比企谷八幡がイチャイチャするのはまちがっている。   作:暁英琉

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八幡、怪談話をする

「夏と言えばホラーでしょ! だから怪談話しましょうよ!」

 

「はあ……?」

 

 夏休み。残暑ってレベルじゃねえぞってくらいのうだるような暑さの中、学校に呼び出された俺達奉仕部を待っていたのは、なぜかドヤ顔の一色生徒会長であった。二年に入ってだいぶ会長として板についてきたが、同時に職権乱用が激しい気がする。んなもんのために平塚先生に俺達呼び出させるなよ。曲がりなりにも今年無事入学できた小町以外の部員は受験生なんですよ? 由比ヶ浜とか受験絶望的でほぼ毎日雪ノ下の個人授業受けてるんですよ?

 

「……一色さん。奉仕部はあなたの遊び相手ではないのだけれど。それに私たち三年生は受験勉強があるのよ?」

 

 ええぞ、ゆきのん! 常識知らずの生徒会長を言い負かしたれ!

 

「えー、いいじゃんゆきのん! 怖い話って“夏”って感じでわくわくするじゃん!」

 

「い、いえ、でも……」

 

「それに、勉強もたまには息抜きした方が効率いいよ! それとも……、ゆきのんって怖いの苦手なの?」

 

「っ! そ、そんなわけないじゃない。いいわ。怪談話をするとしましょう」

 

 が、だめ。相変わらず由比ヶ浜に弱い上に挑発にも弱い。こんなのが奉仕部の活動の決定権持ってるとか八幡心配。まあ、あと半年くらいで卒業だけどさ。

 

「こ、こわいはなし……」

 

 そして、現在奉仕部一自由の身であるところのマイラブリースイートシスター小町は青い顔をしている。ここでは一番年下だから、なんだかんだ言い出しづらそうだな。ここはお兄ちゃんが助け船を出してあげよう。

 

「小町、帰っていいぞ」

 

「ふえ?」

 

「あらシス谷君、何を勝手に決めているのかしら?」

 

 押しにくそ弱い奉仕部最高権力が何か言ってくるが、そんなことは関係ない。というか、妹の心配をするのは普通のことじゃないか。普通のことだよね?

 

「小町はホラー物が昔から苦手なんだよ。苦手を通り越してホラーに食われるレベル」

 

 実際今でもテレビでホラー特集があると音速で番組を変えるレベルなのだ。小町が中一の頃、「苦手克服!」とか言ってホラー物のDVDを借りてきたことがあるのだが、あれは特にひどかった。

 真剣な目でDVDを――テレビではなくDVDを――睨みつける小町に夜更かしするなよと軽く注意して自室に戻った当時受験生の中学生八幡。日付が変わるちょい前まで勉強をして、さて寝るかとベッドに横になったわけだが、少し経つと、とっ、とっ、と忍ばせるような足音が聞こえてきた。何事かと思いつつ薄目で入口の様子をうかがっていると、やがて扉がきぃっと小さな音を立ててゆっくりと開き――――ガチ泣きしている小町が飛び込んできたのだ。どうやらDVDの内容が怖すぎて一人で寝ることに耐えられなかったらしい。本来なら中学生にもなって何を、とか、自業自得だろ、とか言って一蹴するところなのだが、いかんせんすでに大号泣だったし、とても一人で寝れそうな状況ではなかったので、結局一緒に寝ることになった。二週間ほど。ちなみに俺の記憶が正しければ小町が睨みつけていたDVDは『トイレの花子さん』だった気がする。え、あれってコメディじゃないのん?

 林間学校の肝試しの時は出発のアナウンス担当だったし、そもそも衣装がもはやギャグだったのでこいつらが知らないのも無理はないが。

 

「そう、それなら仕方ないわね。まだ日も沈む前だし、早めに帰った方がいいわ」

 

「そ、そう言うことでしたら小町は退散させていただきます。じゃ、じゃあ皆さんまた後日~……」

 

 既にビビりまくりなんだけど、あの子帰り大丈夫かな? お兄ちゃんちょっと、いやかなり心配です。

 そのまま部室を出ていこうとした小町は扉に手をかけたところで「あ、そうだ」と振り返った。ひきつった笑みを浮かべながら。

 

「お兄ちゃんの怖い話ほんとやばいんで気を付けてくださいね?」

 

「え、なんでハードル上げたの?」

 

 いや、確かに怖い話で小町を泣かせたことはあるが、それって小町が小学校低学年の時だろ。思い出補正甚だしくない? 案の定一色が満面の笑みを浮かべている。

 

「へ~、せんぱいの怖い話楽しみですね~」

 

「その満面の笑みの期待に添える気がしないんだが……」

 

