比企谷八幡がイチャイチャするのはまちがっている。   作:暁英琉

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お兄ちゃんだから怒るときは怒るのである。

『……ふっ、お兄ちゃんにわかれっていうほうが無理か。まあ、いいや。小町あと五時間くらいかかりそうだし、なんなら一人で帰るから、あとは二人で頑張って!』

 

「…………は?」

 

 電話越しに小町からそんな発言を聞いた瞬間、自分でも信じられないほど低い声が漏れた。隣で袋の隙間から先ほど買ったらしいパンさんのぬいぐるみを眺めていた雪ノ下が驚いたようにこちらを見てくるが、今は無視である。

 

『何、雪乃さんと二人っきりだと緊張する? 心配しなくても大丈夫だよー、たぶん』

 

「いや、そういうことじゃないんだが」

 

 どうやら電話越しの小町は気づかなかったようで、気の抜けた声で訳のわからんことをのたまっている。初邂逅の頃ならともかく、今更雪ノ下と二人で緊張することなどないに決まっているだろう。……むしろ初邂逅の頃のがないわ。あんな毒舌受けたから別の意味で緊張したが。

 

『それなら大丈夫でしょ。じゃあねー』

 

「あ、おいっ」

 

 音のしなくなったスマホの画面に目を向けると、通話が終了したことを知らせる画面が表示されていた。試しにもう一度かけてみる。

 …………。

 ………………。

 電話は繋がらない。電源を切っているのではなく、マナーモードにでもして無視しているのだろう。

 

「あいつ……」

 

「小町さん、なんて?」

 

 珍しく少し不安そうな顔をした雪ノ下が尋ねてくる。不安になるのも無理はない。こいつららぽは初めてらしいしな。

 そう、俺たちが今いるのは千葉の学生御用達のららぽーとである。「とりあえずららぽ行こう!」でだいたい時間を潰せる名スポット(小町談)なのだが、議員兼社長令嬢であるこいつにとってこういった大衆施設は縁のないもののようだ。

 ではなぜそんなららぽーとに雪ノ下が、それも俺と一緒に来ているのか。一応弁明しておくがデートではない。決してデートではない。そもそも俺にとって雪ノ下雪乃は邂逅から二ヶ月が経った今でも“嫌な奴”の枠から出きっていないし、雪ノ下からしても俺の評価は不審者とかそんなところだろう。……自分で言ってて泣きそうだけど、事実なのよね。

 第一、ここには本来小町もいるはずなのである。

 俺が関係のリセットを行った結果奉仕部に来なくなった由比ヶ浜、その誕生日を祝うため、そして願わくば部活に戻ってきてもらうためのプレゼント選び。それを雪ノ下から頼まれたのだ――小町が。

 そう、俺ではなく小町が。

 

「これは……お仕置きだろうなぁ」

 

「ひ、比企谷くん?」

 

 ぼそりと呟いた俺に雪ノ下が震えるような声を漏らす。ん? なんで雪ノ下はそんな怖いものを見るような目をしているんでせうか。八幡全然怖くないよ?

 ちょっと本気で怒ってるだけだよ?

 

「すまん雪ノ下、ちょっと最優先で行かなくちゃいけないところができちまった。悪いけど付き合ってもらえるか?」

 

「え、ええ。いい……です、よ?」

 

 なんで敬語なんだ。まあいいや。

 リアルに東京駅で一時間迷子になりそうなほど方向音痴な雪ノ下とつかず離れずな距離を保ちつつ、目的の場所を目指す。途中の案内板によればこの先のはずだが……。

 

「あ、あそこか」

 

 俺に方向音痴は搭載されていないので、迷うことなく目的地に着くことができた。施設の特性上人もまばらで、休日のららぽから隔絶された空間のような錯覚を覚える。

 

「え、ここ……え?」

 

 隣で雪ノ下がなんとも間の抜けた声を漏らして施設の看板と俺を見比べている。お前が驚く気持ちもわかるが、残念ながらここで間違いない。

 いやほんと、この歳になってこれだけは使いたくなったのだが。

 

「すみません」

 

「はい、どうなさいました?」

 

 シンプルなデザインの窓口で待機している従業員の女性に声をかける。多少訝しげな表情を浮かべられたのは俺が若すぎるせいだろう。さすがにこんなところで目を理由に警戒されたり……しないよね? 大丈夫だよね? ここで見た目で判断とか八幡泣いちゃうからない。きっとない。

 閑話休題。

 とにもかくにも対人スキルの乏しい俺、ここで噛むなんて失態は絶対にできない。なにせ俺は怒っているのだ。

 多少大げさになってしまうがゆっくりと息を吐き、言うべき言葉、対妹スキルの奥の手を――俺は使った。

 

「迷子の呼び出しをお願いしたいんですが」

 

 

     ***

 

 

「お、お、お、お兄ちゃあああああああん!? 何してんのおおおおおおおっ!?」

 

 迷子センターの控室の扉を蹴破りそうな勢いで小町が飛び込んできた。受付のお姉さんに頼んで迷子の呼び出しが行われてからわずか三分である。相当全力疾走してきたに違いない。へたり込んだ我が妹は肩で荒い息をしていた。

