『苦しんでいるの? それは当然よ。私に未練があるのだから』
『……初めての恋人だからな』
堕天使レイナーレ。彼女はアーシアの神器を抜き去り殺害した張本人であり、そして一誠がかつて愛した女性だった。
レイナーレはリアスに消し飛ばされて死亡したが、それで終わる程に簡単な問題では無く、一誠は表面上は気にしない素振りを見せていたが、尚も決して消えない想いを抱えていた。
『見ていて初々しかったわ。女を知らない男はからかい甲斐があって面白いわね』
『初デートも念入りにプランを考えた……』
夕暮れの公園で告白された時の事は今でも眼に焼き付いている。
何故、こんな美少女が俺に。
そんな疑問よりも嬉しさの方が大きかった。自室で一人はしゃいだのを覚えている。ネットで必死に情報を集め服装にも気を付けた。当日は何処に行こう、何を食べよう。自分なりに考えた。
そして、その全ては光の槍に貫かれた。
『とても王道なデート、ありがとうね。おかげでつまらなかったけど』
『レイナーレ……俺は……』
はぁ、と彼女は溜め息を吐いた。その目は一誠の背後に向けられている。
『私ばかり見ているけど、後ろは良いの? 貴方の大事な人、待っているわよ?』
慌てて後ろを振り向く。そこに二人は立っていた。死んだばかりの父親と母親だった。そればかりか、周囲には見慣れたリビングが広がっている。
失った家族がそこにあった。新聞を読んでいた父親が一誠に気付く。それと同時にキッチンに立っていた母親も彼に視線を向けた。
『おう、イッセー。どうして突っ立っているんだ?』
『今日の晩御飯はイッセーの好きなハンバーグよ。ほら、席に着いて』
『父さん、母さん! 生きて──』
無垢な子供のように彼は駆け寄ろうとした。だがその瞬間にメキャリと何かが歪む音がした。新聞越しに父親が訊ねる。
『どうした、イッグヴヴェェェギャアアアア!!』
『グゥギャアアアアアアッ!!』
食卓、家族。自分を包んでいた暖かい思い出は、獣の咆哮に引き裂かれた。
一誠の隣にレイナーレが現れる。クスクスと笑いながら彼女は言った。
『二人はこう言ってるの──「よくも殺したな」』
『あ、あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
一誠は頭を抱え、泣き叫ぶ。親殺しという大罪を醜く悔いるその姿は悪魔でもドラゴンでもなく、限りなく人のそれだった。
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『ヴォォォォオオオオオオオオオオン……』
崩れ落ちた神殿の中心で悠然と佇む一誠はある種の神秘的な美しさがあった。妖しい光沢を放ちながらも吼え続ける一誠。オーフィスは彼の前に立ちはだかった。
「……赤龍帝」
呟きに一誠が反応した。濁った双眸が彼女を捉えた。するとオーフィスは構えを解く。″覇龍″を前に、己の全てを晒そうと言うのだ。華奢な身体を吹き飛ばそうと、一誠は腕を降り下ろした。
「……ふん」
打撃をまともに喰らった彼女は、容易くその場に踏み留まった。″無限の龍神″たるオーフィスさ生半可な攻撃では倒れやしない。
ましてや今の一誠は暴走しており、特訓で得た全てをかなぐり捨てた、力任せの攻撃しかできない。どうして倒れる理由がある。
自身の何倍もあろうかという巨大な鉄拳をオーフィスは掴んだ。動かそうとしてもそのままピクリと動かない。
「……赤龍帝、目を覚ます」
そう言うと一誠をあっさりと投げ飛ばした。巨体を宙に浮かせた彼は翼を広げ、天に逃げる。一誠は吼えた。
『グォォォォォォォォォォォォォォォォオ!!』
▼
『貴方は守れなかった。あの時も、そして今も』
