私のまちがってしまった青春ラブコメはもう取り戻せないのだろうか 作:ぶーちゃん☆
千葉県民御用達オアシスには似付かわしくない空気を漂わせ、私は折本さんに質問を投げ掛けた。だって、私にはどうしても理解出来なかったから。
面白がって言い触らして馬鹿にしていた比企谷君となんでそんな風に仲良く出来るの……?
「……て、敵?あたしが?比企谷の?」
折本さんは驚いた顔で私を見る。え……?自覚とか無いの?この女……
「……だって、三年の時……折本さんは……比企谷君に告られたのを言い触らして笑ってたんじゃないの?
だったら嫌いなはずじゃん……だったら敵じゃん……
なのに、なんでそんな風に楽しそうに話せんの……?」
私も……最悪だよね。自分のこと棚に上げちゃってさ。
私だって他人に話して比企谷君をクラス中の笑い者にさせときながら、今さら気になっちゃって情報集めようなんてしてるクセにっ……
すると折本さんは、とても困ったような顔をした。困ったというか……苦しそうな……?
「……そっかぁ、そうだよねー……やっぱそう思われてるよねぇ……」
「思われてる?……って、なに?」
つい聞き返す言葉が低く刺々しくなってしまった。
なんで他人事みたいに言ってんの?
「実はさぁ……あたし比企谷に告られたって事、あのとき誰にも話してないんだよね」
…………はっ?
※※※※※
「え?ちょっと待って?誰にも話してないの!?ど、どゆこと!?」
思いもしなかった言葉に、リア充相手に緊張してた事なんてすっかり忘れて、身を乗り出してすっごい勢いでまくし立ててしまった。
やだちょっと恥ずかしい。
「うわっ!び、ビックリしたぁ」
いやホントすみません。わたしもビックリしましたよ。
「ごごごごめんにゃさいっ……です」
「やー、全然いいんだけどさー、二宮ちゃんがそんな風に詰め寄ってくるなんて意外すぎたからさっ!
あたし超ビビっちゃってんの!ウケるっ」
もうウケとか求めてないんで早急に説明を求めます。
そんな視線を向けていると折本さんが苦笑いしながらポリポリと頬を掻く。
「普段たいして物事深く考えないあたしだけどさ、さすがにあの比企谷から告られたなんて誰かに話したらマズいかも……って事くらいは考えたよ」
「だったらなんで?」
「……実はあんときさ、何人かの男子に言い寄られてたんだよね。あ、比企谷以外のね。
いつも誰かしら一緒に帰ろうとしてあたしを下駄箱とかで待ってたからさ、たぶんそん中の誰かが中々来なかったあたしを教室まで見に来て廊下で聞いちゃって、翌日に言い触らしたんだと思う。
学校来てビックリしたよ。誰にも話してないのに黒板に書いてあんだもん」
そう……なんだ……朝来て黒板に書かれててビックリしたなんて、私と一緒じゃん……
いや、一緒では無いか。私は他人に話したんだから。
「ビックリはしたんだけど、誰が書いたの?とかは思ったんだけどさ、でも書いてあった事に間違いは無かったんだよね。
マズいなぁ……とは思ったけど、でも、比企谷があたしに告って、それをあたしが振った。
どこにも間違いがない事だから、あたしには訂正のしようも無いじゃん……?」
「そう……だね」
確かにそりゃそうだ。
間違ってない内容の噂を、当事者がどう訂正すればいいの?って話だもんね。
「たぶんさ、それでもあのとき比企谷が友達だったとしたら、あたしもあんなつまんない空気をなんとかしようと頑張ったと思うんだよね。例え噂に間違いがなかったとしたってさ。
でもあのとき比企谷は別に友達じゃ無かったから、正直つまんないヤツくらいにしか見てなかったから、あたしはあの空気を放置しちゃった……
そういった意味では笑い者にしてた子たちと同罪なんだけどね、あたしも……」
でもさ、それは誰にも責められはしないよね。勝手に噂流されたんなら、折本さんだって被害者な訳だもん。
そんな被害者の折本さんが比企谷君を必死で庇ったりしたら、余計に噂がおかしな方向に向かっちゃうのは必然だもんね。
いくらトップカーストで人気がある折本さんでも、やっぱり妬みで嫌ってる娘たちだって少なからず居た。そういう噂は必ずその娘たちがいいように利用して、あらぬ方向へと進ませるのだ。
友達でもなんでも無い比企谷の為に、そんな危険な橋を渡れる人なんてそうそう居ないだろう。そもそも告白されて振ったのは事実なんだから。
「と、まぁそんな訳なんだー。正直偶然見掛けた時はちょっと負い目もあったんだけどさ、なんかすっごい美人なお姉さんとデートしてたし、もうあの頃の比企谷とは違うのかもって、思わず声掛けちゃったんだよね」
いやまた女かよ。比企谷君どんだけデートばっかしてんのよ……爆ぜろっ!
