遂にこの日がやって来た。スタジアム内に設けられた選手控え室で、サイラオーグは深呼吸を何度も繰り返す。傍らに控える眷属達もまた緊張しているのが見えた。
今日は待ちに待ったリアスとのレーティング・ゲーム当日だ。これまでの特訓を思い返して、改めて彼等に激を入れる。
「お前達、決して油断するなよ! 全力で戦え!!」
「「了解ッ!!」」
下馬評ではサイラオーグの圧倒的勝利と予想されている今回のゲーム。落ち着いて戦えば自分達の勝利は揺るがないと見て、眷属は皆が内心で油断していた。
それを見抜いての一喝だったが、実を言えば彼自身もまた試合前にも関わらず別の件。昨夜、堕天使総督から伝えられた案件について考えていたのだ。
兵藤一誠の宣戦布告。
話を聞くに、術式の最終点検中だったアザゼルとサーゼクスの前に姿を現し、開戦を宣言したらしい。それを裏付けるようにスタジアムに急行する政府軍も確認されている。公式発表ではテロリストに備えての演習とあるが、一誠が訪れた動かぬ証拠だ。
恐らくはレーティング・ゲームを狙うだろうと首脳陣は察した。開戦の第一歩として、これ程までに条件の整ったイベントは無い。
いや、一誠は必ず奇襲を仕掛けてくる。不敵に笑うサイラオーグの胸には確信があった。
「……以前の屈辱、返させて貰うぞ。赤い龍の帝王よ」
▼
『さあ、いよいよ開幕となります! リアス選手とサイラオーグ選手のレーティング・ゲーム!! 実況はこのリュディガー・ローゼンクロイツ、解説はディハウザー・ベリアル氏でお送りします!!』
華やかなファンファーレと鳴り止まぬ大歓声に包まれるスタジアム。見渡す限り埋め尽くされた観客席を眺めながら、アザゼルとガブリエルは心底から呆れたように頭を抱える。
昨日の一誠襲撃の報を受けた冥界上層部は、しかしゲーム中止の要請を退けた。莫大な金が動いているのに今更中止にできない、と。
「そんなに面子が大事なのかよ、クソッタレ!!」
「……あまりに酷いです」
何処から、何人で、何時になれば攻めてくるのか。何一つとして手掛かりが無い現状をアザゼル達は嘆いた。来場者には簡易的な身分確認や身体検査を行っているものの、気休めにもならないだろう。
スタジアムの最大収容数は約六万。紛れ込まれれば探し出すのは不可能だ。
だがアザゼルは、元主君のリアスを最初の標的に選ぶ筈と踏んでいた。彼女を殺害し、勢いそのままに攻勢に打って出るのだろう。
リアス側の選手控え室の監視術式を覗いて見たが、不振な動きは見当たらない。
何一つ好転しない事態を前に、それでも自分を鼓舞するように呟くアザゼル。
「いや、焦るな。試合は始まってすらないんだ」
──life.55 開戦──
「これから始まるんだ」
冥界、アガレス領の僻地に存在する小高い丘。その頂上に、一誠とオーフィスは並んで立っていた。遠くに見えるゲーム会場は観客で埋め尽くされており、かなり離れた場所に位置する此処まで歓声が聞こえてくる。
同時にスタジアム周辺をグルリと囲む兵士の姿も捉えた。来場者に扮しての侵入を警戒しての策なのだろう。
アザゼル達は知らない。一誠達が前日に現れた本当の狙いは、ゲーム当日に会場を襲撃すると思い込ませる為だった事を。
張り巡らせた罠と監視の術式、厳重な身分確認や身体検査、スタジアムに配置した三大勢力の精鋭、その何れも……。
『BoostBoostBoostBoostBoostBoost!!!!』
″倍加″を利用した長距離魔力攻撃には何の意味も成さない事を。
「狙うは厄介な護衛部隊。連中を壊滅させた後に電撃侵攻。その後は作戦通りに頼むぜ」
魔王、堕天使総督、熾天使。市民、兵士、貴族。或いは己の出番を待ち続けるテロリスト達。
その全員の視界に冥界の空を横切る閃光が映った。合計二十の″倍加″、即ちその威力を凡そ百四万と八千倍にまで膨れさせた魔力の塊だった。
巨大なプラズマと轟音を発生させながら真っ直ぐにスタジアムへと迫る光はさながら冥界を滅亡に誘う隕石のように落ちていき、警戒も逃走も与えないままで、スタジアムを警護していた兵士達に直撃した。
焼ける肉片、襲う焔、途切れる断末魔、混乱する観客の悲鳴。
拡げられた阿鼻叫喚の光景を持って、一誠は開戦の合図としたのだった。