私のまちがってしまった青春ラブコメはもう取り戻せないのだろうか 作:ぶーちゃん☆
今回で10話になりました。
元々10話くらいで終ると思ってたので、意外と長くなってしまいました。
あまりの事態に頭が真っ白に。
私、あなたが学校から出てくるのを、珍獣を見るような視線とか、予定外の変テコな嵐に巻き込まれながらも、なんとか耐えぬいて待ってたんだよ!?
そんな哀れに頑張った私の前をスィ〜ッと通りすぎちゃうの!?この人でなしっ!
私は……力なくその場に崩れ落ち……
てる場合ではなーいっ!
もうここまで恥を晒して来たんなら、今更あと一つ二つ恥が増えた所でどうということはないっ!
まだ帰宅中の総武生が周りにたくさん居る事など一切構わずに、私はヤツの背中に大声を投げつけるッ。
「ちょっ!ちょっと待ってぇぇ〜?」
すると、私からは比企谷君の後ろ姿しか見えないけど、確かにピクリとその声に反応したのが伺えた。よーしっ!と思った…………がっ!!
なんとヤツはそのまま振り向きもせずに行ってしまいやがった。
いやいやいやっ……今あんた反応したよね!?一応振り向くだけ振り向けよ!?
やだなにこの公衆の面前での恥曝しっぷり。
急に大声で叫んだ上に、誰も止まってくれずに一人ポツンと佇む女がそこに居た。もう死にたい。
しかし今日ばかりはこのまま死を覚悟している場合ではないのだ。だってこれだけ注目されてこれだけ恥かいて、もうここに来るなんて無理だもん、絶対。
ふふふ……逃がしはしないぜ比企谷君。なぜなら私もチャリなのだからっ!
私は横に停めておいた愛機に通常の三倍早い速度で跨り、ヤツの背をロックオンする。
三倍のスピード出すんじゃなくて、三倍のスピードで跨んのかよ。
「美耶、行っきまーす」
誰にも聞こえないくらいの小声でボソリと呟き、なんか一人ニヤニヤしてる私ってちょっとヤバい人ですよね!
そして……ここから私と比企谷君の長い長い追跡劇が始まるのだった…………
のかと思ったら、比企谷君は学校から一つ目の信号に捕まって停車してました。
赤い彗星の情熱を返して!連邦の白いヤツも混ざってたけどねっ。
※※※※※
さてと、予想に反してあっさり捕まえられたけど、いざこうやって話し掛けるとなると超緊張してきた。てか、私は大丈夫なんだろうか……?
先ほど判明したばっかの真実だけど、私は自分には関わりの無いリア充にはかなり強いらしい。例え相手が近所のアイドル(腐)であろうとビッチ生徒会長であろうと。
それはつい先日、リア王と思われた比企谷君相手でも普通に猫っかぶりが出来た事からも判明している。
でも…………今はどうなんだろう。私はあの時と違ってあのリア王を比企谷君と認識してしまっている。
しかも……曲がりなりにも私はそんな比企谷君の事を……その……か、格好良いとか会ってみたいとかって思ってしまった事がほんの一瞬とはいえあるのだ。そう、ほんの一瞬だけ。ええ、一瞬ですよ一瞬。
そんな私が、比企谷君に対して普通に話し掛けられるんでしょうかね。
つい先日、折本さんに話し掛けた際の噛みっぷりと、折本&仲町リア充ガールズへの卑屈な対応を思い出してみた。ゼロタイムで死にたくなりました。
どどどどうしましょ!私、すっかり油断してました。こないだ比企谷君と普通に話せたから。
よくよく考えたら全っ然状況がちっがうじゃないのよぉうっ!
いやいやいや無理無理無理ぃっ!
あんな醜態、リア充時代を知ってる人に、しかも比企谷君になんか見せられるワケ無いじゃないですかぁ!
ここにきてのまさかの失速っぷりが酷い。でも、早くしないと信号変わっちゃう。
くっ……ここでこのチャンスを逃してしまえば一生モヤモヤしっぱなしなんだよ?美耶!
女は度胸だ女は愛嬌だ!えーい、ままよ!
