魔帝剣グラム。全ての剣を統べる″帝王の剣″が一振りにして、最強の魔剣である。伝承では主神オーディンから強健の英雄シグムンドに与えられ、彼に勝利をもたらしたとされる。
しかし、オーディンは次第にシグムンドが戦う事を望まなくなり、グングニルの一撃により剣はへし折られ、自身も戦死するという最期を遂げた。
その後、グラムは子のシグルドに受け継がれたが彼もまた義兄達に暗殺されている。そして、親子二代を死なせてしまったその剣は恐怖と羨望を込めて″魔帝剣″の称号を送られ、以降次々と使い手を殺していく事となる。
「祖先の呪いか、或いは祝福なのか。僕はグラムと巡り会った。ノートゥング達にも認められた。今では″
まるで龍の頭部を模した形状に変貌したグラム。ジークフリートは紅の刃を眺めた。血に塗れた刃は透き通る水面の如く自分の顔を映し出す。
戦いの最中にも関わらず、刃の中の英雄は笑っていた。
「──斬ろう、グラム。僕の前に立ち塞がる敵。友を脅かす悪意。そして仲間に牙を剥く獣。僕は仲間を守る剣となる!!」
使い手の意思に、グラムもまた輝きを放ち呼応する。それは醜く薄汚れた光にあらず、仲間の未来を照らす優しさにして、悪なる者を滅ぼす憤怒の帝王だ。
目映い煌めきに圧されたのか、影獣は呻き声を溢しながら後退りする。だが今更退いたところでもう遅すぎた。英雄の怒りは神速を越えて届くのだから。
「魔帝剣グラム、解放……ッ!!」
初代シグルドが所有者であった頃、彼は龍王ファーブニルに戦いを挑んだ。三日三晩の激戦の末に勝者は決まらなかったが、その際に使われたグラムはファーブニルの血を浴び過ぎた。
その結果、魔帝剣グラムは龍殺しの呪いを有しながら、龍の魔力をも獲得してしまったのである。これ程皮肉な話は他に無い。
「歴代所有者の中でグラムを解放した者はいなかった。何故なら解放する前に死んでしまったからさ。だから君がこの姿を初めて見るんだ。尤も、見た時には死ぬけどね……」
『グギャ……!!』
魔帝龍剣グラム。解放されたその能力は″致死″。血の主であるファーブニルから受け継いだ猛毒が刃を形成しており、掠り傷ですら染み渡り敵を必ず抹殺する。
ただし使い手も例外ではなく、刃に触れれば即死してしまう点はまさに所有者に不運をもたらす魔剣だ。
解放した瞬間にどっと情報が脳内に雪崩れ込む。小難しい説明を彼は一蹴した。
「要するに触れなければ問題は無いさ。僕は今、グラムに試されている。この程度の奴に負けるなら″魔剣″の称号は名乗れないと!」
獣は戦慄した。彼はジークフリートよりも体躯があり、体格では負ける要素は何処にも無い筈だ。
だがどうしたことか。目の前には巨大なドラゴンが見える。部屋にやっと収まっている、自分の更に上をいくサイズのドラゴンが大口を開けた。虚空を直視してしまった哀れな獣は狂った。
『ギ、ギェェェェェェエ!!』
精一杯威嚇し、無謀にも突っ込んでいく。グラムの刃が降り下ろされ頭頂部に食い込んだ。スローモーションのギロチンさながら綺麗に両断されながら獣は倒れた。
二つに分断されれば何も出来ない。手足を痙攣させていたがそれも直ぐに終わった。
今度こそ獣が死亡したのを確認してからジークフリートはグラムの解放を抑え込んだ。特に抵抗する様子もなく元の形状に戻っていく。
「終わりましたよ、ロスヴァイセさん」
「ジークフリートさん、生きてて良かった……もし死んでいたら私は……」
「ふふ、貴女を置いて死ぬ訳に……ッ!?」
グラムを解放した場合、所有者の体力は殆ど空になってしまうという代償がある。最悪の場合は寿命すらも容赦なく吸い取っていく。
貧血に似た感覚が彼を襲い、ジークフリートは思わずその場に座り込んだ。
「魔帝剣グラム。やはり莫大な代償があるのか……」
激闘だったが、お陰で守るべき人は無事だった。そう思うと少しは気が安らぐ。アーシアも、一誠の母親も守り通したのだ。そう思いながらグラムを収納した時だった。
突如、仮面を着けたスーツ姿の男が現れた。
見た目は単なるサラリーマンに思えるがその中身は全く別物だと二人は察した。獣の襲来の直後にやって来る等、怪しいにも程がある。
男は畏まって礼儀正しいお辞儀をした。
「まさか、あれを倒すとは思っていませんでした。今後は更なる研究が必要ですね。それに魔帝剣の解放。実に興味深いです」
「……お前は誰だ? 目的は?」
「目的とは、可笑しな事を仰られますね。私の目的は既に手中に収まっていますが?」
男の言葉に一瞬首を傾げたが、ロスヴァイセが声を漏らした。彼は一誠の母親を小脇に抱えていたのだ。男の動作に細心の注意を払っていたというのに、誰も気付かなかった。
「では、またお会いしましょう。ロスヴァイセ様、ジークフリート様」
ジークフリートが追い掛けようとするが、その前に彼は消えた。兵藤一誠の母親と共に。
──life.44 誘拐⑤──
「お疲れさん」
「この仮面は鬱陶しいですね。正体を隠す為には仕方無いですが」
仮面を外しながら、男は一誠の母親を地面に置く。地面には転移魔法陣が描かれていた。
「後はファンキャットの下に転送すれば完了です」
「うひゃひゃひゃ! それにしてもお前さんも大した悪党だぜ!」
「五月蝿いですよ、少しは黙っていて下さい。──リゼヴィム・リヴァン・ルシファー」