未だ魔法陣の光が残る会議室。場を混乱が支配する中でサーゼクスは果敢にも現れた二人に問い掛けた。
「先代レヴィアタンの一族、カテレア・レヴィアタン。それに″A級はぐれ悪魔″であるソフィア・ヴァリエールまで……。テロの黒幕は君達か」
「サーゼクス……! 魔王の地位を奪った若造が!!」
名を呼ばれた者の一人であるカテレアは、サーゼクスを睨み付けた。
長く続いた三大勢力戦争が一時休戦となった後、悪魔達は疲弊しきっていた。戦争を続行すれば種の存続すら危うい程に人口は激減し、莫大な金が戦費として徴収された為に餓死した者も少なくなかった。財産を所有している貴族悪魔も例外では無く、没落する家も多々あった。
他勢力もそうだが、悪魔はクリアしなければならない課題が多すぎた。次期魔王の選出もその一つだが、ここにも上層部の意見が影響したのだ。
上層部は若く扱いやすい悪魔を傀儡にしようと企んだ。完全に操る事は出来ずとも、せめて自分達に反抗しない者を魔王にする事により都合の良い世界を作ろうと望んだのである。
そうして先の戦争で手柄を立てた四人の若い悪魔達を魔王に仕立てたが、当然旧魔王の血族は激しく反発。悪魔側は内戦状態となった。
結果としては新魔王、つまりサーゼクス達の勝利に幕を閉じ旧魔王派は冥界の辺境に追いやられる事となる。
その旧魔王派のトップの一人であるカテレアは、積年の恨みを晴らさんと強力な殺意を放出していた。
「我々は、全員が″
「″
オーフィス。その名前が出された瞬間、動揺が広がる。神も恐れたという最強のドラゴンだ。驚くのも当然だが、普段の彼女を知っているカテレアとソフィアは特に気にする様子は無い。
「オーフィスはただの広告塔か。仲間を集める為だけの御飾りと見たが……」
「……確かに最初はそうだったわ。力の象徴として扱えばそれで良いと思っていたけど、最近はそんな事を考えていた自分が酷く馬鹿らしくなってね。だから、ここで否定するわ」
「あぁ、そうかい。どちらにしても俺はお前を倒さなきゃならない。テロなんざ今時流行らないぜ?」
カテレアとアザゼル。両者が同時に力を解放した。その魔力質量は互角。二つがぶつかり辺りにプラズマが迸る。
黒、何処までもどす黒い水の魔力がカテレアを覆った。アザゼルも十二にも及ぶ巨大な翼を展開した。
そして二人同時にグラウンドに飛び出したのである。
水と光が衝突する。魔に相性が良い光は徐々に優勢になっていくが、カテレアは魔力の出力を上昇させ一種のウォーターカッターにする事で、アザゼルの光槍を一刀両断した。返しに水系魔力の応用である氷の弾を乱射するが、それは避けられる。
一見すると互角の戦闘を繰り広げているかのように見える。それは木場にゼノヴィア、ミカエルやサーゼクスでさえそう思った。
しかし、長く実戦から遠ざかり研究にばかり時間を費やしていたアザゼルに対して、カテレアは特訓に余念が無かった。
三大勢力戦争、悪魔を二分した旧魔王と新魔王の内戦。それらと比べると格段に質は落ちるが、戦闘に必要な勘は取り戻した。
ともなれば水という自由性が支える豊富な手数を有するカテレアが有利である。事実、最初こそ上手く立ち回っていたアザゼルは身体の鈍りもあって傷が目立ち始めた。このまま続ければアザゼルの敗北は濃厚。
「思ったより楽しめるじゃねえか!! 戦争時代に何度か交戦したが、あの時より強くなった!!」
「ハッ!! 私は偉大なるレヴィアタンの血を引く者!! 貴様らごとき偽善者に敗けはしない!」
カテレアは吼えた。背後に水で形成された龍を従え、見事な連携を見せた。彼女が攻撃すれば水龍も氷の咆哮を放ち、水龍がアザゼルの視界を水で隠しタイミングを崩し、術者であるカテレアが攻撃の対象になれば瞬時に盾となる。
意思を持つ一生物として独立する存在はアザゼルにとって脅威以外の何物でも無いだろう。
余裕を見せるカテレアとは逆に、アザゼルは苛ついていた。堕天使総督としてのプライドを持つ彼は無意識にカテレアを下に見ていた。其処らの魔法使いと同じ雑魚という認識であった筈が、気付けば遅れを取っている。
