比企谷八幡がイチャイチャするのはまちがっている。   作:暁英琉

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比企谷君が抱きついてこない・・・

「ひゃっはろー! 比企谷君!」

 

 土曜日、十時の五分前に千葉駅に着くと、比企谷君はちゃんと来ていた。まあ、小町ちゃんを経由していたから大丈夫だとは思っていたけれど、少し安心する。もし来てなかったら比企谷君の家まで迎えに行かなくちゃいけないから手間だもんね。

 

「ども……」

 

 うわぁ。

 会ったばっかりだって言うのにもうびっくりするくらい露骨に嫌な顔をされてしまった。美人なお姉さんとデートできるっていうのにそんな表情するのは特殊性癖持ちか比企谷君くらいだよ、まったく。

 まあ、それでも律儀に来てくれる比企谷君はやっぱりあざといけどね。

 

「じゃ、行こうか」

 

「行こうかって言われても俺、どこに行くのかとか聞いてないんですけど」

 

 文句を言いながらもちゃんとついてくるところとかかわいいな。なんか弟ができたみたい。

 今回は傍から見ればデートには違いない。けれど、正確には少し違う。これはいわゆる一つの修行に近い。

 あの日、私は抱きついてきた時の表情に戦慄した。恐怖すらあったかもしれない。雪ノ下陽乃の根幹を揺るがされそうな気配があった。このデートはそれを払拭するためのものだ。

 

 

 

 学生御用達の複合施設ららぽーとにやってきた私達は、その一角にある映画館に来ていた。休日ということもあってなかなかに人が多い。人ごみに慣れていない比企谷君は挙動不審になってしまっている。いや、たぶん私と一緒にいることで晒される視線に居心地の悪さを感じているんだろう。

 

「今日はこれを見ます!」

 

「……えぇ」

 

 事前に決めていた映画のポスターを指差すと嫌な声を出された。いやまあ、君がこういう系苦手なのは知っているけど、取りつくろわなさすぎでしょう……。

 私が選んだのは今結構人気のあるR-15指定の恋愛映画。ちなみに自立行動できる熊は出てこない。結構ぎりぎりなシーンもあるらしくて、大学で友達がキャーキャー話題にしていた。

 

「ちなみにもう二人分のチケットは用意してるし、比企谷君に拒否権はないからね」

 

「俺の人権どこに行ったんすかね。……まあ、ホイホイついてきた時点で断れないと思ってたんでいいっすけどね」

 

 券売機で予約していたチケットを購入して、売店でポップコーンと飲み物を買ってから指定された上映室に入る。席は中段の通路寄り。個人的にこの位置が見やすいし、比企谷君は隣に知らない人が座る可能性があるのをあまり好ましく思わないだろう。まあ、実は隣接した席は全部押さえているから、人が来ることはないんだけどね。

 映画泥棒とか口から手足が生えた変な生き物とか吉田君とか例の熊とかのCM(?)が流れ、映画の告知が終わると本編が始まった。どうでもいいけど、映画って本編が始まるまでかなり時間かかるよね。本編の後に告知やってくれないかな? それじゃあ誰も見ないね。

 

 

 

 ふむ……。

 R-15指定なのは分かっていたけれど、まさか開幕早々ベッドシーンとは。しかも、肝心なところは見せないけれど、洋画特有の濃厚な奴。知識でしか知らないからあれなんだけれど、そのシーツの下ではナニが行われているんですかね。いや、私が男性経験ないのは雪ノ下の娘として仕方なくであって決してモテないわけではない。こんな美人が大学でモテないわけがない!

 まあ、私でも多少、多少は恥ずかしいということは、隣で見ている比企谷君は……。

 

「…………っ。……ぁ……」

 

 予想以上に動揺していた。暗くなった上映室内では顔色までは確認できないが、視線が超高速で泳いでいるし、なんかモジモジしている。あ、手で顔隠した。隠したのに指を広げてしっかり見ちゃっている。

 うーん。

 何この子かわいすぎない?

 恥ずかしがらせるためにこの映画を選んだんだけれど、予想以上の反応にこっちの恥ずかしさが倍増してしまいそう。

 しかし、ここでもだえるわけにもいかない。まずは比企谷君が私に抱きつくように促さなければ、今回の目的を達成することはできない。比企谷君の方へ身体を倒してそっと囁きかける。

 

「比企谷君恥ずかしいんだ」

 

「っ……そんなことないですよ」

 

 意地を張ってぷいっとそっぽを向いてしまった彼の頬にすっと手を触れてみる。じわりと掌に伝わる熱は明らかに普通よりも高い。きっと今の比企谷君が真っ赤に違いない。

 

「そんなわけないってことは、あのシーツの下でナニやってるか分かるんだ。あの中でどんないやらしいことが行われてるのか」

 

「そ、そんなの……」

 

 ふふふ、慌ててる慌ててる。ここでもうちょっと押せば、この間みたいに抱きついてくるよね。より一層彼の耳元に口を近づけて、口の中いっぱいに温かな呼気を含ませた。

 

「もう……、比企谷君もえっちな男の子だなあ……」

 

 比企谷君は耳に息がかかってびっくりしたのかびくりと身体を震わせる。そしてまた小刻みに目線を泳がせるとそのまま身体を私の胸に――

 

「別に、男なら多少はそういうのあるでしょう」

 

 飛び込んでくることはなく、小さくため息を吐いて私とは反対の腕置きに肘をつくとぼーっとスクリーンを眺め始めた。

 ……あれえ?