「そしたら昔と変わらず話してくれたしさー……
いや、あたし鈍感だし深く考えないタイプだからホントに変わらずかどうかは分かんないけど……でも普通に話してくれたから、なんか嬉しくてついあたしも調子に乗っちゃったってわけ!」
私だったら無理ですけどねー。
でもこの女ならそうなっちゃうんだろうな。
「で、その勢いのままダブルデートで比企谷をからかってたら、まんまと怒られちゃいましたっ。
……あたしマジで悪気とか全然無かったんだけど、でもあの葉山くんがあそこまでしたって事はよっぽどだったんだろうなって反省したんだ。
やっぱ楽しいってだけで、相手のこと考えないで行動しちゃうのってダメだよねー」
いえいえ、その割にはまだまだ考えなしの行動が絶賛続いてますけどもね?
でも……だから自分を見つめ直してあんなに謝ってくれたのか。今は折本さんなりに変わろうと努力してる最中なんだろう。
「あ、飲み物無くなっちゃった。あたし取ってくるねー」
「あ、うん」
席を立った折本さんの背中を見つめながら、氷の溶けて薄まってしまった不味いジンジャーエールを一気に飲み干した。
……折本さんは自分を見つめ直して反省して変わろうとしている。成果は一向に見られないですけども。
それに比べて、私は努力なんてなんもしてないな。
ただ、変わろうともせずに人を避けて見下して、逃げてるだけなんだろう。
私も……折本さんみたいに比企谷君とちゃんと話して自分を見つめてみたら、間違っちゃった青春を取り戻せるのだろうか…………?
※※※※※
ドリンクバーから帰ってきた折本さんは、熱湯にダージリンのティーパックを浮かべてゆらゆらさせながら私に訊ねてくる。
「でさー、二宮ちゃん」
「……え、なに?」
「二宮ちゃんは、どうしたいの?」
「……ど、どうしたいって?」
「比企谷の事に決まってんじゃん。
普段ぼっ……一人で居る二宮ちゃんが、わざわざあたしに聞いてきたって事は、なんかしたいんでしょ?」
いや、言い直さなくてもいいんで。
「あ、うん……別にどうしたいって訳では……
ただちょっと気になったから……」
「……えーっと、二宮ちゃんてさ、いや、二宮ちゃんも中学んとき、比企谷となんかあったの……?」
「……!」
そっか。折本さんは知らないのか。まぁあれはクラス内で騒がれたくらいの事だし、そもそも二年の時だから比企谷君の存在も知らないし、興味の無い事なんか知ったこっちゃない自由人の折本さんが知るわけもないか。
「えっと……その、実は私も二年のころ……」
そして私は二年の時のトラウマ事件を、そしてそのトラウマを受けて私が一人で居るのを好むようになった事を、たどたどしいながらもなんとか話しきった。
自分でも正直驚いた。まさかこんな事まで話しちゃうことになるだなんて。
「……そうなんだ……だから二宮ちゃん、中学のころ少しずつ変わってって、高校では完全にぼっ……一人で居るようになったんだ……」
いやだから言い直さなくてもいいですからぁ!
「だからあたしが話し掛けても無視してたんだ。
そりゃ二宮ちゃんにとったら、あたしなんて仇みたいなもんだもんね」
「か、仇って訳ではっ……」
「いいよいいよ。おかげでようやくスッキリしたし!」
「……でも、さっきの折本さんの話聞いたら、私の単なる独り相撲に過ぎなかったっていうか……その、無視とかしてごめんなさい……」
「だからもういいってばー!