 まあ、小町がそんな韋駄天の動きで来るのも無理はない。

 

『○○からお越しの比企谷小町さん。緑のブラウスにハーフパンツ、赤い肩掛け鞄を持った“中学三年生の”比企谷小町さん。お兄さんがお待ちです。迷子センターまでお越しください』

 

 なにせ、服装に加えて学年までアナウンスされたのだから周囲からの好奇の目はさぞかし痛かったことだろう。そんなもの、大抵の奴は耐えられなくて元凶を潰すためにここに来る。

 まあ、仮に無視を通して来なかったら、十分ごとに新しいプライベート情報を付与しながら再度アナウンスしてもらうつもりだったが、そこまでするのはさすがの俺でも心が痛む。いやあ、すぐに来てくれて本当によかった。

 

「ハッ、はっ……はあ……はぁ。お兄ちゃん酷くない!? 休日のららぽだよ!? 学校の友達とかが来てたらどうするのさ!」

 

 ようやく息が整った小町がまくしたててくる。まあ、うちの近くに別の商業施設ができたとはいえ、未だにららぽの人気は健在。しかも小町自身学校では生徒会役員をこなしていることを考えれば――こいつのことを知っている人間はかなり高確率であのアナウンスを聞いただろうな。

 だがそんなことは今はどうでもいい。

 

「小町、そこに座れ」

 

「いや、まず小町の質問に……」

 

「正座」

 

「ちょっと待っ」

 

「Sit down」

 

「……はい」

 

 最初は反論しようとしていた小町だったが「座れ」としか言わない俺が発する有無を言わさぬ空気に気圧されたのか素直に目の前でちょこんと正座をしてみせた。

 さて、それではお説教を始めるとしよう。幸い今は迷子の待機はいないようだし、なぜか従業員の人は奥の部屋からこちらを伺ってくるだけなので多少騒ぐことになっても大丈夫そうだ。

 

「小町、お前……今日何のためにここに来た?」

 

 俺の問いかけに、目に見えて小町は動揺する。まあ、たまに俺を便利アイテム扱いするこいつだって人の子。罪悪感がないわけがない。その証拠に泳ぐ瞳が何度も俺の後ろ、雪ノ下の方に移っていた。

 なぜなら――

 

「……雪乃さんが、結衣さんに送る……プレゼント選びの、手伝い……です」

 

「だよな」

 

 こいつのさっきの行動は所謂ドタキャンである。雪ノ下に対する裏切りである。

 そもそも昨日雪ノ下から相談を受けたとき、こいつは二つ返事で了承したのだ。なんなら食い気味にOKしていたまである。

 

「それが蓋を開けてみればこのザマだ」

 

 そも雪ノ下にとって今回重要なのは比較的由比ヶ浜と趣味趣向の近い小町であって、同じ目的で買い物に来ているとはいえ俺は立場的には付き添いに近い。そんな俺を残して「後はがんばってね!」なんて無責任にも程があろう。なんなら小町の信用にも傷がつく。

 

「いやけどさ……」

 

「けどもクソもあるか。開始五分で『やりたいことあるから約束はなかったことにしてね』みたいにいなくなるなんて俺だってやらんぞ」

 

 まあ、むしろ俺は約束事自体が存在しないのだが、今はそんなことどうでもいい。

 

「お前がどんな悪だくみをしていたかはあえて言わないでおいてやる。だいたい想像もつくしな」

 

「……はい」

 

「で、ここまで言えば、何をするべきか分かるよな?」

 

 腰を屈めて少々涙目になっている愛妹の顔を覗き込むと小町は二秒ほど瞑目して……しっかりと俺の後ろの方に目を向けた。

 

「……え? 私?」

 

 つまり、その先にいる雪ノ下を見たのだ。

 今回小町の行動で誰が一番迷惑を被ったか。俺も多少被害を受けたが、それ以上に雪ノ下への被害がでかかったと言えよう。

 小町がちゃんとアドバイス役を全うしていれば、今頃ミッションコンプリートは行かなくても数点の候補に絞れるまでにはなっていたはずだ。それが現実は雪ノ下の個人的買い物が一つ済んだ程度である。彼女が本日のスケジュールをどう組んでいたかは知らないが、どう贔屓目に見ても予定通りとは言い難い。

 

「雪乃さん、勝手にいなくなってごめんなさい」

 

 それを小町も分かっているから、雪ノ下に謝るのである。

 

「べ、別に謝らなくてもいいのよ。わざわざ休日に付き合ってもらおうとしたわけなのだし……」

 

 幸い、部長様の反応を見る限り怒っている様子はなさそうだ。というか、なんか今日はやけに大人しいというかマイルドですね雪ノ下さん。普段からそうしていればもっとクラスでも人気者になれるだろうに。

 まあ、今はそんなことどうでもいいか。

 

「わりいな雪ノ下。この後は小町もちゃんと手伝うから」

 

「それはありがたいのだけれど……」

 

 椅子に置いていたらしいバッグを手にした雪ノ下がキョトンとした顔で見つめてくる。ほんと今日はどうしたんですかね、いつものサディストの権化はどこに行ったの?」

 

