ディオドラとその眷属達は北欧にいた。オーディンの誘いに乗り冥界から亡命したのだ。
彼にとっては家柄も地位もどうでも良かった。ただ愛する眷属さえいてくれれば構わなかった。アスタロト家は次期当主が不在となるが問題は無い。現当主たる父親はピンピンしているのだから。
「僕と父さんは折り合いが悪かったからね。元々継ぎたくは無かったんだ」
以前の屋敷には大きさこそ劣るが、自然に囲まれた美しい邸宅を与えられた。曰く、情報の対価の一部らしい。此処で新しい生活が始まるのだ。
と、部屋の隅に二人の少女が見える。
「あの、ディオドラ様。私達まで良かったのですか?」
「気にしないでくれ。帰る場所が無いんだろう?」
スノワート、モルプス。元ファンキャットの眷属だ。主が死亡した事によりフリーとなった姉妹はディオドラの誘いに応じた。自分達が邪魔にならないかと心配するスノワートだが彼は優しく迎えてくれた。
その微笑みに顔を赤らめる二人に、″女王″であるマーガレットはそっと呟く。
「ふふ、大丈夫よ。ディオドラ様は優しい人ですから。私も新しい家族が増えて嬉しいわ」
彼の元でなら幸せな日々を送れる。姉妹はそう確信した。彼女達が落ち着いたのを見計らってディオドラは笑った。
「そうだね……もう一人、増えるかもしれないよ」
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一誠は目覚めた。複数のざわめきが聞こえる。どうやら自分は倒れたらしい。此処は″禍の団″本部の医務室だ。オーフィスに敗北し、何度も担ぎ込まれたから覚えている。
「……兵藤一誠」
「目が覚めたにゃ!」
「すまない、心配をかけた……」
曹操、ヴァーリ、黒歌、白音、ソフィア、フリード。あまり大人数で押し掛けるのも迷惑だと思ったのか、意外にも少なかった。いや、部屋の外にも多数の影が見える。
だが一番欲している彼女が居ない。どうして見えないのだろうか。キョロキョロと辺りを見回す一誠に、ヴァーリは呆れながら彼の隣を指す。ヴァーリだけではない。その場にいるほぼ全員が、彼と同じ表情をしていた。
「……オーフィス」
「すぅ……」
オーフィスは一誠の隣で眠っていた。決して離すまいと手を握る様子は見ていて愛らしい。今回も看病をしてもらったのか。心の何処かでそう楽観視していたが、対称的に皆の顔は暗い。
「覚えてないか? お前は中途半端に″覇龍″となった」
神妙な顔でヴァーリが口を開いた。
「″覇龍″。それはドラゴンを封じた神器でその力を強引に解放する禁忌の一つだ。発動すれば神をも上回る力を得る」
『だがそれは一時的なもの。代償として寿命を縮め、最悪死に至る。それに暴走もしてしまう。──二天龍を宿した者達は例外無く覇を求めて死んだ』
彼の言葉にアルビオンが続ける。二天龍とは思えないおぼろ気な声だ。ずっと見てきたのだろう。歴代所有者の末路を。それらは何れも悲惨で目を背けたくなるようなものに違いない。
その時、一誠の左手に紋章が浮かんだ。ドライグだ。
『相棒は寿命の全てを削られてしまう筈だった。だが、実際にはこうして生きている。俺と話をしている。仲間に心配されている。──その理由は、分かるな?』
「……赤龍帝、おはよう」
彼が何かを言う前に、場の空気に似合わない声が響いた。隣を見れば、オーフィスが目を擦りながら上半身を起こしている。
彼女が眠っていた理由は看病と──。
「オーフィス。もしかして……」
「……我は大丈夫」
自信満々に胸を張るが、途端によろめく。やはり無理をしていた。慌てて身体を支える。
「俺達は出ていようか、兵藤一誠」
「……頼む」
一言、そう告げると彼等はそっと部屋から出ていった。あれだけ人に埋まっていたのが嘘のように今は二人きりだ。
ヴァーリ達がいなくなった直後、一誠は彼女の胸に顔を埋めた。とても暖かい。
「……」
「……どうして、何も言わない?」
「泣きたいからさ」
何時かのようにオーフィスは頭を撫でた。あの時よりも彼は成長している事がよく解る。確実に強くなっていると言えるだろう。ただ同時に、弱いとも彼女は思った。
「父さんと母さんを救えなかった。オーフィスに負担を強いちまった。俺の寿命は減ったんだろう?」
コクリとオーフィスは頷く。
「″覇龍″の代償、我が肩代わりした。でも完全には出来なかった。赤龍帝の寿命は半分削られた」
「半分か……」
永遠に近い時間を生きる悪魔の寿命。その上更にオーフィスの助力もあったからこそ一誠は死なずに済んだ。
どれか一つでも欠けていたら、彼はもうこの世には存在していない。考えると恐ろしい話だが、一誠はそんな事等気にしてはいなかった。静かにオーフィスに語った。
「二人でいられる時間、減ってしまったな……」
分かっている。これは闇に呑み込まれた自分のミスだ。悪魔が諸悪の根源であれ、最終的に判断を下したのは他ならぬ兵藤一誠なのだ。
罪の意識に蝕まれながらも、彼は願う。
「ずっと、このままでいてくれ。オーフィスだけは俺から離れないで……」
