駒王学園で三大勢力会談を行う。
魔王サーゼクスにより突如もたらされたその情報は、部室内を騒然とさせた。リアスは書類に目を通しながら呟く。
「長年敵対する天使や堕天使と会談するですって。結果によっては戦争が起きるのかしら」
「いや、先のコカビエルの一件についてだよ。あれは三勢力全てが関わったからね。これを機会に、トップ同士が話し合いをする事になった」
コカビエルの一件──後の裏社会において″エクスカリバー強奪事件″の名で語り継がれることとなった例の騒動は、歴史の重要な節目の一つである。
そして、リアスにとっては圧倒的な格の差と、″白龍皇″の強さを見せ付けられた事件でもあった。
堕天使組織随一の武闘派幹部として知られるコカビエルの実力は戦争当時より決して劣っておらず、若きリアス達が相手にするには早すぎた。それは彼女も充分過ぎるほど身体に叩き込まれたし、だからこそ今代の″白龍皇″の強さが異次元である事も解った。
ヴァーリが現れなければ、今頃は全滅していただろう。リアス達にとっては嫌な思い出でしか無い。
彼女達が若干震えている事を察したサーゼクスは話題を変えるために、リアスの背後に控えているゼノヴィアに向き直った。
「やぁ、君がゼノヴィアだね。デュランダルの使い手が眷属になったと聞いた時は驚いたよ。妹の助けになってほしい」
「……解りました、魔王サーゼクス様」
ゼノヴィア。コカビエル事件の折にエクスカリバー奪回の名目で送り込まれた教会戦士にしてデュランダル使いだ。
神の不在を知らされてしまったが為に追放されてしまった彼女は自暴自棄でリアスの勧誘に乗り、現在は彼女のコネで駒王学園第二学年に所属している身であった。
不本意な形で悪魔になってしまった為に主であるリアスやクラスメイトにも心を開かず、ひたすらに鍛練を行っている。
そんな彼女だが戦闘においては頼りになる存在であり、サーゼクスもその腕を見込んでいた。だからこそ根回しも含めて彼直々に、今や一介の下級悪魔に過ぎない彼女を見に来たのだ。
「……これで用件は終わりだ。確か、公務がまだ残っていたね」
「はい。書類が山ほど残っております。少なくとも二日間は徹夜です」
予定がぎっしりと書き込まれた手帳を捲りながらグレイフィアは肯定し、冥界へと繋がる転移術式を展開する。
術式に呑み込まれながら、サーゼクスはリアスを視界に入れた。
「早く帰ってくると良い。父上が心配している」
「……私はもう帰りません。高校卒業までは兵藤家で生活します」
転移していった実兄を見送ったリアスはソファに座り込んだ。立場を考えての事だった。
リアスは今現在、兵藤家に居候している。崩壊しつつあるアーシアの精神をケアする名目だった。
彼女はエクスカリバー強奪事件にて″神の死亡″を知ってしまった。悪魔に転生してからも信徒として神を敬っていたアーシアは絶望に堕ち、口数が極端に少なくなり笑顔も見せなくなった。
このままでは日常生活に支障が出る恐れもある為、主であるリアスが付き添う事となったのだ。
そしてリアスにはもう一つ、居候の理由があった。それは冥界にいたく無かったという事だ。
勝手に婚約を進めた両親に実兄。
兵藤一誠の殺害を計画した上層部の老害。
彼等と同じ空気すら吸いたくなかったから、兵藤家に転がり込んだのだ。
しかし、本人は頑なに認めない。一誠の仏壇に手を当てては涙を流す日々が単なる言い訳だと認めない。心の片隅で一誠の報復を恐れているなどと言えない。
リアス・グレモリーも貴族の多分に漏れない立派な悪魔だったのだ。幼い頃から上級貴族の令嬢として育てられ何不自由無い生活と未来を約束された彼女は、表向きは情愛を語りながらも内側はやはり悪魔なのだ。
普段から嫌っている醜い上層部と根は同じ。
何処までも醜く、何処までも利己主義で、何処までも他種族を忌み嫌う集団。それが悪魔。
ソファに身体を沈ませながら、リアスは泣いた。とことん同じであった事実を許せないでいた。悪魔という種の根本と、それに気付いてしまった自分を嫌悪するしか無かった。
「あらあら、お疲れなのかしら。お茶を持ってきますわね」
腹心であり女王でもある朱乃が簡易キッチンに姿を消す。後に残った眷属は心配そうに自分を見てくる。その目が痛くてたまらない。
吐き出したい。眷属に一誠が恐いと吐き出してやりたいのだが、それもまた恐ろしくて仕方がない。
自分の眷属は全員が過去を抱えている。一誠も殺された過去を抱えていた。
もし自分の想いを知られたら離反されるかもしれない。軽蔑されるかもしれない。長い付き合いである朱乃でさえ、その優しい笑顔から一転して険しい表情になるかもしれない。
勿論そんな事はリアスの思い込みだ。だがあり得るかもしれないと執拗に信じた。そしてまた新たなジレンマ。自分は眷属を信じていないのではないかという妄想に取り付かれる。
「部長、震えていますよ?」
「風邪でしょうか……?」
木場や小猫が話し掛けてくるが聞こえない。そんな状況では無い。それすらも恐いと感じる彼女にとって心配という好意は逆効果をもたらす。
何という皮肉なのだろう。
追い出された兵藤一誠は今の生活に多少なりとも幸福と安心を感じているのに、リアスにはジレンマと恐怖しか残らない。これほど滑稽な話があるだろうか。いや、存在しない。
今のリアスは一人だった。
──life.11 リアス・グレモリー②──