はぐれ一誠の非日常   作:ミスター超合金

100 / 116
オーフィス可愛い(初恋)


life.100 復讐者Xの標的

 冥界全土を包んだ熱狂。それは辺境に位置する監獄も例外ではなく、久しく浴びていなかった日の光の下、正門の前で歓喜する集団があった。

 彼らは旧上層部の被害者だ。

 連中の機嫌を損ねた者や都合の悪い情報を知ってしまった者など、上層部の意向で政治犯の汚名と冤罪を着せられていた者達である。先日の旧上層部の逮捕に伴い調査が進められ、こうして遂に長き戦いが報われる日がきたのだ。

 

「……本当にすまない。連中の汚職を許したのは、魔王たる私達に責任がある」

「どう謝罪しても許されることはない。できる限りの賠償は行う。名誉の回復も、社会復帰への支援も、全力で取り組む。魔王の名に誓って約束しよう」

 

 続く記者会見で、檀上に立つ被害者達の前で頭を下げて謝罪するディハウザーとロイガンだが、彼らを責める者は誰一人としていない。そもそも二人は魔王に就任したばかりであり、上層部の腐敗を黙認していた張本人ではない。寧ろ、冥界の改革を推し進める立役者だ。

 そして当然だが、被害者達や世間からの反感を集めたのは冤罪を押し付けた旧上層部の連中と、沈黙を貫いた前四大魔王である。

 特に後者は連中の専横を止めるべき立場にも関わらず何ら手を打たなかったとして激しいバッシングに晒されている。

 

 ──魔王の座を退いたからといって隠居暮らしが許されると思っているのか? ツケの清算を見逃すつもりはない。

 

 長期入院中のサーゼクスとセラフォルーはさておき、根本的に研究者気質のアジュカ、怠惰な性格のファルビウムはこれ幸いと雲隠れし、これから悠々自適に暮らしていくつもりだろう。或いは前者二人も家族の手引きで逃亡するかもしれない。

 それを許す程、ディハウザーは甘くない。

 旧上層部の横暴を見逃していたのなら同罪であり、その怠慢を問われるべきだ。既に直属且つ手練れの部下達で構成される部隊も極秘に動員しており、後は捕縛報告を待つのみである。

 

 逆に言えば、直接的に専横政治を働いた訳ではない前魔王達でさえこのような苛烈な処置を受けるのだ。

 その張本人である旧上層部一派がどのような末路を辿るかなど、今更考える必要もない。

 

 ──life.100 復讐者Xの標的──

 

「お待ちしておりました」

「で、奴らは?」

「特別房に監禁しています。魔力を封じる枷を着けていますので、逃げも隠れもできません」

「そうか」

 

 ディハウザーの案内で、一誠は監獄の地下フロアの廊下を進む。この階層には表沙汰にできないような事件を起こした凶悪犯ばかりが収容されているらしく、廊下を挟んで左右に並ぶ独房のあちらこちらから鋭い視線が二人に飛んでくる。仮に一誠が放り込まれるとすれば間違いなくこの地下フロアである。

 そんな思想も実力も地上フロアとは比べ物にならない連中ばかりが集められているのだから、警備・監視も常に厳戒態勢が敷かれているのだが、こと今日のこの時間に限って、監視術式の一部は意図的に息を潜めている。無論、上層部を収監している区画の術式であり、魔王の指示によるものだ。

 

「着きました。この中に上層部がいます」

「分かった。一応聞くが、建前は考えているよな?」

「逃亡を図った為にやむを得ず射殺──会見ではそう説明します。また既に捕縛している連中の家族や一族郎党も秘密裏に後を追ってもらうつもりです」

「抜かるなよ?」

「無論です」

 

 本人のみならず一族を巻き込んでの、過剰に思えるまでの処刑劇。しかし、その背景には″旧魔王派″の二の舞を演じるまいとする確固たる決意がある。

 冥界を二分した先の内戦後、勝者である改革派は先代魔王の親族縁者を処刑せず、僻地への追放のみという甘い処置に留めた。その結果、テロ組織″禍の団″への合流を許し、今日に至るまでの禍根の種を残してしまった。

 

 下手に温情をかければ、新たな復讐を生むだけである──。

 復讐者である彼らはこの点を充分に理解していた。それ故の処断なのだ。新時代をアピールしていく以上、後々の憂いは確実に取り除かなければならない。

 

「じゃあ俺はちょっくら遊んでくるが……殺したきゃ別に殺してくれて構わないぞ?」

「よろしいのですか? 自分の手で殺したいものとばかり思っていましたが?」

「実際に動いたのはディハウザーだからな。お前を差し置いて独占するのも気が引けるってだけだ。あ、言うまでもないと思うが……」

「ご安心を。取り逃がすような真似はしませんよ」

 

 かくして嬉々として檻の中に乗り込んでいった二人は、やがてすこぶる上機嫌な表情で再び廊下に集まった。互いの顔や衣服が返り血に染まっていても、彼らはそれを気にしなかった。

