予想外というのはいつも不意打ちみたいに唐突だ。
元の世界に帰れる一歩手前の空間までいけたと思ったら目が覚めると古代のジール王国にいて、いきなり最重要人物の一人である王女サラにエンカウントしたのだからな。
さて、予想以上に早く遭遇できた彼女といえばちょうど今『ケアルガ』で俺の傷を癒してくれたところだ。一国の王女に治療してもらったとこの国の連中が知ったら顔を真っ赤にして怒ってきそうだ。
「――はい。これでもう大丈夫ですよ」
「感謝します、サラ様」
「別にかまいません。ですが、どうしてこんな傷を?」
……どう返したら良いだろうか。まさか「12600年後の未来で成長したあなたの弟とガチ死闘を繰り広げていました」とか言ってもあまりに荒唐無稽すぎる。
「――実は私は武者修行の旅に出ている者でして。魔物たちを相手に己を鍛えていたのですが、ある場所で強力な魔物と遭遇して命からがらここまで逃げてきたのです」
「まあ、そうでしたか。 強くなることを否定しませんけど、あまり無理をしてはダメですよ」
子供を叱るような優しい口調で俺に注意するサラは優雅に立ち上がると小さくお辞儀をしてその場を後にした。
……うん、可憐というかなんというか、とりあえずわかったことは彼女を絶対に救わないと一生後悔するということと、彼女は間違いなく天然のシスコン製造機の素質があるということだ。
あんな優しく諭されたらどんな悪ガキでも間違いなく言うこと聞くだろうし、嫌われることを恐れていい子になろうとするだろう。今なら幼少の魔王――ジャキがかなりのシスコンだったことが理解できそうな気がする。
ともかく、第2優先順位である彼女の救出を行うならまずは原作知識を武器にジール宮殿に乗り込んで、女王からそれなりの地位をもらう必要があるな。これでかなりの自由が利くはずだし、魔法が未熟な俺にとっては自分の魔法を高めるいい機会になるはずだ。
めんどくさい存在といえばやはり予言者として現れる魔王と、ジールの側にいることが多いダルトンぐらいだ。
魔王のほうはともかく、ダルトンはなんとなくアホっぽいのでうまく取り入ればこちらにとって都合よく動いてくれるだろう。そうだな……酔いつぶれて眠そうなところへ刷り込み洗脳でもしてみるか。「王」って単語を混ぜとけば簡単にかかりそうだ。
あと必要なものは……追々考えるとするか。
「とりあえず、服とか装備とか揃えるとするか」
魔王戦のダメージは当然ながら肉体だけにとどまらず、一張羅の現代服や装備していたチタンベストにまで深刻なダメージを与えていた。しかし『ファイガ』や『サンダガ』を喰らったにもかかわらず燃え尽きなかったのは、おそらく運がよかったのだろう。
「……全裸で魔王と決戦……嫌過ぎる絵だ」
思わず想像した光景に我ながら吐き気を催してしまった。
◇
サラと出会った場所から一番近くにあった宮殿(?)カジャールに着いた俺は好奇の目に晒されながら手持ちの資金でまずはこの国で一般的な服を数着購入。試着室で着替えさせてもらい、現代服だけ亜空間倉庫に収納しチタンベストは引き取ってもらった。プラチナベストはジールの許可がないと無理と言われたので、これは後で買いに来よう。
正直チタンベストの損傷がここまで酷いなら現代服も捨ててもよかったかもしれないが、愛着があるのでどうにも手放す気に離れなかった。ジーンズもまだ使えそうだったし。
「さて。とりあえず必要なものは揃えたから、後はアイテムでも――――」
何気なく頭部装備のコーナーを眺めながらそう呟いたところで、それを発見する。
顔の半分近くを覆い隠す銀色のマスク。目の部分はサングラスの役割を果たしているのか黄色いレンズがはめ込まれており、見方によってはファッションのようにも見えなくはなかった。
しかし、俺はこのマスクを知っている。レンズの色こそ違うが、このマスクは――――。
「……どう見ても
何故こんなものがここにというのはさておいて、直感的にこのマスクには使い道があると俺は確信した。
いずれここに来るクロノたち。彼らの目を欺けるにはこのマスクは非常に有効だろう。
ただでさえ服装を変えてわかりにくくした上にこんなマスクを装備するんだ。元ネタを知る友達連中がいるならいざ知らず、そんなことをまったく知らない彼らからすれば一目では俺と気付きはしないはずだ。
ついでに魔王と接触しても一時的にだが目を欺くことが出来るだろうし、ジールにも変わったやつだと覚えてもらいやすくなるだろう。
そこからは、即決だった。
「……まいど」
謎の生命体X……もとい、店長のヌゥからアイテム数個と一緒にこれを購入しさっそく装着してみる。
――意外と、イイ。
レンズには何かしらの魔法がかかっているのか、視界は普通にクリアに捉えられるし狭く感じることもない。
後はマントでもあれば、違和感はほとんど消えうせるだろう。
ふむ、せっかく別人に変装したんだ。名前も偽名を考えるとしよう。ヤバイ、なんか楽しくなってきたぞ!
