はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(殿堂入り)


life.26 塔城小猫②

 ──life.26 塔城小猫②──

 

 遡る事、四十分前。

 

 首都リリスを一歩出れば、広大な森林が横たわっている。ある程度の実力者で無ければ立ち入る事が許可されないその森は、巨大な魔獣が我が物顔で闊歩している危険地帯だ。

 リリスとの境目には強固な結界術式が展開されている為に本来ならば問題無いのだが、今日に限って術式の一部に穴が開けられていた。

 丁度、子供が一人通過出来る大きさだ。

 

 闇夜という表現が相応しい森を、塔城小猫は必死に走っていた。その少し前を彼女と同じスピードで一匹の黒猫が駆けている。黒猫から微かに発せられる黒い魔力を探りながら、小猫はひたすらに足を動かしていた。

 

 道中、何体かの魔獣とすれ違いはするが、しかし何かに怯えたように獣達は逃げていく。

 やがて奥に進む程魔獣の姿が見えなくなる事を察した小猫は黒猫が向かっている先に実姉が居ると確信した。きっと魔獣達は姉の魔力に怯えているのだ。

 

 駆け抜ける事、数分。森の中心に辿り着いた彼女を迎えたのは古い大樹だった。

 その根元に姉は立っていた。

 

「黒歌、姉様……!」

「久し振りね、白音」

 

 音も気配も無く歩いてくる姉、黒歌。不意に悪寒が背中を走り思わず後ずさる。彼女の着ている黒い着物が揺れ、次には小猫の背後で黒歌が微笑を浮かべていた。

 

 「ねぇ、昔話をしてあげようか」

 

 驚く小猫を他所に彼女はポツポツと昔話を語り始めた。

 

「ある所に猫又の姉妹がいました。二人は何時も一緒でした。両親が病死して、家も身寄りも失って。二人は天涯孤独でした」

 

 二人はある日、貴族悪魔に拾われた。姉が眷属になった為、妹も屋敷に住める様になった。二人はこれで平穏な時間を送れると信じていた。

 しかし、その生活も長くは続かなかった。

 

「姉は仙術の才能が高く、魔力量も群を抜いていました。主君である悪魔は妹の方も才能があると思いました。そして契約を破ろうとしました」

 

 愚かな主君は、まだ未熟な妹猫に仙術を覚えさせようとした。だが仙術はとても危険な術だ。もし妹猫が扱おうものならば最悪の場合命を落としてしまうだろう。姉猫は懸命に説得しようとしたが、悪魔は聞く耳を持たなかった。

 

「そして姉猫は主君を殺した。──妹猫を守る為に」

 

 小猫は昔話の先を続けた。俯く小猫の言葉に、黒歌は頷いた。

 

「……姉は″はぐれ悪魔″にされちゃって、妹ともすれ違った。姉は妹猫を救えなかったの。それだけがずっと心残りだった。──ごめんね、白音」

 

 涙の音だけが背中に溶けた。風の声に混ざり、身体と一体になっていく。煌めくドレスも昔話の続きも先ずは関係無かった。きつく抱き締められ苦しくなったが、それ以上に嬉しく感じた。 

 

 二人の姉妹猫は黙って泣いていた。

 パーティー会場で黒歌の魔力を宿した猫を目撃した時、罠かもしれないと恐怖した。被害を出さない為にと敢えて一人で乗り込んだ。主を殺す姉の姿は今でも鮮明に思い出せる。

 それ程までに恐ろしい存在であった黒歌が、小猫の小さな背中で嗚咽を漏らしていた。今までのイメージが根本から洗い流されていく感覚だった。

 

 それから暫くして黒歌は着物の裾で涙を拭き、しっかりと小猫を見据えた。赤く腫れたその眼は泣いていなかった。

 

「今日、私が冥界にやって来たのは白音を助ける為。白音に、私や赤龍帝のような道を歩んでほしくないの」

 

 その言葉に小猫は眼を見開いた。何故、姉が赤龍帝である一誠の事を話題に出したのか。真剣な表情で黒歌の肩を掴む。

 

「一誠先輩がどうしたんですか!? 教えて下さい、姉様!!」

「そこから先は、本人に訊いて欲しいにゃ。こういうのは私の口から言えないからね」

「……それはつまり、″禍の団″に入れと?」

 

 黒歌は、暗にグレモリー家を裏切れと言っているのだ。

 上層部に殺されかけた自分を救ってくれたのはサーゼクス並びにグレモリー家の面々。裏切る真似はできないが、一誠の件で不信感があるのも事実だ。

 

 迷いを見せる彼女に黒歌は更に言葉を紡ごうとするが、直前に上空から焔が吐かれる。

 

 大質量の火焔は無防備な二人を襲うが、横から飛来した一本の長い棍によって防がれた。龍王クラスの火炎をまともに受け止めて尚傷一つ無い棍は回転しながら、樹の影から出てきた三国志の武将風の姿をした男の手元に戻った。

 

「空ぐらい警戒しとけよ。元龍王が入ってるぜぃ!」

「周辺には結界を展開していたのに。こうもあっさりと術を破るなんて、流石は″魔龍聖″ね」

 

 空中高くから風を切る音が聞こえた。見れば紫を基調とした体躯を誇る巨大な龍が翼を広げていた。口からは微かに火の粉が舞っている。

 

「ふん、パーティー会場から焦って出ていく小猫嬢を見かけて後をつけてみれば。──貴様らはもしや″禍の団(カオス・ブリゲード)″か。捕まえてサーゼクスに引き渡してやる!!」

「おうおうおう! やってみろ、タンニーン!! 俺っちは美猴! 宜しく頼むぜ、ドラゴンの大将さんよぉ!!」

「小僧が、図に乗るな!!」

 

 叫ぶ美猴の足下に光輝く雲が出現し、タンニーンへと一直線に飛び出していく。自由自在に棍を操り巧みに攻撃を加えようとするも全く当たらない。

 体勢を崩した直後に本気のブレスが叩き込まれる。

 一瞬の輝きと共に森が焼失した。空が赤く染まり、地には大穴が抉じ開けられる。それがかつて龍王を名乗ったドラゴンの実力だ。

 まるで隕石が衝突した跡の如く全てを更地にしたが、肝心の美猴自身は多少煙こそ出ているが目立った外傷は無い。

 

「あぶねぇ! やるじゃないの!!」

「フン! 孫悟空の末裔が何を企んでいる!!」

「知りたきゃ俺っちに勝つ事だねぃ!」

「ほざくな、猿がッ!」

 

 繰り広げられる孫悟空と龍の戦闘。触れた物を燃やし尽くす焔から小猫を庇いつつ、黒歌は魔力を練り始める。

 

「姉様!!」

「大丈夫! 私達は元龍王なんかに負けないから!! 白音は私の後ろに隠れてなさい!」

「──はいッ!」

 

 炎の熱気を感じながら、小猫は姉の背中に身体を預けた。

 


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