黒い結界の外側に取り残されたリアス達。誰もが固唾を呑んでサイラオーグの帰還を待つ中で、アザゼルだけは脳をフル回転させて、今回の襲撃について思考を巡らせていた。
遠距離からの魔力攻撃から始まり、旧魔王派による首都への電撃侵攻。そして、呼応するかのように姿を現した兵藤一誠とオーフィス。
改めて考えると用意周到かつ大掛かりな計画だ。恐らくは随分と前から準備していたのだろう。
疑問は、幾つかある。一つ目に、襲撃に参加したテロリストの正確な人数が未だ不明である点だ。
決して前述のメンバーだけで襲撃事件を起こしたのではないだろう。ヴァーリのように裏方として動いている者や、別の作戦に備えて待機している部隊もいる筈である。
「そして、兵藤一誠の目的だ」
「私や冥界への復讐が彼の目的ではないと言うの?」
「いんや、確かに最終的にはリアス達への復讐になるだろう。両親を殺された今となっては、尚更にな」
それはあくまでも結論であり、アザゼルが話しているのは辿り着くまでの過程である。
単純に復讐を果たすだけならば、リアスを殺害するだけで終わる。それこそ首都リリスやグレモリー領に魔力攻撃を束と放り込めば、旧魔王派を動員したりと手間のかかる真似をしなくても済んだのだ。
つまり、一誠にとって
真っ先に考えられるとすれば、陽動作戦だ。
一誠とオーフィスは揃って若手悪魔のパーティーに姿を現して、裏では彼の仲間と思われる攻撃により元龍王タンニーンが殺害された。またリアスの眷属だった小猫も誘拐されている。
結局はテロリスト襲撃の報道で有耶無耶の内に終わったが、今になって考えるとキナ臭くて仕方が無い。
「或いは、俺達をこうして釘付けにする為に奴は現れたのかもしれん。腹の中で何を考えてるのか、分かったもんじゃないが……状況が悪化するのは確実だろうよ」
「まさか……」
顔を青ざめさせるリアス。オーフィスはそんな彼女を特に気にせず、ただ結界を見つめていた。
魔力も音も遮断して見せる代物ではあるが、作った本人であるオーフィスだけは唯一、内部の様子が手に取るように感知出来る。
そして、サイラオーグの生命反応が一瞬で消え去ったことも彼女は既に知っていた。故に手を一振りして黒い壁を消した。
結界の消滅に気付いたリアス達はサイラオーグの安否を確認すべく駆け寄ろうとして、直後に足を止めた。
立っていたのは血塗れの一誠だけだったからだ。他に誰の姿も見当たらない。
彼を探そうと視線を右往左往させて、やがて一誠の足下に転がる肉片に気付く。
「……兵藤一誠。サイラオーグは、どうした?」
「そこに散らばってるだろ?」
崩れ落ちるリアスを他所に、オーフィスを連れて歩き始める一誠。しかし、去り際に呼び止める声があった。アザゼルだ。
「お前さんの目的は何だ?」
「今更だな。復讐に決まってるだろ?」
「そうじゃねえ! 今回の襲撃事件は巧妙に仕組まれた陽動作戦だ!! こうやって俺達や首脳陣を足止めしている時点で、お前らの
アリーナ襲撃は、自身に視線を引き付ける為のパフォーマンスに過ぎない。だから派手に攻撃した。
首都襲撃は本命と思わせる囮だ。でなければ、その段階で一誠は旧魔王派に合流している。魔王サーゼクスが出てくるのだから。
更に、リアスを襲撃したのもただの囮作戦である。彼女達を狙えば、面倒見のいいアザゼルは必ず救援に現れるだろう。そうして彼を足止めする為にリアスを狙った。
では、
「手の内を敵に晒す訳ないだろ。それに今回はただの開戦の合図に過ぎないんだぜ?」