私はいつでも自害出来るように、清水の舞台上で喉元に懐刀を当てる程の覚悟で、ついについに比企谷君に声を掛けてみた。それにしてもちょっと覚悟が重すぎではないでしょうかね。
「あっ!あのぉ〜〜〜っ……!」
綺麗に裏返った声は、冬の澄み渡った空気に静かに溶け込んでいった。
なんなら私も空気に溶け込んで無くなってしまいたかったです。
※※※※※
突然後ろからひっくり返った声を掛けられた比企谷君は、あからさまにビクゥッとしてキョドりながら振り向くと、私の顔を確認してそれはもう嫌そうな顔をした。
えっと……さすがの私でも傷ついちゃう事もあるのよ?
「……なんか用?」
うおぉ……なんて拒絶的な返事だよ。いやまぁ比企谷君からしたら私なんてこういう態度とられて当然っちゃ当然なんだけども、第一声がソレってあまりにも酷くないですかね。ちょっとカチンと来てしまいましたよ?
「てゆーか、さっき大声で引き止めた時、明らかに聞こえてましたよね?
なんで振り向きもせずに無視して行っちゃうかな〜……」
「あ、別の人かと思ったんで……」
なにこれデジャヴ?
そういやチカン騒ぎの時もこんなんだったわこの人。
初めっからチャリの進行方向を塞いで轢かれるくらいの覚悟で臨まなきゃダメだったな。いや轢かれちゃうのかよ。
「ま、まぁそれは良しとしておきましょう……
そんな事より、今日は用事があって会いに来ました」
「……はぁ」
「……や、やっぱり、あんな風に助けて貰っといて、なんのお礼もしないなんて私の沽券に関わるワケなんですよ、ええ」
不満げに目を瞑り、右手の人差し指をピンと張って左手を腰に充てて、恩着せがまし説明会を執り行う。恩があるのは私の方なんですけどね?
でも、なんだろう?思ってたのとちょっと違う気がするぞ?なんか、結構普通に話せてる気がするな。出だしでカチンと来たのが功を奏したのかな。
「は?あの時ちゃんとありがとうございましたって言われたよね?」
「あ、あんなのはお礼とは言えません!お礼とは、もっとこう誠心誠意を込めて贈るものです」
「……いや、だから前にも言ったよね。別にお前の為にしたワケでもなんでもないから。
単に早く帰りたかったから、大事になる前にやっただけだって。だからお前に誠心誠意お礼をされるいわれはねぇんだよ。
まぁそういうこったから、俺はもう行くわ」
押し問答の末、比企谷君はそのまま自転車を漕ぎだそうとする。せっかく普通に話せたのに、これで終わりなんて嫌だ。
だから、そんな彼を止める手段はもうこの方法しかないだろう。
「待ってよ……話、聞いてよ…………比企谷君……」
すると漕ぎだそうとする足を止めてもう一度私に振り返る。
「……んだよ……俺のこと覚えてたのかよ、二宮」
振り返り私を見つめたその目は、卒業アルバムに載っていたソレと同じように……ゆっくりと深く仄暗く淀んでいった……
※※※※※
私達は、地元のカフェでお茶をしている。せめてお茶くらい奢らせてよと懇願したところ、黙ってついてきてくれたのだ。
ここまで辿り着く道すがら、どちらもお互いに黙って、自転車にも乗らずただ押しながらゆっくりとゆっくりと歩いてきた。
先ほどまでの変なテンションなどどこへやら、今は重く息苦しい空気の中、緊張でまったく味の感じないコーヒーをただ啜っている。
そんな重苦しさに耐えかねた私は、とりあえずちゃんとお礼だけは言わなきゃと、言葉が詰まらないようにゆっくりと話始める。
「今日はいきなり押し掛けちゃってゴメン……やっぱり、どうしてもちゃんとお礼言いたかったからさ……
比企谷君はお礼を言われる筋合いなんか無いって言うけど、あの時助けて貰えなかったら、私、あのままどうなっちゃってたか分からないからさ、だから……本当にありがとう……」
「…………おう」
返事はたったの二文字だったけど、今度こそはチカンの件に対してだけはきちんとお礼を受け取って貰えたみたいだ。
すると比企谷君は、遠慮がちに私に問い掛けてきた。
「……なに?今日の用件はそれだけなのか?……つうか二宮は、あの時、俺だって気付いてたのか?」
