その場に居る全員が目を覚ましたとき、辺りに広がる光景は殺風景な岩山であった。雑草すら生えていない僻地を前に、朱乃と木場は冷静に分析を開始する。
ふと、その途中で異変に気付いた。
「そう言えばリアスの姿が見えませんわね」
「アザゼル先生もです。何処か別の場所に転移させられたのでしょうか」
不安になりながらもメンバーを見回す。幸いにも重傷を負った者は居ない様で、皆が周囲を警戒していた。
それにしても、と木場は思考していた。
一体、この強制転移は誰の仕業だろうか。ピンポイントで列車に魔法陣を展開したということはら悪意を持って誰かが行ったという証拠だ。
考えられる最大の可能性は″
彼が自分達を狙って出撃したのであれば。
三大勢力会談での襲撃。現れた彼を木場は遠目からしか見る事が出来なかった。近付いただけで龍のオーラに焼かれて死ぬとサーゼクスに制止されたからだ。
事実その通りだった。
凶悪な魔力を纏い、グレイフィアを圧倒する迄に成長を遂げた一誠に対して″禁手″に至ったばかりの自分。
断言出来るだろう。絶対に勝てないのだと。
結局、彼はオーフィス、ソフィア、そしてヴァーリと共に退却してしまった。主君を守る筈の″騎士″は呆然と見ているだけ。
彼は暫く回想に沈んでいたが、違和感に気付き顔を上げた。
「──地鳴り! 何か来る!?」
岩をも崩すそれは巨大な存在の来訪を示していた。そして遂に影から姿を現したのである。
それは
解き放たれる業火を必死に回避し、反撃に転じる。
「どうやら味方で無い事は確かな様だね!」
「その様ですわね……!!」
即座に巫女装束を翻し、早々と上空に陣取る朱乃。
「部長が不在故に私が指揮を取ります。ゼノヴィアちゃんと小猫ちゃんはドラゴンを引き付けて下さい! 祐斗君はドラゴンを! アーシアちゃんとギャスパー君、私は支援に回ります!!」
一斉に全員が広がり、迎え撃つ体勢は整った。
再度繰り出される火炎は囮である二人に向かうが、騎士の速さ、猫系妖怪特有の身軽さを駆使して避けた。ドラゴンの炎の威力は岩を溶かして見せた事からも明白。もしまともに喰らえば致命傷は免れない。
隙を見て攻撃を加えるが、しかし攻撃がそもそも通らない。聖剣デュランダルすらも容易く弾き返す瞬間を、ゼノヴィアは見た。
「デュランダルが弾かれ──」
咄嗟に体勢を整えた直後に、焔の追撃。決して馬鹿に出来ないダメージを彼女達は負った。ゴウゴウと未だフィールドに残る温度をゼノヴィアは感じていた。
戦士時代に彼女は何度かドラゴンの討伐に成功した事がある。しかしそれは若いドラゴンだけ。
今現在、目前に迫るあれは自分が相対した龍とレベルが段違いであるという恐るべき事実。嘗ての猛者、コカビエル以上の威圧感を放つドラゴンを、彼女はただ睨むしか無かった。
今度は黄色の雷がドラゴンを襲う。朱乃の援護である眩い雷は一瞬ながら対象の視界を奪い去った。その間にアーシアが負傷した二人を回復させていく。考えられる戦闘パターンの中では一番マシな、各員の長所を活かした戦法だ。
そこにギャスパーが加われば、力及ばずとも抗うことは可能だろう。だが本人は怖がってしまい一歩も動けなくなってしまった。逃げないのは純粋に恐怖で動けなくなっているだけだ。
「時間を止めて下さい!!」
「頼む、ギャスパー君!」
司令塔の朱乃、攻撃役の木場までもがギャスパーに目を向ける。
向けてしまった。
その二人に、ドラゴンは狙いに定めた。
「オオォォォォォォォォォォ!!!!!!!」
双翼を展開し、朱乃よりも更に上空から拳を繰り出す。ギャスパーにばかり意識を向けていた二人は咄嗟の事に反応出来ず、勢い良く絶壁に身体をめり込ませた。着地点から放射線状にヒビが入り、次には朱乃と木場は糸が切れた人形の如く、アーシアの直ぐ前に転がり伏せた。
ズシリと重圧が増す。アタッカーであるゼノヴィア達は意識不明。自身は攻撃技を一切持たず、ギャスパーに至っては論外だ。
敗北は、確定した。
一歩、また一歩と破滅が歩く。音が重なるたびに死への階段が近くなる。そんな気がした。
そして遂にドラゴンの口が眼前に迫った。無数の牙を見た時。
「もう良いぞ、タンニーン」
不意にリアス、そしてアザゼルが崖上から姿を現したのだった。
──life.21 魔龍聖──
「こいつは″
悪びれぬ顔で解説するアザゼルにタンニーンが釘を刺す。
「フン、俺が来たのはサーゼクスに頼まれたからだ。──それを忘れるな、堕天使総督殿よ」
「騙すような真似して、ごめんなさいね」
種明かしから暫くの時間が経過した。ドラゴンの襲撃が茶番劇であった事に胸を撫で下ろす一同だった。だがアザゼルの顔付きは険しい。
「今回の事はサーゼクスの許可を得て俺とリアスが行った、言わば訓練の一つなんだ。少なくともお前らの弱点や克服するべき点は見えたぜ。──その前に厄介なイベントが横たわってるがな」