パンドラ日記   作:こりど

3 / 14
9/30 改稿


3話―蒼の薔薇・中編

―王都・リ・エスティーゼ

 

 

 

 

 石畳に翻る赤いマントの影、漆黒の巨体に、何だ?と周囲から人の目が自然に集まる。

 

 パンドラは転移した建物から表に出た、ここは元は八本指の支部の一つだが、現在はデミウルゴスの支配下にある。通りは流石に一国の首都であるだけにあんな事件があった後でもそれなりに人通りは多い。先日の魔王ヤルダバオト襲撃により街のかなりの区画は焼け落ちたままだが、家屋の大規模な破壊は建て直しの需要を生み出し、忙しく行き来する荷車、角材を担ぐ日雇いの男たち、帳簿と物品を確認する材木商らなど朝の光の中にもそれなりの活気は感じられる。

 

 なるべくキョロキョロしないよう注意しながら、モモン(パンドラ)は無言でずんずんと人通り雑踏の中を歩みを進めた。

 

 モモン(パンドラ)の進行方向に自然に視界がゆっくりと開けていく。このところ急激に高まり始めた知名度もさることながら、その身体は見上げるような巨体の偉丈夫である。ちらちらと横目に伺う人波がそれとなくモーゼが海を進むがごとく大きく分かれていく。会合場所の宿屋はもう少し先だったはずだったはず、時間はある。ふとモモン(パンドラ)は立ち止まり考えた。

 

(思うに…女性を先に待たせておいて手ぶらで現れる英雄と言うのも少し……モモン様=至高の御方であるアインズ様がケチ臭い男などと思われても問題がありますね……)

 

 ヘルムの下のハニワ頭は見かけによらずナザリックにおいては、デミウルゴスにも匹敵する頭脳と言われている、が素早く思考する。英雄にふさわしい行動……女性、プレゼント、花束。

(フム、これですね……)

  アインズが居たら、「えっ?」と言いそうになるような結論にたどり着いたパンドラはさっと周りを見渡し、道の脇で談笑しているそこそこ育ちの良さそうな若奥様グループに目をつけ歩み寄った。

 

「そこなご婦人!」

「えっ……は、はい?」

 いきなり大きな声をかけられた女性ははじかれたようにモモンを振り返った。漆黒の戦士からのオーバーアクションに道行く人も「なんだ?」と振り返る。指名された彼女は背後に隠れるように逃げる仲間から押し出されるように彼と相対する事になった。

 

「あ、あの何か?……」

 

見上げるような巨躯の影に入り若干の恐怖と共に尋ねる。

 

「少しお尋ねしますが、花屋はどちらですかな?」

「は、花屋でございますか?」

 

 予想外の質問に虚を突かれた女性は、我に帰ると思案して薄情な仲間に視線を送った。少し失礼と、にこやかにお辞儀すると、やおら後ろを振きヒソヒソと相談を始めた。

 

 やがておずおずと街の一角の彼方を指差した、パンドラは遠くに目を向ける、確かに表にそれらしいものを並べた店が人波の中微かに見えるのを確認した。満足そうにうんうんと頷き振り返ったモモンは「感謝するご婦人方」とマントを持ち腰を折った。

 

 あっけに取られる婦人の前におじぎをしたモモン(パンドラ)は役者のようにマントを翻し「では」とずんずん遠ざかって行った。その背を見送る事しばし女性達は、わっと、突如井戸端会議に投入された新鮮なゴシップネタをを討議する。

 

「あ……あれって今噂の漆黒の英雄殿よね?」

「花屋……花屋って言う事はどなたかに花を贈られるって事よ」

「……そうなるわね、あんな有名な人にあそこで良かったのかな?」

「ううん……結構身分の高い方もこられるから多分大丈夫でしょ」

「あーん、意外と優しそうだった」

「…冒険者なんて乱暴そうな人ばっかりだと思ったけど、結構素敵ねあんな勇者なのに優雅な仕草だわ」

 

 うっとりとした視線まで送る婦人まで居る。さてこの世界では人類は強力な生物、例えばビーストマンやリザードマン果ては竜などにくらべてずっと弱い種族である。それがため強いという事、強そうな男はそれだけでモテるのだった。

