life.10 リアス・グレモリー①
あの日から、リアス・グレモリーを憂鬱が蝕んだ。自慢の眷属である一誠を救えなかったことが原因だった。
婚約発表終了後のある時、リアスは実家に呼び出された。行ってみれば深刻な表情をした実兄と上層部の悪魔達が待ち受けていた。
話によると、上層部は一誠の殺害をサーゼクスに迫ったらしい。上層部が相当に面倒な存在だというのは若いリアスも理解していたが、こんな強引な手を使うと予想していなかった。
サーゼクスがそれを許可したことも、だ。
直後、上層部の連中は黒い笑みを浮かべながら去っていった。リアスはサーゼクスを問い詰めるも仕方無かったの一点張り。
嫌な予感がした彼女は急遽部室に転移するが時既に遅く、部室は血塗れになっていた。
腕やら足やらが散乱した部室。細かく解体された悪魔の死体。
無惨な光景を見慣れた彼女でも吐き気を覚えたその場所に、赤龍の双腕を持った一誠が立っていた。おぼろ気に天井を見ていた彼だったが、リアスに気付くと眼だけを動かす。
『──部長も俺を狙うのか?』
違う、とリアスはハッキリ言いたかった。だが、言えなかった。
恐かったからだ。
酷く透き通っている眼差しをした彼が、どうしようもなく恐ろしかったからだ。知らず知らず、一歩後ろに下がってしまった事を知ってリアスは自分が情けなくなった。
さんざん可愛い眷属と言っておきながら今は彼に恐怖している。リアスはこの状況になって始めて自分の醜さを見せ付けられた。
『……襲ってきた奴が言ってたよ。負けた俺は役立たずだから、
『違う、違うわ……!!』
『──その割には後退りしてるよな? やっぱり後ろめたいことがあるからだろ?』
靴裏のゴムと床が擦れる音が脳裏に入った。言い訳しようのない証拠を突き付けられて、それでもリアスは抗う。
認めたく無いのだ。
情愛に深いグレモリーの次期当主が可愛がっていた眷属に恐怖を抱いたなどと、結局は上辺だけの愛であったなどと、所詮上級悪魔であるリアス・グレモリーは認めたく無かったのだ。
一誠は興味を完全に失った眼でリアスを刺し貫いた。どこまでも黒い眼球が、逃げようとする彼女を直視した。
『認めろよ、情愛は嘘だったと。リアス・グレモリーは、魔王サーゼクスは、お前ら悪魔は──俺を見捨てたと認めちまえよッ!!』
『違う……ッ!! お願いだから、放して!! 話を、聞いて……ッ!』
リアスは飛び起きた。ベッド近くに置かれた時計は丑三つ時を指していた。何時も見る、あの日の夢だ。
この後の展開も同じ。サーゼクスや朱乃達が間一髪で駆け付けて、一誠は逃走する。そして″SSS級はぐれ悪魔″に指定されるという夢だ。
リアスは水を飲みに一階に降りた。そしてリビングの片隅にポツンと置かれている仏壇が目に入った。遺影は一誠のものだ。
一誠と関わった者の記憶は操作され、ライザー戦の後に事故で死んだ事になった。リアスやアーシアが今も居候している兵藤家も例外では無い。
一誠の両親も普段は無理して作り笑いをしているが、仏壇の前で泣いている事を二人は知っている。そしてその度に罪悪感が襲い掛かるのだ。
あの時、本当に助けられなかったのか。いや、無理してでも助けるべきだった筈だとリアスは苦しむ。それが主君たる者の責務なのだから。
そして今夜も泣き声が聞こえる。悲痛な声を聞いているとますます眠れなくなる、とリアスは逃げるように部屋に閉じ籠った。布団を頭から被ったが、しかし、視界は隠せても泣き声は消せない。
罪とはそういうものなのだ。
──life.10 リアス・グレモリー①──
リアスは朝になると起床し、支度をして、アーシアや一誠の両親と共に朝食を食べて学校に向かう。食事も通学も彼という存在が足りなかった。
それでも学校生活に支障をきたす訳には行かない。折角ライザーや実父に無理を言って学校に通学させてもらっているのだから。だから部活も行わなければならない。
尤も、今日の部活は騒動から始まったが。
「堕天使総督が私の縄張りに侵入し、あげく私の眷属に接触していたなんて……!! 冗談じゃないわ!!」
現れたのはサーゼクスとその妻、グレイフィア。すかさず跪く一同だが、サーゼクスは手を振って制する。
「ああ、今日はプライベートだから。楽にしてくれたまえ」
スーツ姿で余裕のある表情を見せるサーゼクスに、リアスは態ときつく言ってのけた。
「……お兄様はどうしてここへ?」
「授業参観に参加しようと思ってね。妹の勉強姿を間近で見たいのさ」
「……魔王たる者がいち悪魔を特別視されてはいけませんわ」
リアスの棘のある言い方にもサーゼクスは動じず、平然と言葉を続けた。
「いやいや、これは仕事でもあるんだよ。三大勢力の会談をこの学園で行おうと思ってね。その下見に来たのさ」
サーゼクスは上着のポケットから綺麗に折り畳まれた書類を取り出した。そこにはハッキリと″三大勢力会談″と記されており、リアス達を驚かせるには充分だった。