激動の日々だった八月も過ぎようとしている。夏休みを利用している身であるソーナ達は人間界に戻らなければならない。屋敷の地下に設けられた駅で、彼女達は現当主リクスアや使用人の見送りを受けていた。
「それでは、元士郎くん。機会があれば是非とも来てくれたまえ。盛大に歓迎しよう。勿論、他の皆も何時でも遊びに来てほしい」
「あ、ありがとうございます!」
匙は必死に頭を下げる。その様子を見ながら使用人の一人がそっと目頭を抑えた。シトリー家に長年使えている執事長だ。心配したソーナが狼狽えると彼は心底嬉しそうに語った。
「私は嬉しいのでございます。ソーナお嬢様が婿殿を連れてこられたのですから」
「うむ、シトリー家の将来は明るいな! 君にならソーナを任せられる!」
「お、お父様!?」
狼狽するソーナとジト目を浴びせる仲間達に挟まれ、彼は深い深い溜め息をつく。
匙はリクスアが少々苦手だった。名前で呼ぶしやけにフランクだし、ダンディで渋い見た目からは考えられない程に茶目っ気がある。自分を認めてくれたと言えば聞こえは良いのだが。
列車に乗り込んで窓から最後の別れを告げる。大変な事件もあったが、それ以上に有意義な時間だった。
手を振るリクスア達が徐々に遠のいていく。そして冥界の景色は流れていった。
「で、この状況は一体……?」
缶コーヒーを啜りながらぼんやりと外を眺めている匙は、半ば現実逃避していた。自分の身体に胸や肩が乗っかり、少女特有の甘い香りが漂う。
リクスアが見えなくなるや否や、女性陣はてきぱきと動き出した。訳が解らずに硬直している間にも彼女達は自分の周囲に集まり、そして今は匙を中心におしくらまんじゅう状態となっていた。困惑する彼にソーナが答える。
「寒いのでおしくらまんじゅうをしようかと」
「さっき冷暖房のスイッチを弄くっていたのはそれですか」
「気にしない、気にしない! 元ちゃんも本当は嬉しいんでしょ?」
列車が目的地に着くまで未だ数時間はかかる。果たして自分の理性は耐えきれるのか。そしてトイレに行きたいという願いは叶えられるのだろうか。
苦笑しながら匙は再び缶コーヒーを啜った。
「匙くん、照れる事は無いでしょう? チームの仲間と親睦を深める機会ですよ」
「なんでガブリエルさんが!?」
──life.36 結果──
同時刻、リアス達もまた列車に揺られていた。青春しているソーナ達とは正反対に、中の雰囲気は通夜に近い。
木場はベッドに寝かされ、朱乃は俯いてひたすら何かを呟いている。アーシアとギャスパーは片隅で体育座りをしたまま微動だにせず、リアスに至っては焦点すら合っていない。唯一まともなのがゼノヴィアだけという有り様だ。
帰りも同行しているアザゼルは、仕方がないのでゼノヴィアと雑談をしていた。
「しかし、お前さんも大変だな。追放されるわ、転がり込んだ先がこの始末だわ。お前さんがフリーなら勧誘したいぜ」
「それは私も思っているが、拾われた身としては文句言えないだろう。そもそも私は修行中の身だ。勧誘されても断るさ。今回のゲームで改めて未熟さを思い知らされたよ」
ソーナとリアスのレーティング・ゲームは下馬評通り、ソーナの勝利で幕を閉じた。あまりにも悲惨なゲーム展開だった。
先ず、ギャスパーとアーシアの二人は、精神的な問題から欠場。
若手悪魔パーティーでの怪我が癒えていないにも関わらず無理を押して出場した木場は、ソーナの″戦車″である由良翼紗との交戦の末に敗北。更に傷が悪化した。
朱乃は雷を駆使して善戦するも、″女王″真羅椿姫の率いる部隊に包囲され、最後は雷を跳ね返されて敗北。自慢の雷を逆利用されたことが大きな精神的ダメージとなったようだ。
残ったリアスはゼノヴィアを引き連れてソーナの本陣に強襲を仕掛けようと試みるも、ゼノヴィアはその途中で匙と椿姫の連携に、そしてリアス自身もソーナとの一騎討ちに惨敗したのだった。
「しかし、気になるのは副部長の雷を跳ね返した謎の技術の方なんだ。記憶が確かなら、彼女達は″
彼女の疑問に、アザゼルの表情が変わる。どうやら彼も気になっているようだ。
「あれの正体は既に目星がついている。俺も信じたく無いがな」
「正体、とは?」
アザゼルはグラスになみなみと注がれたワインを一気に飲み干した。
「──俺が個人的に研究している″
「人工……!?」
そうだ、と彼はワインを注ぎながら話を続ける。
「強力な武器である″
「まさか……ッ!?」
考えたくは無いが、そうなってしまう。彼女の推測は現段階で一番可能性が高い。
アザゼルは溜め息を吐いた。そして断言した。
「──裏切り者がいる」