「まだ、何かを企んでやがるのか!」
「一週間後を楽しみにな。おーし、用事も終わったし、帰ろうぜ、オーフィス」
「……ん」
今度こそ、手を取り合って消えていく一誠とオーフィス。彼の後ろ姿をリアスはずっと睨んだままだった。
「……よくも、サイラオーグを──絶対に許さない」
──life.61 目的──
時間は、兵藤一誠がアリーナに魔力攻撃を仕掛ける直前にまで遡る。
場所は、浮遊都市アグレアス。その地下に建設されていた極秘工場だ。
「……保管されていた″悪魔の駒″は、カテレアさんが破壊してくれました」
「了解っす。後は、俺らの任務を全うするのみでやんすねー」
「……ですが、まるで彼女の死を利用するみたいで」
そう呟くソフィアの視線の先には、破壊され尽くした夥しい数の″悪魔の駒″と、その中央で佇むカテレアが映っていた。体内に宿した蛇の魔力を全開にした彼女は既に人の姿を失い、巨大な竜にも似た獣と化していた。
力を使い果たしたのか、ピキピキと罅だらけの身体で倒れ伏すカテレア。もう動く事の出来ない彼女に、フリードは光の刃を片手にゆっくりと近付く。
「こんなところで逃げるようじゃ、復讐なんて諦めな。この先はもっと悪魔が死んでいくんスから」
出撃前に──更に遡って作戦が立案されたときから、カテレアは何度も言っていた。
どうか介錯をして欲しい。誇りある魔王の末裔として死にたいのだ、と。
ならばこそ、フリードは彼女に約束した。何時もの悪趣味のように惨たらしくではなく、首を一直線に跳ねて殺すことを。
真っ直ぐに剣を構えるフリードの横顔はあまりにも冷たく、ソフィアは何も言えなかった。
確かにカテレアとクルゼレイの死亡は最初から
だから先程の台詞は彼なりの慈悲であることも理解出来るが、それでも納得は出来なかった。
「ま、ソフィアたんはそこで見ときな。悪魔を祓うのは俺の専売特許なんでね」
「……分かりました」
フリードは悪魔祓いのコートを見せ付けるように翻し、カテレアの直ぐ側にしゃがみこんだ。動けずとも未だ意識はあるのか、爬虫類特有の菱形になった瞳が微かに動く。
早く殺してくれ、と訴えかける眼差しに頷いて、彼は光の刃を突き立てた。刃は豆腐のように沈んでいった。
光の刃は、
「──!?」
生物は基本的に肺を刺されると呼吸が不可能になる。それは人間でも悪魔でも変わらない。抵抗も喋る事も叶わずにただ苦しむカテレア。されど刺した張本人は上手く自分の影に入るようにしているので、事態を見守るソフィアは何が起きてるのか知らないままだ。
激痛に襲われ痙攣を繰り返すカテレアの耳に、フリードの囁きが聞こえた。
「一誠の旦那は前から旧魔王派を嫌ってたんだよ。オーフィスを利用してた、ってな。だから俺に極秘の任務を与えた。″悪魔の駒″を破壊するお前の護衛。そんでもって、お前を──
「そ、んな……」
「ごめんねー、俺ちゃん悪魔祓いですから。てな訳で……さっさと死ねや、クソ悪魔が」
己の死に様すら全て仕組まれていた事実を聞かされながら、絶望の中でカテレアは死んだ。
後にクルゼレイも自爆する為に、最大勢力を誇った旧魔王派は壊滅の道を歩む事となる。
だが、一誠達にとっては別に彼らがどうなろうと知った事ではない。指揮官が不在になろうが使えそうな残党は大量に残っているのだから。
「ほら、護衛任務も終わったし。さっさと帰ろうぜ」
「……はい」
はぐれ悪魔祓いとはぐれ魔法使い。無念の内に崩れていく旧魔王の亡骸など気にもしないで、はぐれた二人は闇に溶けていった。