パンドラ日記   作:こりど

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季節柄どうかなーと思ったり、これ書いてる時点で少し寒かったり。


12話―副料理長の悩み

―料理は心

 

 

 

 

トントントントントン、リズミカルな音が響きジャージャーと何かを炒める音がする。

 

二つのまったく同じキノコの頭が厨房の中を時折行き来している。

 

「申し訳ありませんね手伝っていただいて」

「いえいえ私のコピー(80%)では副料理長の全てスキルを再現できませぬゆえ簡単な事しかお手伝いできず申し訳ない」

「なにをおっしゃいますか、料理は下ごしらえがもっとも手間を食うのです。そこを大幅に手間を省けて大いに助かっておりますよ」

「そう言って頂けると、ですな」

「……あのパンドラどの、包丁を持って踊るのはちょっと」

「これは失礼」

 

 くるくるりと回った男がピタリとその回転を止め謝罪した。

 双子のような二つの茸頭。彼らの種族名は一方を茸生物(マイコニド)と呼び、もう一方は二重の影(ドッペルゲンガー)と言った。

 

「ふぅ、ようやく一段落つきましたかな……副料理長どの」

「そのようですな、お疲れ様でしたパンドラどの」

一般メイド、及びエクレアなどの一部男性使用人などが集う昼食タイム(戦場状態)はようやく終わりを告げていた。

「副料理長はいつもこの作業量を一人で?」

 下ごしらえの取り置きなどで対応いたしております、と副料理長。

「……料理スキルを持っている者が少ないので致し方ありません。一般メイドも未だに料理スキルは習得の道が見えませんし」

 以前黒焦げの物体をアインズ様に献上せざるをえなかった事を思い出す。幸いな事に慈悲深い至高のお方はお怒りにもなられず、気にかけるなと仰られておりましたが。

 

 ふと気が付くと下を向いたまま長く沈黙するキノコ頭。

「この程度のお手伝いなら今後何度でもと言うところですが、他にも何かお悩みがありそうですな?」

「これは申し訳ありません……パンドラどの」

「小生も裏方の役柄でございます、同じような立場の者同士どうぞ何事かあればご遠慮無く」

 少し躊躇った後副料理長はとつとつと語った。

 

 「そうですね……私の持ち合わせている料理のレシピにもやはり限りがございますので……先を思うとその辺りは多少不安はございます。少しづつ増やしてはいるのですが」

 幸か不幸かナザリックにはそれほど飲食を必要とする者がおらず一般メイドやプレアデスの方々にも彼の提供するメニューは好評だった。

 「新しいレシピを開発するにしても私一人では限界がありますし相談する相手もございません。何より本当に今の状況で十分アインズ様のお役に立てているのか悩み所ですかな……」

 

 また黙り込む。彼の料理は能力向上などの効果をもたらす非常に特殊なものも含むものなのだが、流石に食べてもその端から骨の間を抜けてしまうアインズ相手には意味を成さない、よって彼が料理を直接アインズに振舞った事も当然未だ無かった。

 どこか寂しそうな横顔、キノコなので正面も側面も実際はあまり変わらないのだがとにかく―を見てパンドラもその気持ちを深い所で察するものがあった。彼自身も長い間宝物殿を守るだけにひたすら、その長い時間を費やしていたのだから。

 

「なるほど、同じ至高のお方に仕える身として、そのお気持ちは解る気がいたします……」

 間接的に主の役にたつのはそれはそれで重要な事だと頭では解ってはいても、例えば料理にその腕を振るう存在なら一度は守護者としての自分達がそうであるように、そのスキル(料理の腕前)を直接至高のお方に披露し、あわよくばお褒めのお言葉なども賜る事を夢見たりもする事だろう。

 

 

 しばらく二つのキノコの頭は同じように宙を眺めて沈黙していたが一方が口を開いた。

「…………………………そうだ一つ思いつきましたぞ福料理長どの」

「何がでございますかなパンドラ様?」

「先の件です、レシピの開発ならば、まずはいっそ直接本人達方へ。ナザリックの同士諸君に聞き取り調査をしてみてはいかがでしょうか?」

「ほう?」

「食事不要と言う者がナザリックには多いですが、それは食事が出来ないと言う意味でありません、皆の料理の好みを聞いて回れば何かしら今後のヒントが得られるのでは無いでしょうか?」

