はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(さようなら◼️◼️◼️◼️……どうか死なないで)


life.111 WEAVING A HISTORY

 戦闘におけるフリードの持ち味は、手数の多さである。我流の剣と教会戦士時代の洗練された剣筋を巧みに切り替えて翻弄し、更に閃光手榴弾などの多彩な小道具をミックスすることで、予測不可能な連続攻撃を可能としている。

 そういった変幻自在の立ち回りと、敵への容赦のなさが長所であるなら、短所には火力不足が挙げられる。即ち、養成機関時代から愛用している光の剣と銃の出力を技量だけで補うのにはどうしても限界があるのだ。

 それは裏を返せば、出力不足を感じさせない程に彼の技量がずば抜けている証拠でもある。

 

 ならば、仮にその人間離れした技量に″赤龍帝″という文字通り人外の力が合わさったなら、それは悪魔をも越える理不尽(ドラゴン)の顕現の瞬間に他ならない。

 

 ──なんだこりゃ、力が溢れてきやがる。

 

 両手をぐっと握り締め、開く。

 その動作を軽く繰り返しただけで、フリードは自分がその身に天を降ろしたことを把握した。負った筈の重傷は最初から無かったかのように消え去り、代わりに絶え間なく沸き上がる赤黒いオーラの激流は一秒、二秒と経過する毎により勢いを増していく。

 

 だが、″魔人態″が放つ魔力がそうであるように、或いは正規の宿主ではない弊害なのか、超高密度の″赤龍帝″のオーラは容赦なくフリードにも牙を剥く。全身を焼き尽くされるかのような熱気と激痛が身体を蝕むのだ。

 恐らくは数十分も保たないだろう。

 今にも途絶えそうな意識を奮い立たせながら、″魔人態″に成り果てた哀れな男を睨む。獣のような咆哮には、もう愛も自我も消え失せており、あるのは周囲への果てしない憎悪だけだ。

 

 挑発ついでにああ言ったが、とチェンソー状に形成したオーラを手に纏わせながら、彼は苦い表情を浮かべる。誰だって大切な者は存在するだろうし、その者を殺されれば悲しみ憎むのも当然だ。

 事実、一誠も両親を殺害された際に″覇龍″と呼ばれる暴走状態に陥っているし、フリード自身とて妹分(リント)を殺されたと気付いた瞬間にその場にいた犯人全員を皆殺しにしている。

 

 それ程に大切な相手を失う悲しみは深く大きいのだ。

 ましてや八重垣は目の前で恋人を嬲り殺しにされたのだから、胸に宿した絶望は計り知れない。

 

「でもなぁ、今の先輩はマジで見てらんねぇよ。悪趣味な改造されちまってさぁ。ただ黒幕に踊らされてるだけじゃねぇかよ情けねぇ」

『グギュァァァァァァァア!!』

「会話すらもできねぇか、仕方ねぇ。引導を渡してやっから……もう黙れよ、八重垣先輩」

 

 迫り来る丸太に等しき剛腕を容易く受け止め、切断しながら彼は駆ける。如何に″魔人態″が超常の怪力を誇ろうとも動きが直線的過ぎるのでは攻撃が当たる訳がない。それに回避された直後もキョロキョロと相手を探し、宙を舞うように頭上を跳躍するフリードに気付かない有り様だ。

 その隙に今度は左腕を斬られ、激痛から″魔人態″が本能的に肩口を抑えた瞬間にもフリードはその背後に着地し、振り向き様に左太腿から先を斬った。

 

 支えを失い、雄叫びを挙げながら倒れ伏す″魔人態″。その眼前には何処までも冷たい瞳で此方を見下ろすフリードが立っていて、そこでようやっと″魔人態″は彼の姿を視認したようだった。

 チェンソーを突き付けながら、フリードは告げる。

 

「抵抗も降伏も無駄だ、楽にしてや──」

『グギュァァァァァァァア!!』

「まだ起きんのかよクソッタレが!」

 

 偽りの悪魔の双眸が赤く煌めき、絶叫すると同時に捻れた双角の間の空間が目映いプラズマを放つ。それが残存魔力をかき集めた魔力砲にして″魔人態″の最後の悪足掻きなのだと悟った瞬間、フリードは顔色を変えて後方に大きく飛び退こうとした。

