少しばかり時間が流れた。一誠は何処の派閥にも属さずただオーフィスと共に過ごしていた。今まで一人ポツンと玉座に座っていたオーフィスの隣に、彼は立っていた。
蛇を貰うためなのだろう。
周囲からはそう囁かれているが、一誠自身はそのような事など微塵も考えていない。
″蛇″というのは、オーフィスが作り出す魔力の凝縮体の通称である。見た目が蛇を型どっているのでそう呼ばれる。飲んだ者の力を大幅に引き上げる代物であり、実際に旧魔王派のトップたるシャルバ・ベルゼブブやクルゼレイ・アスモデウス、カテレア・レヴィアタン並びにその他主要な幹部達は全員が蛇を飲んでいる。
蛇の力は対象者を一瞬で前魔王級の実力者にまで上昇させる程だが、急激な変化に身体が耐えられず、やがては塵になってしまう等の副作用も存在する。
一誠は、そういった事実を周囲の会話から盗み聞いて知っていた。そしてそれ故にオーフィスの隣に居座った。
自分を拾ってくれたオーフィスへの恩義もあったが、何よりも彼は、オーフィスは近い将来に棄てられるだろう、と悟っていたからだ。
″
彼女の無限の力に目を付けた連中が彼女を騙し、強引に組織を立ち上げてお飾りのトップに添えて、挙げ句に蛇を作らせる。彼等は蛇量産機としかオーフィスを見ていない。
役に立たないと見なされれば、彼女は適当な理由を繕って見棄てられるであろう。仲間に棄てられた過去を持つ一誠としては何よりも耐え難い苦痛だった。
だからこそ、せめて自分だけは″オーフィス″としての彼女と接する。そんな意味を込めてただ隣に居続けた。そんな彼を彼女は特にどうするでもなく、寧ろ隣に居る事が日常になった。
──life.2 蛇──
「赤龍帝、今日も特訓する?」
「あぁ、頼むぜ」
オーフィスが一誠の特訓に付き合う。
いつの頃からか、そんな風景が見られる様になった。
一誠は蛇を拒否した。借り物の力で復讐をしてたまるか、と一蹴した。どんな形であれど自分だけの力で冥界に復讐したかった。
最初は一人だけで筋トレやドライグとの会話を行っていてオーフィスはぼんやりと見学していたが、次第に彼女も特訓に参加する様になった。あくまで自分の力で復讐を成し遂げようとする一誠に興味を覚えたのだ。
そして今日もまた特訓が始まる。
『Welsh Dragon Balance Breaker!!!!!!!!』
トレーニング室の中心で、赤い籠手に埋め込まれた翡翠の宝玉が高らかに謳った。籠手から発せられた紅蓮のオーラが一誠の全身を覆い鎧を形成していく。有機的で全体が鋭く赤い龍の翼を与えられた鎧。
赤龍帝ドライグを体現した
オーフィスとの特訓の末に、一誠はこの領域にまで至る事が出来た。今もなお痛い程の龍のオーラを迸らせているが、彼女はやはり無表情を貫いている。
気が遠くなるような、長い長い時間を生きてきた彼女にとって、赤龍帝の鎧は何度も見た事がある唯の鎧に過ぎない。
それがオーフィスという存在が規格外であるという事実を改めて再確認させたが、同時に一誠を武者震いさせた。無限との訓練は生半可な物では無く常人では数秒も持たないだろう。それを死にかけながらも乗り越えてきたのは彼の信念の賜物である。
「……来い、赤龍帝」
「言われなくても!!」
一誠は全力で地面を蹴り、一気にオーフィスの懐に潜り込んだ。そのまま乱打を加えていくが上からの重圧に気付き即座に後ろに翔ぶ。直後、オーフィスが轟音と共に拳をコンクリート床にめり込ませた。
かけ声は外見相応に可愛らしいが、その一撃のどれもが魔王クラス。彼女は精一杯力を抜いたつもりだが一誠にとっては致命傷になってしまう威力がある。最初から本気を出すしか生きる術は無い。
「これでも喰らえ!!」
彼の膝蹴りがオーフィスの肩に当たり、ほんの何秒間か宙に放り出される。続けて攻撃を加えんと彼女が落下するであろう地点に駆けるが直後、鎧越しに痛みと衝撃が走った。
オーフィスが空中で体勢を建て直し、そのまま彼の無防備な背中に打撃を加えたのだ。赤龍帝の鎧があるといえ無限の一撃を喰らって耐えれるほど彼は強くない。
コンクリート片と煙が立ち込める中で、全身の感覚を失った一誠は鎧が解除されていく様を内部から見ていた。
「……次は、五分持たせてやるからな」
悔し涙を浮かべながら呟く一誠をオーフィスは少し驚いた表情で見ていた。無限の体現者であるオーフィスと戦って、最終的に敗けはしたものの彼は一分間立派に戦った。それがどれ程の偉業か。
「……やはり、赤龍帝は面白い」
オーフィスは、以前よりも更に一誠に強い興味を覚えた。同時にそれ以外の存在にはより一層興味を失ってしまったが。
騒がしい足音を立てながらトレーニング室にやって来た男、シャルバもその一人だ。
「オーフィス、こんなところにいたのか。そんな下劣なトカゲなど相手にして変な奴だ。まあいい、さっさと蛇をよこせ」
遠慮と無縁の貴族社会で半生を生きてきた彼にとって蛇は与えられて当然の、望めば自動販売機のように出されるべき物だと思っている。
だが不運な事に彼はタイミングが悪すぎた。
感動の余韻を邪魔されたオーフィスしかり。蛇という単語に反応した一誠しかり。たかが赤龍帝を宿しているだけの転生悪魔と内心で見下していた彼は、その時も蔑む様な眼を彼に向けてしまった。それがスイッチとなる事も知らず。
「………おい、お前。シャルバと言ったか」
「なんだ、汚いトカゲ風情が。真なる魔王である私に何か用でもあるのか?」
不機嫌そうな顔でそう告げたシャルバは、胴体に大穴を空けられて、続けて頭を消し飛ばされて死んだ。一誠が右腕で強引に胴体を貫き、そしてオーフィスが消した。
彼女は瞑目した。自分がシャルバの頭部を消し飛ばした理由は戦闘の余韻を邪魔されたからだ。
しかし彼が攻撃した理由は何だろう。
蛇、という言葉に反応したのか。それとも他にあるのか。例えオーフィスであろうと他人の心までは解らない。
どちらにしても先ずは体力を使いきって倒れ付した一誠を治療しなければならない。
オーフィスは黙々と彼の治療を開始した。