 おかしいな。雪乃ちゃん達の話やこの間の事を見る限り、こうすれば比企谷君は抱きついてくるはずなんだけれど。今の彼はまだ動揺を引きずってい入るみたいだけれど、抱きついてくる様子はない。時折ちらっとこちらを見てくるだけで、それ以上はなにもしてこなかった。

これはどういうことだろうか。ひょっとして恥ずかしいことを言われることに対して耐性でもできちゃったのかな? いやけど、どうしようもないくらい動揺していたし、その線はなさそう。もしかしたら、抱きつき癖の再発は一過性のもので、もう今は抱きつくことはないのだろうか。それならば、私が抱きつかれた時に動揺する自体を忌避する必要はないからいいと言えばいいのだけれど。

 ……なんか、勝ち逃げされたみたいでもやもやする……。

 私も映画に集中しようとしたけれど、あまり内容は頭に入ってこなかった。

 

 

     ***

 

 

「案外コメディ部分はしっかりしてましたね。話題になってるだけのことはあると思います」

 

「……そうだね」

 

 映画を観終わって映画館から出てきたけれど、正直全然内容は覚えていない。覚えているのは最初のベッドシーンくらいなので、比企谷君の言っているコメディ部分でどんなことがあったのか全然わからない。知らないのも癪だし、今度また見にこよう。

 しかし、これからどうしようか。本来の目的である比企谷君に抱きついてもらう――正確にはそこで私が動揺しない――ことが不可能というか必要ない状況になっているということは、今回のデート、じゃなかった修行の意味が失われてしまった。

 

「さて、この後どうします? 帰ります?」

 

 む、確かにその可能性はなくはなかったけれど、ターゲットに先に提案されるのは癪に障る。映画の時の反応を見ると抱きついてこないだけで今までと変わらないみたいだし、こうなったらいつも通り苛めて、照れたり慌てるところを見て楽しんでやる。照れた表情を写メで激写してもいいかも。

 

「帰りません! 比企谷君は私についてきなさい!」

 

 比企谷君の提案は無視して、彼の腕を掴む。一瞬びくっと震えたのは無視して手を引いて次の行き先に連れて行こうとして――

 

「あれ? 八幡?」

 

 突然聞こえた声につい動きを止めてしまった。八幡と言う名前は大分珍しいものだと思う。少なくとも千葉では彼くらいのものではないだろうか。大分には地味にいそう。八幡神社の総本山だし。

 つまり、今呼ばれたのは十中八九私が手を引いている比企谷八幡に違いないということだ。声のした方に振り向いて、声の主を見つける。

 

「おお、ルミルミか」

 

「やっぱり八幡だ。ていうか、ルミルミって呼ばないでって言ってるじゃん」

 

 黒い綺麗な長髪に幼いながらもどこか凛とした表情をしている女子小学生だ。十分に可愛い部類ではあるけれど、どこか雪乃ちゃんに似ていて少々人を寄せ付けない雰囲気を感じた。

 

「あー、悪い。る、留美……でいいのか?」

 

「ん、それでいい」

 

 ルミルミ、留美と呼ばれた少女は満足そうに頷いた。そして小学生の名前を呼んでいるだけなのにちょっと頬を染めて照れている比企谷君。これは……アブナイ!

 

「雪ノ下さん? なんで携帯を取り出しているんでしょうか? まさかその番号に通話するわけではないでしょうね?」

 

 くっ、国家権力へ向けた三桁の番号を打ち込んだところで比企谷君に見咎められてしまった。

 

「小学生にデレデレしているロリコン比企谷君がいるからちゃんと通報しないといけないじゃない?」

 

「デレデレなんてしてませんから、言いがかりはやめてください」

 

「けど、比企谷君シスコンだし……」

 

「それは関係ないでしょう!」

 

 あ、シスコンなのは認めるんだ。まあ、最初から警察になんてかける気は毛頭なかったんだけれど。

 

「ところで、八幡。その人誰?」

 

 私がスマホをしまったところで件のロリっ子ちゃんが口を開いた。その目は警戒色に溢れていて……あぁ、やっぱりこの子は雪乃ちゃんに少し似ている。容姿もそうだけど、初対面の相手に対して不安や期待ではなく警戒が先に来るあたりは比企谷君や雪乃ちゃんに通じるところがある。

 

「ああ、この人は雪ノ下陽乃って言ってな、雪ノ下の姉ちゃんだ」

 

「ひゃっはろー! えっと、留美ちゃんだったかな?」

 

「ん。鶴見留美、よろしく」

 

 鶴見留美ちゃんか。だからルミルミなのね。私的には結構かわいいあだ名だと思うけれど、彼女はお気に召さないらしい。そういえば、私が声をかけた時に何とも言えない顔をしたけれど、一体どうしたのだろうか。ひょっとしてこの子も比企谷君みたいに初対面で私の外面を見抜けるような子なのかな?

