オーフィス可愛い(次話で今章ラストとなる予定です。またハーメルン及びカクヨムにて、オリジナル作品『彼らはスローライフができない』を連載中です。合わせて応援よろしくお願いします)
相反する二つの魔力は、衝突した瞬間に激しい衝撃と業火を孕んで弾け飛び、一帯に爆風を撒き散らした。その光景はミサイルの着弾にも似ており、更に数秒遅れて熱風が駆け巡る。
焦熱地獄に揺れる煙を割って、半透明の障壁に包まれたリゼヴィムが現れた。
巨大な障壁の中にいたリゼヴィムに、目立った傷はない。衝突の直前に何十もの防御魔法術式を展開したからであり、リゼヴィムだけでなく軍勢を丸ごと庇うように展開されたその防御術式は、衝突時に発生したエネルギーから彼らを守り抜いてみせた。
だが衝突から顔を見せたのは、リゼヴィム達だけではない。
薄れていく煙を切り裂くように煌めいた赤い光の正体は、誰あろう、一誠だ。
赤い龍の鎧を身に付け、痛々しい程の波動を漲らせながら戦場へと降り立つその姿はまさに赤龍帝ドライグそのもので、彼の一睨みだけで雑兵の大半が戦意を摘まれ、その場に力なく座り込んだ。
「噂とは違って、随分な甘ちゃんだな」
リゼヴィムは口角を吊り上げた。彼の視線の先には、赤龍帝の魔力の繭に守られるティアマットの姿があった。
「ああ、もしや嫁が妊娠したってんで愛人に持って帰るつもりか? 若いねえ! でも残念ながらティアちゃんは俺のもんでさあ、代わりに魔法使い共をくれてやるから諦めてくれねえかなあ!」
「遺言はそれでいいか?」
一誠は、苛立ちを隠さずに言った。「ぶち殺してやるから、そこを動くな」ことオーフィスが絡むと途端に沸点の低くなる愛妻家が、激怒しない筈がなかった。
度し難いのは、そうと知りながら自ら地雷を踏み抜きにいったリゼヴィムの、嘲笑うような言動だ。
勿論、自殺志願者の類ではない。挑発によって相手の攻撃を誘う戦い方は、彼が生来得意とする十八番の戦法である。
そうして怒りに駆られて突撃してきた相手の対処は、容易い。
『グハハハハッ!! オレ様を無視すんなや、お礼参りしてやっからよお! リゼヴィムは手を出すなよ!』
「はいはーい。しばらく遊んどいてよ。俺ちゃんは少し準備もあるし」
視界と理性の外を縫うように、グレンデルが嬉々として飛び込み、右の豪腕を振りかざす。
一誠は即座に歩みを止めると、頭上から迫る拳を難なく受け止めた。そして初めて、奇襲を仕掛けてきたグレンデルに視線を移し、ドライグを模した赤い兜越しに睨んだ。
翡翠の相貌が強く瞬き、″倍加″の音声が響く。
既にドラゴンそのものと化した紅蓮の右腕で、一誠は容赦なく引き千切る。
右肩から先を失ったグレンデルは、それでも即座に腕を再生することで次の猛攻へと移ろうとした。崩しかけた体勢を強引に整え、一誠目掛けて勇ましく跳躍する。
巨人型のドラゴンであるグレンデルは並外れた巨体を誇っているが、巨大というのはそれだけで一つの武器である。ましてや硬質な鱗に覆われているのだ。仮に押し潰されれば並の相手は一溜りもないだろう。
並の相手であるなら、だ。
飛び掛かったその顔面に、重たい衝撃とせめぎ合う音が走る。
グレンデルは吹っ飛ばされながら、一誠が先程引き千切られた自分の腕を握ったままであることに気付いた。自慢の硬質の鱗に覆われたそれを即席の打撃武器にしたのだ。
以前にも見せた戦法だが、リーチの差を埋めるには有効な手段である。今度は一誠の方から踏み込み、掴んでいた浅黒い鱗の右腕を、持ち主に向かって放り投げた。
超高速で、質量の塊が飛ぶ。
グレンデルは冷静に着地すると、ミサイルと化したそれを睨む。回避か、それとも迎撃か。
当然、後者だ。
クロスした両腕に魔力を滾らせ、集中させた魔力は鱗と合わさって鉄壁の強度を誇る盾となる。
