私のまちがってしまった青春ラブコメはもう取り戻せないのだろうか 作:ぶーちゃん☆
寒過ぎる冬空の下を、なぜか熱で火照っている頬と心臓で温まりながら自転車を漕いでいく。
あーあ、名前くらい聞いとけば良かったなぁ……
家へと到着した頃はすでに9時過ぎ。もちろんしこたま怒られました。でもなんとか夕飯はゲットだぜ!
部屋へと戻り、ベッドに寝そべり買ってきたラノベを読みながらも、どうしてもさっきの彼が頭から離れてくれない。まぁそりゃこのハーレム物ラノベを読みながらじゃ致し方ないけどさ。
人生初のチカンにあってメチャクチャ怖い思いをしたはずなのに、もうそんな事は自動的に頭の片隅に追いやられてしまってる。
……なんなんだろ。不覚にも確かにちょっとだけ格好良いとか血迷っちゃったけど、どうしてあの美少女三人組が、取り合いしてまであんな奴にご執心なのかをちょっとだけ理解しちゃったけど、それでもここまで頭の中が一杯になる程なの……?
なにかが、なにかが引っ掛かるんだよなぁ。
「そういえば……」
あの人、私の顔を見た時かなり驚いた表情で「ニニノ」とか言ってたっけ。
あれってもしかして、「に、二宮?」って言おうとしたのかな……じゃあやっぱり知り合い?でもだったらなんで知らないフリすんのよ……
あー、分からんっ!モヤモヤしまくり!こういう時は、一旦お風呂にでも入ってサッパリしましょうかね。
※※※※※
『これから一年間よろしくね!えっと……―企―君っ』
『……あ、えっと、よろしく二宮さん』
〜〜〜〜〜
『ねぇ美耶〜!――谷なんかと良く一緒に委員やってられるよねー』『えー?―企―君て結構いい人だよぉ?』
『まったくホント美耶ちゃんてお人好しなんだから〜』
〜〜〜〜〜
『あ、あのさ二宮、それ俺が持つよっ』
『えっ?比――君ありがとぉ!比――君て優しいよねー』
『え、や、そ、そんなことねぇけどっ』
〜〜〜〜〜
『美耶美耶〜!さっき比企―の奴、美耶の手伝いしてた時、超鼻の下伸ばしてなかったぁ?』
『えぇ!?そんなこと無いよぉ』
『美耶モテんだから気ぃつけなよー。あんなんに告られたらマジキモいってぇ』
『えー?やだぁっ!そんなこと無いってぇ』
〜〜〜〜〜
『あ、あのさ、好きな奴とか、いるの?』『えー、いないよー』
〜〜〜〜〜
『え……それって……俺?』
『何、え、マジキモい。ちょっとやめてくんない』
〜〜〜〜〜
『ねぇねぇしーちゃぁん……今日の放課後さぁ……―企谷君にキモい事言われちゃってさぁ……』
『だからあんなキモい奴に優しくすんのなんかやめなって言ったじゃぁん!で?で?なんて言われたのっ?』
『誰にも言わないでよぉ?あ、あのさぁ……』
〜〜〜〜〜
『おっはよー!……え?なになに……?』
『ねぇねぇ美耶ちゃん!昨日比企谷に告られたって本当!マジキモくない?』
『え……う、うん……』
『うわ〜!みんな〜!やっぱマジらしいよ〜!』
『うっわマジでぇ』
『だから言わんこっちゃないよー』
『てかその告り方はねぇだろ(笑)もうアイツ今日からナルが谷でいいだろ』
『ナルが谷マジぱないわ〜』
『……』
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
『今日から一年間よろしくね!えっと……比――君』
『今日から一年間よろしくね!えっと……比企―君』
『今日から一年間よろしくね!えっと……比企谷君』
『よろしくね!比企谷君』
「比企谷……君……?……………!?ごぼぁっ!?」
と、そこで私は目を覚ました。あっぶね……危うく自宅のお風呂で溺死だったよ……
「思い……出した……」
なんてネタを挟んでる場合じゃなくてホントに思い出した……!
なんで今まで忘れてたんだろ?てかなんで思い出すのが今なの?