 それはそれで面白そうだと思っていると、留美ちゃんは比企谷君の袖を引っ張って彼に腰を落とすように促していた。

 

「八幡、この人そうは見えないけど、ひょっとしてお馬鹿の人?」

 

 ……は? 何この子。彼の耳元でささやいているからだいぶ小声だったけれど、お姉さんの耳にはちゃんと入っているからね?

 

「は? 何言って……あ、いやそういうことか」

 

 え、比企谷君はどうして納得しているの? お姉さん天才だけれど、ちょっとよくわかんない。

 この後輩をどういじめようかと考えを巡らせていたら、比企谷君は留美ちゃんを正面に見据えて「いいか、留美」と切り出す。

 

「雪ノ下さんの『ひゃっはろー!』は面白いからと遊び半分でやっているものだ。由比ヶ浜の『やっはろー!』みたいに本気で挨拶として機能していると考えているわけじゃないから、一緒にしちゃ失礼だぞ」

 

「あ、そうなんだ。ごめんなさい」

 

「う、うん。いやそれはいいんだけれど」

 

 ガハマちゃん、小学生にもお馬鹿認識されているんだ……。なんか一緒にされるのもショックだからちょっと使うの控えようかな……。

 

「それにしても、留美はどうしてここに? 友達と映画でも見に来たのか?」

 

 仕切り直しの比企谷君の質問に留美ちゃんは首を横に振る。

 

「ううん。今日はお母さんと見に来た」

 

 そう言って彼女が指差した先は券売の列で。なるほど、列の中ほどに長い黒髪を一つにまとめた留美ちゃんによく似た女性がいた。おそらくあの人が彼女の母親なのだろう。

 それを聞いて私は納得したのだけれど、比企谷君の表情はどことなく暗くなった。

 

「留美、学校は楽しいか?」

 

 比企谷君の質問の意図は私にはわからなかったけれど、留美ちゃんは「八幡、お父さんみたい」と笑った後に小さく頷いた。

 

「楽しいよ。前みたいなことはもうないし、そこまでベタベタしないけど友達もちゃんといるよ。八幡と違ってね」

 

 最後のは余計だ、と嘆きながらも、彼の表情はふっと和らぐ。あぁ、たぶん比企谷君はこの子のために何かやったのだ。そういえば、夏休みに千葉村に行って小学生のボランティアをしていたんだっけ。そのときに知り合ったのだろうか。

 

「八幡のおかげ」

 

 短くそう口に出した彼女の表情はまっすぐな感謝の情が溢れていて、私ですら少しドキッとしてしまった。その表情をまっすぐに受ける比企谷君は一瞬たじろいだけれど、頬をぽりぽりと掻きながら視線を外す。

 

「……俺は何もしてないぞ。千葉村の時も最後に実行したのは葉山達だし、クリスマスの時はあくまで生徒会の付き添いをしたにすぎん」

 

「それでも八幡はいろいろしてくれたよ。川辺で小学校の友達なんて誤差だって励ましてくれたし、肝試しの時もあれを考えたのは八幡でしょ? クリスマスのときだって一人でいる私を心配してよく一緒にいてくれたし、劇に誘ってくれたおかげで学校の皆との距離もちょっと縮まった。だから、八幡のおかげだよ」

 

「……そ、そんなもん副産物にすぎん。やっぱり俺は直接何もやれていないからな」

 

 多少赤くなりながらも落ちついた声を出して立ち上がろうとする比企谷君だったが、肩に留美ちゃんの手がそっと乗せられて、動きが止まった。

 

「八幡がそう思っていても、私が八幡のおかげって思ったんだからそれでいいんだよ」

 

「それ……は……」

 

 きっとそれは彼女の本心なのだろう。まっすぐな目で本心を隠さないのは小学生故の純粋さか。本心をしっかり伝えられる雪乃ちゃんとかちょっとハイスペックすぎない?

 

「だから、ありがとね八幡」

 

「……ぁ……」

 

 留美ちゃんの言葉に頬の赤みを増した比企谷君は小さく声を上げると、立ち上がろうとしていた腰を再び落として――

 

「っ! は、八幡……?」

 

 留美ちゃんの胸に飛び込んだ。

 え、この身長差でも胸に飛び込むの? たぶん六歳くらい歳下の留美ちゃんに宥めてもらうように抱きついている姿は普通なら異常なはずだ。けれど、今はなぜかそれがやけに様になっているというか、自然なことに感じられた。

 最初は困惑していた留美ちゃんは比企谷君の表情を一度うかがうときゅっと口を結び、次にはふっと微笑んだ。

 

「ふふっ、変な八幡」

 