深呼吸しリズムを整えた彼は、防戦一方となる前に短期決戦に持ち込む事を決めた。
「そのオーラの質と量は普通じゃないな。オーフィスからドーピング剤でも貰ったのか」
「えぇ、確かに彼女から力を借りましたけど……これから死ぬ貴方には関係無いでしょう?」
「──仕方ねぇな」
アザゼルは話をしながらごく自然にポケットをまさぐった。ポケットには、自身が開発した人工神器である″堕天龍の閃光槍″を忍ばせているからだ。
神器研究の一環として作製した人工神器は不安定で実戦投入には早い代物ではある。しかし大きすぎる差を埋めるには″
そして彼は覚悟を決めた。ポケットから勢いよく″堕天龍の閃光槍″を取り出し、名乗りを上げようとしたまさにその時だった。
──不可視の大顎により、彼の左腕は槍ごと消失した。まるで初めから無かったかのように、腕があった場所は血が噴き出すだけだった。
「あ、あがァァァァァァァアアア!!!!」
先程まで堕天使総督の左腕として機能していた肉塊はカテレアの後ろに立っている二体目の水龍の口内に浮いていた。カテレアは″堕天龍の閃光槍″を受け取ると勝利を確信したように笑みを浮かべた。
「水の強みは不可視である事。貴方は水龍が移動する時に生じる歪みを見極めて戦っていたんでしょうけど、後ろにもう一体居たのですよ」
「なんだと……!?」
「もう一体は全く動かなかったから貴方は気付けない。ましてや私達と戦っているのにそんな余裕は無い。──本来なら首を食い千切らせようと思っていたのだけど、貴方が神器を取り出したから作戦を変更したのよ。敵のパワーアップを見逃すほど私は耄碌していないつもりです」
歯軋りするアザゼル。出血は魔法で止めたが所詮は応急処置。長くは持たない。対してカテレアは体力もあるし、彼から人工神器を奪い取った事で戦意も上昇している。
万事休すかと思われたが、カテレアは不意に転移魔法陣を広げた。意外な行動にアザゼルは怒鳴る。
「待て、逃げるのか!!」
「貴方との戦闘を続行すれば戦利品を奪い返される恐れもありますし、二兎を追うよりも確実に持ち帰った方が良いと判断したのですよ。それではごきげんよう。堕天使総督、アザゼル……」
カテレアが虚無に呑み込まれていく光景を、アザゼルは見ている事しか出来なかった。そして彼女も水龍も″堕天龍の閃光槍″も自分の左腕も、全ては虚空に消え去ってしまった。
唯一残ったのは敗者のみである。
▼
アザゼルに快勝したカテレアと打って変わって、ソフィアはグレイフィアに追い込まれていた。元々彼女はサーゼクスと対峙していたのだが、そうは行かないと付き人であるグレイフィアがソフィアの前に立ちはだかり、そのまま戦闘を開始したのだ。
子供を産み多少衰えたとはいえ、かつてセラフォルーと女性最強悪魔の座を争ったというグレイフィアの実力は健在だ。
高速で迫り来るグレイフィアに、ソフィアは咄嗟に何重もの魔法陣を拡げて見せる。
「これで、目眩まし程度には!!」
何千もの魔力弾が灰煙と共に
戦場に置いて、それは死を意味する。
うねりを持って、グレイフィアの鉄拳がソフィアを殴り飛ばした。隕石の落下に等しいエネルギーが直撃し、グラウンドの土に捩じ込んだ。爆発的な衝撃はそれだけで収まらずグラウンドに大穴を空けた。
その中心点に転がっているソフィアはさながらボロ雑巾のようであった。血と土にまみれ、それでも意地とばかりにグレイフィアに魔力を放つ。
「そのような物で私が止められるとでも?」
腕を払うだけで魔力弾は四散した。右腕には傷一つとしてついていない。そして彼女の姿が見えなくなり、次にはソフィアの目の前に立っていたのである。
笑うしか無かった。何故か無性に笑いたくなった。自分はこの一撃で死ぬ事を察したのだ。
「″A級はぐれ悪魔″、ソフィア・ヴァリエール。最後に言い残す事は?」
