パンドラ日記   作:こりど

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9/30 改稿


2話―蒼の薔薇・前編

―ナザリック地下大墳墓

 

 

 

 

「蒼の薔薇と……モモンとして、でございますか?」

 

 つるつるのピンクの茹で卵に軍帽を被ったような異形、欧州ネオナチを彷彿とさせる軍服、宝物殿領域守護者にしてレベル100の二重の影(ドッペルゲンガー)

 

 パンドラズ・アクターと呼ばれる存在は跪いた状態から顔を上げ心持ち傾げた。

 

「うむ……まぁ私が行っても問題無いのだがな、他にもっと重要な案件があって、まぁその代理と言うかな……」

 

 仰ぎ見る相手は骸骨の面差に黒を基調に紫と金の入った豪奢な漆黒のローブを纏うナザリック地下大墳墓の支配者にして彼のただ一人の造物主、死の支配者(オーバーロード)、アインズ・ウール・ゴウンその人である。

 

 宝物殿の一角、見渡す限りの眩い金貨と一面の壁を埋める至宝の数々。例えナザリックでも最高峰の役職である彼を除く守護者各位でも立ち入れない領域。骸骨の主人は顎に骨の指先を当てた、その超然とした概観からは伺い知れないが、色々あって最近ようやく慣れて来たがパンドラが彼の黒歴史(パンドラ)であった事実には変わりは無い、今でも相対してると思い出し羞恥の寸前のようなむずむずした感じが残滓のように残っている。

 意を決し気合を入れて命を下す。

 

「元より出切るのはお前しか居ない、頼んだぞパンドラズ・アクター!」

「ははっ!」

 

勢い込むパンドラズ・アクターと、ちょっと気合入れすぎたかと思うアインズ。

 

「畏まりました、必ずやご期待に添えるよう完璧っなる大英雄モモンを演じて参りましょう!」

(完璧?大英雄!?)

 「い、いや……まぁ、この度はそこまで大げさにせずともよい、大げさには、そうだパンドラよ……いいか?くれぐれもフツーにな…フツーにだぞ?確実に誰が見ても普通に『モモン』として怪しまれない範囲でサッと行って、サッと帰って来い」

 

「は、フツーですか……」

 

 大事な事なので3回言いました、とばかりにアインズはやや勢いに水をかけられたようなパンドラの量の肩に手を置くと、慌てたように繰り返した。そして、残念なのか何なのか、いまひとつ飲み込めてないような表情の読めぬ我が従者のハニワ顔を見て、説明が足りなかったかと咳払いする。

 

「ん、それで今回の事だがな……ああ、もういいから立つのだ」

 

 パンドラは礼を失しないよう注意しながらも素早く立ち上がる。彼が思うにアインズ様はパンドラ(自分)と二人の時は殊更に形式を嫌う傾向にある。例えば言葉使いからしてアインズ様曰く『二人の時はくだけた感じでいい』である。このあたりなどは主の造物主としての特別な自分に対する信頼と親しみの証と見ていいはずである、特別扱いされている自分の立場に誇りを感じると同時に他の守護者に対し若干の後ろめたさを感じる。

 

「お任せ下さい、それではごく普通の英雄モモンを演じて参ります」

 

 改めて言い含められたパンドラは敬意にカツンと踵を鳴らす。

「……ごく普通の英雄かまぁそれでいいだろ……って、ちょ、おま!それは止めろと言っただろう!」

「おぉっ!?これは失礼を!」

 思案げな主に急にそう言われパンドラは己の帽子に添えられていた手を降ろし、慌てて膝をつく。何と言う失態であるか、いかなる理由であるか不明だがシャルティア様の一件以来、この敬礼すると言う動作を造物主は人前で披露するのを殊の外避けておられていたのだ。

 いくら考えても理由はまったく解らない、個人的には大層気に入っていたのだが…などと言うパンドラの個人的事情など無論問題では無い、造物主アインズの深遠なる思考は全てに優先するのだから、何かお考えがあるに違い無いのだ。

 

 慌てて体勢を立て直し、優雅に恭しく一礼し直した、指先までピンと伸びたパンドラが信じるカッコイイ礼である。

 片手を胸、もう片方の手は白鳥の翼のように…って(それもどうよと)思うアインズを前に、パンドラはポーズを保つ、相対した主人からすると擬音で『ドヤッ』と言った感じでしかなかったのだが。

 

 アインズは力なく手をあげかけ、そして降ろす。

「…はぁ、もう…もう宜しい、それではパンドラよ、私は造物主として命じる。王国のアダマンタイト級冒険者パーティ、蒼の薔薇の面々との会合をつつがなくやり遂げてこい」

 

 ややうんざりして来たアインズは投げやりに命じ、ふと思い出したように付け加えた。

 

「…そうだ、蒼の薔薇のイビルアイ、あれには一応注意しておけ」

「ははっ、蒼の薔薇の、イビルアイ……でございますね。承知いたしました」

 

うむとアインズは頷いた。

 

 

 

 

いいか?くれぐれもいつも通りのモモンで頼むぞ?