そう。私がこうなったきっかけの男の子の名前は比企谷君。名前だけじゃない。今までずっと霞んでハッキリ思い出せなかったあの辛そうな苦笑いをしてる時の顔も全部思い出した。
なんか根暗そうで、たまにラノベ読んで一人でニヤニヤしてたりして、キモがられてクラスで浮いてた男の子。
そして……
「まさかあのリア王が……」
でも本当に?本当にそうなの?だって、私の思い出の中の比企谷君と今日のアイツとじゃ、決定的に違う所があるじゃん……
さっき見た夢の中の比企谷君は、あんな風に目が腐って無かった……そこばっかりが余りにも印象的過ぎて、あんなに近くで喋ったのに気が付かなかったまである。
「そうだっ!なんでこんなこと気付かなかったよ私っ」
私はとっととお風呂から上がり、パジャマに着替えると髪も乾かさずに部屋へと掛け戻る。
まるで強盗にでも入られたかのように部屋中に荷物を撒き散らせながら、押し入れの一番奥から一冊の本を取り出した。
これを目にしたのなんて中学卒業以来だ。本当は棄てるつもりだったけど、余りにも目立つこんな物を棄てたのが親にバレたら余計な心配させちゃうから棄てるに棄てられなかった一冊の卒業アルバム。
アイツが三年になってから何組に入ったかなんて知らないから、一クラス一クラス丁寧に見ていく。
ページを捲れば捲るほど、勝手に消えてくれていたくだらない思い出や人間関係がよみがえっていくのを苦痛に感じながら……
「あった……やっぱりさっきの、比企谷君だったんだ……でも」
ようやく発見したそいつの目は、さっき見たアイツの目よりもさらに腐っていた。
※※※※※
私はいつも教室に居る時は、授業中以外は大抵イヤホンを耳に差し込んで、音楽を聞きながら漫画やラノベを読んだりゲームをしたりと、外界からの音をシャットアウトしている。
まぁぼっちの中にはイヤホン差し込んで音楽を聞いてるフリをしながらこっそりと人間観察を楽しむ輩も居るらしいが、別にクラスの人間に一切興味の無い私は前者タイプのぼっちなのである。
単純に興味が無く、クラスメイトの騒音が煩わしいから……ってだけの理由でも無いんだけどね。
私は中学の時の人間関係を断ち切りたくて、お世辞にも勉強が得意そうじゃ無かった元友人達が来られないような学校として高いレベルの進学校を選んだ。
残念ながら総武高校には落ちちゃったけど、滑り止めの進学校である海浜総合には合格したからまぁ御の字だと思っていた。
……よりにもよって、同じ学校になんて進学したく無いベスト3の一角でもある彼女が海浜に通うのだという事を知るまでは。
そしてさらによりにもよって、二年になったその日から、その彼女とはクラスメイトになってしまったというオマケ付き。
まぁ中学時代は同じクラスになったことも無く、同じトップカースト繋がりでほんの少し交流があった程度の仲ではあったのだが、私が嫌だったのは彼女本人と言うよりは彼女が一緒に運んできてしまうトラウマが嫌だった。
まぁそんなワケで同じクラスになっちゃった以上、どうしたって彼女の声は嫌でも耳に入ってくる。しかもその娘はこれまた声が無駄にデカイ。
我がクラスの中心人物たる彼女の、青春を謳歌してますって明るく楽しげでデカイ声を聞きたくなくて、常にイヤホンで私と外界とを遮断してるフシさえあるね。
しかしなんてこった……昨夜の出来事が衝撃的すぎて、充電忘れのスマホは電池切れ。携帯ゲーム機は主が外出中の我が城を警護中。(厨二的な表現を抜かすと、つまり部屋に忘れちゃった♪)
致し方なく、本日は誠に遺憾ながらクラスメイト達が騒がしく喚く声をBGMにラノベを読まざるをえなかったのでした……
しかしいかんせんいくら読んでも全く頭に入ってこない。
頭にあるのは比企谷君の事ばかり……なにこれ恋でもしちゃってんの?
……昨夜見た卒業アルバム。クラスの全体写真に写る比企谷君は、昨日会った腐り目のリア王どころじゃないくらいに目が腐ってた。
でも、ページを捲っていくと、偶然写りこんでいた一年生の頃の林間学校の彼はまだ目が澄んでいたのだ。
そして二年生の修学旅行。その写真には目が腐り始めた比企谷君が写りこんでいた。
三年生の時に写りこんでいた体育祭の写真では完全に目が腐ってた。昨日会った彼の目が澄んで見えるくらいに。
だから私は昨日まったく気付けなかったんだ。私が彼の顔をしっかり見た記憶があるのは、あの告白モドキ事件までなんだから。あの頃の彼は、まだギリギリ目が澄んでたんだね。
それから私が意識的に彼に目を向けなくなっていった間に、徐々に腐っていったんだろう。中学生活に悲観して。そしてその一因の大きな所を私も占めてるんだろう。
でも、だとしたら昨日会った比企谷君は、中学卒業の際の腐り切ってしまった心から少しずつ解放されてきてるんだろう。
それはあの三人の美少女に寄るものなのかなぁ……だとしたら、良かったね!って思う気持ちと同時に、少しだけ胸がぎゅっとなる。
…………ハッ!?って私なに比企谷君の事ばっか考えてんの!?本に集中しようぜっ!
これはきっと普段なら聞こえないクラスの連中の喧騒のせいだ。だから嫌なのよっ……
「マジウケんだけどー」
ほらアイツだよアイツ!彼女の明るく楽しげでデカイ声のおかげで本に集中出来ないで、比企谷君の事ばっか考えちゃうんだ。あの声聞いてたら、私のトラウマ抉りまくりだっつうの!
しかしそんな時だった。
その私のトラウマを抉りまくる聞きたくない声から信じられない一言を聞いたのは。
「ホントにマジウケんだよねー比企谷って!あいつマジで面白いんだってっ」
「かおりー……もうその話何回すれば気が済むのー……?」
なんで?なんで折本さんが今さら比企谷君の話なんてしてんの……?
つづく
多くの読者さまにご覧頂きとても有り難いです。
四話以降は不定期になるかとは思いますが、今後もがんばります。