 だが普段の英雄モモンはどちらかと言えば寡黙、それだけならまだ言い寄る女性は多かっただろう、だが漆黒というチームはモモンのすぐ近くに常に『美姫』と呼ばれる魔法詠唱者(マジックキャスター)が鋭く刺々しい視線を周囲に放っていることもあり二人は余人が一種の近寄り難い雰囲気を醸し出していたのだ。

 もちろんそれでも、男はむしろそれがいい、とナーベの美貌に引かれる男性は寄って来るし…そういった色恋とは無縁の縁起担ぎや子供の願掛けの親子程度なら寄っては来ていたのだが……やはり特に若い女性からはモモンと言う存在はナーベのその美しさも相まって遠い、近寄り難い存在だったのも確かである。

 

 降って湧いた英雄との意外な遭遇にきゃあきゃあと黄色い声が囀り、怪訝そうに首だけ後ろを見たパンドラは、気を取り直すと先を急いだ。

 

 

 

 

 

 

「はい、いらっしゃいま……せぇええ!?」

 

カランコロンと軽やかな来客を告げる鐘の音に店番の少女は笑顔で振り返り、水差しをした笑顔のまま固まった。

 

「邪魔をする、花を所望したい!」

「はは、はい……」

 

 彼女が悲鳴を出したのも仕方ない事と言える、グレートソードを2本担いだ漆黒の全身鎧(フルプレート)の戦士と言うのは普通花屋には来ない。普段はご婦人か、貴族の小間使い、あとはせいせい線の細い身なりのいい若貴族しか現れない空間にそれは異様過ぎると言える。

 

 色とりどりの花の中を物鑑めするように、のしのし歩く姿は畏怖を通りこしていっそシュールですらあるが、圧倒されている彼女にとってはそんな思考的余裕は沸く余裕は無い、水差しを落とさずに一応の笑顔を向けられただけでも彼女の職業的(プロ)精神を褒めるべきであろう。

 

 店員の少女ははたとその黒い鎧姿を思い出した、彼女が見たのは絵姿だったが。

 

(えっ!?この人って確か)

 

 王都を襲撃したと言う恐ろしい魔王をただ一振りで打ち倒したと言う、あの新しい王国の英雄ではないか?ゴクリと唾を飲み込んだ。

 

「ししし、失礼ですが、も…もしや……漆黒の英雄、モモン様でございますか?」

「ん?うむ、そう!私が漆黒の英雄モモン、その人である」

 

 モモン(パンドラ)はふっと誇らしげに鎧の胸を親指でドンと指した、原住民とは言え自分(パンドラ)の創造主たる主人の名を称えられるのは彼とて誇らしい。一瞬空気が膨らんだかのような迫力、まさかの事態に、少女から再度小さい悲鳴が上がった。

 

 

 モモンから妙齢の女性の集まりに参加するので、それにピッタリな花を見繕って欲しい。などと言う曖昧な注文を受け取った少女は彼女の花屋としての知識と今まで生きてきた常識を総動員して必死に考えていた。

 

(……モ、モモン様ほどの方が参加される女性の集まりと言う事はつまり貴族の集まり? ううん、話にしか聞いた事無いけどお城の舞踏会とか言うものかしら……? ええと、となると、相手の女性方は、うわっ……相当身分の高い女性…もしかしてかなり身分高い姫様とか?そんな相手に渡す花となると)

 熱を上げそうな頭で、お店の品揃えを脳裏の帳簿と確認する。そしてさりげなく、かつ恐る恐る相手の女性達の身分は相当お高いのでしょうか?と尋ねた。しばし思案した漆黒の英雄は教えられた情報、ラキュースの身分の事を思い出し、果たして彼女の恐れている通りの返答が返ってきた。

「ええ、確かにこの国でも指折りの高貴な方ですね」

 

 

「そ、それではこちらの料金になります」

 

 彼女としてはドキドキしながらかなりの額を提示したのだが、あっさりと出てきた金貨に息を呑む。庶民から見れば法外とも言える金額である。しかしながら流石は王都に3組しか無いアダマンタイト級冒険者チームのモモンと言うべきか、まったく気にかける様子も無い。この方ほどにもなれば例え冒険者などと言う身分であろうと大した金額ではないのだろう。贈られる方はどんな方だろうと思わず彼女の瞳は尊敬とも羨望ともつかぬ眼差しになってしまう。

 

