「やあ、早いね。リアス・グレモリー」
「ディオドラ! アーシアを何処……に……」
「あ、リアス部長」
駆け付けたリアスの怒号は急速にすぼんでいった。彼女達はアーシアが拘束されているものと思い込んでいたが、実際はどうだろうか。一目で高級と解る純白のテーブルに、装飾のなされた椅子。洒落た喫茶店の屋外に飾られていそうだ。
紅茶を啜りながら笑顔で談笑している二人に、リアスは訊ねる。
「えーと、二人は何をしているのかしら?」
「何と言われても。ちょっとしたお茶会さ。かつて助けて貰ったお礼をしたくてね」
そう言えばアーシアは悪魔を救ったせいで追放されたと聞く。まさかディオドラがその相手だったとは。驚きながらも彼女は続けた。
「そうじゃなくて、そこは普通もっと別の理由を言わないかしら? 例えば、アーシアを手に入れる為だ、とか」
「お、僕の真似か。似ているねえ。それじゃあ次は──」
「部長のワンマンショーでは無いですから、冗談は程々にして下さい」
木場の進言に、お題を聞こうと身を乗り出しかけたリアスは慌てて身体を引っ込める。爽やかにディオドラは笑った。
「ははは、緊張は解けただろう? ……でも、今から起きる事は冗談じゃ無いんだ。──全て、現実だよ」
合図と共に上からゆっくりと檻が降ろされてくる。中に入っている影を見て、リアス達は声をあげた。
「イッセーのお父様!? それにお母様も!!」
中に居たのは一誠の両親だった。気絶させられたのか、眠っている。
「どういう事だ!」
叫びながら、デュランダルを亜空間から取り出すゼノヴィア。その他の面々も滅びの魔力、雷、聖魔剣と武器を並べる。唯一戦意が見えないのはアーシアだけとなった。
手に引っ掛けたティーカップをテーブルに置いて、彼は部屋の入り口を見た。広がる闇にディオドラは言葉を投げる。
「いるんだろ? 兵藤一誠」
カツン、と足音が響いた。リアスは後ろを振り向き、そして彼と目が合った。
「イッセー!?」
一誠の登場にゼノヴィアとディオドラ以外のメンバーは涙腺を決壊させた。特に主として何も出来なかったリアスは小さな子供のようにただ泣いている。
そんな彼女達を無視して、一誠は黙って鎧を展開した。
「退け。今の俺に馴れ合う余裕は無い」
「イッセー……」
かき消えるような彼女の言葉にも、一誠は耳を貸さない。真っ直ぐディオドラの下に向かっていった。
彼もまた立ち上がる。その表情に今までの優しさは微塵も感じられなかった。まるで歴戦の戦士のような気迫だ。
「ディオドラさん……」
「アーシア、君は下がっているんだ。巻き込みたくない」
朱乃に手を引っ張られて、アーシアは部屋の隅に移動させられる。何重にも張られた防壁の中にリアス一行は避難した。これから起こる激戦を無意識に感じての行動だった。
彼女達の安全を確認してから二人は対峙する。
刹那、二人の拳は衝突した。
▼
「直ぐにゲームを中止するんだ!」
「駄目です、何者かに術式が書き換えられています!!」
魔王としてゲームを観戦していたサーゼクスは大慌てで部下に中止を命じた。しかし返ってきたのは不可能の言葉。指示を重ねる彼を眺めながら、VIP席にに招待されていた神々は嘲笑う。
「コウモリめ、真っ青になっておるわ」
「良い気味じゃ。儂らの土地を奪い取った罰なのじゃ」
「ま、面白い見世物だNA!」
和気藹々といった様子で不平不満をぶちまける三人。そんな彼等を置いて、オーディンはある神と酒を交わしていた。
「──という訳で、儂達は遺恨ある三大勢力を潰そうとしておる。貴殿にも協力して貰いたい」
「確かに悪魔には手を焼いてるってよ。″
ジャッカルの耳を生やした少年は心底嬉しそうに承諾した。彼こそエジプト神話における冥界神アヌビスである。
北欧、冥府、須弥山、日本、そしてエジプト。三大勢力に敵意を持つ神話は確実に集まっていた。
心強い仲間の誕生に笑みを深めるオーディン。その視線の先には、ゲームフィールドを映すモニターがあった。
──life.46 カウントダウン──
「これで、どうだ!」
ディオドラは魔力弾を乱射する。折り重なるアスタロトの紋章から打ち出された高密度の魔力を、一誠は軽々と避けた。
だが後ろに飛んでいった筈の弾は大きく弧を描いて尚も彼を追う。一誠は目を見開いた。
「自動追尾か、厄介な」
「逃げても無駄だ、兵藤一誠! 確実に対象を追い詰めるのだからな!!」
「ならば、全部落とすまでだ」
立ち止まり、拳に力を込める一誠。そうして迫り来る魔力の一つに殴り掛かった。その瞬間、魔力弾が急激に膨張していく。
罠だ。頭がそう理解した時には遅く、零距離で爆発を喰らった。動きを完全に止められた後に次々とぶつかる弾。連続的な爆音と煙を一誠は浴び続けた。
「があ……ッ!」
堪らずに床に倒れ込む。そんな彼の前にディオドラは歩み寄った。その時、新たに転移魔法陣が出現した。紋章は″
リアスは現れた影に見覚えがあった。若手悪魔パーティーの時、上層部の席に座っていたのを鮮明に覚えていたからだ。
「ファンキャット・アバドン……」
「良くやった、ディオドラ。君の役目は終わりだ」
そう言い放ち、突如右手を彼に
「ははははッ、これで私の作戦は成功だ! 眠れ、哀れなディオドラ!! 貴様の美しい眷属は私が責任を持って管理してやる!! ははは──え?」
ディオドラは徐々に薄くなっていく。悪魔が消滅する時の光だとも思ったが。その光すら見えない。まさか、とファンキャットは叫んだ。
「思念体か……!」
「ピンポーン」
何事も無かったかのように、一誠は立った。傷は見当たらない。
「お前が俺の両親を誘拐したのは知ってるけど、監禁場所が分からなくてさ。それで謀ったんだよ」
「おのれ、裏切ったなディオドラ! 眷属がどうなっても良いと言うのか!!」
魔法陣を出現させ、部下と連絡を取ろうとするも出る気配は無い。ツーという音が流れるだけである。
「まさか、奪還されたのか!?」
「部下はあの世に、眷属達は主の下に。因みにディオドラ本人も安全なところに避難済み。さて──死ぬ覚悟はできているか?」
怒りを放出しながら、ファンキャットを睨む一誠。対する彼はすっかり戦意を喪失していた。小便を漏らしながら惨めに後退りしてしまっている。
しかしファンキャットの首をへし折ろうと近付いた、その瞬間。メキャリと何かが曲がる音がした。
グニャリ、ボコボコッ。影は加速度的に膨れ上がっていく。
「……おい、嘘だろ」
一誠は涙と共に、吼えた。
「どうしてだよ! 父さん、母さん…………ッ!!」
『グギュァァァァァァァァァァァアア!!』
檻の中に居た筈の両親は何処にも見えず、代わりに二体の黒い獣が閉じ込められていた。