北欧神話の主神、オーディン。片眼を代償にして″ミーミルの泉″の水を飲み、膨大な知識を会得したとされる神である。
基本的には傍観主義で陽気な爺だが、いざ戦闘となれば戦槍グングニルを勇ましく振るい、美しさすら感じさせる計略を用い勝利する軍神だ。長い年月を経て衰えたが、北欧という大勢力の頂点に君臨するその実力は健在。
そしてゼウスや帝釈天に並んで、他神話に広く顔が利く神でもあった。
そんな彼は、冥界で執り行われる若手悪魔のパーティーに護衛を連れて出席していた。サーゼクスに神話交友の一貫として招待されたのである。勿論、オーディンには三大勢力と友好を結ぶつもりは全く無かった。
先だっての四神話会談にて主神達が決定した″
オーディンが考え付いた計画。それは今回のパーティーで若手悪魔の実力や主要な貴族達の情報を収集し、″禍の団″に横流しするというものだった。
まさか一神話の代表、それも北欧の主神ともあろう者が大それた事をする筈が無いだろうという盲点を利用したのだ。
「お久し振りです、オーディン様。ご出席していただきありがとうございます」
会場の上段に設けられたVIP席へ案内をしながら、サーゼクスは頭を下げた。 相手は北欧神話の主神、それを差し引いても自分より遥かに年上なのだから会釈程度の社交辞令は行わなければならない。
オーディンも内心では憎く思っているものの表面には出さず、出来るだけの笑顔を取り繕った。
「久しいな、サーゼクス。それにアザゼル坊」
「爺さん、それに悪神ロキ。大丈夫かよ、そんな過激派の急先鋒みたいな奴を護衛につけて」
アザゼルに睨まれたロキ。だが特に気にした様子も無く平然と言い返す。その眼中にはアザゼルの姿は無く、代わりに若手悪魔達が映し出されていた。
「……少し黙っていて貰いたいな。見極めるべき者達が見えなくなる」
──life.24 強襲①──
「私はシーグヴァイラ・アガレス、アガレス家の次期当主です。皆様、宜しくお願いします」
先程の騒動から暫く経過した後、改めて若手メンバーが集まり互いに自己紹介を交わしていた。主人が席に着き、眷属は後方で待機している。
「私はリアス・グレモリー。グレモリー家の次期当主です」
「私はソーナ・シトリー。シトリー家の次期当主です。宜しくお願いします」
普段から面識のある二人が続けて挨拶した。それに合わせて優しげな少年も口を開いた。
「僕はディオドラ・アスタロト。アスタロト家の次期当主です。皆さん、宜しく」
そして医務室に運ばれていった為、この場に居ないゼファードルを除けば残っているのはただ一人だけ。当然ながら全員、其々の眷属達も含めた視線が彼に集中する。
しかしそんな状況であろうとも彼、サイラオーグは決して余裕を崩さない。
「俺はサイラオーグ・バアル。バアル家の次期当主だ。同じ若手悪魔として、宜しく頼む」
こうして次の時代を担う五名が集った訳なのだが、やはり先程同じ若手であるゼファードルを圧倒して見せた男は格が違う。確かに他のメンバーも若手というカテゴリの中では充分優れているし、実力もある。
先だってのゼファードルにしても決して彼が弱かったのでは無い。彼も見た目や言動で弱く思われているがそれなりに強くはある。
サイラオーグはその程度の実力では無かったという単純な話だ。
果たして自分は勝てるのだろうか。
眷属の全力、そして自分自身の全力を総動員して。勝利を掴めるのか。
全員がそう考えていると不意に会場が暗くなり、前に設置された王座にスポットライトが当てられる。座していたサーゼクスは立ち上がると辺りを見渡しながら演説を開始した。
「諸君、よく集まってくれた。これは次世代を担う悪魔を見定める為、我々の結束を深める為に一定周期毎に行う会合である。そこに集まってくれている若手悪魔達は家柄、実力共に申し分の無い次世代達だ。だからこそ、デビュー前に力を高めて貰おうと思っている」
彼の言葉に呼応するかの様に、彼の一段下に座っている若い男が威厳のある声で告げる。
「昨今、世間を騒がせている過激派テロリスト集団。″禍の団″。不安もあるかと思うが、君達は我々先人が全力で守って見せる。勿論不安もあるかもしれない。自分達も充分に戦える、と思っている者も居るかと思う」
そこで一旦話を止めて、サイラオーグを見た。確かに不満そうな表情ではあったが、表立って言うという選択も出来ず黙って堪えていた。サーゼクスはそれを察したのだろう、男の続きを語った。
「しかし、あまりに無謀過ぎる。君達若者を失いたくは無いのだ。どうか理解して欲しい」
「……解りました」
彼も一応の納得を示し、サーゼクスは安心したような息を吐いた。
その後は座っている上層部によって今後についての説明が行われた。やがてそれも終わり最後の締めくくりにとサーゼクスは問い掛けた。
曰く、将来の目標。
普通なら少し考え込む。夢を持っている者も言葉を紡ぐのに多少の思考は行うし、質問を聞いていた貴族達も思わず考える素振りを見せた。誰しも必ず躊躇する問題。
「──俺は魔王になるのが夢です」
それを迷い無く言い切ったサイラオーグに、サーゼクスや上層部も声を漏らした。彼の澄みきった眼は説得力がある。普段は嫌味しか言わない老人達もこの時ばかりは称賛したし、バアル家と仲の悪い貴族達でさえ息を呑んだ。
そしてサイラオーグが更に続けようとしたその時、異変は現れた。
突如として空に描かれた黒い魔法陣。振り撒かれる闇の瘴気が全員に襲い掛かった。
「……まさか、″禍の団″ッ!?」
「襲撃か!」
咳き込みながら結界を展開する一同。やがてそれは二人の存在を吐き出した。
制服を着用した青年とゴスロリの幼女。
一転して戦慄に包み込まれた会場内。その中に塔城小猫の姿は無い。