った貴族共を襲って回ろうかな」