はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(後付けのせいで兄妹の過去がとんでもないことになってしまった)


life.109 軌跡の価値は

 ──泣いて感謝しろ、不良品の癖にこうやって使ってもらえるんだからなぁ。

 

 ──抵抗するんならさぁ、お前の友達や兄貴が少し酷い目に合うかもしれないねぇ?

 

 ──そうそう、そうやって大人しく尻を振っておけば良いんだよ。そうすれば可愛がってあげるからね。

 

 ──にしても反応なくてつまんねぇな。仕方ねぇ、強めの薬でも打つか。なーに、気持ちよくなるだけで死にはしねぇさ。

 

 ある日の夜、教官からの呼び出しを受けたリントは少女から女性にされた。試みた抵抗は人数差と体格差もあって簡単に抑え込まれ、更に同室の親友や敬愛する兄について言及されたことで沈黙を貫かざるを得なくなった。

 「明日もあるからな」と連中がすっかり満足して部屋を出ていく頃にはリントの身体はボロ雑巾も同然で、赤い染みの付いたベッドの上で誰にも知られないまま啜り泣いた。

 

 こんなこと、誰にも言えない──。

 

 集団暴行と薬物の影響でぐわんぐわんと回る視界の中で、彼女はひたすらに堪えることを選択した。機関を卒業して正規部隊に配属されるまでの辛抱だから、と。

 かくしてリントは玩具に堕ちた。

 あるときは首輪を嵌められ犬の真似事もしたし、またある夜は余興として本物の犬の相手をさせられこともある。されど大概は、芳しくない成績への懲罰という建前で、男達の前で淫らに踊り続ける日々を過ごした。

 

「……ねぇ、大丈夫なの?」

「どうしたっすか、マーガレット」

「だって最近は遅くまで帰ってこないし、それに顔がやつれているわ」

「あー、あれっす。特別に教官達に稽古をつけてもらってるだけなんすよ」

「でも……」

 

 心配する親友から逃げるように部屋を去り、明け方には腹を薬物と精液で満たして帰り、そして一睡もできないまま朝の訓練に参加する。その繰り返しなのだから成績は下落する一方で、それがまた連中に彼女を呼び出す建前を与えてしまうのだ。

 

「リント、なんか俺に隠してねぇか?」

「やだなー、お兄ちゃんに隠し事なんてする筈ないじゃん? 考えすぎなんすよ、お兄ちゃんもマーガレットもさぁ?」

「けど、最近のお前は」

「おーっとぉ!? 教官に呼ばれちまったわぁ! ちゅーことでバイチャ☆」

「おい、まだ話は……逃げやがった」

「……あっぶねぇ、あいつ勘だけは良いからなー。こんなもん股に入れて日常生活してるなんて知られたくもねぇや」

 

 桃色の器具を着けて座学を受けることを強制され、それすらも抜け出して彼女は踊る。今や学校で誰かと交わらなかった場所はないし、比例して連中が彼女の身体で知らない箇所もなくなっていった。

 リントが自暴自棄同然に自ら進んで尻を振るようになったこともあり、何時しか彼女の中では当たり前のサイクルと化した。

 強固な刷り込みと記憶処置を施されている候補生達に教官を疑うという選択肢は存在せず、彼らの所業は誰にもバレなかった。またバレないという自信もあった。

 

 だから、油断した。

 

 ──おい、こいつ動かねぇぞ。

 

 ──意識が飛んだだけじゃないのか?

 

 ──薬の打ちすぎだろ。あーあー、こりゃ手遅れだ。放っておいても直に死ぬな。

 

 ──マジか。おい、この使えねぇ生ゴミどう処理するよ。これまで通り裏山にでも埋めとくか?