 

「……なるほど、そういえばアウラ様になどは私からも定期的に特別(スペシャル)バーガーなどを提供していますな、コーラなどのお飲み物も考えて見れば彼女らの希望でした。

 デミウルゴス様などは、たまにバーにいらっしゃる折は美食ぶりがその会話の端々に感じられます……」

 軽い軽食やつまみめいたものも出したりする事があるのだが、デミウルゴスの食に対して発揮される博識ぶりにも副料理長は一目置いていた。

 

「さようですな、それにデミウルゴスどのならば福料理長がアインズ様に直接貢献できる妙案などお持ちであるかもしれません」

「それは……どうでしょうか?しかし本当にそうならば嬉しいのですが……」

「まぁ、物は試し、兎に角も行ってみましょう。善は急げと申しますし。まずは、女性の守護者の方々は今日は第6階層でお茶会との事ですので私も発案者としてご一緒しましょう」

「かたじけないパンドラどの」

 

 

 

 

「ずばり女体盛りでありんすえ」

いきなりですか、と副料理長はメモを持ったまま一瞬停止し軽く頭を振った。パンドラは元に戻りいつものナチ軍服に腕を組んで椅子を勧められた料理長の後ろに立っている。

「……それは微妙に料理のレシピではないかと」

「ええー」とシャルティア。「ペロロンチーノ様は究極のメニューのトリだと言ってたのでありんすえ?」とか何とか。

 

「何を考えてんのあんた、いや聞くまでも無いけど」とはこの階層の守護者アウラ、たっぷりと蜂蜜の入った紅茶をちびりと舐めた」

 まったく同じことを考えていたアルベドなどは「ま、まったくビッチには困ったものね」とどもりながら言いかけ、思い直したように「あら、でも平らな分確かに盛りやすいかもしれないわ」などと発言元とにらみ合っている。

 

「アウラ様はいかがでしょうか?」

ため息をついたアウラにパンドラ。

「私?そうねぇ……普段頼んでるバーガーの他には、あれはぶくぶく茶釜様が昔私達にご用意してくださった物をそのまま頼んでた(リクエスト)だけだし……マーレとあたしは野外任務が多いから木の実や果実をそのまま食べたりで、肉を焼いて塩をかけるとか多いかな、うーん、ごめん役に立てそうにないかも」

「左様でございますか……」

 

「スッポン料理とかマムシの姿焼きとかヤモリの串焼きとかが効くと聞いたんだけど?」

何かを期待して目を爛々と光らせるアルベド。何に効くのかは、あえて聞かない方がいいのでしょうな、と心の中で呟くパンドラ。

「……材料さえあれば作れますが、あまり一般メイド達には受けが良くないかと」

「何を言っているのアインズ様の事に決まってるじゃない!至高のお方のご健康にかかわることなのよ!?」

「アルベド様……使用方法によってはかえって我が主の健康を害しそうな気もしますが、根本的にアインズ様は食べられませぬゆえ」パンドラがフォローを入れる。

 

「はぁーやっぱり駄目なのかぁ」とやさぐれるアルベド。

「不敬にあたるのかもしれないでありんすが、ポーションと同じようにアインズさまの御頭から、かければ同じ効果があったりしないのでありんしょうか?」

「そっそれは流石にっ……でも水が滴るいい男とも言うわよね」一瞬アインズの頭からトカゲの黒焼きが垂れ下がっている光景を幻視する男二人。

虚を突かれた、と言うようにアルベド。

「垂れた分はわらわが舐め取って差し上げれば問題ありんせんえ」

「……てめぇ!天才か!?と言うか舐めるのは私に決まってるでしょおお!」

「はぁ……あたしはこの先の人生何度、何言ってんだこいつらと言わなきゃならないんだろう……」

そう愚痴るアウラを後に二人は、これ以上の聞き取りの必要性を感じず静かに礼をして立ち去るのであった。

 

