「何で変異してんだよ……ッ!」
檻は怪力に耐えきれず無惨にもへし折られ、二匹の黒い獣が降り立つ。彼等の胸部には、顔らしきものが見えた。一誠の両親だ。
「まさか、ジークフリートが戦った奴なのか!?」
「ひ、酷い……」
直視出来ない光景にリアスは吐き気を感じた。第三者でさえ、その状態なのだ。実の息子である一誠の心は潰れる寸前だった。
と、彼は鎧を解除し、ふらふらと歩きながら今にも倒れてしまいそうな足取りで名を呼ぶ。
「なあ、俺をからかってるんだろう? 俺が親不孝者だから、家にも帰らないから。その仕返しなんだろ?」
周囲の制止も聞かず、彼は足を進めていく。
「解ったよ、せめて顔ぐらいは見せる。だから──」
「危ない、イッセー!!」
視界が横に逸れた。見れば、紅の髪が視界に映る。リアスだ。そう認識した直後に豪腕が頭を掠めた。黒い獣、──いや、一誠の母親が繰り出した一撃だった。
彼女に抱き抱えられたまま、二人共に床を転がっていく。やっと止まった時にはリアスと一誠は埃にまみれていた。
止まるや否や、彼女を押し退けて立ち上がる。やはり両親は獣だった。
「あ、ああ……。父さん、母さん……」
『グギュヴヴヴゥゥゥウア!!』
一匹が床を強く蹴った。喚きながら、莫大なエネルギーの塊となって飛び出していく。巨大な弾丸が迫るのを彼は黙って眺めるだけ。
必死にリアスが手を伸ばすも届きはしない。だがぶつかる直前、間に飛び込んだ小さい影が獣を受け止めた。そのまま腕を掴み、もう一匹に向けて放り投げる。轟音と共に獣達は倒れ伏した。
影の正体、オーフィスは振り向く。何時もの冷静さを失った兵藤一誠がそこにいた。
「……赤龍帝、攻撃しない?」
「オーフィス。そうだ、オーフィスなら元に戻せるだろ? 頼む、二人を戻してくれ! 俺の両親なんだ、あんな獣でも俺の大切な親なんだよ!!」
「……無理。獣の構造、把握してない」
「そんな──」
最後の希望だったオーフィスすらも獣を元に戻すことは叶わず、最早万策は尽きた。
狂った雄叫びが聞こえた。パワーのみならず回復力も高いのか、オーフィスの攻撃を受けて即座に立ち上がっている。あれでは本当に化け物だ。
『オォォォォォォン!!』
降り下ろされた二つの右腕を、彼女はガードしようと身構えた。だがオーフィスの前にリアスが立つ。滅びの魔力を前方に展開した。バアルから受け継ぎし″滅び″は黒獣の指先から順番に、無へと返していく。
涙を流しながら必死に中止を訴える一誠を、リアスは敢えて見ようとしなかった。
「ごめんなさい、イッセー。私は″王″として眷属を守る義務があるの」
「ふざけるな、リアス・グレモリー!! 今更になって何が″王″だ!! 退けよ、そこを退けッ!!」
「私はもう逃げない。だから、退かない」
苦しそうな声を漏らしながら獣は一旦、後方に跳躍した。両方とも右腕は綺麗に抉り取られている。魔力を消したリアスに一誠は詰め寄った。
「貴様、良くも──」
その先はパンッ、という何かを叩く音に遮られた。呆気に取られた顔で目の前を見る。
叩いたのは、オーフィスだった。
「……赤龍帝、いい加減にする」
ビシ、と指を突き立てるオーフィス。
「……我に親は存在しない。故に両親の事について我は解らない。でも今まで観察した結果、これだけは理解できた。このままなら、二人は永遠に苦しむ」
解っていた。心の何処かで自分がやるしかないと。叶うなら元に戻って欲しいと願った。
だからリアスに掴み掛かったし、オーフィスにも戻してくれと懇願した。その結果がこれだ。
一誠の感情は爆発した。
「あ、うあ……うああぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『Welsh Doragon Balance Breaker!!!!!』