「なんだよ」

 

「いえ、いつもは意味も分からないひねたことばっかり言っているのに、小町さんには正論というか、普通のお説教をするのね。いつもはアレなのに」

 

 訂正。いつもどおりでしたわ。え、今ので驚かれるほど普段の俺酷いの? そう言われるとちょっと今後の身の振り方考えちゃうんだけど。

 

「ま、プロぼっちの俺と違ってハイブリットぼっちの小町には人間関係のしがらみも大事だからな。今回みたいな愚行を『おうそうか、気を付けて遊ぶんだぞ』とかで流すわけにはいかんだろ。小町が周りから嫌われてただのぼっちになってみろ。俺がもらわなくちゃいけなくなるだろうが」

 

 そもそも当分小町を嫁に出すつもりはないけどな! 俺(と親父)の判断基準はシビアだぞ。シビアすぎて合格できる相手がこの世にいないまである。

 と、そこまで言外に伝えると……なぜかさっきまで驚いていた雪ノ下がいつもの蔑むような眼をしていた。あれれぇ? おかしいぞぉ?

 

「シスコンも極まるとここまで恐ろしい存在になるのね」

 

「どうしよう。お前の脅威になれても全然嬉しくない」

 

 ため息を漏らしている隙に「先にお昼にしましょう」と雪ノ下が迷子センターから出ていこうとする。壁にかかっている時計を見てみると、なるほど。確かに昼食にはちょうどいい時間だ。

 それはいいんですが、雪ノ下さん先行するのはやめてください。今度はお前の名前をアナウンスしてもらうハメになってしまう。

 

 

     ***

 

 

「はー、疲れた」

 

 あれからフードコートで昼食を食べ、なんとかプレゼントも選び終わり雪ノ下と解散する頃には時刻は四時を回っていた。今は帰りの電車の中だ。

 

「なんか、パワフルな人だったね、雪乃さんのお姉さん」

 

「だな。あれが外面なんだから、中身はきっと魔王だぜ魔王」

 

 途中で偶然遭遇した雪ノ下の姉を思い出す。今にして思うと狙ってこちらに接触してきたのではないかと思うほどの存在感だった彼女だが、あんな姉が上にいるとさぞ妹の肩身は狭いことだろう。まあ、姉の外面も社交界交流などの賜物らしいし、やっぱ金持ちも楽じゃねえんだな。

 まあいいや。どうせもう会うことはないだろう。

 

「そういえばさ、お兄ちゃん」

 

「んー?」

 

 何をするでもなく車窓から溶けて流れる街並みを眺めていると、隣に座っている小町がコテンと肩に頭を乗せてきた。いきなりどうしたのかと思ったが、慣れない休日出勤の疲労もあって首を動かす気にもなれず、意味を持たない音で返事をしてみる。

 

「さっきさ、小町がぼっちになったらお兄ちゃんがもらってくれるって言ったけど、あれ……ほんと?」

 

「おう、当たり前だろ」

 

 むしろぼっちにならなくてももらうまである。そのときは親父とバトルだな。負けないように今のうちに鍛えとくか。親父もひょろいから案外今のままでも勝てそう。

 

「……バカ、ボケナス、八幡」

 

「なんで八幡が悪口みたいになってるんだよ」

 

 ほんと、この妹は時々何を考えているのか分からん。分からんから、視線を動かすことなく喉をせりあがってきた言葉をそのまま口にする。

 そんなことより今は親父をどう倒すかだな。やはりまずは金的か目潰しか。これは戦争だ。正々堂々なんて甘ったれたことは言ってられ――

 

「そんなこと言ってたら、本気にする……からね?」

 

「…………え?」

 

 鼓膜を震わせたその声に、さっきまで疲労で首を動かすのも面倒とのたまっていた身体は俺が考えるよりも先に首を一八〇度近く動かしていた。

 

「…………」

 

 右肩に俯くように乗った小町の頭は、顔の部分が影になっていて表情を伺うことはできない。髪の合間からわずかに見える耳介の頭がほんのり朱に色づいているように見えるのは、夕方の陽射しのせいだろうか。そうだ、きっと夕日のせいに違いない。

 

「……まさかな」

 

 アクティブな妹も疲れたのかかすかに寝息が聞こえてきて、ため息交じりに言葉を転がす。きっとまどろみの最中だったのだろう。寝ぼけてるとやけに幼くなるからな、こいつ。

 ただ――

 ――本気にする……からね?

 普段聞かないような声色に不覚にもドキリとしてしまったのは事実なわけで。

 

「……生意気な奴」

 

 顔が熱いのはきっと夕日のせいに違いない。熱くて仕方がないからさっさと沈んじまえバーカ。




 原作で小町がいなくなるところのからのIFなお話でした。あそこ原作だと小町の心配しつつドタキャン容認しているわけですが、実際それ兄としてどうなんという(謎の)思考によってできあがったのかこれです。

 八幡も説教するときはちゃんと説教すると、普段とのギャップですごくいいと思うの!

 それでは今日はこの辺で。
 ではでは。

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