寝転がっている故に相手の顔ははっきりと見えない。だが氷のような無表情であろう。どのような事情があろうと、彼等にとっては一介の″はぐれ悪魔″であることに変わりは無いのだから。
それでもソフィアは、叫ぶ。
「私は──
戦争で人口が激減したからという身勝手な理由で、他種族を無理矢理に連れてくる。そして目ぼしい者が入れば眷属にする。上級悪魔というものは眷属の見た目で競い合う傾向がある。
好みにもよるが美しければ美しい程に所有者である悪魔の格と評価が上がるし、その為に専門の奴隷商人が店を構える始末であった。
何せボロい商売だ。非力な種族、特に人間から上玉を拐って貴族に売れば高値で買い取ってくれる。
眷属は埋まっていてもメイドの名目で購入する者も数多い。故に業者が増える事はあっても減る事は無いのだ。
そして、″はぐれ悪魔″はこうした被害者達である事が圧倒的に多い。中には本当に力に取り付かれた者も居るだろうが、大抵は望まぬ取引を強要された他種族だ。
彼等は家畜以下の扱いに怒りと憎しみを覚え、主を殺害する事で自由を得たのだ。契約を不当に破った主が悪いのは一目瞭然であり本来であれば主側が罰されるべきである。
だが如何なる事情であれど、″はぐれ悪魔″が悪になる。大した調査もなされず追手が差し向けられ、殺される。例え追手が来なくても尊厳がある内に自殺する者が大半だ。
悪魔にされれば、もう二度と元の人生には戻れない。ソフィア・ヴァリエールもその一人だった。だから必死で戦ってきた。
しかしそれも、もうお仕舞いだ。
「そうですか。では、覚悟を」
魔法陣が描かれる。死刑宣告の陰がソフィアの首を捉えた。妖しい輝きを放つ魔法陣が眩しくて、思わず顔を背けた。瞼に映るのは愛しい両親。楽しかった日々。
そして自分自身。
『私は悪魔の奴隷になるの?』
「貴女は……小さいころの私?」
グニャリと歪んだ。少女の顔だけが、忌々しい悪魔の顔に変貌を遂げる。下品な笑みを絶やさない、屑。
『お前は物だ、俺の所有物だ!! 解ったか!!』
『……はい。ご主人様』
何度も何度も変わる。連続する日捲りカレンダーの如く、次々と少女の顔だけが移り変わる。
自分を捕えた奴隷商人、オークション会場の支配人、品定めするかのような視線を浴びせてくる上級貴族達、自分を購入した貴族悪魔。
ソフィアが見てきた負の面がどっと溢れ出した。走馬灯すら悪魔に支配されていた。
そして、最後に現れたのはつるつるした真っ白な顔。何も描かれていない顔はソフィアの人生を表していると言えた。
「……あぁ、私は何の為に生まれたんだろう」
ソフィアは願いながらゆっくりと目を閉じた。
『……ソフィア』
「一誠さん。何故、此処に?」
投げ掛けられた一誠の声。しかし、彼の姿は無い。何処に居るのか、と少し焦れったくなってくる。だが彼は姿を現さない。
『……ソフィアッ!』
「何処ですか……?」
見付けた。前に、遥か前方に兵藤一誠の姿はあった。必死に何かを叫んでいる。解らない。気になる。
知りたい。
死んだら知る事が出来なくなる。でも知りたい。
──だから、死にたくない。
「嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッッ!!」
──死にたくないッッ!!
その時、ソフィアに暖かい者が重なった。白い夜が明けた。
──life.15 ソフィア・ヴァリエール──
最初に視界に飛び込みその全てを覆ったのは、赤一色の鎧だった。見覚えのある深い赤が嬉しかった。
赤い鎧は魔法陣が発射した魔力弾を受け止めていた。水蒸気が漂っているが、本人にダメージは無い。二天龍の加護を有するその鎧は、グレイフィアごときの魔力で破壊等出来やしない。
「ソフィア、生きてる?」
赤い鎧に乗っかっているオーフィスが彼女を癒した。その最中でも、ソフィアは赤い鎧を凝視したままである。
「本当は迎えに行くだけだったけどな。……仕方無いか。″
兵藤一誠が今、歴史の表舞台に再び姿を現した。