 

 出発の段になって心配になったのか、余計な情報をこちらから出さない事、その他もろもろ、再三再四の主からの念押しにその都度、律儀に頷くパンドラ。

 本来は優秀なはずの部下を、大丈夫かなぁ?と立ち去るアインズの姿はどこか危なかしい子供を送り出すおかんのようであったが、パンドラは立ち去る主人を見送る事しばし、パンドラは維持していた姿勢をゆるゆると戻すと息を吐いた。

 

「ふぅ…」

 

 懐を探る、デミウルゴスからのお使いも兼ねている、と事前にアインズに渡されたスクロールを大事そうに確かめた。もこもこと変形を始めた体がぐんぐんと大きくなる、次の瞬間その姿はすでに見上げるような巨躯、漆黒の英雄と言われる存在、アダマンタイト級戦士モモンとなっていた。本物と違うのはヘルムの中身が骸骨ではなく、ハニワ顔なところぐらいである。

 

「では行としますか、麗しの王都リ・エスティーゼっ!」

 

 漆黒のヘルムを傾け、役に投入したパンドラは、その名のとおり役者(アクター)のように、ぶわさと派手にマント翻すと次の瞬間その姿はかき消すようにその場から転移して消えていた。

 

 

 

 

 

 部屋の外で待機していた戦闘メイド、ナーベラル・ガンマは宝物殿を出た主人に一礼するとアインズの後ろに付いて歩き出した。

 

「アインズ様、差し出がましくも口上するのをお許し下さい、私は漆黒の一員ナーベとしてパンドラ様に付き従わなくても良ろしかったのでしょうか?」

 

アインズは歩きながら2秒ほど思案して応えた。

 

「……いや今回は大した会合では無い、多分。何やら一度改めて情報交換したいと言う向こうからの要請だったが…こちらとしては急ぐ必要性も特に感じないし、断っても良かったので……いや仮にも王国で3チームしか無いアダマンタイトのPT(パーティ)からのたっての指名だ、同じアダマンタイトとは言え我らはやはり冒険者としては彼女らの後輩…やはり先輩チームの呼びかけを無視するわけにもいくまいか…まぁ、今回声をかけられたのは『モモン』との事、ゆえにチームとして漆黒まで動く必要は無かろう」

 

「なるほど、失礼致しました」

 

 ナーベラルは一礼するとアインズに付き従った。

 

 (……とは言ったもののパンドラなぁ)

 

アインズは心の中で呟いた、本来ならチーム同士の交流ナーベを伴う方がいいのだろう。

 

(…はぁ、一緒に行かせるとパンドラがナーベを御し切れるか不安だから、なんて本人には言えないよな~……)

 

 鈴木悟の口調になりチラリと後ろを伺う。我が部下ながら、戦闘メイドプレアデスのナーベラルの考えている事は美しくもその消した表情からは掴みにくい。

 能力的に優秀ではあるのだが、人間の多い場所に送るには不安な人材、それがアインズの部下としてのナーベラルに対する基本的な人物評価であった。まぁ手のかかる点ではより酷いのが後約一名居るのだが…ともう一人の赤い戦闘メイドの事も頭を掠める。

 

 そして蒼の薔薇と言えば、あのやたらとモモンに接近してくるイビルアイ―という魔法詠唱者(マジックキャスター)の事もある。

 

 突然体当たりしてきたり、腕にぶら下がって見たり、その挙動は不審の一言である。モモンに気があるなどとナーベラルなどは言うがそれは間違いなく見当違いであろう。

 ――恐らくはあれは擬態。子供であると言う見かけ、無邪気さを利用したトラップ。……かなに違いない。あれは現地人にしては破格の実力者と言える存在、蒼の薔薇の中でもその実力は抜けていた、そのような者が、無論自身のレベルには遠く及ばないにしてもだ。

 

 (ふっふ、恐らくは漆黒に対する情報収集、探り…いや、実質的にモモンと言う超級の戦士個人の正体を探られている。そう見ておくべきだろう。杞憂かもしれんが…だが最悪は組合の仕込みまで考慮に入れておくべきだろう……とにかくだ、あの魔法詠唱者(マジックキャスター)は警戒しておくに越した事はない)

 