 変とか言いながら普通に頭撫でているんですけどこの子。小学生が高校生の頭を普通撫でるだろうか。彼女の母性が高いのか比企谷君の発する庇護欲は凄まじいのか。

 というか、比企谷君の抱きつき癖はもうないものだと思っていたんだけれど、どうやら違うようだ。映画のときは攻めが少し足りなかったのだろうか。それなら次はもっと攻めるだけなんだけれど……。

 

「八幡ってこうしてると結構かわいいね」

 

 …………なんか。

 小学生に後れを取ったみたいで気にいらない。こう、胸の上あたりがムカムカしてくる。

 

「比企谷君、そろそろ次の場所に行くよ」

 

 名画のように絵になっている二人に悪いと思いつつ、未だ抱きついている比企谷君を引き離した。

 

「ぐえっ」

 

「ぁ……」

 

 襟を引っ張ったことで比企谷君がヒキガエルみたいな声を上げたけれど、気にせずにそのまま踵を返す。今は比企谷君の状態とか気にしていられない。別に今じゃなくても気にしないけれど。

 

「ごめんね、私たち他に行くところあるからさ」

 

「あ、うん。じゃあね、八幡」

 

 留美ちゃんを残して比企谷君を引きずりながら映画館を後にする。それでもなぜか、胸の上のムカムカは消えなかった。

 

 

     ***

 

 

「けほっ、ららぽのほぼ端から端まで襟掴んで引きずるとか、あんた悪魔かなんかですか……」

 

「えー、女子小学生に抱きついていた男子高校生を通報もせずに逃がしてあげた恩人を悪魔なんてひどいなぁ」

 

 多少咳こみながら気だるげに首をさする比企谷君に正論を告げると、ぐっと苦々しげに喉を鳴らした。まだぐうの音は出るんだね。

 そんな比企谷君を従えて割とよく来るアパレルショップに来ていた。女性用専門の店なので彼は露骨に嫌な顔をしていたけれど、私に逆らえないと悟ったのか、ため息をつきながらもついてきた。なんか、「チッ、しょうがねえな」って言われているみたいで癪なんだけれど。

 

「比企谷君、この服とかどうかな?」

 

「俺にファッションの評価とか期待しないでくださいよ。……まあ、似合ってるんじゃないっすか?」

 

 文句を言いつつもなんだかんだで感想はくれるからやっぱり比企谷君は捻デレてるな。そんな彼を見ると、ついつい虐めたくなってしまう。

 

「比企谷君が似合ってるって言うなら、ちょっと試着しようかな」

 

「それなら俺先に店出てるんで」

 

 流れるように出ていこうとする比企谷君の首を掴む。また「ぐえっ」とヒキガエルみたいな声を上げられるけれど気にしない。そのまま試着室前まで引っ張っていくと観念したのか抵抗はしなくなった。

 

「ここで待っててね、いい?」

 

「ふぁい……」

 

 うん、従順な比企谷君、陽乃的にポイント高いぞ!

 試着室前で居心地悪そうに立っている比企谷君を残して試着室に入る。手早く着ていたコートを脱いで、アウターとブラウスも脱ぐ。上半身を包むものは薄いピンクのブラだけになった。最近また少し大きくなってこのブラもきつくなってきたから買い替えないとなとか考えながら持ち込んだ長袖チュニックに手を伸ばして――いいことを思いついた。

 

「比企谷くーん」

 

「っ!? な、なんすか?」

 

 カーテンの隙間から顔だけを覗かせると、約束通りちゃんと待っていたらしい比企谷君と目が合って、彼の顔が一気に朱に染まる。たぶん、私の肩が見えて服を着ていないことを察したんだろう。察しのいい恥ずかしがり屋って……いじめがいがあるなぁ。

 

「ちょっとこっち来てよ」

 

「……分かりました」

 

 渋々私のいる試着室に近づいてくる比企谷君。彼と私の距離がどんどん近付いていき、私の手の届く距離に入った瞬間に――

 

「うおっ!?」

 

 一気に試着室に引きこんだ。狭い試着室内でたたらを踏みつつ、壁にぶつからないように踏みとどまった比企谷君は抗議の目を向けようと振り返って、慌てて腕で目を隠そうとして、「あれ?」と疑問の声を上げた。

 

「どうしたの?」

 

「え……いや……」

 

 私の上半身はブラ一枚ではなく、持ってきたチュニックがしっかりと身につけられている。これぞ、雪ノ下流早着替え術! 見事慌てる比企谷君の姿をこの目に収めることができた。

 けれど、ここで満足するつもりはない。頭にクエスチョンマークを浮かべている比企谷君との距離をさらに詰める。

 

「比企谷君はなにを想像して顔を隠そうとしたのかな?」

 

「……別になんでもないですよ」

 

 顔を真っ赤にして冷静ぶられても全く説得力ないんだけどな。

 

「ひょっとして、お姉さんの裸でも想像してたのかな?」

 

「っ……だって、さっき肩が……」

 

「肩? なんのこと?」

 

「うぐ……」

 

 墓穴を掘ったことに気付いた比企谷君の目が打開策を出そうとせわしなく動く。まあ、それを許すつもりはないので、比企谷君との距離を詰めて彼の思考を乱す。

 