 だが、間に合わない。

 

『グギュァァァァァァァア!!』

 

 そしてフリードの視界を閃光が埋め尽くした。

 

 否、埋め尽くそうとした。

 

「──あんたって本当に世話が焼けるわね」

「すまない、遅れた……ましたっ!」

 

 呆れたような声音と共に、フリードに向けて発射されようとしていた魔力砲もろとも″魔人態″が一刀両断される。

 控えていたシーグヴァイラが″時間停止″の術式で動きを止め、落下するようにして真上から飛び込んできた人影──ゼノヴィアが聖剣デュランダルを振り下ろしたのだ。

 

 如何に″幽世の聖杯″で改造された元人間とはいえ、″魔人態″と化した八重垣は種族的には悪魔にカテゴリされる。そして聖剣は悪魔の天敵であり、斬られれば最悪の場合は死体も残さずに消滅してしまう。

 

「アイエエエ!? 先輩がァ、八重垣先輩が死んでる!! ここに来てまさかの超展開なぁぜなぁぜ!?」

「展開を急ごうと言ったのはあなた自身じゃない」

「申し訳ありません、討伐部隊との合流が遅れまして……うわっ、フリード・セルゼン!? どうしてこの町に! お前も洗濯に来たのか!?」

「やっはろー、おひさだねぇ! 誰かと思えば美味しいところだけ奪ってくれたクソ悪魔のクソビッチではあーりませんかぁ!! 丁度良いや、俺とシーグヴァイラたんの結婚式編の実況解説をお前に任せる!!」

「「殺す」」

 

 直前までのシリアスな空気は何処へやら、どったんばったん大騒ぎする三人を他所に、かつて八重垣と呼ばれた偽りの悪魔の死体は徐々に淡い光の粒子となって消えていった。

 

 捨て駒としての役割を充分に果たして。

 

 ──life.111 WEAVING A STORY──

 

「ご苦労様です、シーグヴァイラ様。到着が遅れたこと謹んでお詫び申し上げます。しかし単騎で賊を討伐してしまうとは流石、かのアガレス家の才女ですなぁ」

「いえいえ、それ程でも。わざわざ出動して頂きありがとうございます」

「なんの、これが我々の仕事ですから。これからも頼りにして頂けると幸いですが……できれば平和でありたいものですなぁ。おっと、長々と失礼。それではこの辺で」

 

 そう言って転移していく討伐部隊を見送るシーグヴァイラとゼノヴィア。やがて彼らの姿が完全に消えたことを確認してから、それにしても、と部隊の到着があまりにも遅かった点に疑惑を抱く。八重垣を倒してからのこのこと到着されたのでは今後、同様の事態が発生した際に到底間に合わない。

 

 ──まさか、魔王は敢えて部隊到着を遅らせた? 侵入者が私達を殺害すると踏んで?

 

 魔王ディハウザーが彼女達の殺害を目論む理由は恐らく、シーグヴァイラが彼に纏わるスキャンダル──兵藤一誠との内通に気付いたことを察知したのだ。

 

 侵入者がシーグヴァイラを殺してくれればそれで良し、死なずとも戦いの中で重傷を負えば入院先に配下を送り込んで片付けて、生き残ったならその時はまた別の機会を伺うだけだ。

 重要なのはごく自然な形で彼女を排除する、その一点である。

 スキャンダル隠蔽の為に新たなスキャンダルを抱えたのでは本末転倒、もし四代目の駒王町領主に嗅ぎ付けられでもすれば笑い話にもならない。

 

「やはり、魔王様は私達の排除を?」

「間違いなくね。念の為に眷属をアガレス家お抱えの医療機関に入院させておいて正解だったわ」

 

 溜め息をつくシーグヴァイラ。仮に木場達を首都の緊急病院に搬送していたなら彼らはとうに始末されていただろう。誂え向きの道具なら揃っているのだから。

 

「これから如何なさいますか? 冥界にいる限りは魔王様、いや政府は幾らでも私達の命を狙ってくるものと思われます。このまま留まるのは危険です」

「そうね……いっそ両親も説得して他神話に亡命しようかしら。眷属を連れて北欧に亡命した同期(ディオドラ)もいることだし」

 