「……ごめん。あの時は気付かなかったんだ。てか比企谷君の事……忘れてた」
「だよな。まぁ忘れられてる事なんて慣れてるから気にすんな。
むしろよく思い出したなと感心するくらいだ」
「……まぁ、うちらには忘れたくても忘れられない出来事もあったワケじゃん?」
「……それ言っちゃうの?……まぁ、その、なんだ……
キモくて記憶から消したいくらいの事だもんな」
「あ……そ、そういうんじゃ無いんだ。別に比企谷君だから忘れてたって事じゃないんだよ……
実はつい最近まで……いや、ぶっちゃけちゃうと、比企谷君のこと思い出すまで、中学の思い出自体を忘れてたんだよね。いや、消してた……?っていうのかな」
「……は?なんか……あったのか?」
「……実は私さ……今、ぼっちなんだよね」
私の突然のカミングアウトに、比企谷君は驚いた表情で見つめてきた。そりゃ驚くよね。私だって驚いてんだから。
私自身、なんのためにここまでして比企谷君に会いに来たのかイマイチ良く分かってないけど、まさか自分でも急にこんな話をしちゃうとか思わなかったから。
むしろこんな話はしたくないハズなんだけどなぁ……リア充だった頃を知ってる人に、現在ぼっちだよってカミングアウトをするのって、普通よりもずっと惨めで恥ずかしいし、しかもそれがちょっといいな……とか思ってる人なら尚更に決まってる。
でも、それでも敢えてこんなにも早くコレを口にしちゃったのは、やっぱり私は心の奥底で、比企谷君にちゃんとアレを打ち明けたかったからここまで来ちゃったんだろうなって思う。
「は?あの二宮が?なんで?……だってお前ってリア充代表みたいなヤツだったじゃねぇかよ」
「えっとね……それよりも、まずはどうしても言わなきゃなんない事があるんだ……」
やっぱ、まずはコレ言わなきゃ何にも始まんないよね。だから私はおもむろに頭を下げた。
「比企谷君、今更だけど、中学の時は本当にごめんなさい」
「…………は?なんでいきなり謝られなきゃなんねぇの?」
「……比企谷君からの告白擬い事件の事、私、人に喋っちゃったから……」
突然のぼっちカミングアウトからのさらに突然の謝罪に、比企谷君はワケ分からんとあたふたしてるけど、私は気にせずにあの日あった事を、そして翌日から起こった思いもしなかった事態を説明した。
「謝ってんのに、こんな風に言い訳がましくてゴメンね……?
確かにクラス中に言い触らしたのは私じゃないんだけど、でも、まずは私がネタ的に人に話しちゃったのが全ての原因だから……
そしてクラス中から比企谷君が笑われてるのを見ても、それを止めなかったのも、やっぱり私の責任だから……」
すると比企谷君は頭をがしがしと掻きながらも私に言葉を掛けてくれた。
「マジで今更だな。別にもうそんなこと気にしてねぇから気にすんな。
それに、そんなん普通じゃね?ああいう事あったら、周りの人間に話しちまうのなんて当たり前だろ。
それで俺が笑い者になったって、それは俺があのクラスでそういうポジションだったってだけの話だ。だったら笑い者になった原因は俺にあるだろ?
てかあのリア充な二宮がそんな事を気に病んでたって事の方がよっぽどビックリだわ」
うー……なんだよー……この大人な比企谷君はさー……ずっと思い悩んでた事をようやく謝れたのに、こんなにもあっさり返されちゃうなんてさぁ……
なーんか謝るんじゃなかったなぁ……なんて、下げてた頭を上げてみると、そこにあった比企谷君の目は随分と腐りが取れていた。
さっき私が声を掛けた時は卒業アルバムに写っていた時と同じ腐りきった目を向けてきたけど、いま私に向けられている目は元の目に戻っていた。どっちにしてもまだまだ腐ってはいるんだけどね。でも、腐った中にも、なんていうか暖かさが感じられるような、そんな目をしていた。
そんな目を私に向けてくれたから、私は心から思った。
「いやいや、その最後の一言は余計じゃない?
私のこと、どんだけデリカシーの無い女だと思ってたのよっ」
「へっ。リア充様ってのはそういう生き物だろ?」
なーにが!自分が一番リア充なくせしてさっ!
