白タイルが周囲に敷き詰められた西洋式の白い噴水。公園のほぼ中心に建てられたそれは目立ちやすい色も相まって遠くからでも解りやすく、また公園というデートに似合う場所柄からカップルの待ち合わせに良く使われている。
しかし、そんな人々の癒しに一役を買っている噴水がまさか殺人の現場になると誰が予想出来たであろうか。その少女は光の槍を片手に、黒い翼をはためかせている。どう見ても人間では無い。
彼女は、″堕天使″と呼ばれる人外だ。神に逆らったから、邪な思いを抱いたから。そうした理由で天界から堕ちた者達は純白に輝いていた翼も卑しい黒に染まり、神の加護を失う。
堕天使が集う組織、″
聖書の神が作り上げた神器は人間が扱うには過ぎた存在。何かの弾みで暴走し人間界に被害が及ぶ可能性もある。その為に堕天使達は神器を宿した人間を殺害して回っている。
因みに保護と描きはしたが、保護されるのは強力な神器を宿している者のみであり、殆どは戦力にならないとして殺されるのが実態だ。
そして今、レイナーレは任務を果たした。即ち神器所有者の殺害。彼女の目前に倒れているのは槍で腹を貫かれた少年。数日前に偽名を名乗るレイナーレに告白され、そして初デートで殺された。
神器を宿してしまったという理由だけで彼の未来は閉ざされてしまったかに見えた。
レイナーレが居なくなった後で紅の魔法陣が鮮血で染められたタイルに描かれる。
浮かび上がるのは魔法陣と同じ色の髪を持つ少女、リアス・グレモリーだ。
しかし、彼女もまた人間では無い。堕天使と長年に渡り敵対している種族の一角。俗に″悪魔″と呼ばれる闇の者達である。彼女は血にまみれた少年を一瞥した。
「面白いことになっているわね。そう、あなたが……」
興味ありげな笑いを彼女は浮かべる。そして懐から紅い駒を取り出した。
チェスで使われる
それを少年の胸に押し当てると駒は溶け込んで消えていく。
「良いわ、兵藤一誠。私の眷属となって生きなさい………」
身体に入れられた駒が少年本来の心臓を動かしていく。再び全身を血液が駆け巡り同時に傷口を治す。
彼女が入れた駒、″
リアスは彼が息を吹き返した事を確認すると、そっと抱き上げた。
その一部始終を見ていた兵藤一誠は、その少年が他ならぬ自分自身である事を理解させられていた。今自分が見ているのは、元主君であるリアス・グレモリーとの出会い。裏の世界に足を踏み込んだ瞬間だ。
「俺は、何で………」
自分はオーフィスと戦っていた筈だ。周りは戦闘の衝撃で荒れ果ててしまったトレーニング室だ。
なのに何故、目を覚ませば、公園にいるのだろうか。全くもって理解が出来ない。そこにやって来た、死んだ筈のレイナーレと
しかし彼らは一誠に気付く事も無く、見る事すらせずに噴水の前で話し合い、そして自分は殺された。会話の内容も同じ。
他人の幻術かと一瞬考えたが、レイナーレとの会話は二人だけが知る秘密だ。第三者が知っている訳が無い。
そして魔法陣からリアスが現れて、一誠は言葉を失ってしまった。
自分を棄てたリアスが、かつての想い人であったリアスが。以前と寸分変わらない、優しげな笑みで自分を拾った。
「………部長! 聞こえますか、部長!! 部長ッッ!!」
一誠は彼女に駆け寄った。しかし触れようとした瞬間、手がすり抜けてしまう。いくら腕を伸ばしても虚空を揺れるばかりで。それでも叫びながら彼は触れようとした。
「部長、見えてないんですか!!」
あの時から冷静沈着を装っていた一誠は、初めてこんなにも取り乱した。普段の彼からは考えられない程に、だ。それだけ今の状態が異常だった。
リアスもまた一誠を見ず、そのまま魔法陣で転移した。自分を抱き抱えていたことから、恐らくは一誠の家に運ぶのだろう。
「部長………」
腕ばかりで無く、声も虚空に呑み込まれる。そして一誠は地面を殴った。
「──棄てた筈だろうがッ!! 今更こんな物は見る必要無いんだよ!! なのに、俺は……ッ!!」
ブツン。そんな音が頭の中で響いて、一誠は崩れ落ちた。
──life.3 癒し──
ゆっくりと光が入ってくる。最初に視界に映ったのは、黒髪の少女だ。
「……オーフィス」
確認するように、一誠は言った。オーフィスは無表情のまま言葉を返す。
「……赤龍帝、目が覚めた?」
「オーフィス、オーフィスオーフィス……」
未だ力が入らない腕で、彼女の頭を撫でる。彼女の綺麗な黒髪が右手から流れていく。その直後、一誠は自分がオーフィスの膝に頭を預けている事に気付いた。
「ごめん、直ぐに退くよ」
「……もう、傷は良い?」
オーフィスが治療してくれたのだろう、特訓で負ったダメージは既に無くなっていた。だが失った体力までは取り戻せない様だ。満足に動こうと思えば、まだ時間が必要になる。
「ありがとうな、オーフィス」
彼はオーフィスにすがり付いた。彼女の名を呼び続けながら、彼は泣いた。今度は一誠の腕も声も呑み込まれる事は無かった。
オーフィスは、やはり何も言わなかった。ただ、黙って一誠の頭を撫でた。