はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(シーグヴァイラは何故モテないのか? その謎を解明するため、我々調査隊はシーグヴァイラのアマゾンの奥地へと向かった)


life.108 静止した時の中で

 普段の言動こそ奇妙奇天烈極まりないが、フリード・セルゼンという少年は腐っても元神童で、強者と同時に大量の死亡者をも排出する養成機関を生き残った経歴は偽りではない。

 彼を支えるのは、地獄に等しい訓練で培われた強靭な肉体と豊富な実戦経験、そして誰よりも突出した生来の戦闘センスだ。

 

 故に、時間経過に従い戦況がフリード達の優勢に傾くことを彼は誰よりも早く悟っていた。

 

 ──やっぱ、思った通りだ。先輩の動きが徐々に乱れてきてる。

 

 八重垣が振るう剣を紙一重で避けながら後退しつつ、その隙はシーグヴァイラの牽制射撃で埋める。

 だが教会戦士に支給される光の剣は悪魔にとって猛毒の塊である。それは上級悪魔であるシーグヴァイラとて同様だ。

 

「あんま前に出るなよ! 彼氏作る前に傷物にされても責任取らねぇからな!!」

「今更ね! あんたの言葉で私の心はとうの昔に傷だらけなんですけ──どっ!」

 

 戦況を膠着状態に持ち込むべく、フリードは徹底して一騎討ちを回避し、前後衛を彼女と分担することに決めた。

 機動力と手数に長けたフリードがアタッカーを務め、魔力操作に優れるシーグヴァイラがサポートを担う。果たして人的有利を活かした作戦は見事に嵌まり、八重垣は絶え間なく続く二人の攻撃に攻めあぐねている。

 

 とはいえ、人的不利と十年間のブランク──無視できないハンデを背負わされても尚もゴリ押しを可能としてしまえるのが、蘇生した対象の身体能力を底上げする″幽世の聖杯″の真骨頂の一つである。

 

 甘かったか、とフリードは内心で舌打ちする。

 剣を一度振るう度に、衰えた筈の八重垣の剣筋がまたも勢いと鋭さを増したように感じる。それも、養成機関で叩き込まれる剣術ではなく、遮二無二振り回しているだけの力任せの剛剣。仮にかつての教官が見たなら怒鳴り散らしているであろう、剣術とも言えない暴力或いは癇癪だ。

 本来であればカウンターを仕掛ける絶好の機会であるにも関わらず彼が表情を歪めるのは、振り下ろされた切っ先が床に亀裂を生じさせたからだ。

 

「クソみてぇなチート使いやがって!」

「何とでも吠えろ! 竦めっ! そして吠え面をかいたまま死んでいけバカップル共がァ! ハハハッハハァ!!!」

 

 高笑いしながら光の剣を片手に飛び掛かる八重垣。その嘲笑からは生前の冷静さは微塵も感じられず、何よりも跳躍した後の床に刻まれた足跡──それを中心に放射状に罅が走ったコンクリートが、彼が正真正銘の異端者にまで堕ちてしまったことを教えている。

 さながら弾丸のように正面から突撃してくる彼の凶刃を、フリードは敢えて受け止めた。八重垣が厄介なシーグヴァイラから先に殺そうとしていることに、気付いていたのだ。

 

 加えて、尋常ならざる超怪力から放たれる剣と一瞬でも鬩ぎ合えばどうなるのかも、彼は気付いていた。天才的な戦闘センスを持つ元神童であるが故に。

 

「──!!」

 

 真っ先に右腕がへし折られる音を聞いた。次いで莫大な負荷に耐えられずに右太腿が折れた。必然的に崩れた体勢がぐらりと彼の身体を揺らし、最後に肋骨と視界全体を衝撃が襲った。

 錐揉み回転しながら壁に激突し、それでも衝撃を殺すには至らずに大穴を穿ち、粉砕する。

 

「フリー……ッ」

「そんなに彼氏が心配かい?」

 

 形振り構わず反射的に展開した障壁術式は果物の皮を捲るかの如く切り裂かれ、掠めた左頬から血と黒い靄が微かに溢れる。「ああっ!?」と挙がった悲鳴は、シーグヴァイラの体内に侵入した光が烈火のように彼女を攻め立てているためだ。

 だが、歯を食い縛りながら堪える。

 応急処置もしないまま、お返しとばかりに両手に魔力を集中させ、凄まじい速度で結界術式を描いていく。やがて完成した水色の術式の中央に大きく記されているのは、アガレス家の紋章──アガレスの悪魔達に脈々と受け継がれる秘術を発動させたのだ。

 

 極限にまで高められた集中力と魔力で描かれた二つの術式の内、一つは今にも襲い掛かろうとしていた八重垣に向けて放つ。直後、彼の動きが急速に勢いを失っていき、先程までの怪物染みていた動きが嘘のようなスローモーションと化していく。

 

 これこそがソロモン七十二柱序列二位、″大公″アガレス家の固有能力″時間操作″である。

 一族に伝わる特殊な結界術式を媒介として発動させ、結界に対象が触れると瞬く間に捕縛し、その時間の流れを遅らせる、アガレス家の中でも特に才能に溢れる者のみが発動できる能力だ。

 

 そして、シーグヴァイラ・アガレスは現アガレスが誇る″氷姫″にして駒王町の三代目領主に抜擢された才女である。土壇場の覚醒ではあったものの、目覚めるだけの素質は既に示されていたのだ。

 

 ──発動した!? どうして!? 今までどれだけ練習しても習得できなかったのに……!? いや、そんなことよりも今はっ!!

