はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(昇天)


life.54 前哨戦

 レーティング・ゲームを翌日に控え、アザゼルとサーゼクスはゲーム会場の下見に訪れていた。アガレス領の端に建設された真新しいドームは、今回の為に急いで建てられた会場である。

 そこに含まれた政治的意図──上層部の都合とやらを感じながらも、アザゼルは組み込まれた術式群を点検していく。

 

 ″禍の団″の襲撃に備える必要がある、というサーゼクスが訴えたことで、ようやっと上層部共から立ち入りの許可をもぎ取ったのだ。

 この機会を逃すまいとアザゼルは侵入者探知から防衛機構の一つ一つを丁寧にチェックしていく。

 それに、と彼は傍らに立つ親友に視線を移す。

 

 今ならば彼と二人きりで話し合える。

 

 やがて最後の術式を調べ終えたアザゼルは大袈裟に額の汗を拭って見せた。それから真剣な表情になって、サーゼクスを見据えた。

 何時ものふざけた様子を消して、堕天使総督の眼をしている彼に気圧されるサーゼクス。

 

「なあ、サーゼクス。俺の親友よ」

「……なんだい?」

 

 辛うじて言葉を絞り出すも、彼は完全にアザゼルの放つオーラに呑み込まれていた。そうして喉を鳴らしながら、彼の一挙手一投足に精神を集中させた。眼を逸らした瞬間に殺されると直感したからだ。

 両者にとって永遠に等しい時間が経過した。サーゼクスは息苦しさと嫌な汗に喘いでいた。

 

 ()()なのだと、サーゼクスは悟った。仮にこの期に及んでまだ下手な言い訳を並べようものなら、アザゼルは自分を殺すつもりであると。

 仮に悪魔と堕天使の戦争が勃発しようが、絶対に逃すつもりはない。己を射抜く冷たい視線がそう叫んでいるようで。

 

「アザゼル……」

「もう良いんだ。全て吐いて、楽になっちまえ」

 

 こうして、サーゼクスは遂に全てを話した。これまで隠してきた真相、自分と上層部の所業、それらを包み隠さず打ち明けた。アザゼルは彼の告白に口を挟む事なく、ただ黙って聞いていた。

 やがて語り終えると、溜め息を吐くアザゼル。予想通りだったと言え、本人から直接答え合わせをされれば、やはり心に重たい物がのし掛かってくる。

 

 取り敢えず、と思い切り親友の顔面を殴った。サーゼクスも逃げるような素振りは見せず、正面から拳を顔に受けた。彼等なりのケジメだった。

 行ってきたことの重大さを考えるならば、まだまだ足りないのだが、何にせよ気が済まなかったのだ。

 

「俺もお前を罵れる立場じゃないけどな……この馬鹿野郎が。その身勝手な行動で、どれだけの被害をもたらしたと思っているんだ」

「……すまない」

「──そんな茶番で納得すると思うか?」

 

 アザゼルは突然の声にも驚かなかった。今までの手口を省みれば、奴は前日に会場の下見に訪れると確信していたからだ。恐らくは監視術式や準備しているだろう悪魔達に敢えて姿を見せて撹乱させようと目論んだのだろう。

 準備や最終確認を行う前日ならば、仕掛けられた術式に気を配る必要も無くなる。

 

 ああ、やっぱり厄介なことをしてくれた。溜め息と共に、アザゼルは乱入者に向き直る。

 

「兵藤一誠にオーフィス。テロリスト集団の首魁と幹部様が、冥界で仲良くデートってか?」

「……堕天使総督のアザゼルか」

 

 一誠にとって予想外だったのだろう、僅かに顔を歪ませた。

 本当なら適当な警備悪魔やスタッフの前にだけ姿を現して、目撃者を通じて悪魔政府に警戒を抱かせるのが目的だったのだ。とはいえ、アザゼル達がこのまま大人しく帰らせてくれるとも思えない。

 瞬時に赤龍帝の鎧を纏う一誠。そんな彼を前に、サーゼクスは両手を上げた。つまり戦う意志が無い事を示したのである。

 

「私が悪かった。イッセー君、今まで申し訳なかった」

 

 頭を垂れて謝罪する。だが、あまりにも遅過ぎた。

 

 例えば追手に襲撃される前の一誠ならば耳を貸してくれただろう。

 全てを打ち明け、それでも謝罪したならば。魔王の名において、彼とその両親を保護すると名言していれば。疑心暗鬼にはなっても、まだ首を縦に振っただろう。

 

 しかし、今の一誠には届かない。裏切られ続けた少年には絶対に。

 

「謝罪なんか必要ない。お前達が死ねばそれで良い」

「……そうか」

 

 残念そうに呟くサーゼクス。これもまたケジメというものか。真っ直ぐに一誠を睨んで、その手に魔力を集め始める。

 

「僕は魔王ルシファーとして、世界の脅威であるイッセー君を排除しよう」

「お前ら悪魔のには言われたくないな」

 

 龍と魔王が、棄てられた者と棄てた者が、再び対峙した。

 

 ──life.54 前哨戦──

 

「こうして睨み合っていると思い出すよ。あの忌々しい一騎討ちをな」

 

 静まり返ったスタジアム内。目の前に立つサーゼクスから視線を外さないままで、一誠はかつてのライザーとの戦いを思い浮かべた。

 あの時も自分は熱い意志を込めて、ライザーを睨んでいた。偶然にも赤龍帝を宿しただけの少年が、経験も能力も段違いの格上に勝てる筈もないのに。

 