「まあまあ。じゃあハードル上げないためにヒッキーが最初に話すってのはどう?」

 

 最初は最初でハードル高い気がするのが……まあ、いいか。さっさと自分の番終わらせた方が楽だわな。

 小町が帰ってからしばらくは適当に雑談とかをしながら時間を潰した。さすがに夜中とかまで学校にいるのは無理だが、せめて夕方くらいに部屋の電気を消してやろうということになったのだ。まあ、雑談の内容は特に関係ないことだったり、戸塚が怖いの大好きだった話だったり、逆にサキサキが超絶苦手でお化け屋敷に走り出した話だったりなので割愛しよう。

 

「さて……それじゃあ始めましょうか」

 

 部室の電気を消すと夕日の明かりがほんのり入ってくるだけで十分薄暗い。夜も当然ホラー向きの時間帯だが、案外だんだんと世界が光を失う夕方という時間にする怪談話も雰囲気が出ていいかもしれない。

 

「じゃあ、せんぱいよろしくお願いします」

 

「はあ。まあ、自信ねえけど」

 

「あ、そういうのいらないんで」

 

「…………」

 

 くそっ、謙虚になることで話のハードルを下げる作戦が一色には効かない。あれだけ無駄に上げられたハードルの上で話すとかそっちの方がホラーだわ。

 しかし、今更そんなことを言ってもしかたない。大人しく今回の趣旨に従うとしますか。

 

「ふう……これは昔、とある教師から聞いた話なんだが」

 

「「「…………っ」」」

 

 声のトーンを一気に落とすと場の三人が息を飲む。いいね。掴みは上々。

 

「大学時代に入っていたサークル、いわゆる飲みサーとか言われてる奴にラグビー部と掛け持ちしてる人がいたらしいんだ。これはその人から聞いたって話なんだけど……。

 その大学ってラグビーは正式な部活だったわけだけど、そんなに強いわけじゃなくて。女子マネなんかもいない男性率100%の部活でさ。だから合宿とか、大会とかで止まる時もでかい座敷の部屋一つとって雑魚寝になってたらしいんだ。

 その時も泊まり込みの大会で、ちょっと古いけど、良く言えば趣のある旅館に泊まってたんだ。試合で体力を使った部員は夕飯を食べて風呂に入ったら適当に布団を敷いて、思い思いに寝始めたわけ。その人、ここでは仮にAさんとしておくけど、Aさんもその中で適当に寝ていたんだ。ごっつい男ばっかりでむさいし、いびきとかもうるさいことこの上なんだけど、疲れていたのもあってAさんもすんなり眠りについた。

 どれくらい時間が経ったのかはわからない。けど、いきなり太腿のあたりを圧迫される感覚にAさんの意識がぐっと浮上した。どうやら誰かに太腿を掴まれているらしい。ぐっちゃぐっちゃに寝ていて、その上から掛け布団を乱雑にかけているから首を動かしただけでは誰なのかもわからないが、あまりにも強い力で掴んでくるから痛くて仕方がない。叩き起こして文句の一つでも言ってやろうと布団をはがすと――蒼白な顔で黒い髪をぼさぼさにした女と目があった」

 

 「ひっ」と一色がか細い声を上げる。由比ヶ浜は小さく震えながら雪ノ下にしがみついていて、雪ノ下は雪ノ下で由比ヶ浜の服の端を掴んでいる。こんなときにゆるゆりを見せないでくれませんかね。興が削がれる。

 まあいいや。話を続けよう。

 

「男しかないはずの部屋にいるはずのない女。Aさんは思わず『うわっ』と声を上げて飛び起きた。その声に周りの何人かも目を覚まして何事かと電気をつける。Aさんは慌てて『今そこに女が!』と自分の足元を指差すが、そこには誰もいない。結局皆、女に飢えてるせいで変な夢でも見たんだろと各々再び眠りについた。Aさんも夢を見ていたのかと思おうとしたが、やけに生々しく頭に残った記憶のせいで結局その後は眠れなかった。

 次の日、同じように試合でクタクタになるまで体力を使った部員たちは飯と風呂を済ませると早々に寝始めた。特にAさんは寝不足もあって眠くてしかたなかったんだけど、昨日のことが頭から離れなくて同じ場所で寝たくはなかったんだ。結局、入口近くの場所で寝ることにした。まだ皆が明日はどうするだの騒いでいる間に瞼がとろんと落ちてきて、一足先に夢の世界に旅立った。

 そのまま朝を迎えられればよかったんだが、突然足首から走った激痛に強制的に目を覚まさせられた」

 

 もう既に三人とも目に見えて震えている。あまり自信はなかったが、ここまで怖がってもらえたなら話した甲斐もあったな。まだ終わってないけど。ていうか一色、いくら近かったからって俺の服は掴まないでくれませんかね。なんか小動物みたいでかわいくて勘違いしちゃうから。

 

「物凄い強い力で足首を握られているとわかった。男みたいな握力だけど、Aさんは直感した。これは昨日の女だ。夢じゃなかったんだ、って。逃げようとするけど、恐怖で視線も動かせない。昨日みたいに布団をめくることもできない。どうしよう、どうしようって答えの出ない問いで頭の中はショート寸前だった。

 そうして、なんのアクションも起こせないでいると、足首に込められた力が握り直すように増した。そして…………

 

 ずざざざざざざざっ!