 イビルアイの対応に一々険のある反応するナーベの事もアインズには頭の痛い問題だった。何度言っても態度を改めない……いや正確にはしばらくすると元に戻ると言った方が正確か。イビルアイにしてもナーベを敵視してるフシがあり相性が悪いようだ。いやはっきり言って牽制し合う二人の態度、余計な事で周囲の目を引くのは簡便してもらいたい所だった。

 

 まぁどちらにせよ、今回組合から受けた話の感触からして軽い交流みたいなものだろう、それぐらいならパンドラに任せても問題無いはずだ、アインズはそう結論した。

 それにしてもどこの世界でも、冒険者とて人の付き合いは変わらんな、細かいコミュニュケーションと調整。我ながら社会人的な考えだ、と含み笑いをしてアインズは頷き、後ろのナーベラルに一瞬怪訝そうな顔にさせた。

 

(面倒な上に実利の薄い付き合い……正直に言えばパスはしたいがそうもいかんのが大人と言うもの)

 

 そこで、パンドラである、やはりあやつの能力はとてつもなく便利である。王都での一軒以来、もっとどこかでテストしなくては、とはアインズも思っていた所なのだが、あれはその辺を合わせるのは上手い気がする、多分上手い、上手いに違いない……仮にも役者だし。と言うのは特に今回の会合相手蒼の薔薇はメンバーの全員が女性のチームである。それがアインズにパンドラ代理を思いつかせた。

 

 女性の扱いとかは多少動作が大げさでも問題無いはずだ、そんな事を何かの本で読んだ気がする。アインズは自身のリアル女性経験が乏しいとか自分が女ばかりの席に独りと言うのが不安であるとか、そんな理由では断じて無い、適材適所と言うやつだ、と自分に言い聞かせた。

 

 (そうだよ、第一だ、細かい接待や打ち合わせを社長自らがいつまでもやっていてどうする? 些事は部下に振り、上司はどっしりと構えている。これこそ正しい部下の使い方じゃないか、やはり勇気を出してパンドラを使う気になったのは正しい判断だ。さて思わぬ時間も出来たし久々に三助君風呂にでも入ってのんびりするか!)

 

 僅かながらでも面倒事が減ったのは喜ばしい、アインズは心の中で快哉を叫んだ。平日なのに「会社の都合で昼から出勤ね」とでも電話で言われたような晴れ晴れとした気分だ。などとほくそ笑む。

 アインズはアンデッドであり基本的に精神は疲れない。だが体と同じようにをこに細かいチリが積もるように少しずつ溜まった有るか無しの不快なストレスは例えアンデッドになった今でも確実にあった

 仕事をするには精神と体を万全の状態に保つべきだ。リラックスタイムは必要かつ重要な措置だな。アインズは自分に対してそう頷くと足取りも軽く9階層のリラクゼーションルームに向かうのであった。

 

 

 

 

王都―

 

 

「少しよぉ、落ち着いたらどうだ?」

 

 いかつい顔をした偉丈夫、のごとき容貌をした人物は、紛れも無い性別女性である――は酒盃を傾けながら呆れたように笑った

 

「う、うるさい、私は充分に落ち着いている」

 

 王都―でも最上級に挙げられる宿屋、広々とした一階を全て酒場となってるこの場所、早朝と言う時間も相まって、広々とした空間に居るのは彼女らを除けばチラホラと言った程度の人しか居ない。もっともこの空間に居るのだから彼らとて一人残らず一般人であるはずも無く、朝から一杯やって顔を赤くしてるような彼らもまた彼女ら王国の最高峰のアダマンタイト級冒険者チーム、『蒼の薔薇』に次ぐような高位の冒険者であるのだろう。

 

 

「…立ったり、座ったり、何度繰り返せば気が済むんだ?」

 

 わざとらしく呆れたように女戦士は言った。『胸では無くて大胸筋です』の異名を取る――決して彼女の前では言ってはいけないが、高価な装備とその圧倒的な筋量と質量には歴戦の勇者の風格すら漂う。

 

「ガガーラン、イビルアイは解りやすく舞い上がっている」

「何とあの服はいつもと変わらないように見えて、全て新品、あの仮面は昨日から暇を見つけてはずっと磨いてたり……」

 

 「なんと言う無駄な努力」「いっそ仮面ににリボンでも付ければいい」と鏡に映したようにそっくりな背格好と装束の美人の忍者姉妹が同時にグラスを傾け「ニヤニヤ」と同時に棒読みした、彼方からは「う、うるさい黙れ」と調子の外れた声が飛ぶ。

 

「はいはい、ティアにティナも、みんなイビルアイをからかうのはもう辞めなさい、これでも半分大事な任務なのよ」

 

 緑色の瞳に金髪、純白の全身鎧(フルプレート)に身を包むのは蒼の薔薇リーダー、若干19歳でアダマンタイト級と言う王国の冒険者の頂点に立つ女性、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラは手を叩いた。