 

「……なにやってんだ、お前ら」

 

 

「ほんと、よくあの部屋を発見したっすよね。分かりにくい場所にあるのに」

「あのカス共の暮らしてる寮が怪しいとは踏んでたからな。毎日張り込んで、団体様がぞろぞろ出て来る部屋を見付けたって訳だ」

 

 フリードが部屋に踏み込んだとき、室内は酒池肉林の極みとも言える様相をしており、教会関連施設にあるまじき地獄染みた光景に彼は思わず吐き気すら覚えた。

 何せ脂ぎった男共がベッドの上に年端もいかない少女を寝かせて、寄ってたかってその身体を弄くり回しているのだ。寧ろ吐き気が込み上げない方がおかしいだろう。

 

 そして、その少女が自分の妹分だと気付いた瞬間から数秒の間、彼の記憶は途切れている。

 

 我に返ったときには室内は暴風が通過した後のように荒れ果て、そこかしこにかつて人間の一部だったと思しきパーツが散らばっていた。それが、妹を弄ばれたこととそれについぞ気付かなかった無力な自分自身への怒りが爆発した結果であることを、そのときの彼は分からなかった。

 兎も角として、蹂躙を終えた彼はベッドに横たわるリントの近くへと歩み寄った。

 薬物の過剰投与の影響か、リントの息はいつ途絶えても可笑しくなく、全身に残された痛々しい暴行の痕が彼女の身に起きた日々をダイレクトに伝えている。

 

 ──……お兄ちゃん?

 

 ──悪い、遅刻しちまったわ。

 

 自らを優しく抱き上げるフリードの頬に、彼女はそっと手を伸ばす。顔に付着している返り血が掌を汚すのも気にせず、兄の名残を惜しむように。

 

 ──ううん、迎えに来てくれたから良いんすよ。でも、ごめんねぇ? 私ってこんなに汚れちゃってさぁ。

 

 ──俺も血で汚れてるから一緒だろ。

 

 ──そっかぁ、一緒かぁ……。

 

 そうして嬉しそうに微笑みながら、リントは死んだ。享年十二歳。あまりにも短い幕引きではあるものの、フリードの腕の中で眠る彼女は満足そうな死に顔だった。

 

 それは、神童が殺人鬼に堕ちた瞬間でもあった。

 

「その後は大変だったみたいっすね。直ぐに追討部隊が出てきたんでしょ?」

「そりゃ養成機関の実態が奴隷牧場だったなんて事実を天界に知られる訳にゃいかねーからな。事態を揉み消そうと上役も必死なんだろうぜ。表向きはバルパー・ガリレイの独断って筋書きだけどな」

「あー、あの聖剣野郎G()チームっすか」

 

 パン工場のおじさんを彷彿とさせる顔の変態を思い出して、不快感を露にするリント。

 機関関係者の中でバルパーはそういった事件に関わっていない稀有な人間の一人だが、それは単に彼が聖剣エクスカリバーにしか興味のない人種だからであり、彼自身も別ベクトルで変態だ。仮に少しでもまともな人間であったなら養成機関の腐敗を告発した筈なのだから。

 尤も、そんな変人であるが故に事態の鎮火に必要なスケープゴートとして使われてしまったのだが、これは本人の自業自得である。

 

 それはそれとして、追討部隊までもが動いたこの事件は聖剣計画の首謀者バルパーが違法実験の証拠隠滅を図った独断行為として処理され、同胞の脱出を助けるべく殿を務めたフリードも逃走後に異端認定されたことで、その裏側を白日の下に晒すことなく燃え落ちる養成機関と共に歴史の片隅に埋もれたのだった。

 

 その際、必然的にリントの遺体も灰となって消失しているのだから、蘇生でもされない限り、こうして再び笑顔を向けてくる筈がない。

 

 故に、これはフリードの抱えた未練が見せる悪夢であり、死に際に見せられる走馬灯だ。

 

「……いやー、死ぬには早くないっすか?」

 

 そんな兄の出した結論に、妹は手でハートマークを象りながら意義を唱えた。「また遅刻するつもりなら話は別っすけど♡」そう言って彼女が左手を掲げるや否や、その掌に映像術式が浮かび上がる。

