はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(今回はディオドラ来訪の前の話)


life.43 誘拐④

 泣き疲れたアーシアをソファに寝かせ、ロスヴァイセはこれからの悪魔情勢を自分なりに予想していた。特に兵藤一誠の件は驚愕しかなかった。

 なんて愚かなことをしたのだろうか、と彼女は第三者の視点から酷評する。

 

「馬鹿ですよ。有能な人材を自ら手放すなんて、正気の沙汰と思えません」

 

 本人達はどう思っているのか知らないが、少なくとも外部から見れば愚行でしかない。メディアを用いて責任転嫁に必死らしいが、自分達の行動が己の立場を削り取ると何故分からないのか。

 

「上司が無能とは、一誠さんも可哀想です」

「いや、そうでもないよ。彼はあれで結構幸せそうだ。ゲオルク曰く、この間もオーフィスとイチャイチャしてたらしいからね」

「あの″無限の龍神″とですか!? 流石、三大勢力会談に単独で殴り込んだ男です!」

「身体をまさぐってたらしいけど」

 

 麦茶を啜りながら雑談に興じる事、数分。ロスヴァイセの頭に疑問が生じる。一体、この銀髪の青年は誰なのか。

 

「失礼ですが貴方は……?」

「おっと、僕とした事が自己紹介を忘れていた。失礼」

 

 コップを置き、青年は恭しく一例する。何処から取り出したのか、禍々しいオーラを放つ魔剣を肩に担ぎ、しかし剣とは正反対の爽やかな笑みで彼は名を明かした。

 

「かつて剣聖と謳われた英雄シグルドの末裔。名をジークフリート。ジークと呼んでくれ。″禍の団″を構成する派閥が一つ、英雄派の幹部だよ」

「″禍の団″ッ!? 何時の間に!?」

「曹操に見張りを頼まれてね。そうしたらディオドラと、更にはオーディンまで来るじゃないか。気になって様子を窺いに来たのさ」

 

 ロスヴァイセは最初こそ術式を顕現させようとしたが、やがてその手は止まった。

 彼に敵意を感じなかったからだ。

 そもそもジークフリートがその気なら麦茶も飲まず、雑談もせずに問答無用で斬りかかっている。ロスヴァイセは落ち着きを取り戻すべく話を再開させた。

 

「そもそも英雄派とは何ですか?」

「文字通り、英雄達の末裔が集まって作られた派閥さ。僕達の共通点は三つ。″神器″を所有する者であり、″神器″に人生を狂わされた者であり──そして三大勢力を憎悪する者だ」

 

 そう力強く告げるジークフリートの目は、強い意志を持っていた。

 

「僕だって″神器″が発現してから、親に忌み嫌われ捨てられた。教会では聖剣計画に参加させられ、訳の分からない実験を繰り返された。尤も、だからこそ魔帝剣と契約出来たし、曹操に誘われたんだけど、納得なんて出来る訳無いよね……」

 

 きっとその辛い過去は言葉だけじゃ終わらない。だから行動で示すのだろう。急に声を荒げたせいで息が乱れている彼を、ロスヴァイセはただ黙って見ていた。

 

「醜いね。こんな僕が英雄だなんて」

「それは……」

 

 咄嗟に言葉を紡ごうとしたがジークフリートは手で制した。

 

「慰めも同情も要らないよ。僕は今一番、人生で輝いている。英雄派は、僕達と同じように″神器″のせいで路頭に迷っている子供の保護活動を行っている。子供達の笑顔が僕を強くする。……だから、僕は戦える」

「ジークさん、貴方は──」

 

 その瞬間、床に巨大な文字が浮かび上がった。更に文字に沿うように幾つもの線が隅々まで広がっていく。

 ジークフリートは察した。これは家を覆う大きさの()()()なのだと。

 ロスヴァイセの表情が一変する。

 

「まさか、()()()()()()侵入者……」

「悪意だって?」

「兵藤家には、予め家を覆うように巨大な結界術式を描いています。発動条件は──()()()()()()()()()()()()!!」

 

 気付けば、目の前に人型の獣が立っていた。目鼻は無く、全てがどす黒い影のような異形。強いて違いを挙げるなら、牙の生え揃った口がある点だ。

 急いでアーシアと一誠の母親を転移させようとするが、術式は現れない。

 

「な、なんで転移出来ないの!?」

「原因は一つしかありませんよ」

 

 そう言って彼は魔帝剣の切っ先を獣に向けた。悪意の塊であるそれは、ありとあらゆる呪詛を吐く。

 

『グギュゥゥゥアアアアアアアアッ!』

 

 ロスヴァイセも獣を一瞥した後、剣を出現させた。もう形振り構ってはいられない。それはごく自然の提案だった。

 

「……どうでしょう、ジークフリートさん。この一戦、共闘しませんか?」

「ありがたい。貴女なら背中を任せられる」

 

 二人は不敵に笑う。迎えるは悪意、正体不明の襲撃者。合図と同時に戦乙女(ヴァルキリー)と英雄は駆け出した。

 

 誰かを守る為に。

 

 ──life.43 誘拐④──

 

 ジークフリートの背中が醜く盛り上がった。異様に膨れ上がった影は服を引き裂き、まるで産み落とされた赤ん坊のように這い出る。鱗がびっしりと生え揃うそれは龍の腕だ。

 驚きで声も出ないロスヴァイセを他所に、彼は剣を構えた。

 

「最初は三刀流からだ。ノートゥング、ダインスレイブ。そして魔帝剣グラム! 一太刀目で死んでくれるな!!」

 

 その宣言が戦闘開始の合図だった。洗練された動きで、三つの剣を振るう。

 