 

 肩で息を切らしながら驚愕するシーグヴァイラ。現当主に才を見込まれ秘術を伝授されてからというもの特訓は欠かさなかったが、これまでついぞ習得は叶わなかった一族固有の能力。それが何故、このタイミングで発動できたのか、彼女には分からなかった。

 否、今はまだ分からないだけかもしれない。

 兎も角、シーグヴァイラは思考を切り替えると瓦礫に埋もれたままのフリードに駆けていき、手が傷付くのも構わずに瓦礫を取り除いていく。

 

「ちょっとフリード! あなた生きてるの死んでるの!? 死んでたら死んでると返事しなさい!!」

 

 返事は、ない。

 

「……ふざっけん、なバカヤローッ!! あれだけ私のこと馬鹿にしといて自分だけ先にくたばる奴がある!? 絶対に私の負った傷の分だけぶん殴ってやるから……!!」

 

 その声は、聞こえない。

 

「何とか言いなさいよ……」

 

 ──life.108 静止した時の中で──

 

 二度と足を踏み入れたくなかった場所、即ち戦士養成機関本部内のある部屋の前にフリードは立っていた。「夢か」と吐き捨てる横顔はこれ以上ない程に憎悪に満ち、夢である筈なのに握り締めた拳が痛む。

 剣を携え、苛立ちを晴らすように彼は扉を蹴破った。

 広々とした空間に反比例して部屋の中は大きなベッドが一つ、中央に鎮座するだけで、他にテーブルなどの家具はおろか窓すらも見当たらない。強いて挙げるなら悪趣味な中身をした小さな棚が片隅に置かれているだけだ。

 

 そんな殺風景な部屋なのだから、彼の視線は自ずとそこに立っていた人物に釘付けとなった。

 

「お久し振りっすねー、お兄ちゃん。私のことは今でも覚えてますかねぇ?」

 

 投与された薬物の影響で白と黒の入り交じる髪をアップにし、教会戦士の制服ではなく娼婦が着るような身体を隠すつもりのない派手な衣装に身を包んだ、フリードと似た顔立ちの少女が、儚げな笑顔で彼を出迎えた。

 

「……リ、ント」

 

 驚愕に目を見開きながら紡がれたか細い声に、リントと呼ばれた少女は嬉しそうに頷く。

 

「正解♡ ご褒美にイイコトしたげよーか?」

「……ちんちくりんの癖に生意気言ってんじゃねーよ、馬鹿たれ。そもそも、お前も仮にも教会戦士だろうが」

「ひっどーい! 教官達にも評判良いのにー!!」

 

 ギャーギャーと喚くリントと彼女を適当に宥めるフリードの姿は年の離れた兄妹或いは親友のような雰囲気である。

 事実、二人は実験で生まれた試験官ベビーであり、同一遺伝子を元に製造されているが為に、彼らは兄妹のような関係だ。顔立ちが似ているのも遺伝子パターンが同じだからだ。本人達は知らないし知るつもりもないが。

 

 それはさておき、同一遺伝子を使用していながら兄妹の能力には雲泥の差があった。

 生産施設から養成機関に移された後、兄は戦闘センスをメキメキと開花させ、やがて機関始まって以来の天才と謳われるまでに成長を遂げた。

 

 反対に、妹は落ちこぼれだった。

 

「私は……お兄ちゃんのような才能は与えられなかったんすよね。ドジだらけで失敗ばかりで」

 

 笑みを浮かべるリントだが、世間一般で言えば彼女もまた間違いなく天才に分類される。

 否、彼女だけでなく機関では落ちこぼれと蔑まれる少年少女達とて、環境が違えばその溢れんばかりの才能を活かして世界に羽ばたけた筈である。ただ一重に、フリードや上位層に及ばなかっただけなのだ。

 尤も、捨てる神あれば拾う神あり、という言葉があるように思いがけず助けてくれる人間もいないことはなかった。

 

 唯一の問題は、その救済方法が、人間にあるまじき外道の所業である点だ。

 

「でもでもぉー? 教官曰く、私って娼婦の才能はあるらしいっすよ♡ マジでウケるっしょ!? ハハハハハハハハアハアハアハ」

 

 リントは、人間の醜さに殺された──。


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