金属の擦り合う鈍い音が響いた直後、軌道を逸らすように両腕を振り下ろし、抑え込んだ。
ミサイルは凄まじい速度でグレンデルの足元の地面を掘り進んでいき、辺りに土砂を撒き散らす。グレンデルは油断なく自分が飛ばされてきた方向を睨み、続け様に飛来してくるであろう追撃を警戒する。
『──Transfer!!!!』
背後から響いた聞き覚えのある音声に、グレンデルは咄嗟に反応できなかった。
断言しておくが、グレンデルは邪龍随一と称される肉体強度と身体能力の持ち主であり、″幽世の聖杯″で前世から更なる強化を果たしている、紛れもない怪物だ。
事実、冥界襲撃時には元魔王ファルビウムや現魔王ディハウザーをも、二対一の数的不利をものともせずに圧倒している。
今回は相手が悪かった。
「邪龍ごときが俺の邪魔をするな」
突如、グレンデルの身体が内部から破裂し、大小様々なサイズの肉片と雨を降り注がせながら、頭部だけが原型を留めたまま地に落ちた。
″譲渡″によって体内の魔力を数十倍にまで膨張させられた結果、肉体の限界を超えて自壊したのだと気付いて、グレンデルは『やるじゃねえか』と自分を見下ろす一誠に嬉しそうな声で言った。
『覚えとけ。今度はリベンジしてやるよ』
「腰が入ってねえんだよ。走り込みからやり直せ」
グレンデルは、塵となって消えた。
その塵すらも踏み越えて、一誠は再びリゼヴィムへと肉薄すべく爪先に力を込める。
『待て、相棒』
跳躍しかけた一誠に、左手の甲に埋め込まれた翡翠の宝玉が点滅し、語りかけた。内に宿るドライグが口を開いたのだ。
オーフィスには及ばずとも、彼とて宿主よりも遥かに長い年月を生き抜いてきた猛者である。リゼヴィムの持つ固有能力について、ドライグは把握していた。
そして一誠とは致命的に愛称が悪いことも。
『リゼヴィムは″
「おい、マジかよ。すると、どれだけ″倍加″を重ねようとも無意味ってことか」
「ピンポーン♪︎ だって俺ちゃんはちっぽけな悪魔に過ぎないしさあ。メチャメチャ強い邪龍だってぶち殺す勇気とパワーなんて恐ろしいだろ? だったら無効化するに決まってんじゃん!」
小声での会話だったが、リゼヴィムには筒抜けだったらしい。というより、一誠の焦燥から内容を察した、というべきか。
ドライグが説明したように、″神器無効化″は″神器″が持つ特性や能力は勿論ながら、それによって高められた力もリゼヴィムが触れた瞬間に問答無用で機能停止に追い込むという、″神器″を用いる相手には無類の強さを発揮する異能力である。
何故、初代ルシファーの息子であるリゼヴィムに発現したのかは分からない。
赤龍帝の兵藤一誠は、抗う術を持たない。
分かることは、それだけだ。
「──撤退だ」
それを聞いた一誠の決断は、迅速だ。
今回の目的はあくまでもティアマットを連れ帰ることであり、″クリフォト″を自称する軍勢との正面衝突ではない。優先順位を間違えるような真似をすれば、愛する妻の出産に間に合わなくなってしまう。
彼の決断は正しい。
「もう帰るのかよ。そんなに嫁が心配か?」
転移術式の淡い光に包まれる一誠とティアマットを眺めながら、リゼヴィムは嘲笑った。残虐に、蝶の羽と足をもぐ幼子のように。
「新たに愛人を囲うなんざ愛想を尽かした嫁に出て行かれても知らねーぜ? ああ、自力じゃ無理か」
「……は?」
リゼヴィムは笑みをより一層深めながら、髪色と同じ色をした髭を撫でる。「グレンデルがただの囮ってことに気付かないか? その間に俺は何をしてたと思う?」
一誠の決断は迅速且つ的確で理にも叶っているが、それはある一点を除いた場合である。
「身重の腹を守りながら戦うのは不可能だよな」
即ち、既に手遅れである場合だ。
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