 パンドラはと言うとそんな彼女の様子に気がつく事も無かった。元より宝物殿でナザリックの美しい金貨の山の中でその時間のほとんどを過ごしてきた為、現地金貨は価値を頭で理解できても美術的にも彼には興味は薄い。

 だが用意された成人男性でも一抱えもありそうな大きな花束は、至高の美術品に囲まれ、選美眼にはいささか自信のあるパンドラの目から見ても十分に立派で豪華に見えた、ゆえに恐らくは値段相応なのだろうと納得したのだった。

 

 満足したパンドラが礼を言い、店を出ようとすると、ちょうど奥から出てきた主人が上客と見たのか、催しものなら、お菓子もご一緒に持参されてはどうでしょうか?と提案してきた。少し考えこんだパンドラであったが頷いた、女性なら甘いものが嫌という事もないだろう、どうせついでなのだプレゼントが多くて困ると言う事も無いだろう。

 

「よろしい、ではすまないが、少々この当りの地理に疎くてね、案内してもらえると助かるのだが?」

 

店員の少女が旦那様に目をやると、主人は大きく頷いて了承の合図を送った。重圧から開放されたためか、少女も元気よく返事をした。

 

「ハ、ハイ、すぐそこですのでついて来て下さい」

 

 いつの間にか店の外には漆黒の英雄を見つけた野次馬達が店を覗きこんでおり、出てきた漆黒の戦士を指差したりしていた。ちょっと誇らしげに近所のお店に案内する少女の後を皆でゾロゾロ付いていくのであった。

 

 

 

 

 

 

 

蒼の薔薇―2

 

 

 

「んん?何だ?表が騒がしいな」

 

 待ち時間を持て余して、宿の庭に出てガガーランは刺突戦槌(ウォーピック)を振る手を止め汗を拭いた。庭先からひょいと顔を通りに出したガガーランはギョッとした。

 彼女よりもでかい全身鎧(フルプレート)の戦士が巨体に負けないぐらいでかい花束を片手に包みを小脇に抱え、こちらに向かって来ており、後ろには大名行列よろしく野次馬の行列が続いていた。

 

「たのもう!」

 

 

 

 

 

 

宿屋内―、一階酒場

 

 

「何と言う事、これは意外な展開……」

「……おいおい、マジなのか…?俺ぁあれはてっきりイビルアイの勘違いってか、妄想だと思っていたんだが?」

そう言いながら美味ぇなコレと菓子を摘み口に放り込む。

「事実は小話よりキテレツなりと言う……しかも私は噂には竜王国にもアダマンタイト級のロリコンが居ると聞いた……なのであるいわ」

忍者少女二人もいやに神妙な顔つきだ。

 

「んんっ!ごほんごほん!」

 

 ラキュースがいかがわしい目つきでひそひそ話す仲間を咳払いで急いで黙らせる。

 

 イビルアイはと言うと先刻から結婚式ででも飾られていそうな、見るからに高級そうな色とりどりの巨大な花束を抱えたまま黙りこくっている。

 落ち着いているわけではない。それに抱きついた姿はあたかも話に聞く南方に生息すると言うコルア(コアラ)のようだ。頭からは湯気を上げ見事に固まっている(フリーズしている)

 仮面の下は表情は伺い知れないが、時折『も、もしかして告白』とか『ま、まだ心の準備』とか言う単語(フレーズ)がぶつぶつと聞こえてくるので、おそらくはお察しの状態だ。

 

 漆黒の戦士は先程、いやに芝居がかった感じで名乗りを上げ登場すると、おもむろに床に膝をつき手前に居たイビルアイに持ってきた花束を遅れて申し訳ないと手渡していた。

(実際は遅れてはいなかったが)

 そしてそのままの格好でチーム漆黒のモモンですとと挨拶して、心中格好いいと思ったイビルアイ・ラキュースの二人を除いたメンバー全員を唖然とさせていた。なおパンドラがイビルアイに花束を渡したのは、たまたま手前に居たからであり、まったくの偶然である。

 現在席についたテーブルの配置はモモンから時計周りに、イビルアイ、ガガーラン、ラキュース、ティア、ティナという形。

 

「え、えーと…」強引に気を取り直したラキュースは挨拶を始めた。

 

