「暑い、な。」
軍のトラックの荷台で揺られながらぼそり、と一人呟く。
荷台には俺以外に誰もいないので、当然独り言だが。
俺に施された実験は成功し、妖精の体とその大きさに合わせた艦載機の慣熟訓練も済ませた俺は、とある鎮守府に配属となった。
鎮守府の名前は何だったかな。
忘れてしまったな・・・。
まぁ、死ぬ前にいた土地の事を記憶に刻むというのも良いかもしれないな。
現地に着けば誰かに聞いておこうか。
ああ、こんな時でも空は、綺麗だな。
そう思いながら俺は空を見上げる。
「あら、下士官の分際でその程度も我慢しないとは、いいご身分じゃない。」
声を掛けられ目線を送れば、トラックの助手席から顔を出す一人の少女。
彼女も俺と共にその鎮守府に配属される艦娘だ。
いや、この場合添え物は確実に俺の方だろうな。
艦種は装甲空母、名を『大鳳』。
深海棲艦に対抗する為の艦娘の中でも、切り札的存在の一人。
大本営にてエリートとしての教育を受けた、まさに文武両道の鏡。
とまぁ、色々と噂は聞いている。
加えて地獄耳とは、向かう所敵なしですね。
あちらも、大本営の連中から俺の噂は聞いているのだろう。
ほぼどころか全て悪評だろうが。
さっきの態度ですぐ分かった。
それでも、その考えを払拭しようとも、出来るとも思わない。
それに彼女は配属されていきなり大尉相当官に抜擢という超好待遇だ。
対して俺は上等飛行兵曹。
上官への口答えと捉えられても面倒臭い。
「・・・はっ、申し訳ありません。」
「あら、怒る事すらしないのね。全く、情けない。精々邪魔にはならないでよね。」
「承知いたしました。」
そうして会話らしき物も途絶え、沈黙が続く中、俺は唯々空を見上げていた。
俺は今度こそ、この罪を死をもって償えるのか・・・。
そればかりを、考えていた。
鎮守府に着くと、かなりの数の出迎えがあった。
しかし、それは俺に対してではなく、現海軍において唯一の装甲空母である大鳳に対してだった。
そして俺に向けられる何こいつ何者?の様な視線。
一応俺も恐らく海軍唯一の半人間半妖精といった改造人間なのだが、とは思ったが、この待遇には別に何も思わなかった。
鎮守府の艦娘数名が大鳳を提督室に案内するのを見て、それからはぐれてしまえば俺を案内するような者もいるはずがなかったので、俺はその一行の後を追った。
その時、不審者扱いされたけど特に気にしていない。
ほ、本当だってば、嘘じゃないよ。
「やぁ、ようこそ。私がこの鎮守府の提督、菅野直だ。」
ビシッと敬礼で挨拶をしてくる提督。
傍には秘書艦というものだろう、黒髪の美人が提督のそばに控えている。
それに応えるように、大鳳と俺も敬礼しながら挨拶をする。
「わざわざ出迎えまでしてくれて感激です。提督、あなたの機動部隊に勝利を!」
「・・・杉田庄一上等飛行兵曹です。宜しくお願い致します。」
「ああ、大いに期待しているよ。まずは、長旅で疲れただろう、ゆっくり休むといい、長門。」
「ああ。」
長門と呼ばれた艦娘が、大鳳と俺にそれぞれ書類と鍵を手渡してくる。
「これが当鎮守府の地図になる。慣れるまでは持っていたまえ。そして今渡したものが諸君の部屋の鍵だ。今日は休みにしているが、明日からは早いので、早めに休息を取るように。」
「はい!」
「了解しました。」
ありゃ、この地図、鎮守府の名前書いて無いな。
残念無念。
「では、戻って良いぞ、艦娘達が諸君を待っているだろうしな。だが、くれぐれも羽目を外し過ぎないように。では、解散!」
「ありがとうございました!」
「ありがとうございます。」
そうして提督室を後にしようとすると、俺だけ呼び止められた。
足手まといになるなよとか、そんな事かな。
そう思って早くも憂鬱になりかけたが、提督がかけてくれた言葉はそうではなかった。
「あの事件の事は、気の毒であった。しかし、あれからかなり経つ。そろそろ忘れろ、とは言わないが、そこまで思い詰めなくても良いのでは無いか?」
俺の不意を突くその言葉に、思わず目を見開いて驚いてしまった。
しかし、その優しい言葉を受け取る訳にはいかない。
俺は、それくらいの事をしてしまったのだ。
そのくらいは自覚している。
「ありがとうございます提督殿。でも、大丈夫ですから。」
そう言って俺は笑う。
俺としては笑えてるつもりだったのだが、それを見る提督の顔は苦虫を噛み潰したような、苦々しい顔だった。
まるで何かを言うのを堪えているような、そんな表情。
見るに見かねて俺はその後すぐ退室した。
その足でそのまま私室へと向かう。
はずでしたよ、はい。
途中地図を貰ったにも関わらず無くしてしまい、右往左往していると、食堂に辿り着いた。
食堂では、大鳳の歓迎会が行われていた。
参加している誰もが凄く楽しそうで、その中にはきっと。
俺が混ざる事は永劫あり得ないのだ、と改めて確認出来た。
そっと、誰にも気付かれぬ様その場を後にした。
それでもまだ私室を発見出来ず彷徨い続けていると、二人の少女を見かけた。
「だからね、司令官はもっと私を頼ってくれても良いのよ!」
「なのです!もっと私達を頼って欲しいのです。」
なんか見つかると面倒臭そうだ。
そう思った俺は回避行動を取る。
「ん?あれは・・・」
「え?何なのです?あ、あれは・・・」
しかし、時すでに遅し、発見されてしまった。
「「不法侵入者!」」
「違う、断じて違う。」
確かに周りをキョロキョロと見渡していたのは認めよう。
しかし、それだけで通報されても困る。
第一、提督に先程大丈夫だと伝えたばっかりなのにいきなり憲兵のお世話になるとかとんだ笑い者だ。
まぁ、元から笑い者というか厄介者なのだが。
「この度この鎮守府に配属された、杉田庄一上等飛行兵曹です。宜しくお願い致します。」
「あー、あなたが噂の。堅いわね、もっと馴れ馴れしくしても良いのよ?」
「そうです、私達は仲間なのですから!」
「いえ、そういう訳には。それよりも、出来れば一つ頼まれて欲しいのですが。」
すると二人はパッと目を輝かせながら急かしてくる。
「何⁉︎この雷に任せなさいッ!」
「電もお手伝いするのです!」
「あ、ありがとうございます。では・・・」
「何?」
「なのです?」
俺は申し訳無さそうにボソッと呟く。
「迷ってしまって・・・私の寝床、どこか分かりませんか?」