はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

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オーフィス可愛い(神秘的な可愛さ)


life.106 駒王町の奇蹟

 駒王町は実に奇妙な町だ、とは裏側に通じる者達の共通認識である。

 

 歴史を振り返っても特に神仏や魑魅魍魎と深い関わりがあった訳でもなく、勢力間抗争における重要地点を担う訳でもない。

 駅前の再開発に従って著しい発展を遂げた地方都市群の一つに過ぎず、強いて挙げるなら悪魔勢力が若手悪魔を領主として派遣し、将来の領地経営の研修や或いは逃走した″はぐれ悪魔″討伐の拠点に用いる場でしかなかった。事実、政府や貴族達はそういった研修用や個人的な別荘地として人間界に幾つも土地を保有している。

 

 つまり彼らからすれば人間界の地方都市は数ある縄張りの一つに過ぎないのだが、あの町だけは別だった。

 どういう訳か、やたら多くの騒動──それも歴史を語る上で欠かせない出来事や災害にも等しい非常事態に巻き込まれるのだ。

 

「初代領主と旧″上層部″のドタバタは詳しく知らねーけどさぁ? それを抜きにしても最近はマジで物騒なことが起きまくってんすわ」

 

 あの町呪われてんだろ、とわざとらしい苦い表情でフリード・セルゼンは語り始める。駒王町で巻き起こった一連の事件を証言するに当たって、これ以上の適役は少ないだろう。因みに彼以上に証言台に相応しい少年上司は泣き疲れたのか、嫁のおっぱいに包まれてすやすやと眠っている。

 何も言わずに抜け出してきたのは過労で今にも倒れそうだったロリコン上司を心配してのフリードなりの優しさで、決して授乳プレイを強いる上司に愛想を尽かした訳ではない。もしもし、ポリスメン?

 

 青少年保護育成条例に真っ向から喧嘩を売った上司の未来はさておき、″駒王町を舞台にした物語(ハイスクールD×D)″をゼロから辿るにフリードもまた相応しい人物である点は、今更記す必要もない筈だ。

 

 何故なら、その発端とも言うべきレイナーレ侵入事件に彼はガッツリと絡んでいるのだから。

 

 それは、ロリコン上司(兵藤一誠)との出会いでもある。

 

「当時の俺ちゃんってば″神の子を見張る者″所属の、世界を股に掛けて活躍する完璧で究極の″はぐれ悪魔祓い″でさぁ? 社会に縛られずに生きてやる、なんて宣って世界を相手にドッタンバッタン大暴れしてたんすわ! 七つのボールを集めたり人理修復の旅に出たり……手に汗を握る冒険活劇の連続の日々を生き抜いてきたってばね!!」

 

 自慢気に武勇伝を並べるフリードだが勿論信じてはいけない。彼のそれは約八割が嘘だ。実際は社畜にありがちな悲しい台所事情を補うべく、こっそり強盗紛いの活動を繰り返してきただけである。

 事前調査した家の住人が堕天使と敵対関係にある悪魔と契約していると知るや敵戦力の排除にかこつけて押し入り、金目の物と住人の命を嬉々として奪う姿は正真正銘の悪党で、その所業には不法侵入常習犯のRPGの勇者も「そこまで俺はやってない」と顔を真っ赤にして白旗と聖剣を振るうだろう。

 

 そんな下水を煮詰めたような性格をしたフリードなのだからレイナーレから参加を要請された任務も真面目に遂行するつもりは一ミリたりともなく、レイナーレが拠点とする駒王町の住人達と彼女自身の貯金をたんまりと拝借することしか頭になかった。

 

 一誠と出会ったのは、護衛対象(アーシア)を連れて適当な民家に押し入るという博打に打って出たある日の夜のことだった。

 

「……あなたって、本当に最低の屑ね」

「信じて送り出した彼氏いない歴=年齢領主が侵入してきた不審者にボロ負けしてアへ顔ピース敗北報告を送ってくるなんて……」

「殺すぞ」

「ごめんちゃい♡」

 

 

 第一印象も後味も悪過ぎるファーストコンタクトは痛み分けに終わり、二度目の戦いも戦況の不利を悟って決着がつかないまま撤退を選んだ。

 要するにレイナーレを見捨てて与えられた活動資金と金庫の中身だけ失敬して逃げ出したのだが、そういえば彼女は今も元気でやってるかな、と時折思い出す程度には無責任な行動に対して後悔の念を抱いている。尚、レイナーレの末路は把握済みだ。

 