 

「ふーん半分ねぇ……」

 

ガガーランはくっくっと笑った。

 

 ラキュースも少し悪戯ぽい笑みを浮かべイビルアイと呼ばれる人物を見る。世に、国堕としとまで言われた―知っているのは一部の限られた人に留まるのだが――膨大な魔力をその身に秘めた人物、いや少女。普段は一分の隙も無い無愛想な仮面の吸血鬼は、先刻からメンバーからのからかいにも、視線にも心あらずでそわそわとその仮面から僅かに覗く少し癖のある金髪をいじり、宿屋の入り口の方を何度も見るのであった。

 

 

 

 

―昨晩

 

「モモン殿と連絡を?」

 

 艶やかな金髪、ユニコーンの意匠の純白の鎧姿を巡らせラキュースは向き直った。

 

「そう、緊急の連絡手段やその他もろもろの情報共有」

「…と言う名目でうちの恋する乙女を何とかする」

 

 トランプに似た絵札を遊びに興じる二人の忍者、心理的にずるりと腰が滑りかけたラキュースは姿勢を改め座り直すと(ふむ)と考えた。

 

 確かに、イビルアイはここのところ長年行動を共にしている彼女から見てもここのところ充分に変である。チームの一員として決定的なミスこそ無いが、心ここにあらずと言う状態。そしてその原因もメンバーには解りきっていた。

 

(漆黒のモモン殿の事で頭がいっぱいってわけよねぇ)

 

 ラキュースとて年頃の乙女である。まるでその手の話に興味の無さそうだった親友の突然の春を応援するのにやぶかさでは無い。それにうやむやになっていた彼のアダマンタイト級冒険者モモンと誼を繋ぎ、連絡を強化するのもいずれ必要だった事である。

「うーん」と考え、双子を見やる。ティナはオチを言うのが早い、とティアが軽くチョップでツッコミを入れている。

「ガガーランは知ってるの?」

「あの筋肉は無論知ってる……と言うか最近イビルアイの調子がおかしいので、むしろあれは推奨している」

「あの病気にはアダマンタイト棒突っ込むのが一番の薬だとか言っていたが、無論乙女の私には何の意味か知るよしも無い」

 

 何とコメントしていいのか、いつもの調子にラキュースは苦笑したが、「そうね」と一つ頷いて了承した。

 

「いいわ、解ったわ、じゃあ私からラナーに話を通しておく事にしましょう。彼女からの依頼と言う形に。モモン様達と誼を結ぶのは王国にとっても、冒険者組合にとっても重要なはずだから」

 

「あいあーい!ボス、じゃそういう事でそっちは任せる」

「……媚薬は飲み物に混ぜるタイプ?無味無臭の物も用意できるが?」

「竜でもイチコロ、どんな堅物でも野獣と化すと言うイジャニーヤ秘伝の特製のヤツを……」

ふっふっとカードをめくり合いながら笑う二人

 

「お止めなさい二人とも」

 

 呆れたようにラキュースは言った、まぁ冗談ではあるのだろうがこの忍者姉妹は時々本気で言ってるのかどうか解らい時がある。『あの』イビルアイにとって恐らく初めての恋なのだ。友人として悪ふざけも程々に制止しておくべきだろう。

 

 初めての恋か、ラキュースはたと自分の年齢の事もチラリと頭に過ぎる、別に高望みしているわけでは無いのだが。

 

(…はぁ、まぁ私も人の事ばかり構ってる場合じゃないのかな)

 

 19歳。この世界――冒険者という事を考慮に入れなくても、平民や農民は15歳を前に結婚する事も決して珍しい事では無い。ましてやラキュースはれっきとした貴族なのである。しかもどちらかと言うと大きい方の、婚約だけなら10歳からでも有り得る世界なのだ。近年は親からの暗に明に催促も正直うっとおしかった。

 

 解っているのだ、妙齢と世間に言ってもらえるのもあと僅か……いやいや、まだオーバーはしてないハズ、多少行き遅れ感はあるにしても。

 ラキュースはフルフルと首を振り純粋無垢を象徴するユニコーンの刻まれた純白の鎧を見下ろした。この鎧は乙女を象徴するだけでは無く実質的に乙女でないと着れない(・・・・・・・・・・・・)そう言った魔法の品(マジックアイテム)なのである。まぁその事を知るのは一部の人間に限られるだが、無論蒼の薔薇のメンバーは皆知っている。彼女の純潔が失われば着れなくなるのだ。彼女のそう言う個人事情が筒抜けなのはある意味羞恥プレイだなぁと思うラキュースだった。

 

 

 

 


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