後ろから「あああっ美肌効果料理ぃ!」「それだ!」と言う声が聞こえてきたが、それはもうまたの機会でいいだろうと判断するキノコであった。

 

「さて、では一度デミウルゴスのところへ行ってみましょう、ナザリック一の知恵者たる彼なら何か良い知恵が浮かぶかもしれない」

「そうですな、マーレどのはコキュートス殿の治めるリザードマンの村へ行っているようですし、二人にお伺いするのは、また今度と言う事でよろしいかと、第7階層へ向かいますか」

 

 

 

「……なるほどお話は解りました、私の考えで良ければ喜んで協力しましょう」

 いつもながらナザリックの仲間に対しては非常に親身に相談に乗る煉獄の支配者であった、途中案内してくれた紅蓮といいこの階層の者たちは恐ろしげな見た目とは裏腹に常に紳士的である。

 

「そうですな……こんな考えはいかかでしょうかね。アインズ様に味そのものは確かに無意味。ですが料理は目で楽しむと申しますし何かアインズ様のご記憶の……琴線に触れるようなものを作ってさしあげればいかがしょうか?」

 なるほど、と茸生物(マイコニド)、一般論に過ぎないのだがね、とデミウルゴス。

 

「なるほど……しかしデミウルゴス様、私は厨房に篭っておることが多かった為、残念ながらそのようにアインズ様ともあまりお話した機会がございませんでした……思いつくところが残念ながら」

 

「おお、それなら私がお役に立てそうですな。恐れ多くも至高のお方の似姿の外装コピーさせていただいた折に断片的ではありますが、アインズ様と至高のお方の会話を漏れ聞いております。その至高のお方との会話にのぼった料理を再現して献上してみてはいかがでしょうか?」

 

「非常にいいアイデアだねパンドラ、私自身も至高の御方のご賞味されたものなどは大変に興味がある。完成した際には是非一声かけていただきたいものです」

「なるほど、もちろんですともデミウルゴス様、しかし至高の御方のお話を聞くだけでも法外の幸せではありますがどう致しますかな……」

「アインズ様には私の方から意見具申をしておこう」とデミウルゴス

そう言うと<伝言(メッセージ)>でアインズに連絡を取る。

「これは恩に着ますデミウルゴス様、ではパンドラどのご苦労をおかけしますがアインズ様の元までご一緒願えますか?」

「承知仕りました」

 

 

 

 畏まって参上した、福料理長(キノコ頭)黒歴史(パンドラ)と言う珍しい組み合わせに、眼窩の赤い光を瞬かせるアインズだったが、話を聞いて非常に興味を引かれたようで、その場でにて許可を下ろした。

「ほう、それは面白い、ならば私も直々に協力しようではないか」

「な、なんと!?アインズ様ご本人がですか?」

意外な話の成り行きに副料理長のみならず、パンドラも驚愕を隠し切れない。

 

「うむ、その話を聞いて私もひとつ脳裏に閃くものがあった、まぁ脳は無いのかもしれんが……会社の仲間と忘……んんっ!至高の世界で何度か食した事がある料理に心当たりがある。皆で食べるのにはそれが最適やもしれん」

「皆でございますか?」とパンドラ

「その通り、この料理は皆で食べてこそ真価を発揮する類のものなのだ、所謂パーティ向けと言うやつだな。至急各階層守護者に<伝言(メッセージ)>を飛ばそう、早速今夜にでも執り行うぞ」

 妙にウキウキした感じですでに額に指を当て連絡を取り始めているアインズに二人とも戸惑うばかり。パーティ向けと言う事は集団に対してバフ効果のあるものなのだろうか?とその言葉の真意を必死で考える。

 実はリアルぼっちの時間が長くブラック勤めであったせいもあり。彼の短い生涯に数えるほどしか無かった鈴木悟としてのリアルの年末年始の記憶を思い出していた。できればギルメンとのオフ会でもやりたかったものだとの後悔もまた沸く。