 こうしてカモを失ったフリードは何故かボテ腹と化した財布を駆使して自由気ままに潜伏生活を送っていたのだが、そんな彼に次なる任務が飛び込んできた。

 

 聖剣エクスカリバーを用いた戦争の口実作り──。

 

 ″神の子を見張る者″幹部のコカビエル直々の打診を、その溢れる好奇心から彼は即座に了承した。

 エクスカリバーといえばアーサー王伝説に登場する伝説の聖剣で、剣士を名乗る者なら誰もが一度は握ってみたいと思う名剣だ。

 かつての三竦みの戦争で破壊され、その欠片が固有能力を持つ七本に分裂・増殖している時点で胡散臭い代物だが、それはそれとして伝説に触れるまたとない機会であるのも事実である。決して提示された高額の謝礼金に屈服したのではない。

 

「ま、その話はロリコン上司と関係ないから置いとくっすわ。コカビーが苦労して集めたのになんかぽっと出の聖魔剣に粉砕された話も空気の読める俺ちゃんは次元の彼方に置いとくっすわ」

「ちょっと、そこまで語っておいて省略するなんて手抜きじゃない?」

「急に下ネタを使うなよ。彼氏いない歴=年齢に見え……ごめんちゃい♡」

「よろしい。でもこうして改めて振り返ってみると、本当に様々な事件が発生しているのね」

「その原因って殆どが三大勢力だけどな」

「ごめんなさい」

「よろしい」

 

 フリードはニヤニヤしながら頷き、引き続き駒王町で起こった出来事について語る。

 とはいえ、エクスカリバー事件の後に起こった出来事といえば駒王学園で開催された和平会談と、その結果として締結された″駒王同盟″程度しかない。

 

 長く争ってきた三大勢力の和平・同盟が結ばれた、という歴史的な観点から見れば快挙なのだが、この同盟も各勢力が代替わりしつつある現在は白紙寸前に等しい。

 勢力再建に奮闘する悪魔達は兎も角、グレンデルの襲来により機能不全に陥った堕天使や不自然な沈黙を貫く天使に同盟をそのまま維持するつもりがあるかどうかは怪しい。それどころか天界は支持率低下や和平に不満を募らせる下部組織への対策に戦争再開を選びかねない。

 

 第二次大戦の勃発──。

 

 今度は聖書の中だけでは終わらない、文字通り世界を揺るがしかねない悪夢は、されどギリギリの綱渡りの上で辛うじて回避を続けている。何故か?

 

「──あいつらには共通の敵が存在するからだ」

 

 名前こそ出さなかったものの、フリードの言葉を聞いていた者達はその正体が誰なのか、直ぐに分かった。

 

「確かに本人は悪魔を標的にしてるけどな、ありとあらゆる冤罪を抱えてる今じゃ誰も信じちゃくれねぇよ。ちゅーか本人が全勢力に宣戦布告したからな」

 

 冤罪の真実を知らない神話勢力からすれば、本当に力に飲み込まれた末に暴走を開始したようにしか思えない。名だたる神仏でさえ戦々恐々と過ごしているのだから、″連合戦争″で多くの将兵を喪失した三大勢力の不安は他神話の比ではないだろう。

 

 仮にこの状況下で同盟を破棄しようものなら、必ず″赤龍帝″はその隙を突いてくる──。

 

 戦場で彼の実力と知謀を見せ付けられた彼らだからこそ、三竦みの戦争を再び起こした後に自分達が破滅するであろうことも理解していた。続いているように思える平和は、それを恐れての仮初めに過ぎない。

 

「逆に言えば、彼が死んだ途端に世界は戦争を選択する筈だ。あんたにも戦場行きの赤い切符が届くだろうぜ?」

「……」

「あんたは彼に泣いて感謝すべきだ。こうやってぬくぬくと領主ごっこをやってられんのも彼が、兵藤一誠が全世界の敵としてアンチ・ヘイトを集めているからだ」

「……そう、かもしれないわね」

 

 仮にこれが兵藤一誠に定められた宿命なら、なんと残酷で皮肉な筋書き(シナリオ)なのだろう。復讐の為に進み続け、悪魔のみならず世界中の敵として君臨した結果、却って世界は平穏を取り戻したのだから。

 或いは、これ以上の騒動を嫌った駒王町が産み落とし、悪魔が育んだ一種の神秘なのかもしれない。

 

 それが証拠に、″駒″を用いた表現の一つに″捨て駒″がある。

 相手に取らせる目的で駒を進める手筋を指す将棋用語の一つであり、そこから転じて目的を達成する為の人的犠牲を表す例えに用いられるようになった。

 

