あぁ、どっと疲れた。
俺はやっと辿り着けた私室の布団で寝転がる。
あの後雷電姉妹は笑い転げながらも(ほぼ雷。でも電もクスクス笑ってばかりだった。)しっかりと俺を案内してくれた。
俺はその二人に礼を言って別れ、今に至る。
「かなり情け無いな。それでも、いつ振りだろうなぁ。人の好意に触れるのは。」
一人しか部屋にいないため、自然と独り言が出てしまう。
あの時以来、俺はずっと生きた心地がしなかった。
731部隊の時とも違う。
大体、731部隊だって、まさか俺を助ける為にこんな事をした訳でもないだろうし。
あんな純粋な善意に触れたのは、いつ振りだろうな。
とても暖かい、人を思いやる気持ち。
再びそれに触れる事があるとは。
この人生も捨てたものではないな。
そう思いながら、次第に俺は眠りに落ちていった。
そして見るのはいつもの夢。
いつもと変わらない、あの時の悪夢。
何回見たか覚えていないその光景に、俺は幾度となく叫んでいた。
許してください、と。
「・・・・・・ハッ!」
俺は汗だくになりながら飛び起きる。
息は荒くなり、心臓はばくばくと高鳴っている。
ふと見上げれば、時計は7時過ぎを指していた。
晩飯の時間だが、食欲はなかった。
それもそうだ。
前の所でも食堂で他の人と会うのが怖かったから、訓練にかこつけてわざと時間をずらして遅い時間にご飯を取っていたのだ。
お陰でその習慣が染み付いていた。
取り敢えず、自主訓練でもしてこよう。
そう思い、息を整えてから俺は私室を後にした。
向かった先は工廠。
ここで何かしらの廃材を貰ってからそれを持ち上げるなり素振りなりしておこう、と思ったのだ。
工廠へ向かう途中、誰かとすれ違うかな、と思ったのだが、流石は晩飯時、誰も見かけなかった。
流石に勝手に入るのは気が引けるので、工廠には誰か居て欲しいんだけどな。
そう願いつつ、俺は工廠に向かって声をかける。
「誰か居ませんかー、やっぱり居ないのかな。晩御飯の時間だしなぁ。」
仕方無い、帰るか。
そう思った時、何かが動いた。
「ん?」
「・・・おりゃあ!」
その何かは、何かを俺の頭目掛けて振り下ろして来る。
それを俺は目視し、反射で回避しかけた後、またその軌道に頭を戻した。
出来れば空で死にたかったけど、仕方無いか。
しかし、その後ろ向きな願いが叶う事はなく、寸前でピタリと止まった。
よく見れば寸止めされているそれは工具の一種であるスパナだった。
そしてそれを構える作業着姿の人物が訝しむ様に尋ねてくる。
「あなた、まさか死ぬ気?」
「まぁ、そうですね。」
特に否定する事もないので、そのまま答える。
「もしかしてあなたが、今回鎮守府に配属される改造人間の?」
「そうですよ。まぁ、艦娘も改造人間みたいな物だと思うんですがね。改めて、杉田庄一上等飛行兵曹です。宜しくお願い致します。」
「兵装実験軽巡、夕張よ。ごめんなさい、てっきり不法侵入者かと思ったわ。ていうか、あの後でよく自己紹介出来るわね。」
「いや、別に気にしてないからですかね。そんな事より」
「そんな事じゃないわよ!あなた死ぬ所だったのよ⁉︎なんでそんなに飄々としていられるのよ!」
なんか謝ったり怒ったり忙しい人だな。
そんなの、本当に気にしてないからに決まってる。
「そんな事ですよ。それよりそうだ、機銃とか砲身とかの残骸とかありません?」
「え?ま、まぁ、探せばあると思うけど。何に使うの?」
「何って、訓練ですよ。出来れば恵んで頂けると嬉しいのですが。」
「別に構わないわよ。ほら、あそこに置かれているわ。」
その方向を見ると、かなりの数の壊れた兵装が山積みにされていた。
そこへ向かい、その中からお目当ての物を探し出す。
しばらくして、目的の物自体は見つかった。
しかし、見つかった機銃は零戦についていた物とは違い、妖精用に造られていた零戦の物だった。
何が言いたいかというと、体を鍛えるには余りにも小さく、そして軽かった。
「え、えぇ〜。どうしたものかなぁ。ん?」
目に付いたのは、その機銃を取るために色々な物を引き抜いた後に出来た窪み。
そこから覗いていたのは、手にする機銃と同じ形だが、それより遙かに大きかった。
「ん、んしょ、っとぉ。」
なんとかそれを引き抜く。
すこし錆びて来ているものの、紛れもなくそれは人間用の零戦の機銃だった。
これなら使えそうだな。
すぐにガラクタの山の崩落を警戒したが、特に無さそうだった。
ほっと一息ついてその場を後にし、夕張の元へ向かう。
「すみませんがこれ、貰ってもよろしいでしょうか?」
「別に構わないわよ。」
「では、有り難く頂戴します。」
「その代わり。」
「何でしょうか?」
「その敬語をやめて。それで手を打つわ。」
確か艦娘という者達はそれだけで少尉相当官くらいはあったはずだが。
上官にタメ口というのはちょっと・・・。
まあ、本人の希望なら仕方無いか。
「はぁ、分かりまし・・・分かった、恩に着る。」
「よろしい。では、ご飯を食べて来るわ。」
「行ってらっしゃい。」
「え?あなたも行くのよ?」
「・・・・・・何故に?」
「まだじゃないの?」
「いや、先ほど頂いて」
ぐぅ〜、と俺の腹の虫が鳴く。
この時ほど自分の生理現象に嫌悪感を抱いた事はありません。
どうやら鍛え方が甘かったようだな・・・。
「ほら、我慢してないで行くわよ。」
「いや、俺は訓練が」
「どうせ今日は休みでしょうに。それとも、私と行くのがそんなに嫌?」
「あ、いや、そんな事は。」
スパナで殴りかかる様な奴と落ち着いて飯が食えるか。
その言葉が喉まで出かかっていたが、先程自分自身でそんな事と言った手前、それを指摘するのも男らしくないだろうな。
「分かったよ、お供しますとも。」
「よろしい。あなたには色々聞きたい事があるのよ。」
「・・・・・・はぁ。」
「何よ、その露骨に嫌そうな顔。」
「どうせ、俺から聞く事なんて分かりきっているからね。嫌な顔しないほうがおかしいさ。」
夢にも出るくらいトラウマなので触れないで欲しいんだけど。
「それでも、これから仲良くやっていく人の事だから知っておきたいのよ。」
「・・・・・・了解しました。」
「敬語。」
「了解。」
そうして俺は夕張の連れ添いで食堂に行く事になった。
流石に食堂に7.7ミリ機銃は持って行けないな・・・・・・。