 

『死なせないっ! あなたを絶対に死なせるものですかっ!! 絶対に……見付けるっ!!』

「シーグヴァイラっ!!」

 

 朧気に浮かぶのは、必死の形相で瓦礫を取り除くシーグヴァイラの姿。彼女はフリードの救出に夢中になるあまり、″時間操作″がほどけ、今にも剣を振りかぶろうとしている八重垣に気付いていない。

 このままでは彼女は確実に殺されてしまうだろう。

 応援もまだ到着していない現状、その未来を変えることができる存在は、たった一人だけだ。

 

「……悪い、ちょっと用事を思い出したっすわ」

「あ、お兄ちゃん忘れ物っすよ」

 

 剣を握り締め、焦燥に駆られながらも踵を返すフリード。リントはそんな彼を呼び止めて、赤黒い輝きを放つ握り拳程の大きさの宝玉を手渡す。

 雰囲気こそ先にシーグヴァイラが放った魔力球を彷彿とさせるが、最大の違いは纏っているオーラだ。前者が悪魔のそれであるのに対して、このエネルギー体はドラゴンの気配を強く感じさせる。

 それも、彼もよく知っている″赤い龍の帝王″の力だ。

 

 怪訝な表情でフリードが宝玉を受け取ると、それは意思を持つように彼の周囲を漂い、やがてすっぽりと彼の胸に飛び込んだ。

 

 ──瞬間、フリードの全身から絶大な力の奔流がプラズマを帯びて溢れ出す。

 

「これまでお兄ちゃんの身体に蓄積していた、″赤龍帝″の魔力を集めたんすよ」

 

 リントは、掌の上の映像をシーグヴァイラから兵藤一誠に切り替えた。恐らくはフリードの視点をそのまま切り取ったのだろう、オーフィスに抱き付いて授乳プレイに興じる上司の顔が映る。自分の預かり知らぬところで痴態を拡散される一誠は泣いて良い。

 

「おやおやぁ、こんなところに丁度ピッタリの画像があるではあーりませんかぁ☆」

「選び方にすっげー()()を感じる」

「さあ、何のことやら~♡ それはさておき、お兄ちゃんって何時も兵藤一誠と行動を共にしてたっすよね。だから彼が漂わせている魔力が無意識に身体に溜まってたんすよ()だけに!」

 

 即ち、赤黒い宝玉の正体とは体内に蓄積した兵藤一誠の力の結晶であり、一時的にだがフリードは彼が有する能力──″倍加″や″譲渡″を扱えるようになったのだ。

 擬似的とはいえ、その身にかの″二天龍″を降ろした姿はまるでチートなのだが、八重垣も″幽世の聖杯(チート)″を使っているのでお互い様である。

 

 無論、その代償は大きい。

 

 あくまで人間であるフリードの肉体限界を考慮して使用可能時間は三十分にも満たず、それ以上の発動は身体はおろか魂にすら悪影響をもたらし、最悪の場合は死に至る。

 そうでなくとも絶大な能力の負荷に肉体が堪えられず、発動後は全身が地獄に等しい激痛に襲われてしまう。一週間は日常生活すらままならないだろう。

 

「──ありがとよ、遠慮なく使わせてもらうぜ」

 

 その説明をされた上で、フリードは微塵も躊躇しなかった。

 

「……そっか。じゃあ存分に戦ってくるっすよ、天才的なお兄ちゃん。今度は間に合うといいっすね?」

「間に合うさ、今度こそ」

 

 深い海の底から浮上する感覚の中で、ニヤリと笑って赤い龍の翼の幻影を拡げるフリード。

 

「──自分の罪から逃れられると思うなよ?」

 

 リントではない、数多の犠牲者の怨念が込められた声を背に受けながら。

 

 ──life.109 軌跡の価値は──




「安心しろ。次は一人ぼっちにしねぇから」
「……そっかぁ、一緒だぁハハハハハハハハアハアハアハ」

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