…………うん。ちゃんと謝る事が出来て、本当に良かったなっ……
※※※※※
軽口を言い合えるようになって、ようやくこの場に穏やかな空気が流れだした。
緊張で喉が渇いてたようで、もう冷めてしまったコーヒーに口を付けると、さっきまで味なんか全然感じなかったこのコーヒーがこんなにも美味しかったのかという事に驚いた。
チラリと視線を向けると、比企谷君も口を付けたコーヒーの味に驚いていたみたい。
ふふっ、私と一緒で比企谷君も緊張が取れたんだーって思うと、自然と笑みがこぼれてしまう。
んー。それにしても……今更ながらなーんでこんなにも普通に喋れるんだろ?
私にとってみたら、折本さん達よりもさらに難易度が高いはずの相手なのに、なんだかとっても話しやすい。
どれくらいぶりだろ?家族以外か完全無関係な人間以外と、こんなに自然な自分で話せるなんて。
もちろん今だに緊張もしてるしドキドキもするんだけど、なんか嫌な緊張じゃないんだよね。どっちかというと心地いいまである。
しばらくそんな心地よさの中で二人して無言でコーヒーを啜っていると、「あっ……」っと不意に比企谷君が口を開いた。
「そういや、いきなりの謝罪に驚いてすっかり忘れてたが、なんかお前、ぼっち発言してなかったっけ」
「あ」
一大イベントを無事クリア出来て、私もそんな事すっかり忘れてたよ。
「なんつうか、やっぱあの二宮がぼっちとか全然想像できないんだが。
そういや昔と全然キャラも違っちまってるし、それも関係あったりすんの?」
「え……?キ、キャラ……?」
「昔はもっと、みんなに愛される私ー!ってキャラ作ってたろ?
まぁもっともこないだ会った時はそのキャラのままだったが」
「……え?なに?……アレがキャラ設定だって気付いてたの……?」
「気付いてたっつうか、アレのおかげで勉強になったみたいな?
おかげで毎日のあざとい攻撃に騙されずに済んでるな」
「あ、あはははは……お役に立てているようでなによりですー……」
心当たりがありすぎて思わず棒読みで返してしまった。あざとい攻撃……いろはすちゃんの事ね……
てか可愛い私キャラを言い当てられてディスられるとか、それなんて拷問?
「それにそのぼっち発言と、さっきの突然の謝罪も全然繋がんねぇし」
うん。まぁここまで話したんならもういっか。
そもそもいきなり謝罪したのは、この話に繋げるためのものだったワケだしね。
「んー。それはね?私がぼっちになったのは、さっき話したあの事件と関わりがあるからなんだよね」
「…………」
「私さ、あれ以来、ちょっと人間不信気味になっちゃったんだよね」
「……は?いやいや、俺に告……その、なんだ、あんなこと言われたのが、人間不信になるほどキモかったって事なんですかね……?」
愕然となった比企谷君の目がまたドヨっとし始めたから慌てて否定した。
「ち、違う違うっ!そっちじゃなくってぇ……
んー……勝手に言い触らされていつまでもネタにされたってトコ……私のことも……比企谷君のことも……」
「…………」
「ああ……人って一度面白いと思ったら、それによって傷つく相手の気持ちなんてどうでもいいんだなぁ……ってさ」
「…………そうか」
まぁこうやって比企谷君と話してみたり折本さん達と話してみたり、比企谷ハーレムの娘やイケメン(腐)と話してみたら、みんながみんなそういうのばっかじゃ無いんだなぁって、最近になってようやく分かってきたけどね。
だから、この気持ちも正直に言おうと思う。
「でもさ……」
「あれー!もしかして美耶ちゃん!?うわー!ウケる!やっぱ美耶ちゃんじゃーん!」
「えー?マジでー!?」
「うわヤバいホントだー!超懐かしくねー?」
突然飛び込んできたその不快な声に、私は全身が総毛立った。
たぶんほんの数週間前だったら、こんな声は記憶になかったんだろう。
でも今の私は、無理やり消していた古い記憶を引っ張りだしてしまっていたのだ。比企谷君の事を思い出す為に、封印していた卒業アルバムを引っ張りだしてしまったのだ。
嫌なオーラをビシバシ感じるそちらに視線を向けると、そこには、もう本名なんかは覚えてないけど、間違いなく私が中学時代に仲良くしていたクラスメイトのしーちゃん達が、私と比企谷君を交互に見ながら下卑た笑いを浮かべていた。
つづく
ありがとうございました。
多くのご閲覧やお気に入り、感想を頂き本当にありがとうございます!
とても力になります。