はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(メロメロ)


life.56 第二段階

「観客の避難を急げ!!」

「負傷者を直ぐに搬送するんだ!! 次の攻撃が来るかもしれん!!」

「駄目です! 逃げようとする観客でごった返して……!」

 

 スタジアムは外も内も、兵士も観客も、総じて激しいパニック状態に陥っていた。

 助けてくれと炎の中で叫ぶ夫婦。失った腕を探し続ける男。人の波に踏みつけられ、何も言わなくなった子供。

 まさしく地獄だ、とVIP席から一部始終を眺めていたアザゼルは舌打ちする。今は生き残った兵士達が必死に避難誘導を行っているが、それもほんの一押しで決壊するだろう。

 

 恐らくは長距離からの魔力攻撃、それも″倍加″させまくった馬鹿げた威力の代物だ。

 実に合理的な作戦である。魔力を放つだけで、後は悪魔が勝手に侵攻しやすい舞台を造り上げてくれるのだ。兵士達は観客の鎮圧で精一杯、集まった首脳陣も釘付け状態となれば、これ程のカモは他に無い。

 

「……やってくれるぜ!!」

 

 彼はようやっと思い出した。相手が非国家(テロリスト)である事を。大昔の三大勢力戦争のように、真っ正面から戦争ごっこをするつもりなど毛頭ない事を。

 そして、どのような手段を用いてでも、必ず目的を達成するだろうと今更に思い返したのだ。

 

 不意に脳裏にリアスの顔が浮かぶ。そうだ、これはまだ開幕の花火に過ぎない。目の前の光景に惑わされてはならない。

 

 兵藤一誠の目的はたった一つ、復讐なのだから。

 

「ガブリエルはもう一つのスタジアムに向かってソーナ達を保護しろ! 俺はリアスの下に向かう!!」

 

 叫ぶや否や、十二の黒翼を全て解放して、フィールドを駆け抜けていくアザゼル。そんな元同僚の背中を眺めながら、残されたガブリエルはアザゼルの指示に従おうとして、ふとフィールドの監視術式に視線を落とした。

 未だ暴動の渦にある観客達。だが、その端に見慣れた紅髪が紛れているのを彼女は見逃さなかった。

 

 まさか選手控え室から出てしまったのか。いや、爆発音や怒号が聞こえれば、彼女でなくとも様子を確認するべく外に出るだろう。そして人波に巻き込まれたとすれば説明はつく。

 一先ずは無事を確認出来た。ガブリエルがほっと息を吐いたのも束の間。次には喜びは消し飛んでしまった。

 

 困惑するリアスと眷属達に近付く不審な影があるのだから。

 

 

「何が起こってるの!?」

「分かりませんが、此処は危険ですわ! 控え室に戻るべきかと!」

「クソッ! 人が多すぎる!!」

 

 爆発音、次いで衝撃。扉の先から聞こえてくる悲鳴。非常事態だと察したリアスは眷属を伴って控え室から外に出た。

 先ず視界に入り込んだのは、逃げようとする観客の塊。更に空をつついている幾つもの煙だった。灰色の焦げ臭さが鼻を焼く中で呆然と立ち尽くす。

 

 襲撃、反乱、暴動……。さっと頭に嫌な単語が乱立した。詳細は解らずとも、この光景を見せられれば嫌でも察しがついた。朱乃達も唾を呑んで頷く。

 兵藤一誠の仕業だと全員が悟った。彼が自分達に、悪魔に復讐する為に仕掛けたのだと気付いた。

 

 となれば、これで終わりの筈が無い。きっと第二の攻撃がやって来る。そうして散々に場を掻き回しておきながら、その隙に乗じて標的を殺害するのだろう。

 

「多分だけど、アザゼル先生も此方に向かっていると思うの。彼と合流さえ出来れば……」

 

 少なくとも死ぬ可能性は低くなる。その為には選手控え室に立て籠った方が良い。冷静に判断して、来た道に戻ろうと踵を返すリアス。

 

 その後ろ姿を見つめる視線には気付かないままで。

 

 ──life.56 第二段階──

 

「見ろよ、オーフィス。首都リリスが文字通りに地獄絵図だ」

「……悪魔の反応、次々に消えてる。残ったものも反応が弱くて小さい」

「そりゃ倍加しまくったからな。寧ろ足りないまであるぜ?」

 

 冥界の空模様が変化するのかは不明だが、晴れてくれて良かった。アガレス領辺境の小高い丘の頂上で、一誠はケラケラ笑いながら嬉しそうに呟いた。時折挟まれるオーフィスのカウントに頷きながら改めて遠くに見えるスタジアムに視線を移す。

 少しばかり離れた此処からでも、どす黒い煙や焔がしっかりと確認出来るのだ。となれば現場はどれだけ悲惨な状況になっているのやら。

 

 きっとVIPや観客は我先に逃げようとする。他人を踏んづけて押し退けてでも助かろうとする。スタジアムの最大収容数である約六万の悪魔が、限られた出入口から逃れようと溢れてくる。

 先程の魔力弾で混乱している警備係は何分抑えられるだろうか。

 

『やるじゃないか、相棒。全盛期の俺には及ばんがな』

 

 左手に翡翠の宝玉が出現して重たい声音が流れる。一誠に宿った赤龍帝(ドライグ)だ。尤も、彼もまた嬉しそうに笑いを溢す。

 それだけ視界に拡がる光景は面白いのだ。三大勢力を憎み、なにより恨む者にとっては。

 

「せめて及第点は寄越せよ。つってもメインイベントには程遠いけどさ」

『安心しろ。この戦争の末路はしっかり見届けてやる』

 

 そう言って宝玉は消え去り、後には上機嫌で口笛を吹く一誠と、そんな彼の傍らに控えるオーフィスだけが残った。肉の焼けるような焦げ臭さが辺りを包んでも二人は無言で冥界の景色を眺め続ける。

 

 ああ、晴れてくれて本当に良かった。もしも雨に降られでもすればこの素敵な光景が拝めないばかりか、後の作戦にも多少の支障をきたすところだ。

 

 オーフィスをそっと抱き寄せつう、一誠は冥界の空を見上げる。相も変わらずの紫色にところどころ赤と黒のコントラストが混じっている。

 紫を悪魔に例えるなら、それらを呑み込もうとしている炎と煙はさしずめドラゴンのようだった。

 

 だが足りない。果てしなく拡がる冥界の空を埋め尽くすには足りやしない。このままでは、やがて消えて無くなってしまう。

 

 ならば加えれば良い。ぶちまけてやれば良い。

 

「……ほら、来るぜ。更なる地獄への案内人」

 

 黒を、闇を。悪を、魔を。

 

「これより戦争は第二段階に移る。さあ、これだけ準備を整えてやったんだ。ヘマすんじゃねーぞ?」

 

 首都リリスの上空に集まりつつある旧魔王派の軍勢を指差して、一誠は銃を撃つ真似をした。

 


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