はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(伸縮自在の愛)


life.58 勧誘

 かつて、戦争に拘った男を知っている。

 

 ヴァーリは何処か遠い過去を見透かすような眼差しで口を開いた。今回の話を始めるに当たって、真っ先に名前を挙げたのはかつて堕天使幹部を務めた男だった。

 

 聖書にも名を刻んだその男は勇猛果敢な武人であり、数多もの戦場を潜り抜けた猛者であったと言う。背には十枚の黒き翼を、両手には赤く塗れた光の槍を。

 昨今流行りの″神器″には目もくれず、特別な能力など何も付与していない純粋な堕天使の力だけで、三大勢力戦争の最前線を駆け抜けたらしい。

 

「アザゼル曰く、彼は失わない為に戦った。戦友を、部下を、愛した女を。ただ守り抜く為に」

「……」

 

 黙って話を聞く男。しかし内心ではヴァーリの話に疑いを持っていた。

 名前こそ出していないが、彼の話している堕天使幹部とは、三つ巴の戦争を再び引き起こそうとしたコカビエルなのだろう。男も噂程度には知っていたし、だからこそ解せなかった。

 コカビエルは聖剣エクスカリバーを強奪し、人間界という無関係な世界まで巻き込んだ大罪人だ。故にヴァーリが言う、守り抜く為に戦った話とどうにも噛み合わない。

 

 そんな彼の疑念を感じ取っても、ヴァーリは構わずに話を続けた。淡々粛々とつまらない本を読み聞かせるように語る顔は、何処か悲しげであった。

 

「男は守れなかった。戦友、部下、愛した女。それら全てを目の前で失った。そして男は、勇猛果敢な武人から冷酷な復讐者となった」

 

 彼はどうしても悪魔や天使を許すことができなかった。戦争だから仕方無いと言えばそれまでだし、本人も今まで通りに戦おうと決めた筈だった。

 だが悪魔達と戦う度に怒りが沸き上がる。天使を捕らえる度に憎しみがこみ上げる。だから憑かれたように殺し続けた。最前線でひたすらに戦って、殺して、その毎日を繰り返した。

 

 それだけに、停戦や和平を取り決めたアザゼル達に最後まで反発したのも当然の流れだった。死んでいった同胞の無念はどうするのかと喚き散らした。

 不幸な点は当時の堕天使陣営は戦争で疲弊していて、誰も彼もこれ以上戦う気力が残っていなかった点だろう。

 頑なに戦争続行を主張する男は過激思想の戦争狂と見なされ、やがて日陰の道を歩まされたのだ。

 

「そして、つもり積もった憎悪が暴走して、彼は再び戦争を起こそうとしたんだ。……それも失敗したけどね」

 

 皮肉なことに、コカビエルの主張は今になって認められつつあるらしい。

 仮に堕天使が悪魔と和平していなければ、少なくとも今回の冥界への襲撃も、或いは対岸の火事で済ませられたかもしれなかった。悪魔が多大な被害を被ったところで、警備やらを派遣する必要など無かったのだ。

 尤も、一誠が三大勢力全体を敵視しているのでどうしようもないのだが、それも秘密裏に密約を交わすなりして解決可能だったのかもしれない。

 

 ″駒王協定″という馬鹿げた条約を結んでいなければ、の話だが。

 

 今回のゲームで警備の派遣を約束したのも、更に言えばコカビエルの反対を無視して悪魔や天使と和平したのもアザゼル達上層部である。

 果たして彼等はこの一連の襲撃事件が終わった後も、上層部のままでいることを許されるだろうか。

 

「彼を、馬鹿な奴だと思うか? 復讐心に狂った哀れな奴だと嗤うのか? そんな事を言える者は世界の何処を探したって居やしない」

「……」

 

 ヴァーリの眼にも炎が渦巻いていた。まるでかつてのコカビエルや、今の兵藤一誠にも似て、恐ろしくどす黒い瞳をしていた。話を聞いていた男は顔を背けたが、何も彼が怖くなったのではない。

 ()()()()()にもまた、確かな復讐心が宿っているからだ。故に男はヴァーリの誘いに乗って、こんな冥界の辺境にまで訪れているのだ。本来ならば首都で起きている騒動を鎮圧しなければならない立場にも関わらず。

 

「覚えがあるんだろう? 復讐を願った事があるだろう?」

「……何が、仰有りたいのです」

「──クレーリア・ベリアル」

 

 そっと耳打ちされた言葉に、男の心臓は止まった。何故、目の前の少年が彼女の名前を知っているのか。どうして自分に告げるのか。

 驚愕で眼を見開く男にヴァーリは微笑む。それはとても美しく神秘的で、そして残酷な笑みでもあった。未だに驚いて動けない彼を惑わすように、話を続ける。

 

「彼女は実に優秀だった。君の汚名を晴らそうと情報を集め、やがて上層部とレーティング・ゲームの闇にただ一人で辿り着いた。……だから、殺されてしまった」

「……」

「奴等への復讐を、ずっと望んでいただろう?」

 

 ヴァーリの差し伸べた手、文字通り悪魔のような提案を受け入れる以外の選択肢など、その男──ディハウザー・ベリアルには無かった。

 


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