具現化した紅蓮のオーラに身を包み、赤龍帝が宿りし鎧を宿す。魔力に反応したのか獣達が一誠に狙いを定めた。漆黒の魔力を口から吐き出すも、容易く阻まれる。
生じた隙を突いて、一誠は高速で二匹の眼前に駆けた。
「そんな魔力よりも、母さんの拳骨の方が痛いんだよ!!」
『BoostBoostBoostBoostBoost!!!』
鳴り響く倍加の音声を乗せて、拳を思い切り顔に捩じ込んだ。堪らずに身体が浮いたところに連打を浴びせていく。振り向きざまに、もう一匹にも魔力弾を投げた。
『グガァァッ!』
苦悶の声をあげる獣。容赦はしなかった。
「どうした、父さんなら耐えれるだろ! 腕相撲だって結局一度も勝てなかった!! 息子に越えられるのが夢なら俺よりも長生きしろよ!! 母さんだって吠えてる暇があるなら、また料理作ってくれよ! もう食えないとか嫌なんだ!! 釣り、プラモ、それから色々……また一緒にやると約束しただろうが!!」
殴る、ひたすら殴る。それが息子として最後に出来る事だ。
『ヴァァァァァァア……ッ』
二匹は抵抗もせず、殴られた。時々か細い呻き声を呟くだけで倒れたまま動こうとしない。泣いているようにリアスは思った。
不意に獣達が口を大きく開き、魔力を集める。ビームを放とうとしている合図だ。
一誠はそれよりも先に魔力弾を射った。胸部に露出した人間の顔を貫いた。魔力は四散し、持ち上げかけた首は糸の切れたように崩れていく。直後、彼の脳裏が白に染まった。
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『立派な男の子です』
病院の一室で、一人の女性が横になっている。その傍らに設けられた小さなベッドには、産まれたばかりの赤ん坊が寝息を立てていた。
『……俺の、子供──子供か』
『ええ、私と貴方の子供……。名前は決まっているの?』
『勿論だ。この日の為に何度も徹夜して考えた』
笑顔で男は告げた。
『一誠、だ。一番、誠実に生きてほしい。そんな願いを込めた』
『良い名前ね。産まれてきてくれて、ありがとう……イッセー』
視界はまた白に濡れていく。
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何時の間にか、一誠は現実に引き戻されていた。目の前には獣が倒れているばかり。胸部にあった顔の元に彼は歩み寄った。
やはり父親と母親だった。ポツリポツリと二人は何かを呟いていた。身体が動かなくても、目だけは一誠を向いている。
「イッセー。君はイッセーだろう……?」
「私達を置いて死ぬ筈が無い。そう信じていたわ……」
血に染まった顔で二人はただ微笑んだ。それは息子の無事が解った事による安堵。
「生きろ、イッセー……」
「そんな遺言みたいな事を言うなよ! 立ち上がれよ、明日また仕事があるんだろ!?」
気配すら感じさせず、彼の隣にはオーフィスが立っていた。影に気付いた母が彼女に話す。
「君の名前は……?」
「……我、オーフィス」
「そう、オーフィスちゃん……イッセーを宜しくね、この子は寂しがりだから…………」
最後の力を振り絞り、二人の獣はしっかりと手を握り合った。サラサラと徐々に砂となっていく。一誠は慌てて掴もうとしたがもう遅く、触れた箇所は維持できなくなり崩壊した。
思い出が、両親が、そして一握の砂が。風に吹かれ消えていく。
「さようなら、イッセー……」
「私達の子──」
そして全ては消えた。
「──死んだ。父さんが、母さんが。死んで……」
瞬間、一誠の意識は黒に喰われた。呪詛、怨念。そういった類のものが彼に雪崩れ込んでいく。亡者の囁きが、復讐を願う
それすらも今の彼にとってはどうでも良かった。だから唱えた。
禁忌の一つを。
「我、目覚めるは────」
──life.47 変異──