「なあ、魔王サーゼクス。お前は最初から俺を利用するつもりだった。婚約を名目にして、赤龍帝が妹の眷属に降ったと大々的にアピールしたかったんだ。──間違ってるか?」

 

 元々は成人後に予定されていたリアスとライザーの結婚を早めたのも、レーティング・ゲームでの決着を提案したのも、わざわざ一騎討ちの舞台をお膳立てしたのも。

 

「全ては、″赤龍帝″の存在を全勢力に見せ付ける為に、ってな。……俺はそんな事も気付かずに」

「……すまない、イッセー君」

 

 対するサーゼクスは首を縦に振った。彼の言葉はまさしく真実だったからだ。

 新しい眷属は赤龍帝だったとリアスが報告してきた時点で、話を聞き付けた上層部が将来の広告塔に利用すべきだと訴えてきた。

 自身も妹の婚約に頭を抱えていたこともあって、渡りに船とばかりに計画に飛び付いてしまったのだ。

 

 その後の顛末は語るまでもない。一誠が使い物にならないと踏んで上層部は神器を抜き取ろうと企み、そして失敗すると今度は″SSS級はぐれ悪魔″として手配した。

 本来なら学生として青春を謳歌する筈だった少年から、悪魔は何もかもを奪い取ってしまった。

 

「アザゼルはそこで見ていてくれ。これは、私なりのケジメだ」

 

 赤黒い魔力、即ち母から受け継いだ″滅び″を放出するサーゼクス。触れた物を跡形も無く消滅させる魔王としての代名詞。これ以上の苦しみを与えないように。彼が出来るせめてもの償いのつもりだった。

 一方、鼻を鳴らして一誠は左手を握り締める。手の甲に埋め込まれた宝玉が翡翠に輝いた。内に宿りし龍、ドライグだ。

 

『遂にやるのか、相棒』

 

 低い声が鎧を越えて響いた。何処か心配しているようにも思えた。こう見えてもドライグとは産まれた時からの長い付き合いだ。或いは情が移ったのかもしれない。

 大丈夫だ、と笑う一誠。続けて右手でそっと宝玉を撫でる。

 

「そうだ、遂にやるんだよ。ドライグ」

『……そうか、それが相棒の答えなら、俺はもう何も言うまい』

 

 そう短く返したきり、応答は無くなった。それで良いのだ。これは自分の戦いなのだから。

 

「──始めようか」

 

 瞬間、龍は魔王の領域に踏み込んだ。倍加の音声を掻き鳴らしてサーゼクスの目の前まで身体を滑らせるや否や、勢いそのままに零距離で魔力砲を解き放つ。

 空間をも歪ませる程の閃光が魔王を飲み込まんと迫った。

 

「甘い!!」

 

 だが、サーゼクスは滅びの魔力をぶつける事で相殺。お返しとばかりに攻撃魔法を雨と降らすも硬質な赤い鎧に弾かれる。舞い上がる砂利と埃の向こうから、再度殴りかかる一誠。

 先程の牽制で離されてしまい、一誠とサーゼクスの間には凡そ数メートルの距離があった。だがそれもドライグ譲りの脚力がある今現在ならば皆無に等しく、加速を繰り返して再び一誠は襲い掛かった。

 

 一定のタイミングで叫ばれる″倍加″。比例して膨れ上がっただろう彼の身体能力と魔力に舌打ちするサーゼクス。超高速戦闘を前に反撃の隙を見出だせず、防戦一方に追い込まれてしまっているのだ。

 滅びの魔力があるから相手も攻めあぐねているものの、仮に魔力を持っていなければ……背筋を冷たい汗が流れる。

 

 腕が鈍った、と大袈裟に溜め息を吐いた。魔王ルシファーを継承してから執務室に籠ってばかりで、まともに身体を動かした記憶が浮かばない。

 それに引き換え、一誠は努力を怠らず常に過酷な訓練を行ってきた。その上に倍加能力もあれば成る程、苦戦もするというものだ。

 

「これは厳しいかな」

 

 思わず出てしまった呟きは本心だった。残している奥の手はアザゼルを巻き込んでしまう恐れもある。

 さて、どうしたものか。必死に考えていると、今まで蚊帳の外だったオーフィスが不意に言葉を放った。

 

「……赤龍帝、悪魔の大群が此方に向かってる」

「それがどうした! 全員殺せば良い話だ!!」

 

 すっかり頭に血が上っているのだろう、珍しく叫ぶ一誠。だがそれは愚策だ。サーゼクスとアザゼルに加えて援軍まで相手取るとなれば、例えオーフィスが動いたとしても肝心の彼自身が危ない。

 その点を考慮していたのか、一誠の手を握って引き留めるオーフィス。

 

「……赤龍帝を守りきれる自信、我にない」

『引き際は見極めろ、相棒』

「良いところだったのに……分かったよ」

 

 そう溜め息を吐きながら彼女を小脇に抱え、急いで転移術式を展開する。やがて術式が起動し光に包まれていく一誠とオーフィス。

 だがその眼差しだけはしっかりとサーゼクスを捉えていた。完全にその姿を消し去るまで、決して逃す事はせず。

 

「始めようぜ、三大勢力。自分達が大好きな──戦争ってやつを」

 

 新たな戦いの幕開けが迫っていることを二人に教えていた。

 


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