 

 と、引っ張られた」

 

「ひぁっ!!」

 

 SEのところで一色が思いっきりしがみついてきた。平静を装うので精いっぱいです。だって、柔らかくてあったかくていい匂いするんだよ。勘違いしちゃうからそういうのやめろって!

 普段ならここで雪ノ下の小言の一つでも来るところだが、当の雪ノ下雪乃もそんな余裕はないみたい。

 

「寝ているはずの他の部員たちを押しのけてありえないほどの力で引きずられる。仮にもラグビー部員を引っ張るほどの力だ。ここにきてAさんは真の意味でパニックになった。それと同時にこれはまずい、絶対まずいと感じて、慌てて手をばたつかせて何かを掴んだ。

 これを離したらどうなるかわからない。Aさんは必死に掴んだ物を離すまいとしがみついた。その間も未知の力にずるずると引きずられていく。そして足が何かひんやりしたものを感じた時――パチッと明かりがついた。

 恐る恐る目を開けると他の部員が起きてざわざわと騒ぎ出していた。部屋を分断するようにAさんを引きずった跡が残っていて、Aさんがしがみついていたのは部員の一人の脚だった。そしてAさんの身体は、腰近くまで涼を取るために開けていた窓から投げ出されていた。ちなみにそこは四階。もしあのまま引きずられていたらどうなっていたかを考えるとAさんはゾッとしたそうだ。

 Aさんは事情を説明しようとするが、恐怖と助かったという安堵から声が出ない。そうこうしていると何人かの部員が口々に言うんだ。『窓に投げ出されたAさんの足元に女を見た』と。

 これはさすがに何かあると考えた部員たちは部屋中を総出で調べて回った。そして見つけたんだ。床の間の掛け軸の裏に、古くなってぼろぼろのお札が貼ってあるのを。

 どうやらその部屋では数十年前、宴会中に女が誤って窓から転落してしまったらしい。その後、近くの寺の坊さんが来て新しくお札を張り直したんだと」

 

 そこでようやく息をつく。久々に怖い話なんてしたが疲れる。噛んだら台無しだし。

 

「俺の話は以上だけど……大丈夫か、お前ら?」

 

 ゆきゆいペアはお互い全力で抱きついてゆるゆりがガチゆりになってるし、一色は俺にしがみついたまま顔をうずめてしまっている。小刻みに震えないで! 八幡変な気分になっちゃう。

 

「あー、じゃあ次は誰がはな……」

 

「いえ、比企谷君の話が予想以上に長かったから今日はもう帰った方がいいわ。夏休みにあまり遅い時間まで学校にいるべきではないもの。ただ、私は全然怖くなかったけれど、他の二人が怖がっているようだから次があるかは疑問だけれど。本当に全然怖くなかったのだけれどね」

 

 あー……。

 雪ノ下、それ以上話さない方がいい。怖がっているのがバレバレだし、なにより由比ヶ浜と抱き合ったままでは説得力のかけらもない。ただ、それを指摘するとどんな制裁を食らうか知れたものではないので何も言わないのが吉だろう。

 

「あー、じゃあ帰るか」

 

「そそそそそそうですね……」

 

 一色が慌てながらも答える。俺に顔をうずめながらだから変な音波みたいなのが身体に響いてぞわぞわするんだけど。

 鍵を返して四人で学校を出る頃には夕日もだいぶ沈みかけていた。

 

「由比ヶ浜さん、今日もうちで勉強するわよね」

 

 雪ノ下ができるだけ平静を装いつつ由比ヶ浜に訪ねているが、あれは明らかに勉強会など二の次なのだろう。一人暮らしだから一人になりたくない。しかし、それを口にするのは雪ノ下雪乃のプライドが許さない。だから、勉強会を口実にしているだ。

 

「う、うん。そうだね。今日は泊まり込みで勉強頑張ろう!」

 