「あ、あの……」

 

「なあに?」

 

 狭い室内でさらに一歩近づく。ちょっと身じろぎしただけで身体に触れてしまいそうなくらいまで距離は狭まる。この状況に比企谷君の顔は熟したトマトみたいに赤くなり。

 

「~~~~~~~~っ」

 

 声にならない声を上げながら試着室から出ていってしまった。抱きつくどころか器用に私の身体に触れないように避けて。

 

「むぅ……」

 

 抱きつかせようとしているのに、なぜかまったく抱きついてくれない。一体この間と何が違うというのだろうか。

 

 

     ***

 

 

「はあ……」

 

 結局あの後も何度か抱きついてこいアピールをしたのだが、ことごとく回避されてしまった。下手なデートや男友達との遊びよりは楽しめたけれど、目的未達成で私としては不満足だ。

 その不満足感は日曜を挟んだ平日になっても収まらず、もやもやとしたものを吐き出そうとついついため息も増えてしまう。友達に心配されるけれど、内容が内容だから誰かに適当に流すこともできない。後輩の男の子に抱きついてほしいとか、コイバナに飢えた女子大生が食いつかないはずがない。絶対根掘り葉掘り聞いてこようとするに違いない。何それ超面倒くさい。

 水曜になって昼食でいつも好んで食べるメニューがあまりおいしくないと感じてから、これはだいぶ深刻なのではとハッとしてしまった。私の昼食にまで影響を与えるなんて、比企谷君……恐ろしい子!

 さすがに残すわけにもいかないので、皆の会話に相槌を挟みつつ少しずつ口に運んでいると、ポケットの中でスマホが震えた。

 

「……めぐり?」

 

 液晶に映った名前に首をかしげる。あの子とはよくメールはするけれど、電話をかけてくることはめったになかった。最後に電話をしてきたのは推薦で合格が決まった時だったかな?

 友達に声をかけて少し離れたところで通話ボタンを押した。

 

「もしもし」

 

『あ、もしもし、はるさん?』

 

 聞こえてきたのは彼女の代名詞のようなほんわりとした安らぎボイス。電話越しですらほっこりした気分になるから侮れない。私にはない才能だと、ちょっと感心してしまう。

 

「電話なんて珍しいじゃん。どうしたの?」

 

『うーん、なんか久しぶりにはるさんと話したくなったんですよ』

 

 なにこの子すっごいかわいい。こんな天然物でかわいい子はそうそういないよね。だからこそ仲良くなったんだけれど。

 まあ、今話すことと言ったらやっぱりあのことかな。

 

「そういえば、めぐりって敏感だったんだね。高校時代に言ってくれればよかったのに」

 

『ふにゃっ!? ななな、なんではるさんがそれを……』

 

 この間の話の経緯を話すと電話の向こうから『うぅ、もうあの子たちと顔合わせられないよ……。一色さんのイジワル……』とかかわいらしい声が聞こえてきた。

 

「ごめんごめん、いろはちゃんも悪気はなかったみたいだから許してあげなよ」

 

『うぅ……ま、まあ、抱きついてきたりするのははるさんくらいだったから特に気にはしてないんですけどね。……あ、あと最近は比企谷君もか』

 

 む。なんか『比企谷君もか』のところで電話越しの空気がちょっと桃色になった気がする。それを認識したのと同時に身体の中のもやもやが強くなった気がしたけれど、思いっきり無視した。

 

「そういえば、比企谷君に抱きつかれたんだっけ? すごい声上げてたって聞いたよ」

 

『そんなことまで聞いたんですか!? ……だって、比企谷君のあの表情で抱きつかれたらしょうがないじゃないですか……』

 

 めぐりまで完全に籠絡されてしまっている。甘えん坊状態の比企谷君恐るべし。これはひょっとしてめぐりも比企谷君争奪戦に参戦なのかしら。比企谷君は私の玩具……雪乃ちゃんのモノなのに。

 

『一昨日も学校に行ったら抱きつかれちゃいまして。あれはすごいですね、ちょっと癖になっちゃいそうです』

 

「え?」

 

 一昨日って月曜日? 冬だというのに背中にタラリと汗の流れ落ちるような感覚。

 正直土曜日の留美ちゃんへの抱きつきは例外というか局所的なもので、実際比企谷君の抱きつき癖はほぼ治っているのではないかと思っていた。そう考えていたから、比企谷君に抱きつかせる目的のデートは当分やるつもりはなかったのだけれど……めぐりにも抱きついているということは、彼の抱きつき癖は治っていないということだ。

 

「……気にいらない」

 

『ふぇ?』

 

「あ、ごめん。なんでもないよ」

 

 言葉では取り繕いつつも顔に笑みを貼り付けられている気がしない。まだ情報は少ないけれど、どうやら比企谷君に抱きつかれなくなったのは私だけの可能性がある。それはあたかも私だけハブられてしまっているようで、やっぱり気に入らない。