友達じゃないからって、笑い者になってた比企谷を見捨てたことに間違いはないんだしさぁ……」
一瞬だけ苦しげな表情を浮かべた折本さんだったけど、次の瞬間にはニヤリとした。
「だからさ!あたし今、結構本気で比企谷と友達になりたいと思ってんだよねー」
「はい?」
「あのとき見捨てちゃったこと、今は謝りたいって思ってんの。
でも友達じゃないからって見捨てたあたしが、どのツラ下げて謝んの?って話じゃない?
だから友達になんの!こんなあたしでも友達でいいって認めてくれて、初めてあたしに謝る権利が発生するんじゃないかと思ってさ。
なんか謝ってから友達になって下さいだなんて卑怯な気がすんのよね。そんなのあっちだって断り辛いじゃん?」
なんだその理論?
あはは!でも、なんかこの人らしいかも!
「ま、最近は友達じゃなくて、ちょっと彼女もアリかも!とか思ってんだけどさー!やばいちょっと恥ずかしいんだけど!ウケるっ」
おいっ!
「……二宮ちゃんはその時のこと、比企谷に謝りたいとか思ってんの?」
「……私は、よく分からない。ただ、なぜだか比企谷君が気になっちゃったってだけで……」
「それはLOVE的な?」
「ちちち違うもんっ!断じて違うもんっ!」
「……ぷっ!くくくっ……あははははっ!
ちちち違うもん!だってー!超どもっちゃってんの二宮ちゃん!
ぷくくっ……まじウケる〜!……もんっ!とか超可愛いんですけどー!ウケる〜」
ぐぅっっっ……だから反省したんじゃないのかよっ……!顔熱いよぅ……
「ひーっ……ひー……ふ〜ぅ……
……だったらさ、やっぱ二宮ちゃん比企谷に会うべきだよ。どうしたいのか分かんないんだったら、一度会って話した方が絶対いいって!
モヤモヤしてんならまず行動!」
「!! でもっ……会うって言ったって……」
「あたしさ、さっき総武高校の前で待ってるのはさすがに恥ずかしいからやんないけどさって言ったじゃん?
でも、どうしても必要性を感じたなら迷わずやるよ?あたしは比企谷の家も知ってるし会おうと思えば家に押し掛けちゃうけど、二宮ちゃんは知らないじゃない?
さすがに住所教えるのはマズいし」
そもそも急に家になんか押し掛けられませんて……
「だからさ、一回だけ頑張って校門前で話し掛けてみたら?
そしたらなんか見つかるかもよ?」
比企谷君に、自分から会いに行く……そんなこと、ぼっちな私に出来んのかよ……
軽くパニくって目がぐるんぐるんしている私に、折本さんは「それあるー!」と親指を立ててウインクしていた。
リア充ウゼェ……
※※※※※
ぼっちとリア充の邂逅がようやく終わりを告げようとしていた。
結局先程のそれある案は保留という事にしといたけど、実は結構心が揺れていたりする。
「んじゃねっ!二宮ちゃん!」
「……うん。今日はありがと」
はぁ……疲れた。なんかこの二年分の会話量より多かった気がすんな。でも……
「あっ、二宮ちゃん!」
「……え?」
「あたし達さぁ、友達になんない!?」
「……えー……」「うっわ!超嫌そう!まじウケる」
「や、あ、その……きゅ、急に友達とか……教室で話し掛けられても困るし……」
「? そっかー。良く分かんないけど、ま、いっか!
んじゃさ、教室で話し掛けないように気を付けるからさ。んー、とりあえず友達未満ってとこでどう!?」
「……そ、それならまぁ……」
「よっし!んじゃあ決まりーっ!明日からよろしくね!にの……美耶っ」
「よっ……よろしく、です……」
ホント疲れた……
マジでホントどれくらいぶりだよ、こんなに他人と話したの……でもっ……
手をぶんぶんしながらフラフラと自転車で去っていく折本さんの背中を見ながら、こういうのも意外と悪くないもんなのかも……なーんて、らしくない事を考えちゃってるぼっちの風上にも置けないぼっちなのでした。
つづく
この度もありがとうございました。
折本かおりは好き嫌いが結構あると思うので、勝手な想像と解釈でこういう良い奴な扱いにしてしまう事に抵抗がある読者様もいらっしゃるとは思いますが、その点をご容赦して頂けたら助かります。