そう呟く彼の瞳は、既に濁りきっていた。
▼
その頃、リアスとその眷属達、そしてアザゼルを含むオカルト研究部のメンバーは部室に集まっていた。無論、ディオドラとのゲームについてである。
「不可解なことだらけね。アザゼルは何か気付いたことはあるかしら?」
「まあ、な」
アザゼルが適当に誤魔化した直後、部室に魔法陣が展開される。その紋章はアスタロトだ。
「こんにちは、リアスさん」
「ディオドラ!? 貴方、どうして!?」
「……理由は一つです」
そう言ってからディオドラはアーシアの方を見た。そして真剣な顔で告げた。
「迎えに来たよ、アーシア」
「アーシアを迎えに来たですって!? どういう事なの!」
ディオドラの突然の宣言に、リアスが怒声を放つ。だがそれには目もくれず彼は言葉を続けた。
「すまない。僕がもっと早く君を見つけていれば、アーシアは死なずに済んだかもしれないのに。それは僕の責任だ」
「ですがまたこうして再会できました」
頭を下げるディオドラ。自分のせいで彼女は死んでしまった、と彼は後悔していた。
運良くリアス達に救出されたから良かったものの、そうでなければ確実にアーシアは死んでいた。シスターと悪魔は本来敵対しているのだから。
仲睦まじく話す二人の間に、リアスが割って入る。
「待って頂戴、ディオドラ。私の質問に答えていないわ」
「そうでしたね……単刀直入に言いましょう」
一拍置いてからディオドラは告げる。
「アーシアさんのトレードをお願いしたいのです」
トレード。″王″同士で駒となる眷属を交換できる、レーティング・ゲームのシステムの一つだ。同じ駒で尚且つ同価値の場合のみ交換可能となる。拒否権を持つ者は″王″二人と、トレード対象となる眷属本人である。
彼らの意見が別れるだろうと察したアザゼルが一先ず場を収める。
「待て。この場は俺が第三者として公正に仕切らせて貰う。そうでないと後でトラブルとなってしまうからな。リアス、お前は反対か?」
「当然よ。アーシアは私の大事な眷属だもの」
「という訳で意見は別れた。──後はアーシア次第だ」
同時にリアス、アザゼル、ディオドラ。三人の視線がアーシアに向けられた。対する彼女には驚く程に迷いが無かった。以前なら迷っただろう。リアスもディオドラも大切な恩人なのだから。
だが、真実を知ってしまった今は違う。
人質を取りディオドラを苦しめ、彼を″はぐれ悪魔″に堕とした上層部を、現悪魔政府を信じることなど不可能だ。
「──私は、ディオドラさんの下に向かいます」
移籍。それが彼女の選択。アーシアの言葉にリアスは愕然となり、反対にディオドラは安堵する。決まりだな、とアザゼルが纏めた。
「これでアーシアはディオドラの眷属となった。彼女が自分で決めた事だ、文句は言えないぞ?」
「わ、分かっているわよ。……アーシア、私の何が気に入らないのかしら?」
「いえ。部長に文句や不満がある訳ではありません。寧ろ、私の命を救って下さったことに感謝をしているぐらいです」
しかし、それ以上に上層部が憎いのだ。
「今にきっと、分かりますよ……」
その時のアーシアは、とても寂しそうな顔をしていた。
──life.50 余波──
冥界は混乱に包まれていた。リアスとディオドラのレーティングゲームが世間で大きく取り上げられたからだ。
上層部や魔王サーゼクスは情報流出を防ごうと奔走したが、それよりも
暴走した兵藤一誠がファンキャットを跡形も無く消し飛ばす一部始終は冥界のみならず、各神話にも広く知れ渡っただろう。
「やられた! 情報が完全に出回ってしまった!」
「これは問題だぞ。民衆が騒ぎ出すのは目に見えている」
上層部の老人達は今後の対策に頭を抱える。既に一部のジャーナリストが嗅ぎ付けているとの報告もある以上は、早急に次の一手を考えなければならない。今は″禍の団″の襲撃とされているが、疑問を感じ始めている者も居るかもしれない。
ざわつく彼らを見かねて、一人の男が声を発した。
「──静まれ」
凛と力強い声に、他の上層部は冷水を掛けられたかの如く押し黙る。それだけの力を男、ゼクラム・バアルは持っていた。
それもその筈、彼はバアル家の初代当主。悪魔創生の時代から生きる上層部のトップなのだから。
「しかし、ゼクラム卿。これは由々しき問題ですぞ」
「アバドンの若造が勝手に動くからそうなるのだ。同調した貴様らもしかり。各メディアの重役に連絡を取れ。我々の息の掛かった者達だ」
他神話に広まったものは仕方が無いだろう。会見を開いたところで疑いは避けられない。ならば情報操作に全力を注ぐべきだとゼクラムは考えた。ありとあらゆるコネクションを使い、一刻も早く情報を風化させる。
「了解しました。直ぐに……」
そう言うなり他のメンバーは次々と転移していき、会議室に残ったのは彼一人。考えるのも嫌になる未来に、ゼクラムは溜め息を吐いた。
やがて訪れる最悪の未来が自分の予想を越えていることなど、ゼクラムが知る由は無かった。