 その後、しばらくめぐりと話してから通話を終えた私は、スマホをしまうことなくメールを送る。相手は件の捻くれた後輩。

 少し考えた後に手早く文面を打ちこんで送信する。今は向こうも昼休みのはずだからメールは見るはず……いや、ぼっちの彼の場合携帯をほとんど見なさそう。小町ちゃんからの着信、メールだけサウンドを変えてそれ以外は無視するまである。あ、普通にありそうじゃん。

 むう、どうしたものか。電話した方がいいかな? けれど、電話だと絶対居留守使われそうだな。なんて考えていると、後ろから声をかけられた。いや、大声をぶつけられたと言った方が正しい。

 

「あ、雪ノ下さん! 見つけましたわ!」

 

 橘シルフィンフォ……間違った、文子ちゃんが腰に手を当てて仁王立ちしていた。なぜこの子はこんなにも声量があるのだろうか。周りの学生たちが何事かとこっちを見てくるからやめてほしい。

 

「なに、文子ちゃん?」

 

「ふふふ、お昼一コマにある試験で勝負ですわ!」

 

「試験? あぁ、そういえば今日だったっけ」

 

 本来なら期末試験はもう一週間ほど後なのだが、試験期間が教授の海外研修と重なってしまうということで次の講義だけは今日に変更されたのだった。すっかり忘れていたけれど、講義内容は全部頭に入っているから問題はない。

 しかし、私の反応を見て文子ちゃんの目がキラリと光る。どうでもいいけれど、デレマスをやってアイマスに触れるまで“トキメキラリ”を諸星きらりの曲だと思っていたのは私だけだろうか。凛ちゃんかわいいよね、雪乃ちゃんみたいで。

 

「ふふーん、試験のことを忘れていましたね。ということは試験勉強なんてしていませんわね! これは勝ちましたわ!」

 

 …………うざっ。

 この雪ノ下陽乃を試験勉強をしなければ満足な点数も取れない一般大学生と一緒にしている時点で万死ものである。そもそも、点数開示のされない試験でなにを競うというのだろうか。

 

「勝負は解答速度ですわ! 全ての問題を解き切って提出するまでの早さで勝負しますわよ!」

 

 それ、相手がちゃんと全部解いたか確認できないからズルし放題なのでは……。まあ、本人が納得しているからいいか。

 私もストレス解消になるからね。

 

 

 

 時間になったので講義室の指定された席につく。結局休み時間の間に比企谷君から返信は来なかった。気づいていないならともかく、無視されたらどうしてくれようか。それがさらに胸にもやもやを募らせる。

 

「雪ノ下さん! ズルはなしですからね! 真剣勝負ですわよ!」

 

 というか、今日はやけに文子ちゃんがうざく感じる。そもそも試験直前に大声を出すものではない。試験担当の教授の顔も引きつっているではないか。

 まあ、それも含めて存分にストレス発散に利用させてもらうからいいけどね。

 問題用紙と解答用紙が配られる。A3サイズの片面にしか問題が表記されていないようなので問題数はそこまでないのだろう。多くても穴埋め問題が関の山だ。

 

「それでは、始め」

 

 教授の合図で伏せていた問題用紙をめくる。予想通り、ほとんどが穴埋め問題だ。最後に論述が用意されているけれど、この程度なら……楽勝。

 思わず舌舐めずりをしてしまいそうになるのを堪えて解答用紙にペンを滑らせる。こういう勝負事で本気でストレス解消をしようという場合、圧倒的大差をつけるのが陽乃流だ。この程度の問題なら答えを考えるタイムラグも存在しない。あっという間に最後の論述まで解き終えて立ち上がる。時計を見ると経過時間は十分程度。まあ、こんなものだろうか。

 

「教授、終わりました」

 

「な!? いくらなんでも早すぎますわ!」

 

 教授に声をかけたのに別のところから声が発せられる不思議。ほら、教授もうこめかみに青筋立っているよ。

 

「洞爺湖さん、この試験終わったら僕の研究室に来なさい」

 

「……はい、ですわ……」

 

 しょぼんとうなだれた文子ちゃんをしり目に、教授に解答用紙を提出して退席する。ふう、少しはストレス発散になったかな? 多少は胸のもやもやも収まった気がする。

 

「あ……」

 

 一息つきながら鞄からスマホを取り出すと、受信メールがあった。内容を確認してついつい頬がゆるむ。あぁ、今きっとだいぶ悪い顔していると思う。

 

 

 さてさて、今日はどうやって比企谷君に抱きついてもらえるように仕向けようかな。

 

 

     ***

 

 

「ちゃんと待っててくれたね、お姉さん的にポイント高いぞ!」

 

 放課後の時間を見計らって総武高に顔を出すと、校門の隅に立っている比企谷君を発見した。私が近づくと比企谷君は「うわっ、この人本当に来たよ」みたいな顔をする。露骨にそんな顔されるとさすがのお姉さんもちょっとショックなんだけれど……。

 

「こんなメールあなたから送られてきたら、怖くて拒否もできませんよ。もはや脅し」

 