「ど、どうもモモン様…いつぞや以来、お久しぶりです、改めまして蒼の薔薇のリーダーを務めさせていただいております、ラキュースと申します…こちらは、先の戦いでご存知ですね、私達のチームの参謀でうちでは一番の実力者イビルアイ…ほ、ほら……イビルアイ!」

 

「ああ、あああ。モ、モモン様、おお、お久しぶりです!こんな素敵な花を贈って頂いておいて、どうしよう今私何もお返しが……」

 

 顔を真っ赤にして言っているとラキュースに脇を突かれた。

(仕事、先に仕事の話でしょ)

 

「そ、そうだ。あ、ああ!あのっ!この間の事件では色々と時間もありませんでしたが一日もモモン様の事を考えなかった事は……う、うわぁ!」

 

 ガガーランが耐え切れず噴出して爆笑する。ラキュースは笑顔を氷つかせたまま一筋汗を流した、ダメだこりゃと双子は肩を竦めている。

 

 イビルアイの「ちち、違うんです!今のはそういう意味では」

 

と言う叫びを聞きながらラキュースは内心頭を抱えながら残りのメンバーを紹介して行った。

 

 

 

 

 

 

 

「さて用件も済みましたし、お誘いはありがたいのですが……」

 

帰らせて頂きます、と立ち上がりあっさり言うモモン。

 

 パンドラはモモンは人前ではほとんど食事は取らない、と言う設定をアインズから与えられていた。食事しながら上手い流れにもって行こうと思っていた青の薔薇メンバーは(一名を除く)予想して無かったこの展開に大いに慌て、急遽計画を前倒しす必要性を認識して目配せし合った(アイコンタクト)

 

 ラキュースは慌てて言った。

 

「ま、待って下さいモモンさん、そ、その、そう!モモン様は王都の中は未だよくご存知ない様子……どうでしょう? 今日のところは観光がてら…とは申しませんが…その、少し都を案内など?ええと王都の地理や防衛体制を見て歩くのは、けして今後のモモン様の冒険者としての活動に邪魔にはならないと思います」

 

「む」と帰りかけた足を止め考えるパンドラ。立ち上がったラキュースがその手を取って必死で促すので席に座り直した。

 確かにナザリックで待つ主の為にも王国首都の情報はいくらあっても足りないはず。自分もあまり外出の許可は降りない身だ、いつまた役を仰せつかるか解らない。だが、しかしこれは道草に当るのだろうか?

 思案する姿にガガーランも援護に声を上げる。

 

「お、おう!そりゃいいアイデアだ流石リーダー、おーっと……だがよぉ、残念ながら俺はこれから先約があってよ…童…知り合いの若い戦士に訓練頼まれてんだよなー、悪ぃが今回はお前らに頼むわ」

 

 勢いをつけガタンと立ち上がり、ダンナもそんな感じでよ、とモモンの肩をポンと叩く。

 

「……まったくの偶然だが我々も注文していたクナイの受け取りに鍛冶屋行かなくてはならない。そろそろ約束の時間、真に申し訳ないが我らもここで失礼させてもらう」

 

双子のような忍者が揃って頭を下げガタガタと席を立った。

 

「あっ! ああ! す、すいませんモモン様、そう言えば、……言い出した私が案内するのが本来筋なのですが、ラナー様へのこの件の報告をする事を…うっかり忘れていました、申し訳ありません、私もいそぎ登城しなくては……」

 

 目を泳がせ、そう言うとラキュースは、「ここにうちのチームの頭脳を半日付けますので後は何でもコレに言いつけて下さい」と言い放つ。

「え、おい?」と状況が掴めないイビルアイをモモンに押し出した。そしてメンバーは流れるように退出して行った。

 

 

 

 青の薔薇の面々が嵐のように慌しく立ち去り、人気の少ないだだっ広い高級宿屋の一角にはぽつんと座る漆黒の英雄モモンとイビルアイが残るのみ。

 

「むぅ…それでは申し訳ないが……案内よろしくお願いする事にしよう。イビルアイ……確か呼び捨てで良かったな?」

「はっ…はひ!ふつつか者ですがよろしくお願いします!」

 

 それは何やら違う気もしますが、とパンドラは慎ましく心の中で突っ込みを入れたが、表面上はわあわあと喚く仮面の少女にお手をどうぞFräulein(お嬢さん)と手を差し出したのだった。

 

 

 

 




アインズ「割と遅いな、あいつ今頃上手くやってるだろうか…」

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。