駒王学園の片隅に位置する旧校舎。一見すると古びた木造建築物だが、実は幾重にも侵入者を阻害する結界術式が展開されている。
それは現魔王の妹であるリアス・グレモリーがオカルト研究部の部室として好んで用いているからだ。旧魔王派や大王派を筆頭に、四大魔王を良く思わない者は多い。そういった連中を考慮すれば当然の処置だった。
特に
部室のソファに座り、アザゼルは思考の続きを巡らせる。
兵藤一誠は現魔王政権や上層部を深く憎悪しているだろう。だからこそ旧魔王やはぐれ魔法使いと組んで駒王会談を襲撃してきたし、また若手悪魔パーティーに介入してきたのだ。
両親を殺害された今となっては、更に過激な行動に出る恐れもある。
「……前途多難だな、俺達は」
″神の子を見張る者″の長としては、悪魔を切り捨てて高みの見物を決め込みたい。しかし、″駒王協定″を結んでいる現在では見捨てた瞬間にこれまでの努力が水の泡になってしまう。
つくづく厄介なことをしてくれた、とアザゼルはサーゼクスの顔を思い浮かべて溜め息を吐いた。次に部室に集まっている面々を一瞥した。
リアス、朱乃、木場、ゼノヴィア。それにギャスパーを加えた計五名が現在のオカルト研究部のメンバーである。本来なら此処に小猫、アーシア、そして一誠もいたのだが……。
「小猫はテロリスト集団″禍の団″に拉致されるし、アーシアはディオドラに付いていくし、そして一誠は……。本当に前途多難だな、リアス」
「……言わないで、アザゼル。私が不甲斐ないから三人は離れていった。それだけのことよ」
そう洩らして俯くリアス。次いで残った眷属達を見つめた。朱乃達もまたそれなりに問題を抱えている。本来なら、″王″たる者は主君として助言や手助けを行うべきなのだ。
ただ、彼女は本人の成長を促そうと自ら動くことはしなかった。機会を見出だせなかったか、そもそもしようと思わなかったのかはリアス自身にしか分からないが。
不意にアザゼルは、次のレーティング・ゲームにてリアスの対戦相手となるサイラオーグを思い出した。
サイラオーグ・バアル。ソロモン七十二柱における序列一位、名門バアル家の次期当主。魔力を持たずに産まれ、周囲に蔑まれ、それら全てを努力のみで補い、遂には実力で若手悪魔最強の名声と次期当主の座を勝ち取った熱き獅子王である。
その生い立ちから上級悪魔としては珍しく階級の低い者にも分け隔てなく接している事でも知られており、彼の下には身分を越えて優秀な眷属が集まっていると聞く。
──今回のゲームについて、リアスの勝率は限りなく低い。
ゲームランキングのトップに君臨する″皇帝″ディハウザー・ベリアルの意見だ。双方の総合的な実力を加味しての極めて現実的な予想である。世論も評論家も揃ってサイラオーグの圧勝だと信じて疑わなかった。
「厳しいが、これが現実ってもんだ。猫も杓子もお前が負けると踏んでいる」
或いはそれが上層部の狙いだろうとは口にしなかった。あの赤龍帝に立ち向かった英雄を売り出す絶好の機会である。対するは眷属に離反されたリアスだ。下手をすれば、不当に介入してでも彼女を敗北させるかもしれない。
「……私はどうすれば良い? どうすれば、この状況から抜け出せるの?」
アザゼルは咄嗟に答えられず、ただ特訓内容の強化を粛々と挙げるしかなかった。
レーティング・ゲーム開始まで、残り一週間。
──life.53 戦争準備──
″禍の団″の本部施設はブロック毎に東西南北の四つに区別されており、旧魔王派や英雄派などが主に管理を担当している。
その南部エリアの一室、即ち旧魔王派が有している会議室には五人の影が集まっていた。
旧魔王派の筆頭であるカテレアとクルゼレイ。赤龍帝派を率いる一誠とその腹心を自称するフリード。
目前に控えた作戦の為に四人は秘密裏に手を結んでおり、こうした会議も今に始まったことではない。
ただ残る一人の参加について誰が予想出来ただろうか。不敵な笑みの少年にある者は疑惑の視線を向けて、またある者は特に何も言わなかった。
「……珍しいわね、ヴァーリ。貴方から進んで協力を申し出るなんて」
心底驚いた様子のカテレアの言葉に悪戯っぽくヴァーリは笑う。
「単なる気紛れさ。ただし、旧魔王の末裔として……だけどな」
戦争開始まで、残り──。