 見せられたのは私が送ったメール。『今日の放課後にデートしよう! 嫌だって言ったら……分かってるよね?』って送っただけなんだけれど、これが脅しだなんて失礼しちゃうな。

 

「部活休むこと伝えたら雪ノ下からは謂れのない罵倒を受けるし、由比ヶ浜からは白い目で見られるし……もう踏んだり蹴ったりですよ」

 

 ああ、それは嫉妬かな? 嫉妬だね。二人とも比企谷君のこと好きすぎでしょ。面白いから絶対比企谷君には教えてあげないけれど。

 それに、今は私の相手をしてもらわないとお姉さんは困るのですよ。

 

「じゃあ、早く行こう!」

 

 このままこんな綺麗なお姉さんと校門で話していたら比企谷君にあられのない噂を立てられかねないからね。あ、今の陽乃的にポイント高い! そんな心配するなら駅集合とかにしろって? そんなのつまらないじゃん!

 

「はあ、行くってどこへです?」

 

 ため息をつきながらもちゃんとついてくる。こういうところがいろはちゃんの言う“あざとい”なんだろうな。

 行くところはもうすでに決めている。放課後の少ない時間で楽しめて、私たちみたいな学生らしい遊び場。

 

「楽しい楽しいカラオケだよ!」

 

 あ、うへえって顔するのは陽乃的にポイント低いぞ?

 

 

     ***

 

 

 というわけで駅の近くのカラオケで二時間ほど歌うことにしたんだけれど、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ愚痴を言わせてもらいたい。心の中だから言ってはいないんだけれども。

 …………全然この子誘惑に乗ってくれない。

 この子、確かに抱きつき癖の比企谷八幡君だよね? 実は私の知らない比企谷九幡とかじゃない?

 土曜日に見た留美ちゃんをまねて、純粋な好意を向けてみたり、めぐりみたいな優しいお姉さんで攻めてみたり、ちょっとこの部屋空調効きすぎじゃない? とか言いながら服脱いで胸元見せてみたり……いやごめん、最後のは私でもないと思った。エロ同人っていうくらいベタというかなんというか。とにかく、いろんなアプローチを試したのに抱きついて来てくれなかった。ちょっとドキドキしてくれているのは伝わったけれど、いつもみたいにかわされてしまって私的に納得できていない。これではただのデートだ。

 というか、意外に比企谷君って歌がうまい。高音はあまり出ないみたいだけれど、低音がズンっとお腹の奥に響く感じ。

 まあ、その低音でアニソンばっかり歌っているんですけどね! 私の前だからって遠慮なさすぎじゃありませんかね? 私もアニメとかそこそこ見るから結構分かりはするけれども。

 

「比企谷君ってさ、普通のJ-POPとかは歌わないの?」

 

 なんとなしに質問してみると首をかしげて「俺がAKBとかEXILEとか有名どころ歌ってるのとか変じゃありません?」とか言ってきた。いやまあ、普段の比企谷君を見ていると確かにって思わず納得しちゃうんだけれど、そういう曲は全然知らないのかなとは思いはする。

 

「知らないわけじゃないっすよ。小町から勧められるのとかは聴いたりしますし、気にいった曲は歌手とか気にせずよく聴いたりもします。ただ、曲名覚えないんですよね。アニソンならアニメタイトルソートとかできるじゃないですか」

 

 歌えるけれど、わざわざ探すくらいなら探しやすいアニソンを歌うって感じなのか。確かに単純なシングル曲よりも検索方法が一個多いものね。

 

「最近は小町も受験勉強に忙しいんで新曲とかはほとんど知りませんけどね」

 

 ふむふむ。逆に言えば少し前の曲とかは結構知っているということだろうか。それならばと検索機器をタッチする。予約曲がなかったのですぐにイントロが流れ始めた。

 

「これは歌える?」

 

「え? いや、まあ歌えるとは思いますけれど……え、まじですか」

 

 マイクを差し出すと諦めたように受け取ってくれた。自信なさげに小さく息を吐くとマイクを口元にそっと近づける。

 

 

 

 ――今すぐに 抱きしめて 君だけを見ていたい~♪

 

 

 やばい。

 何がやばいってマジでやばい。ひょっとしたら私はとんでもない化物を目覚めさせてしまったのかもしれない。

 原曲に比べると低めの声で紡がれるラブソングはお腹の奥どころか身体全体を震わせる。なんでそんなに情感込めて歌えるの? 日頃勘違いってことで我慢している結果なの?

 

「ふう、これでいいですか?」

 

「えっ。う、うん、なかなかうまいじゃん!」

 

 危ない、危うく意識を持っていかれるところだった。さすが基本ハイスペックと自負している比企谷君。自己評価はなかなかじゃない。べ、別にドキドキとかしてなんてないんだからね!

