私のまちがってしまった青春ラブコメはもう取り戻せないのだろうか 作:ぶーちゃん☆
『は』
そのたった一文字で凍り付くこの場。
えーっと……いくらなんでも比企谷君の名前を出しただけでそれって、さすがに過剰反応ではないでしょうかねいろはすさんとやら。
てか良く見たら葉山君とやらからも笑顔が消えて、一気に私を観察するような視線を向けてきた。
え?なに?まさかあなたも比企谷ハーレム要員なのん?
唯一、酷い扱いに定評のある戸部君とやらが「っべー!まさかヒキタニ君の彼女なん?他校に彼女とかやっぱヒキタニ君ぱないわー」とかなんとか騒いでるけど、まぁウザイから割愛の方向で。
なんかヒキタニ君の彼女という単語が出てきた時に、いろはすがギンッ!と睨んでおとなしくなったしまぁいっか。
そして尊敬すべき先輩を視線で瞬殺したいろはすが、ニコニコ笑顔で私に訊ねてきた。
嘘でしょ!?私の知ってる笑顔と違うよソレっ!?
「えっとぉ、先輩にどのようなご用件でしょうかー(先輩になんの用だこの女)」
「え?要件まで教えなきゃダメなの……?」
「まぁ一応生徒会長なんでー(あたりまえだろこの女。理由次第では会わせる訳ないっつーの)」
「あ、でもあなたには関係無いし……」
「いえいえだからわたし生徒会長なんで、ちゃんと理由を教えて頂かないとウチの大事な生徒を呼んでくるわけにはいかなくなりますしー(理由も言わないこんな怪しい女に先輩会わせるわけねーだろ)」
「いやだからー、私はただここで待ってるだけでいいし、別に呼んでもらう必要性ないから……」
「えー?いいじゃないですかー?やましい理由があるんなら、お帰りいただく事にもなりますしー(早く言えよ。強制撤去すんぞコラ)」
あっれー?本音と建前って、こんなに分かりやすいものだったっけ?
なんで終始可愛らしいニコニコ笑顔のままなのに、本音がこんなにはっきり聞こえるのぉ……?
あー、めんどくせー……だからハーレム要員にバレたく無かったのよ。
すると、横からそんないろはすちゃんを諫める声が割って入った。
「まぁまぁいろは。ここは俺が事情を聞くから落ち着け」
「えー?わたし全然落ち着いてますけどー」
どこがっ!?
どうやら私と同じくいろはすの本音の方が聞こえていたらしき葉山君が私に訊ねてきた。
「すまないね。実はいろはと比企谷は仲が良くてね。見ず知らずの他校生が急に訪ねてきた事にちょっと驚いたみたいなんだ」
「はぁ……」
「もし良かったらなんだけど、いろはが安心出来るように事情を教えてくれると助かるな」
はあ?そこのいろはすちゃんが比企谷君と仲良しなのと、私の事情ってなんの関係も無いじゃん。なんで私に一切関係も無きゃメリットもない、むしろデメリットしかないのに、プライベートな話を他人の為に要求されてんの?
ったく……これだからリア充は……常に自分たちが世界の中心だとか思ってやがる。
「それに」
そして葉山君の視線が若干鋭く光った気がした。
「俺もちょっと興味あるんだよね。比企谷を訪ねてくる女性って」
あ、葉山君のその発言で折本さんとの会話を思い出した。そういえば折本さんと仲町さんて、比企谷君に対して失礼な態度を取った事によって、他でもないこの葉山君によって痛い目に合わされたんだっけな。
てことは、いろはすちゃんとは関係無く、この葉山君自身が比企谷ガードをしてるって事なのか。
なにそれやっぱ比企谷ハーレム要員なの?LOVEなの?キキキキマシタワァァァー!
これ腐女子が近くに居たらヤバいヤツや!
とまぁ冗談はさておき(冗談だよね!?ホントに冗談だよね!?)、この人も普通に比企谷君のこと心配してんのかな?
……すっごい美少女に囲まれてたり、こんな超イケメンリア王に心配されたり、ウザリア充にぱないわーぱないわー言われたり、ホーント比企谷君の周りってあの頃とはえらい違いなのね。まぁ最後の(戸部)は要らなかったですけど。
もう、私なんかじゃ住む世界が違うのかもね……
面倒くさいし違う世界感じちゃったし……もう帰ろっかなぁ…………
と、言うわけにもイカンのですよ!
今日でさえ勢いに任せてなんとか無理やりここまで来たのに、たぶん今日を逃したら二度とここには来れない、比企谷君に会えない気がする。
『あとから後悔しても、もう遅いんだよね』
仲町さんの言う通りだもん。モヤモヤを払うチャンスは今しか無いんだもん。
ふぅ……仕方ないなぁ。
仕方ないけど、この人たちに話すか。なんで比企谷君に会いに来たのかを。
※※※※※
「仕方ないなぁ……じゃあ言うわよ。言えばいいんでしょ……」
もう完全に素になっちゃってますね私。緊張でカミカミでもなければ昔取った杵柄な猫っかぶりでもない、完全にやさぐれた私。
「えっとですね、私、比企谷君とは中学の同級生なんですよ」
中学の同級生と聞いた途端に葉山君の視線が突き刺さる。ふむふむ。やっぱ折本さん効果なのか警戒心剥き出しだなぁ。
いろはすちゃんは……うん。ブスーっとしてますね。
「で、そんな同級生の比企谷君にですね……?その……先日……あの……
ち、チカンから助けて貰ったんですよ……」
はぁ……なにが悲しくて初対面のイケメンにチカン被害報告しなきゃなんないのよ……普通男の子に「私チカンされちゃいました」なんてカミングアウトすんのなんて嫌なものなのに、よりによって初対面のイケメンに報告するとか……だから嫌だったんだっつの。
「ち、チカン……!?……先輩に助けられた……?
