「……赤龍帝、これが怒るというもの?」
「多分そうだよ。オーフィスが思っているので間違いない」
先程の戦闘の余波を受けて、申し訳程度に基地に備えられている治療室は酷く脆くなっていた。二人の実力は既に最上級にも片足を突っ込んでいて、それを『倍加』と『半減』で上昇させまくったのだから当然の結果と言えよう。
オーフィスの結界があったからこそ、これだけの被害だけで済んだが一歩間違えれば基地は崩壊、団員は次元の狭間に放り出されていた事だろう。
その元凶の一人である一誠は、オーフィスの前で正座していた。骨折やら内臓破裂やらは治して貰ったが、オーフィスから感じる冷たい視線は変わらない。コンクリートで固められた床が膝を攻撃して痛く、しかし彼女に泣き言が通じる筈も無いのでひたすら黙っていた。
「……赤龍帝、我が怒っている理由、解る?」
全くの無表情に若干怯えながら、一誠は口を開く。
「えーと、基地を壊しかけたから?」
「……違う」
オーフィスに否定されながら、彼の脳内では様々な事象が巡っていた。
ヴァーリとの出会いから戦闘に至るまでの会話。自分がどのような戦闘をしたのか。今日の飯にまで一誠は思考を遡らせたがどうにも解らない。
「一体、何だろう……」
この状況、オーフィスに睨まれている今の時間を少し楽しんでいる一誠は、それでも真剣に考えている。だが所詮は元高校生の元一般人だ。彼女の指導で上級悪魔程度に強くなったが頭の方はそうでもない。
そんな一誠が考え付くのは俗な事、即ち漫画やライトノベルで有りがちな展開しか無い訳で。
「俺がオーフィスをほったらかして、戦いに走ったから?」
「……恐らく、正解」
そして大体は当たるのだ。
顔に驚愕を浮かべる一誠を他所に、オーフィスは淡々と語っていく。
「……我、笑いながら赤龍帝と白龍皇がトレーニング室に入っていった時、何故か胸が痛くなった」
彼女は何でもないように話しているが、周囲からしてみれば質の悪い冗談にしか思えない。
「オーフィス、もしかして感情を持ったのか?」
「……理由も原因も不明。永久に近い時間を生きてきた我にとって、こんな事は始めて」
「そうか。俺が……」
「……これは何?」
ガジカジと頭を掻く。嬉しい事に変わりないが切っ掛けが他ならぬ自分自身であったことに驚いた。そしてオーフィスの抱いている想いにも予想がつく。
だが説明しようとする時に限って邪魔は入るのだ。
「やぁ、兵藤一誠。怪我はどうかな?」
──life.6 聖剣──
「ヴァーリか」
ガチャリと扉が開き、ヴァーリが顔を覗かせた。彼も見たところ負ったダメージは治療してもらったようだ。何処か動きがぎこちないのでまだ本領は発揮出来ないだろうが。
立ち上がって茶でも出そうとした一誠だが、ヴァーリは手を横に振った。
「茶は要らないさ。今回は伝えたい事があってね」
「何だよ、伝えたい事って」
「その前に、少し話をしようか。君はエクスカリバーを知っているか?」
ああ、と一誠は肯定した。エクスカリバーはゲームに登場する最強の聖剣。彼ぐらいの年頃なら誰でも知っている有名な剣だ。ヴァーリは頷きながら話を続けた。
「大昔の戦争。三大勢力戦争でエクスカリバーは折れてしまった。その破片を教会が集め新たな剣として錬金した。今は合計七本に別れている。カトリック、プロテスタント、正教会が各二本を保有し、残り一本は行方不明だ」
最強クラスの聖剣と名を馳せたエクスカリバーは、かつての三大勢力戦争時にへし折れた。戦力低下を恐れた天界は下部組織である教会に命じて、破片を核にして新しい聖剣に造り直した。
其々がエクスカリバーの能力を受け継いでおり、別れてしまったとは言えその特筆すべき力を持って、今日に至るまでその名を知られている。
その聖剣エクスカリバーがどうしたのか。
一誠は、早く続きを聞かせろと促した。
「先日、教会に保管されていたエクスカリバー三本が強奪された。御丁寧に各宗派から一本ずつだ」
「不用心だな、おい。それを俺に言いに来たって事は、ヴァーリと何か関係があるんだろう?」
「あぁ、そうだ。奪ったとされる犯人は堕天使組織″
コカビエル。
旧約聖書偽典『エノク書1』にその名を刻まれる堕天使。星と星座の運行を司る天使であったが、人間の女性に天体の
己の実力を現す黒翼は十を数え、三大勢力戦争では開戦から休戦まで絶えず前線で戦い続け生き残った猛者であり、数々の武功をあげたという。
そんな男が聖剣エクスカリバーを奪い何をするのか。一誠は納得が出来なかった。
「ヴァーリが出撃するのか」
「俺は″神の子を見張る者″に潜り込んでいるからな。立場上、こんな任務も転がってくるのさ。そして、コカビエルの目的は三大勢力戦争を再び起こす事だ。エクスカリバーを盗んだのは天界を焚き付けたかったからだろうが、ミカエルは挑発に乗らなかった。そして次の標的にしたのが──」
そこまで言って、ヴァーリは敢えて区切りをつけた。何処か息が荒く、躊躇っている様に見えた。彼は大きく息を吸うと、口を開いた。
「──駒王学園。現魔王の妹、リアス・グレモリーとソーナ・シトリーが通う学舎だ」
一誠はガツンと頭を殴られたような衝撃を感じた。駒王学園やリアスの名前が出たからだった。本人でも解っていないが、兎に角頭が痛んだのだ。心配そうな顔をするオーフィスに一誠は笑いかける。
「大丈夫だ。続けてくれ、ヴァーリ」
「……コカビエルは魔王の妹を殺せば戦争が勃発すると考えたらしい。だからエクスカリバーを持って、リアス・グレモリーが領土である駒王へと逃亡したのさ。アザゼルからコカビエル回収を命じられてね、今から……」
「平気か?」
「大した事無い」
彼はそれだけ告げて部屋を出ていった。後に残された一誠は悩ましげな顔をしている。
頭痛はすっかり治まったが、今も視界が揺れているのだ。治療室に据え付けられた薬棚や洗面所も上下左右に揺れて輪郭を保たない。
ただ辺りに漂う薬品とリネンとが混ざりあった特有の匂い、そして不安げなオーフィスの顔だけが自分が未だこの場所に居る事を教えていた。
「すまない、オーフィス。暫く寝かせてくれ」
「……了解」
糸が斬れた操り人形のように彼はベッドに倒れ伏し、そのまま寝息を立て始めた。
そんな一誠とは対照的に、ヴァーリは″白龍皇の鎧″を纏い空を掛けていた。一直線に駒王に向かう彼は白い彗星に見えた。一日が経つのは早く、気付けば時刻は夜に差し掛かっていた。
戦いのカウントダウンは既に始まっていた。