 

「勘違いしないでよね!」

 

「は?」

 

 あ、つい口に出してしまった。慌てて検索機を操作する。

 

「別に次はこれを歌ってほしいわけじゃないんだからね!」

 

「……なんですかその突然のキャラ変更。はあ、分かりましたよ。歌えばいいんでしょう?」

 

 よし、なんとか誤魔化せた上に次の曲を指定できたぞ。あ、次のもラブソングじゃん。超やばい。

 

 

 この後めちゃくちゃソロステージさせた。

 結論。比企谷君にラブソングを歌われるとちょっと心揺れる。これは雪乃ちゃん達には知られないようにしよう。

 

 

     ***

 

 

 結局二時間普通に歌ってフロントからの電話を受けて退席することにした。会計をしようとする比企谷君を制して私が会計をした。さすがに自分から誘っておいて奢ってもらうわけにはいかない。

 

「あれ? お兄ちゃんと陽乃さん?」

 

 会計をしていると後方の自動ドアが開いて聞き覚えのあるかわいらしい声が聞こえてきた。振り向くと小町ちゃんが同じ制服の子たちと一緒に入ってきたようだ。それを見て比企谷君の顔が不機嫌になる。

 

「小町ちゃん? カラオケに行くなんてお兄ちゃん聞いてないんだけど?」

 

 あぁ、これは言外に「こんな時期にカラオケはしない方がいいんじゃないの?」って言っているね。確かに高校受験ももう大詰めなのだから遊ぶのは受験が終わってからの方がいいのだろう。比企谷君の優しさが垣間見える。

 しかし、肝心の妹君は口をとがらせて抗議の意思を示している。

 

「私立の試験が終わったから、とりあえずのお疲れ様会なの! 帰ったらまた勉強するからさ!」

 

 両手を必死にパタパタさせて――なにそれかわいい――言い訳をする小町ちゃんに、比企谷君ははあ、と息をついて「しょうがねえな」と呟く。

 

「あんま遅くなんなよ」

 

「分かっているであります!」

 

「夕飯は俺が作っとくから、寄り道せずにな」

 

「わーい! お兄ちゃん大好き!」

 

 捻くれお兄ちゃんの心遣いに抱きつく妹。相変わらずこの兄妹は仲がいいな。雪乃ちゃんもこれくらい甘えてくれればもっとかわいいのに。無邪気に大好きと告げる妹に比企谷君は少し赤くなりながら軽く咳払いをする。そしてそっと小町ちゃんの背中に手を回した。

 

「俺も大好きだよ」

 

 細い腰に添えられた腕にぐっと力を込めて抱き寄せる。ちょうど彼の胸に小町ちゃんの頭が収まる形だ。

 兄妹の普通のハグにしてはやけに情が感じられるというか、なんで比企谷君の目はあんなに輝いているの? ひょっとしてああいうパターンもあるというの? イケメンお兄ちゃん的抱きしめとかちょっとよくわかんないくらいうらやまし……なんでもない。

 

「ふにゃぁ、お兄ちゃんの匂いぃ……」

 

 この妹はなにをトロ顔で言っているんですかね? いやこれ本当に兄妹のハグなの? まさかこの二人、家でもこんなふうに抱きついているんじゃ……。比企谷家の将来が心配でならない。

 

「お兄ちゃん……」

 

「小町……」

 

「ちょっ、ちょっと二人とも!」

 

 頬を染めて見つめ合う二人に本気で危機感を覚えて、思いの外大きな声を上げてしまった。しかし、その甲斐あって二人ともハッと反応する。

 カラオケ屋の入口ということを思い出したのか、比企谷君は慌てて小町ちゃんから離れる。全く、TPOも倫理観もあったものではない。小町ちゃんの連れの子たちも唖然として……いや、顔を真っ赤にして挙動不審になっているね。二十代後半っぽい店員さんまで顔を真っ赤にしてあわあわ言っていた。乙女か!

 

「じゃ、じゃあ、飯作って待っとくからな」

 

「うん、じゃあねお兄ちゃん! 陽乃さんもまたねです!」

 

 それから小町ちゃんは何事もなかったかのように友達を連れだって受付に向かった。それを見届けてから私たちもカラオケ屋を出る。比企谷君がなにか言ってくるが、私の耳はそれを言語として認識できなかった。

 気がつくと比企谷君と別れたようで、うちの車の中。それだけ認識すると再び思考が沈む。先週からいろいろあった。奉仕部に行ったら比企谷君が雪乃ちゃんに抱きついていて、私の知らないうちにいろんな子に抱きついていたみたいで、私にも抱きついてきて。

 それから二回デートしたけれど、私には全然抱きついてこないのに他の子には事あるごとに抱きついているみたいで。

 

「……ずるい」

 

 ずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるいずるい。

 

「ずるい!」

 

 突然私の上げた声に都築がミラー越しに反応したようだけれど、頭の中が「ずるい」で埋め尽くされた私に気を回せる余裕はなかった。

 この「ずるい」が何に対して、誰に対してのものなのか、今の私にはまったく理解することが……できない。




2話目です 投稿するのを忘れていたぞ?(大問題



ルミルミって初めて書いたけど、案外書きやすい
ちょっと素直なゆきのんって感じで書くと個人的にすごいしっくりきます


あと、小町で少し本気を出してしまった
あふれ出る兄妹愛が私のタイピングを支配したから仕方ないね


あれ? はるのん・・・

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