 二人が将来の進退について頭を悩ませていると、長椅子の裏側からフリードがひょっこりと顔を出した。立場的には国際テロ組織の一員である為、シーグヴァイラとの繋がりを隠すべく討伐部隊が帰るまで隠れていたのだ。ちなみに顔がボコボコに腫れ上がっている原因は不明である。

 

「……あのー、そろそろ出ていいっすか?」

「あら、あれだけ踏んだのにまだ生きてたの? あなたって本当にしぶといわね」

「我々の業界ではご褒美ですから」

 

 踏まれた際にシーグヴァイラのスカートの中身が見えたのもご褒美だ。尚、まさかお堅い雰囲気に反してセクシーな黒色の紐パンを履いているとはフリードの目をもってしても見抜けなかった。

 

 とはいえ、笑って見せたのはあくまでも痩せ我慢に過ぎない。実際は一時的にでも″赤龍帝″のオーラを纏った反動で彼の身体はボドボドであり、今や立ち上がるだけで全身に激痛が走る。リントも忠告していたように、この状態では日常生活もままならないだろう。

 

「で、フリードはこれからどうするの? 言っておくけど私とのデートとかは却下で。ま、どうしてもって言うなら付き合ってあげるけど?」

「ツンデレご馳走さまでーす! でもでもでもでも~喜んでお供したいのは山々なんすけど今日は帰るっすわ。あまり長くアジトを離れるとボスに怒られちまうんでね」

「そう……」

「おやおやぁ? 捕まえなくてええのんかあ? 自分で言うのもなんだけど俺ちゃんも中々の賞金首なんでござんすよ。ああ、もしかしてだけど俺に惚れちゃってんじゃないの~?」

 

 ニヤニヤ笑うフリードに、「勘違いしないでよね」とシーグヴァイラは慌てて言い返した。

 

「共闘してもらった恩もあるし今回は見逃すってだけ! 次に駒王町に現れたら容赦なくぶっ倒してやるんだからね!」

「ほー、面白ぇ。じゃあ俺とシーグヴァイラたんどっちが強いか今から白黒ハッキリさせようぜホテルに行ってな!」

「殺す」

「おおっとぉ、脚を横にぃあら危ないっ! 頭を下げればセクシーパンツ♡ じゃあ残念無念また来年ってことでバイバイチャっと!!」

「あっ、さては覗いたな!? こら、逃げるな卑怯者めっ!」

 

 顔を真っ赤にして追い掛けようとするも既に彼の姿は何処にも見当たらず、疲れた顔で椅子に座るシーグヴァイラ。しかし一方で嬉しそうな笑みを隠せていないのだから彼女がどう思っているかはお察しの通りである。

 

「……もしかして惚れました?」

「違ーう! あいつってば私がいないとどうしようもないから仕方なく面倒見てるだけよ!! あ、その目は信じてないわね!?」

「……あのー、もしや男を見る目がないって言われたことありません?」

「どうして分かったの!?」

 

 ゼノヴィアも異性にはとんと縁がないものの、それにしても主君の壊滅的な恋愛運は異常である。しかも無自覚にダメンズにハマってしまうタイプなのだから手に負えない。

 

「……そ、そうよ! 惚れちゃったのよ!! 悪い!? だってあんなに男の人に優しくされたの初めてだもん! もしかしなくとも惚れるわよ!!」

「せめて相手は選びましょうよ。あんたアガレス家でしょ。いつから暴食(ベルゼブブ)になったんですか」

「うるさいうるさいうるさーい! 見てなさいよ、次にあいつが現れたら記入済みの婚姻届を押し付けてやるんだからね!」

「そんな特級呪物さっさと捨ててください」

 

 かくしてゼノヴィアと言い争うシーグヴァイラだが、しかし彼女は知らない。

 

 もう二度とフリードと会えないことを。

 

 初代領主のように報われない恋で終わってしまうことも、これが今生の別れであることも、シーグヴァイラはまだ知らないのだ。




「……正臣さん?」
「ごめん、十年も遅刻してしまった」
「……良いの、迎えに来てくれたから。さあ、一緒に行きましょう?」
「……ああ、共に行こう」

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