レイナーレの言葉が胸に刺さる。
『嫌だ……! もう、失うのは嫌だ!!』
誰か、助けてくれ。一誠は願う。だが此処は闇だ。一体誰が現れると言うのか。彼は心身共に衰弱していた。
▼
轟音。次いで砂煙。暴走した一誠の半身は地に埋められていた。隣にはオーフィスが座っており、暴れようとする度にチョップを入れる。
見た目だけなら可愛らしいが、最上級悪魔をも瞬時に消滅させる威力だ。いかに″覇龍″でも喰らい続ければ動く事は叶わない。
タイミングを見計らって、ヴァーリが降り立つ。
「それで、どうする?」
「……決まっている」
そう告げると彼女は、一誠の左手の甲に埋められている宝玉に触れた。ドラゴンからのアクセスに反応して宝玉は輝く。
「……潜る」
そしてオーフィスは光の中に消えた。
▼
『……赤龍帝』
暗く冷たい闇の中に、不釣り合いな程に幼い声が聞こえる。その声にレイナーレ、獣、そして一誠が振り返った。姿を見た途端に彼は涙を溢れさせる。
『オーフィス……』
『……赤龍帝、大丈夫?』
ごく自然に彼に寄り添うオーフィス。予測しなかった乱入者にレイナーレは声を荒げた。
『あら、新しい彼女? 何時からロリコンになったのかしら』
嘲笑いながら二匹の獣を差し向ける。だが相手が悪過ぎた。彼女が少し手を振っただけで獣は砂となり崩壊した。何が起きたのか全く理解できない。それはレイナーレのみのらず一誠もそうだった。
やはり彼女の隣に立つ日は遠い。改めてそう実感した。
『……邪魔』
『ヒイッ!?』
オーフィスが右手を向けるが、その腕に一誠が触れた。ゆっくりと下に降ろしていく。もう怯えは無かった。
『こいつは俺が倒す』
″赤龍帝の籠手″を翳し、音声と共に鎧を纏う。一歩ずつ噛み締めながら彼は足を進めた。初恋に決着をつける為に。
もうレイナーレに余裕は見られなかった。後退りしながら必死に命乞いをする。
『イッセーくん! 私を助けて!』
一誠の足が止まった。
『私、貴方の事が大好きよ! 愛してる! だから──』
もう限界だった。高密度の魔力弾を手から放った。紅蓮の魔力は彼女を包み込んだ。
『──グッバイ、俺の恋』
あの時と同じ台詞を一誠は敢えて告げた。灰も残さずに消え去っていくレイナーレに果たして聞こえただろうか。そんな事を頭の片隅で考えながら、オーフィスに視線を移す。
『迷惑かけて、ごめんな。……そして、ありがとう』
消えていく。黒が、恐怖が溶かされていく。鎖から解放されるような感覚だった。
オーフィスは淡々と呟いた。
『……帰ろう、赤龍帝』
そう言うと彼女は一誠の腕を引っ張った。天には光が見えていた。
『……兵藤、一誠』
逆光でオーフィスの顔は見えなかったが、笑っている気がした。そして視界は白に覆われた。
──life.49 ツインダイバー──
一誠の意識は目覚めた。最初に見えたのは心配そうに覗き込むオーフィスの顔だ。
首に当たる柔らかさと冷たさ。どうやら膝枕されていたらしい。
「オーフィス」
「……ん、目が覚めた?」
オーフィスだけでは無い。ヴァーリ、更にはリアス達も見える。自分は何をしていたのか。記憶が無い。
「此処はレーティングゲームのフィールドだ。お前は″覇龍″と化したんだ。だから荒れ果てている」
「そうか……心配させちまったな」
「構わないさ」
それからリアスを見た。申し訳無さそうに顔を俯かせる彼女に本当なら罵声を飛ばしているが、今回ばかりはそうもいかない。
だが、それでも、顔も視線も合わせる事は無かった。
「……行こう」
「そうだな、皆にも心配を──」
起き上がろうとした彼は地面に倒れ伏した。その左腕は禍々しい龍の腕と化していた。