クツクツと笑いながらカジャールを後にする俺。その姿を見ていた人たちが怪しい人を見るようにひそひそと指差していたが……うん、見なかったことにしておこう……。
◇
クロノ世界における古代で最も栄えている魔法の国ジール。この国は現在海底神殿と呼ばれる巨大な建造物と魔神器と言う装置を用いて地中深くに眠るラヴォスから強大なエネルギーを得る計画を推し進めていた。
その中心となる人物、女王ジールは玉座の間である男と面会していた。
「ほう。ラヴォス様に危害を加えようとする輩がやってくる、か。それは真か? 預言者よ」
「間違いございません。その者たちはやがて女王様の最大の障害と成って立ちはだかり、ラヴォス様の目覚めを邪魔することでしょう」
「ふむ……よかろう。お主の預言、当てにさせてもらおう」
「ははっ」
ジールに小さく頭を下げ、予言者――魔王は自分の思惑が良い方へ動いたことを確信した。
――ラヴォスを餌に女王に取り入ることば出来た。後は海底神殿で出現するラヴォスを仕留められれば……。
自分の計画を目的を再認識し玉座の間を後にしようとすると、一人の神官が現れた。
「失礼します。ジール様にお目通りを叶えたいと申す者がおります」
「わらわは忙しい。そのような者、早々に突っぱねるがいい」
「いえ、しかし、ジール様にとっても重大なことと申しておりまして」
「くどいぞ! 早々に引き取って――」
「それは困ります、ジール様」
神官の後ろから声が上がり、全員の視線が一世にそちらへ集中する。
現れたのはあまり見かけない黒髪をした20代くらいの男だ。しかしその顔には銀色のマスクが鈍く輝き素顔を隠していた。
「突然の訪問に加え素顔を晒せないご無礼、どうかお許しを。私はシドと言うもので、どうしてもジール様にお伝えせねばならぬことがあり馳せ参じました」
「……ふん、ここまで来たのなら仕方あるまい。用件を述べよ。ただし、どうでもよいことなら即刻海底神殿建設の奴隷にしてくれるぞ」
「――――お告げを」
「む?」
「ラヴォス様よりお告げを受けました」
「ラヴォス様のお告げだと?」
強気でいたジールも自身が信仰するラヴォスのお告げを聞いたという発言に少し興味を持った。
「はい――ジール様はラヴォス様のお力を得てこの星を支配する神殿で永遠の時を生きられる方となる。自分はラヴォス様の覚醒を促し、ジール様に永遠の命を授ける手助けをせよとのお言葉を受けました。永遠の時を得られる方を見届ける。これほど名誉な機会を与えてくださったラヴォス様に報いるべく、私はジール様にお仕えしたいと思い参りました」
「なんと……。ラヴォス様がわらわに永遠の命を……!?」
「左様に御座います。ですからジール様、この〝シド〟にあなた様のお手伝いをさせてください」
「――ちょっと待ちな。お前、それが本当にラヴォス様のお告げだと証明できんのか?」
ジールの側に控えていたダルトンがシドと名乗る男に待ったをかける。シドは口元を緩める。
「ラヴォス様はこうおっしゃいました。『自身の目覚めを妨げる者たちの気配を感じる、奴らが現れる前に行動せよ』と」
その場にいた全員が驚いた。それはたった今、ジールにもたらされた予言者の言葉とそっくりだったのだから。
ジールが予言者に顔を向けると、彼は首を左右に振る。この話は漏れてはいないそうだが、偶然と片付けるには少し無理があった。
それを信用するに足ると見たのか、ジールは深い笑みを浮かべる。
「よかろう。シドと申したな? ラヴォス様に忠誠を誓い、わらわに永遠の時を与えてみせよ!」
「ははっ、ありがたき幸せ!」
――チョロイ! チョロすぎるぜジールさんよぉ!
忠誠の証として頭を垂れていたシドこと尊は見えないところでニヤリとした笑みを浮かべていた。
機嫌がよくなったジールは神官へシドと予言者に部屋と海底神殿に立ち入る許可を与えるようにと命じると高笑いをして魔神器の部屋へと向かったのだった。
◇
部屋を与えられた俺は一度マスクを外し一息つく。
ジールをおだてて自分に有利な展開に持ち込む作戦は思わず笑いが出そうなほどに成功した。
ラヴォスを狂信しているジールなら「ラヴォスの言葉」として絡めればかなりの確率で信じてくれるだろうと踏んで直接向かったらこれが予想以上にハマった。
無論、ダルトンのような質問があった場合の対策もあの場に魔王が予言者としていたため非常に大きな効果をもたらしてくれた。
何より建設段階の海底神殿に入れる許可を得られたのは予想以上の成果だ。
後は魔神器が設置される場所に緊急脱出用の装置なり転送魔法陣なりを設置すれば魔王たちを地上へ戻した後に残ったサラを連れ出すことが出来る。もちろんリスクはあるだろうが、それを承知の上で行動しなければあの状況のサラを助けることはできないだろう。
そうと決まればさっそく海底神殿を設計したという三賢者の一人ガッシュに会ってその辺の話をつけに――
「――シド殿、少しよろしいか?」
「ッ! ど、どうぞ」
唐突にノックが響きどこかで聴いたことのある男の声が聞こえた。
慌てて手にしていたマスクをかぶりなおし入室を促す……が、訪問者の姿を見た瞬間に俺の心拍数がアッパー気味に上昇し血の気が紐なしバンジーのように急降下した。
「休んでいたところすまないが、どうしても話がしたかったのでな」
「い、いえ。それで、なんの御用ですかな、予言者殿?」
訪ねてきたのは数時間前まで殺し合いをしていた相手、予言者こと魔王だった。
内心でだらだらと滝汗をかきながら招き入れるが、一歩一歩近づいてくるたびに思わず後ずさりそうだ。
「なに、大したようではないのだがな――――」
そう告げられた瞬間――――――
――――――見覚えのある鎌が俺の目の前に突き出された。
「――カエルの仲間であるお前がなぜここにいる」
……ば、バレてるうううぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!?