『アギュゥア?』

 

 対する影獣は動かない。魔剣の一撃、元教会戦士の斬撃が目前に迫ろうと瞬きすらしなかった。バシン、と何かを叩き付ける音がした。

 

 本来なら簡単に切り裂いた筈だ。しかし、その光景を目にした瞬間、二人は凍り付いた。

 見切る事すら難しい攻撃を全て片手で受け止めたからだ。咄嗟に剣を戻そうとしても離れない。尖った爪はしっかりと剣に食い込んでいた。

 

「これは厳しいね! このままではダインスレイブがへし折られるッ!!」

「ジークフリートさん、任せて下さい!」

 

 一際強く床を蹴りロスヴァイセが跳んだ。その右手には光り輝く魔法陣が描かれている。美しい声で詠唱を紡ぎだした。

 

Wir beten(我等が祈りよ),Binden Sie den Feind(敵を封じたまえ).──Langeweile(戦乙女の鎖).」

 

 大量の濁流が獣に襲い掛かる。黒く染められた水はまるで一匹の龍の如く動き、激しい抵抗を意に介さず悪意の塊を包み込んだ。

 最初こそもがいていた獣も酸素を奪われてはどうする事も出来ないのか、やがて手足は力を失い垂れ下がる。

 

 馬鹿げた怪力からやっと解放されたジークフリートは剣を撫でながら、呆気ない幕切れに嘆息した。疲れたのか龍の腕を戻している。

 

「……殺したのかい?」

「ええ、恐らく。後はオーディン様に連絡して、この獣を運んでもらえば一件落着です」

 

 彼女もまた安堵の声を漏らした。

 

 

 あるビルの屋上で二人の男が話していた。彼等の顔は商談が上手く進んでいるサラリーマンのように朗らかだ。自身が行っている悪意とは違って。

 

「へいへーい。そろそろ種を明かして欲しいにゃー」

戦乙女(ヴァルキリー)が描いた結界術式を書き換えました。元は侵入者を閉じ込める為のそれに手を加えまして、現在は私しか出入りが出来ないようになっています」

 

 銀髪を弄くりながら、彼は一先ず言葉を区切った。

 

「解除するにはあの獣を倒すしかありませんが、彼女と、そしてグラムの所有者は中々に手強いですね。──これでは困るので少し()()()()()()()()

 

 

 獣を閉じ込めていた水龍が突然、崩れ落ちた。頭から順番にただの水に()()()()()()。何が起きたのか解らないロスヴァイセは必死に維持しようとするが、無情にも水は床にぶちまけられた。

 支えを失い落ちていく獣の意識が、覚醒していく。

 

「不味い、目覚めるぞッッ!!」

 

 急いでグラムを突き刺そうとするも時僅かに遅く、悪意は勢いよく解き放たれた。豪腕で弾き飛ばされ壁に激突する。

 

『ギュゥゥゥルァァァアアアアッ!!』

「な──」

 

 牙がロスヴァイセに向けられた。彼女の視界を大顎が覆った。だが寸前で彼女は横に突き飛ばされる。

 

 バランスを崩し、不規則に転がっていく視界が映したのは、獣の口から放たれた光線に身体を貫かれたジークフリートだった。

 

「ジークフリートさん……?」

 

 放心するロスヴァイセを落ち着かせようと口を抉じ開ける。だが吐き出されるのは言葉では無く、夥しい量の鮮血。ゴボリ、と腹に開けられた大穴から赤が流れる。

 一体何が起きたのか。停止した彼女の思考は再び動き、次に絶叫した。

 

「あ、あぁぁぁぁぁああ!!」

 

 興味を失ったのか、或いは殺したと思ったのだろうか。獣はロスヴァイセを見た。しかし今の彼女にはジークフリートしか映らない。

 彼の名前を呼びながら駆け寄った。

 

「無事で良かった……女性に怪我は似合わないからね……」

「ジークフリートさん! ジークフリートさんッ!!」

 

 意識を朦朧とさせながら、尚も床に散らばる魔剣を掴もうとする。だがもうそんな体力は残されていない。それどころか今にも目の前が真っ暗になりそうだ。

 そんな二人に容赦する筈もなく、影獣は腕を振り上げた。

 

 鉄槌が降される寸前で防御術式を展開したロスヴァイセ。一度は拳を受け止めたが、徐々に罅が入り始めてい

た。

 元々彼女は攻撃魔法が得意であり、防御魔法はあまり覚えていない。更に即興で描いたが故の脆さが悪影響を及ぼしたのだ。

 二度、三度と立て続けに襲う衝撃に薄っぺらな壁が何時までも耐えられる訳がなく、限界は確実に近付いていた。

 

『グギュゥゥゥヴァァァァァァァァア!!』

 

 そして業を煮やした獣の、巨大な咆哮と共に魔法陣は粉々に砕け散った。遂に二人を守る装甲は剥がされたのである。

 

「不味い………ッ!!」

 

 蟻を踏み潰すかのように獣は全体重を乗せて、鉄拳を振りかぶった。

 

 

「おや?」

「どうしたよ。気になる事でも?」

 

 男の言葉に彼は笑みを強めた。

 

「興味深い事があります。魔帝剣グラムが──()()されました」

 

 

 獣の右腕は消失していた。肘から先が虚空に吸い込まれている。何が起きた、何故腕は無くなっている。不思議そうに眺める獣は見てしまった。

 

 先程までの傷が綺麗に塞がっている彼を。ロスヴァイセを背に庇い立ち上がる青年を。

 

 禍々しく変貌した剣を構える、ジークフリートを。

 


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