 何せ、ようやっと復讐(念願)を叶えたのだから。 

 一誠の登場に、上層部の連中は顔を蒼白に変えて命乞いした。ただでさえ比べるのも馬鹿らしい実力差が横たわっているというのに、魔力までも封じられては抵抗も逃走も許されない。

 そうして靴を舐める勢いで謝罪やら言い訳やらを重ねて彼らは、一人残らず虐殺されたのだった。報いを受けたのだ。

 

「……見ていてくれたか、クレーリア。私は、長年の夢を果たしたぞ」

「遂にやったな、ディハウザー」

「ええ、これも一誠殿の助力のお陰です」

「それじゃあ俺はこれで失礼しよう。目的も達成したし、あまり長く部屋を空けているとオーフィスが不機嫌になるからな」

「仲睦まじいようで羨ましいですな……ああ、そういえばお伝えすべきことが幾つか」

 

 転移術式を展開しかけていた一誠を呼び止めて、ディハウザーは言った。

 

「これはロイガンから聞いた話ですが、ヴァーリと戦った際に思考を塗り替えられる感覚がした、と」

「思考を?」

「催眠や洗脳系の能力かと思われます」

 

 ルーマニアから続いた一連の襲撃事件は、そのインパクトから実行犯の名を取って俗に″グレンデル襲撃事件″と語られているが、実行犯は二人いる。

 グレンデルと、ヴァーリだ。

 そして首都リリスへの強襲を受けた際にロイガンはヴァーリと対峙していたが、後に現場に現れた一誠に敵対心を見せるなど明らかに様子がおかしかった。そういった類の攻撃を受けたのであれば頷ける。

 

「現在進行形で影響を受けている可能性は?」

「念の為に精密検査を行い、異常無しとの結果報告が上がっていますが……警戒するに越したことはないでしょう」

 

 二大魔王が揃って一誠と内通しているにも関わらず、彼との連絡を全てディハウザーだけが行っているのにはこういった事情もあった。万が一にも情報を抜かれては洒落にならないからだ。

 

 問題は、その催眠能力の正体に心当たりがない点だ。

 

 まさか″白龍皇″の新たな能力か、と二人は考えたが共にそのような話を聞いたことがなく、またディハウザーは一誠に話す前に″神器″やドラゴンについて記した文献を漁ってみたのだが、それらしい情報は手に入らなかった。

 

『アルビオンとは何度も戦ったが、催眠術など奴は有していない。もしヴァーリが催眠術を使ったと言うのなら、それはアルビオンとは無関係の、また別の理由に起因する能力だろう』

 

 一誠がそれについて最も詳しいだろう相棒に訊ねてみたところ、ドライグはその説を否定した。

 

「そうか。ありがとうな、ドライグ」

『気を付けろよ。相棒が仮に術を受けても、それは内に宿る俺が障壁となって防げる。オーフィスもそんな小手先の技で懐柔される筈がない。それは安心しろ』

 

 しかし他の奴らは別だ、と翡翠の宝玉は忠告する。

 

『例えば相棒の側近を名乗るフリード・セルゼン、出産を控えるオーフィスの小間使い用に拾ってきたレイヴェル・フェニックス。実力的に、狙われれば彼らは一溜りもない』

「それは否定できないけどな」

『慎重になれ、相棒。歴代最強の宿主がこんなところで躓くなど笑えんぞ』

「分かってるよ。油断はしないさ。相棒もオーフィスもまだ悲しませる訳にはいかないからな」

 

 ドライグとの交信を切って、一誠達は簡単に今後の動向の打ち合わせを行った。とはいえ、グレンデル達が従う第三勢力やロイガンへの警戒が主な内容だ。

 そして、第三勢力が話題に出た頃合いを見て、再びディハウザーが口を開く。

 

 ″女王″クイーシャ・アバドン以下、サイラオーグ・バアルの元眷属達が消息不明になった、と。

 

「目的は俺だろうな。だが、今更出てきたところで俺が負ける筈がない。それはあいつらも理解してるだろ」

「サイラオーグの眷属は逸材揃いですし、特にアバドン家固有の魔力である″(ホール)″は強力です。それを見込んでクイーシャ達を勧誘してもおかしくはない」

 

 これはディハウザーなりの警告だ。クイーシャ達だけでなく、一誠が行った復讐という名の大量虐殺で家族や近しい相手を失った者達は多い。

 ならば、彼と敵対する第三勢力は必ず被害者達の憎悪に訴えて勧誘を進めているだろう。事実、クイーシャだけでなくソーナ・シトリーやルヴァル・フェニックスなど消息不明の報告が幾つか寄せられている。

 

「身辺にお気を付けください。誰に誰が狙われても不思議ではありませんから」

「お互いにな」

 

 それは、復讐者が受け入れるべき因果である。

 

「──おっと、伝え忘れるところだった。近い内にサーゼクスを殺すから、他の入院患者を避難させるなら早めにな?」

「承知しました。しかし、やけに慌ただしいですね」

「まあな」

 

 だが、受け入れるにはまだ早い。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。