「捨て駒の王が生まれた町──だから駒王町。世にも奇蹟な物語だろ? 信じるか信じないかはあんた次第ってな」

 

 最後こそフリードは冗談めかして締め括ったものの、この町が奇妙であることは強ち間違っていないのかもしれない。そのもう一つの証拠が、駒王町の歴代領主を襲った悲劇的な末路だ。

 

 ──クレーリア・ベリアル。初代領主を務めた彼女は偶然にも″王の駒″の実在を知ってしまい、スキャンダルの発覚を恐れた旧″上層部″の手によって眷属や恋人もろとも暗殺された。

 

 ──リアス・グレモリー。前領主だった彼女は元眷属の兵藤一誠が離反した責任を押し付けられ、没落寸前のグレモリー家と共に今や冥界中から後ろ指を指される日々を過ごしている。

 

 駒王町の領主を務めた悪魔は悲惨な末路を辿る、とは冥界の貴族達の間でまことしやかに囁かれるジンクスだが、ところで今代の領主は名前を何と言っただろう?

 

「……」

 

 彼の隣で顔を蒼白にしている金髪少女は、名をシーグヴァイラ・アガレスという。悲しいことに駒王町の新領主と同姓同名同一人物だ。

 

「……お得意の冗談よね? ね? 早く嘘だと言いなさいよフリード」

「あー、初代に比べて無能姫は死んでないだけマシになってるし、三代目はもっとマシになるんじゃね? 知らんけど」

 

 励ましにも癒しにもならないエールに、「死ぬ前に彼氏欲しかったなぁ」とシーグヴァイラは遂にポロポロと涙を浮かべた。

 

「さーて、長々と付き合わせて悪かったっすね」

 

 そんな彼氏いない歴=年齢を他所に、フリードは真剣な表情で目の前の男に視線を移す。

 黒い長髪と″悪魔祓い″の制服が特徴的なその男──八重垣正臣は特に気にした様子を見せず、逆に生気の抜けた目を細めた。かつての恋人の名を覚えている者と出会えたことが嬉しかったのだ。

 

「質問、良いかな?」

 

 周囲を見渡しながら、八重垣は訊ねた。

 

「どうして潜伏場所が分かった?」

 

 彼が不思議に思うのも無理はない。何故なら、彼らが立っているこの場所は町外れに佇む廃教会、その地下室なのだから。

 

 金を持っているのならホテルを転々とすればいいし、持っていないのなら強盗するなり住人を追い出して借家にしてしまえば片付く。

 後者はフリードの持論だが、それにしてもわざわざカビ臭い廃墟の地下に隠れる必要もなければ、そもそも普通は地下室の存在にも確信がなければ気付かないし思い当たらない筈なのだ。

 

 そう、確信がなければ。

 

「そこら辺を歩いてた三代目領主を拉致って脅し……頼んで町中のホテルに確認してもらったが、それらしい宿泊客はいなかった。行方不明者の情報もない。後は消去法だ」

「だとしても、この部屋の存在は事前に知っていなければ思い付かな──そうか、君も」

「ピンポーン。この教会は俺の元上司が拠点に使っていた場所でな。ちゅーか俺も潜伏用に使ってた時期もあるし? だから割と綺麗だったろ? ちゃんと掃除してから出ていったんだぜ?」

「成る程、合点がいったよ」

 

 八重垣は肩を竦めた。潜伏場所が彼らにバレている現状、必然的に討伐部隊も駆け付けるだろう。相応の剣の腕前や″幽世の聖杯″で身体能力を強化されているとはいえ、大勢の悪魔達を相手に抗えるつもりはない。

 ましてや、フリードの今の所属先を考えれば、必ずや兵藤一誠も姿を現す筈である。悪魔嫌いの″赤龍帝″が討伐部隊と鉢合わせする、というような幸運を期待したところで、その次に殺されるのは八重垣だ。

 

 だが、彼の予想に反してフリードは首を横に振った。

 

「彼は来ねぇよ。この場所を知ってるのは俺と彼氏いない領主だけだ」

「そうか、君と彼氏いない領主だけか。僕も侮られたものだね」

「側近の俺で充分って意味ぐらい気付けよ、先輩」

「……地下室を汚したくない。上の礼拝堂に行こう。そこで決着をつけようか、後輩くん」

 

 また一つ、駒王町の孕んだ宿命が動き出す。

 

 ──life.106 駒王町の奇蹟──




「いま私の願いごとが叶うならば彼氏が欲しい」
「いやー、キツイでしょ」

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