駒王学園旧校舎、その一番奥に聳える扉が開かれた。室内は光源が存在せず薄暗いが、無数のぬいぐるみやコンピューター類の輪郭は辛うじて見える。
そんな暗い部屋の真ん中に、彼は座っていた。プルプルと震える様はか弱い小動物を思わせる。
扉を開けた張本人であるリアス・グレモリーは告げる。
「ごきげんよう。元気そうで何よりだわ」
「ぼ、僕に何の用ですか?」
彼、ギャスパー・ヴラディは金髪を振り乱しながら冷たい棺桶に隠れた。
「封印解除が許可されたのよ。もう外に出られるわ。さぁ、私達と一緒に外に出ましょう?」
「嫌ですぅぅぅ!! どうせ僕は迷惑をかけちゃうんだぁぁぁ!! 嫌! お外怖い!!」
リアスの説得にもギャスパーは応じようとしなかった。彼女の性格上、本来なら無理矢理にでも引きずり出す所だが、相手が相手なのでそれも出来ない。ギャスパー・ヴラディはそれ程までに厄介な眷属なのだ。
リアスは外に連れ出そうと懸命に話を続けるが、所詮無理な話だった。リアス以下オカ研メンバーは暫く時間を置く事を決定し、部室へと戻ってきた。
部室に戻るとまだギャスパーとの面識が無いゼノヴィアが疑念を口にした。
リアスは説明がてら、ギャスパーの過去を話し出した。
「ギャスパーは名門吸血鬼、ヴラディ家の出身なのだけど母親が人間で妾だった為に純血では無かったの。吸血鬼は悪魔以上に純血と階級を重んじる種族。……混血児のギャスパーには居場所が無かったらしいわ」
しかし、ギャスパーが只の平々凡々なハーフ吸血鬼ならまだ良かった。ギャスパーの不幸な点は神器を宿してしまった事に尽きる。
時間を停止させる能力を持ち、使い手次第で一国をも簡単に落とせるというレア神器、『停止世界の邪眼』。それを宿してしまったからこそ、彼は異常に恐れられた。
類希な吸血鬼としての才能と神器を兼ね備えて生まれた彼は無意識の内に神器の能力も格段に上昇させてきた。
最初はスプーンやフォークといった軽い物だけを停められたが、テーブルや植木等徐々にエスカレートしていき、遂には大人の吸血鬼を停めるまでに至ってしまった。元々周囲から危険視されていた為、その一件で彼は家から追放された。
そして路頭に迷った所を教会戦士に殺され、丁度通り掛かったリアスに助けられたのだった。
その様な過去を持つギャスパーは引きこもった。他人を怖がり、外の世界を嫌った。そして彼の存在を知った上層部もギャスパーを怖れた為に、他者を停めてしまう可能性を指摘し封印を命じた。今回封印解除が許可されたのは、コカビエルの足止めが功績として認められたからだ。
実際は一方的に蹂躙されていたがプライド高い上層部は噂が立つ事を恐れ、結果として許可する方を選んだのである。
「……」
話の顛末を聞いたゼノヴィアは何も言わなかった。ギャスパーが可哀想だと言えば成程、同情めいた言葉を掛ける事は出来る。だが追放も殺害も現実に沿っていた。
無意識に時間を停めるギャスパーは恐怖の対象。何時、誰が停められるか解らないのだ。そんな存在を自陣に置いておけば、最悪の場合暴走するかもしれない。
そうなれば吸血鬼の種族は終わりだ。たかがハーフ吸血鬼一人とその他全員の命となれば、ギャスパーを捨てるのも納得出来た。
だが彼女はそれを言わない。リアスも他の眷属達もギャスパーを擁護している。現実を見ていない奴等ばかり。この状態で意見を述べても、寧ろ肩身が狭くなるばかりだ。
「私は主失格なのかしら……。ギャスパーも、一誠も救ってあげられない」
ゼノヴィアは一誠が誰なのか、ある程度の知識は持っているがリアス達以上に熟知している訳では無い。なのでそれに対するフォローは出来なかったし、別にするつもりも無かった。
部室に掛けられているカレンダーを視界に入れた。グラビアアイドルが大きく描かれているそれは一誠が前に持ち込んだ物らしかった。
大きく赤丸がされた日、即ち会談予定日はそこまで迫っていた。
──life.13 準備──
″
会議室内には、魔法使い派の暫定リーダーであるソフィア、旧魔王派トップであるカテレア、そしてヴァーリに一誠。襲撃参加予定のメンバーが集まっていた。
二天龍である一誠とヴァーリは勿論、ソフィアやカテレアも相当の実力を誇る。特にカテレアは先代レヴィアタンから受け継いだ才能と最近の特訓も相まって、魔王と呼ばれるに相応しいまでに成長していた。
ヴァーリが手元の書類を見ながら、参加メンバーを見渡す。全員が討死を覚悟した表情を浮かべている。彼は満足すると襲撃作戦を語りだした。
「先日話した様に、″停止世界の邪眼″を持つギャスパー・ウラディを利用する。組織で新開発した術式で神器を無理矢理発動、参加者並びに護衛連中を停止させ一人ずつ殺していく。同時に魔法使いとカテレア、そして俺が襲撃を加える。一誠は俺達を迎えに来るんだったな」
「あぁ。この機会だからな。連中に俺を再確認させる」
一誠は不敵な笑みを浮かべた。数ヵ月前の一誠とは違う、強者の風格があった。ブゥゥゥンと彼の左手が翡翠に光る。ドラゴンの紋章が浮かび上がった。
『遂にやるのか、相棒』
威厳ある太い声が響いた。一誠の相棒にして二天龍の称号を持つ最強クラスの龍、
ドライグは、今の一誠を気に入っていた。前の煩悩一辺倒で真っ直ぐな彼も嫌いでは無かったが、やはり此方の、三大勢力に敵意を持つ一誠の方がドライグとしては好感を持てた。自分を封印した憎い三大勢力共を、代わりに滅ぼしてくれるのではないか。そう期待を載せた。
尤も、オーフィスと懇意である事は彼の予想を越えていたが。
「そうだ、遂にやるんだよ。ドライグ」
『……俺は相棒に協力する。相棒には経験が足りないからな。参謀として助言させて貰おう』
「助かる」
確かに一誠は強いが如何せん経験が足りない。対してドライグは二天龍として三大勢力の大軍と渡り合った猛者である。その助言は金銀に劣らぬ価値を持つだろう。彼にとってありがたい事だった。
明日は、三大勢力会談だ。