 そして由比ヶ浜もそれに乗っかる。わざわざ『泊まり込み』と明言して夜一人になることを回避しようとしている。自宅でも寝るときは一人だ。その点、雪ノ下と一緒なら寝る時も少なくとも同じ部屋で寝るだろう。ひょっとしたら一つのベッドで寝るのかもしれない。なにそれ、俺の怪談話でゆるゆりが発展するの? 怪談怖い。

 そういうわけで、方向の違う雪ノ下邸に向かう二人と途中で別れた。となると、残る問題はさっきからずっと俯きながら俺の袖を握っている一色だ。

 

「一色、お前どこまで送ればいい? 駅までで大丈夫か?」

 

「っ…………ぁ……」

 

 うわ……。

 部室でもずっと顔が見えなかったし、さっきまでうつむいていたが、一色は今にも泣きそうに顔を歪めていた。何か言おうと口を開けては閉じてを繰り返して……。

 

「せんぱいの家に行っちゃ……だめですか?」

 

「……は?」

 

 か細い声で爆弾を投下してきた。

 

「いえ、その……今日お母さん出張でいなくて……お父さんは単身赴任してて……」

 

「……なんでそんなときに怪談話なんてしようとか考えちゃうかなー……」

 

「だ、だって! あんな怖くなるなんて思ってなかったですもん! せんぱいのせいじゃないですか!」

 

 今度は怒りだした。女の子ってよくわからん。そもそも俺を呼び出したのもお前なら小町の忠告を聞かなかったのもお前なんだけど? いや、俺自身こんなに怖がられるとは思ってもみなかった。ぼっち故の経験不足がこんなところで露呈してしまうとは……。

 

「私をこんなに怖がらせたんですから、責任、取ってくださいよ……」

 

「……はあ」

 

 今までのこともあってこいつの“責任”にはどうも弱い。実際俺にも多少なりとも非があるのは事実な気がしなくもないのがまたたちが悪い。

 

「わあったよ……」

 

 まあ、小町の部屋に寝てもらえば俺は何もせずとも大丈夫だろうし、妹の友達が来たと解釈すれば自室に引きこもっていれば万事解決だな。よかった! これで解決ですね!

 

「ほんとですか!」

 

 だからそんな『ぱあっ』とかSE付きそうな顔しないで、くっそかわいいから。

 その後、女の子を泣かせたと小町からゴミいちゃんの烙印を押されたり、俺の黒歴史を勝手にばらされたり、風呂入っている間に部屋を漁られたり、夜中に一色と小町がベットに忍び込んできたりしたけど重要なことでもないので割愛させていただく。

 

 

 

 そして、夏休みも終わって、まためんどくさい学校生活が始まってしまった。いつものように文系の授業を受けて、理系の授業は寝て、体育は一人で壁打ちをして、昼食はベストプレイスで風に当たりながら。三年になったからとか夏休みあけたからとかそんなことで俺の日常は変わりはしない。

 あえて変わったことがあるとすれば……。

 

「せ~んぱい!」

 

「うぉっ!?」

 

 一色のスキンシップが過剰になったことくらいだろうか。廊下であったら抱きついてくるし、部室に来たら抱きついてくる。生徒会の手伝いをしてたら後ろから抱きついてくるし、帰るときには腕にしがみついてくる。ハグが日常とか欧米人かよ。ていうか、なんで三年の二学期にもなって俺は生徒会の手伝いをしているのでせうか。これがわからない。

 由比ヶ浜や葉山から付き合っているのか、と聞かれたが、答えは『付き合っていない』だ。俺と一色はそういう関係ではない。

 

「後ろから抱きつくなよ。びっくりするだろ」

 

「別にいいじゃないですか~。私みたいなかわいい女の子にいつも抱きつかれて、お得なんですから」

 

 正確には、そう。『取り憑かれた』と言うべきかもしれない。怪談は怪談を呼ぶ。俺は一色いろはという怪談に取り憑かれたのだ。女の子なんて訳わからないし、実際怪談のようなものかもしれないと考えれば、妙に納得できる。

 

「ったく、しゃあねえな……」

 

「えへへ~」

 

 まあ、これが嫌かと聞かれれば、全然そんなことはないのだが。




夏だし怪談話とかいいよね
そんな軽い気持ちで書いたSS
ちなみにガキの頃にこの話(ちょっと改変あり)を教えてくれた先生曰く

実話

らしい


まあ、書こうと思った本当の理由は一色幼馴染物で小町の渾名が「まーちゃん」が多いけど、ぶっちゃけ「こまちゃん」の方が自然だよね

こまちゃんって言ったらのんのんびよりのこまちゃんだな?

小町がホラー映画見たこまちゃんみたいになったらかわいくね?

っていう理由だったんですけど、気がついたら八色な上に、小町はあっさり退場しました
あれれーおかしいぞー?

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