オーフィス可愛い(またハーメルン及びカクヨムにて、オリジナル作品『彼らはスローライフができない』を連載中です。合わせて応援よろしくお願いします)
life.116 最初の一歩
オーフィスを拐われた一誠は、しかし怒りのままに攻めることを選ばず、勢力を立て直す道を選んだ。
苦肉の策である。
本来であれば今すぐにでもリゼヴィムの本拠地に乗り込みたい。オーフィスとその腹の中の子供を救いたい。だが現状の戦力でそれは不可能だった。
切り込み隊長のフリードを失い、北欧に潜伏していた英雄派や魔法使い派とも連絡が取れない。
従って、現状の赤龍帝派にはトップである一誠と、保護されたティアマットの二人しか戦力がいないのだ。
更に不味いことに、このアジトの場所が既に割れている点も問題だ。
場所を移動するしかない、と一誠は言った。いつ奇襲を仕掛けられるかも分からないところに、いつまでも潜伏している訳にはいかない。当然の提案であり、寧ろ速やかに実行すべきだろう。
ただし、次の拠点の候補に心当たりがないことを除けば、だ。
現魔王ディハウザー・ベリアルに匿ってもらう手も無くはないものの、洗脳が解けきっていない疑惑のあるロイガンの存在が足枷となってくる。下手をすれば、その背後に潜んでいるであろうリゼヴィムに筒抜けとなりかねない。
「いっそ人間界に潜むというのはどうだ? 奴らもそこまではアンテナを張り巡らせていないと思うが」
青い髪の美女が、案を口にした。ティアマットだ。身体のあちこちに巻かれた包帯が実に痛々しいが、リゼヴィムとの交戦で重傷を負ったばかりだというのにもう回復しつつあるのは流石、五大龍王の一角を担うドラゴンである。
そんな彼女もまた、一誠同様に激しい怒りに燃えている。
塒としていた森を荒らされただけでなく、親友としていた魔物達を害されたのだから、激怒して当然だ。
世間一般には凶悪な″SSS級はぐれ悪魔″として知られる一誠と手を組んだのも、それが理由である。
「潜伏するなら駒王町だな。ガキの頃から暮らしていた街だ。あそこの地理も、潜むのに打ってつけの廃墟もよく知ってる」
「ほう、そんな場所があるのか」
「廃教会だ。少しばかり思い出がある」
そう笑う一誠の脳裏には、レイナーレの顔が過っていた。堕天使総督アザゼルの寵愛を受けるべく部下達と共に独断で駒王町に侵入し、当時の領主であったリアス率いるオカルト研究部と激突した女堕天使にして、一誠の初恋の相手だ。
結果として戦いに敗れたレイナーレ達は死亡し、彼女が狙っていた″聖母の微笑″の持ち主──アーシアはオカルト研究部に身を寄せることとなった。
かつては苦々しい記憶だったそれも、今となっては青春を象徴する思い出の一つである。
何より、今度は一誠達が侵入するのだから、レイナーレのことを笑えない。いや、笑おうとは思わない。
彼女が寵愛を強く欲した理由は分からないし、その手段も誉められたものではなかったが、如何なるリスクを背負ってでも目的を遂げよう、という決意と覚悟は伝わってきた。
その姿はまるで鏡像のように、今の一誠に似ているではないか。
「……行くぞ、駒王町に」
一誠は転移術式を展開しながら、かつての故郷に想いを馳せる。そういえば親友達はどうしているだろうか。
リアスの後任として送り込まれたシーグヴァイラ・アガレスは、優秀な領主として聞いている。少なくともディハウザーと一誠の結託に気付いてしまう程度には。
ならば、親友達はきっと安心して過ごせているに違いない。先代領主とは違って真面目に日々の仕事をこなしているだろうし、シーグヴァイラの眷属にはかつての同僚達やデュランダル使いも在籍しているのだから。
そんなことを考えている間にも宙に描かれた術式は淡い光を放ち、駒王町への道が開いたことを教えた。
先ずは一誠が警戒しながら術式を潜り抜け、続いてティアマットがそれに倣う。
転移術式の向こう側に一歩を踏み出すと、夜の暗がりと、目と鼻の先の距離に鎮座している白い噴水が二人を歓迎した。
レイナーレに告白され、リアスの眷属となり、そしてオーフィスと初めて出会った、あの公園である。
「……最初の一歩、ってことか。粋な真似をしてくれるじゃねえかよ」
苦笑しつつも、一誠は周囲を警戒した。空を黒と星が占めている点から察するに、シーグヴァイラ達が街の巡回を始めていてもおかしくない時刻である。鉢合わせるのは得策ではない。
「さっさと進もう。教会はこっちだ。木場やゼノヴィアに絡まれると面倒だからな」
「すまんが、森で暮らしていたので俗世の情報にはあまり詳しくなくてな。その二人は誰なんだ?」
「木場は前の職場の同僚、ゼノヴィアは元教会戦士のデュランダル使いだ」
教会への道中、一誠は自己紹介も兼ねて、自分がテロリストに身をやつすに至った理由を話した。
「まさか、そのような事情があったとは……」
事情を知ったティアマットの声音は驚愕に震えていると同時に、三大勢力の都合に人生を振り回された彼に同情しているようだった。
一誠は肩を竦めて、「確かに復讐漬けになっちまったけどさ」と言った。
「でも俺は平気だ。お陰で、最愛の妻に出会えたんだからな」
超長距離魔力砲撃を実行し、単騎で三大勢力の軍勢に挑み、そしてその度に殺戮を繰り広げた。特に前者は、民間人に多大な被害をもたらしたことを考慮すれば、まさしくテロリストの所業でしかない。
そんな外道に堕ちた一誠でも、オーフィスは隣に寄り添ってくれた。
両親を失った今、彼女だけが一誠にとっての家族なのだ。
故に、絶体にオーフィスを取り戻すという決意が、彼にはある。どんな手段を用いてでも。
「見えたぞ、あの教会だ……って、しばらく見ない間に余計にボロっちくなってるな。はぐれ悪魔の討伐でもしたのか?」
一誠は、辛うじて原型を留めている廃教会を指した。
「……おい、前に誰かいるぞ。アガレスの眷属とやらが巡回しているのか?」
「夜中にも仕事とはご苦労なこった。通り過ぎるのを待つしかないな」
話し声が聞こえたのだろう、廃教会の前に佇んでいた人影が振り返った。
銀髪に眼鏡が特徴的なその少女は、名をシーグヴァイラと言う。この街の領主だ。
「……まさか、兵藤一誠!?」
「最初の一歩がこれか」
一誠は溜め息をつくと、何とか事を荒立てずに済ませられないか考えようとした。
しかし、それは杞憂だった。
何故なら、彼女は特に気にすることなく、そのまま廃教会の中に入っていったからだ。
その右手に、花束を携えて。
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