なにそのベタな展開……超マズいヤツじゃん……」
すっごいボソボソ独り言言ってるけど、もう丸聞こえよ?いろはすちゃん。そしてそのベタさとマズさは私も良く分かってるよ。
少女漫画とかなら完全に惚れちゃって告白しちゃうコースだもんね。
「でも……助けて貰ったのに、残念ながらその時は比企谷君だって分からなくて……
ていうか比企谷君のこと忘れてて、ろくなお礼も出来なかったんですよ……」
いろはすちゃんの敵を見るかのような警戒心剥き出しの表情とは真逆に、葉山君の表情は段々と警戒心が取れて行くのを感じる。
「でも……帰ってから……アレは比企谷君だったんだぁ、って思い出して、
そ、その……あの……会いたくなっちゃ…………いやいやいや違くて違くて!
ちゃ、ちゃんとお礼したいなっ……て、思っちゃって、ですね……?」
あれ?おっかしいな……緊張も猫っかぶりも無い、単なるやさぐれた私で説明してたハズなのに、な、なんかこれじゃまるで……一目惚れしちゃった王子様を訪ねに来た乙女みたいじゃん……!
くっそ……顔が熱いじゃないのよ……!
でも、そんな私の態度が功を奏したのか、完全に葉山君は私に対する警戒を解いてくれたみたいだ。
どうやら私の比企谷君に会いに来た事情は、葉山君のお眼鏡に適ったみたいだねっ。
てかお眼鏡に適うってなんだよ。あんたどんだけ比企谷君大好きなんだよ。やはりこいつ、ハーレム要員か…………キキキキマシタワーァァァ!!
…………いや私サブカル女子ですけどそっち方面には疎いんで。ホントだよ?
しかしそんなおホモ達な腐山君をよそに、いろはすちゃんは完全戦闘モード。
たぶんこの娘は、普段は昔の私に似たようなキャラ設定をしてるんだろうけど、今はもう猫の皮を剥いだ単なる一人の女と化していた。
頭の中では私をどう追い払ったもんか、そのキャラ設定を己に課している以上は絶対に必須な能力『THE計算高さ☆』を駆使して策を練っていることだろう。
そしていろはすちゃんは私の前に仁王立ちすると、その計算高さを目一杯駆使した答えを投げ掛けた。
「せせせ先輩ならとっくの昔に帰宅しちゃいましたよ?そして、あ、明日から自分探しの旅に出るといきまいてたので明日以降に会いに来たって無駄なんでしゅからね……!?」
それだけ言い切ると、バッチリ目を逸らしてピーピーと口笛を吹いていた。
「………………」
け、計算高くねえぇぇ…………この娘、どうやら全然計算高く無かったみたいです。てか突然の新たな女の出現に頭の中の電卓が壊れちゃった感じ?
「あんれー?ヒキタニ君ならさっき特別棟の便所で会ったばっか「だまれ戸部先輩……」だけどぉ……」
ヤバいよ戸部君泣いちゃいそうだよ。
「と!とにかく他校の生徒にいつまでも校門前につっ立ってられると迷惑なので早く帰っ……ってちょっと葉山先輩!?」
「すまないね。ちょっと俺達は用事が出来たから比企谷を呼びに行けなくなったよ。
ここに居づらいところ申し訳ないんだけど、もう少し待ってて貰えるかな?」
私を追い払おうとするいろはすちゃんを、葉山君がそう言いながら腕を引っ張って無理やり連れて行ってくれた。
「ちょっと葉山先輩!?わ、わたしまだこの女……この人に用事がっ」
「まぁまぁたまにはいいじゃないか。ああいう子が比企谷に会いに来る分にはいいことじゃないか」
「で、でもぉぉぉ……っ」
……ありがとうイケメンさん!どうやら最後の最後で私の味方になってくれたんだね。私のというよりは、やっぱり比企谷君の味方なんだろう。でも……
「ちょちょちょ隼人くーん!行っちゃうん!?
あのさ、やっぱ俺がヒキタニ君迎えに行った方がいいん!?」
「…………あ、お、お構い無く」
お付きのウザイのも一緒に連れてってくれたら完璧だったんだけどねっ。
※※※※※
そんなわけでようやくなんかよく分からん嵐が過ぎ去り、この場に残されたのはぼっちが一人と、そんな嵐を奇異の目で眺めていた総武生達の視線だけ。
いやいや見世物じゃないですから。お前らも早くお家にお帰りよ。
ホントあいつらのお陰様で、ここで一人待つ気まずさが八割増しになっちゃったんですけどどうしてくれるんですかね。
ヤバいよこの視線の中で、ぼっち女が緊張でリバースしちゃったら伝説作っちゃうよ。
そして伝説へ…………ドラクエ3かよ。
などと軽く現実を逃避しつつ待ち人を待つこと数分?数十分?
現実を逃避しすぎて意識を保つことさえも逃避してた故に、もう時間の感覚がマヒしかけていたそんな時、ついに!ついに待ち人来たる!
私の待ち焦がれた待ち人は、あの日と変わらず腐ったその目をさらにどんよりと曇らせ、全てが面倒くさそうな物腰はその背筋をだらしなく曲げ、しかしその足腰だけは待ちわびた帰宅に希望を乗せて軽やかに、チャリで颯爽と私の前を通り過ぎて去って行ったのでした。
うっそーん……
つづく
この度もありがとうございました。
俺ガイルSSなのになかなか八幡が出てこないですみません。
次回でようやく八幡回になりますので、またよろしくお願いいたします。