 しかし彼らの息子や娘と言うべきNPCらとその機会が得られるとなればそれはまた望外の喜びである、アインズとしてはその企画で頭がいっぱいになり鼻歌でも出てきそうなほどだ。仲間、パーティ、響く笑い声なんと甘美なひと時だろうかと想像を膨らませる。

 

 「で、ですが」と非常に控えめにではあるが料理の責任を預かる副料理長はおずおずとアインズに申し出た。

「お、恐れながら至高の御方たるアインズ様には言うに及ばず、階層守護者の方々にも召し上がって頂く料理となりますと、下準備無しにいきなりと言うのは……少し不安が、調理を預かる者としては万全を期したく……情けなくはあるのですが準備に少々お時間が不足しているかと」

 

 アインズはすでに各階層守護者達に<伝言(メッセージ)>を送りながら恐縮する副料理長にニヤリと笑った。

「そこは心配いらぬぞ副料理長、この料理は非常に準備が簡単なのだ。お前達は私が指示する材料を用意して切っておくだけで良い、味付けは……相談するとして後は私が仕切るので心配はいらぬ、味噌や醤油はあったな?第一今回私のやりたいのは食べる側ではなく料理する側に回る事だしな」

 

至高の御方が料理をする!?最後のアインズのセリフに驚愕のあまり立ち尽くす二人。

アインズは「やはり最初はシンプルに水炊きで、いやチャンコか。いやいやアンコウ鍋なんか憧れるなぁ……」などとぶつぶつ喋っていた。

 

 

 

 「よかろう、皆準備はいいか?」骸骨の頭をキリッと手ぬぐいでまとめ、どうやって着ているのか男用割烹着姿のアインズ魔法によりリサイズされていてぴったりだ。急遽アイテムボックスに死蔵していた衣類データの季節ものの中から引っ張りだしてきたものだったのだが。その後ろでは副料理長が未だ事の成り行きにどう反応していいのか解らず彼らしくもなくオロオロしていた。

 無論彼自身も山と用意された食材の傍らに立って材料の補充などの為スタンバイはしているのだが、本来は彼がサービスする相手が席につかず、一緒にサービスする側として立っているのだ。

 恐れ多くて落ち着かない事甚だしい事だった。無論それは彼だけの事では無く、サービスを受ける側もそれは同じようで、テーブルについた階層守護者らの顔は畏れと緊張で引きつる寸前である。

 

 至高のお方はそんな事は気にする様子もなく、菜箸と呼ばれる長めの箸を片手にキビキビと全体の音頭を取っている。勝手に箸を付けようとした不届きな者には容赦なく絶望のオーラレベル1などが飛んで「きゃん」とか言わせている。

 急遽第9階層食堂にしつらえられた会場で大きめのテーブル席は2つ。当初はアインズ様の発案が止まらなくなり一般メイドやフールーダ達も呼ぼうなどと言い出して居たのだが。時間が無い事と今回は第1回と言う事でと、副料理長ら皆の必死の取り成しにより、なんとかアインズにもしぶしぶ納得してもらってこの数となっていた。

 またここで使用されているテーブルなのだが普段一般メイド達が食堂のバイキング形式で利用する大型の丸テーブルを流用しているものなのであった。アインズにはそれが彼の考える鍋のイメージと少し違っていたようで「なんか中華っぽいな」というアインズの鍋に対するこだわりもこの辺りで少しかい間見え、これまた次回からはもっとそれっぽくしようと改善点と言う事でアインズ自身も己を納得させていた。

 

 

 二つのグループ。まずは階層守護者達が囲むテーブル、ドレスやスーツ姿のアルベドやシャルティア、デミウルゴスが箸を構え鍋を囲む姿はなかなかに壮観だが、コキュートスの青い巨体が4つの腕で受け皿と小さな箸を掴む姿はやはり一番目を引く。もう一つはプレアデス達が囲むテーブル。各自何やら一抱えの大きさの袋を持ち各自待機状態。全員が緊張の面持ちでアインズの命令を今や遅しと待っている。

 

 

 最終チェックのためにアインズが厳しい目つきで各テーブルを見て回り、食欲からと言うより極度の緊張感で皆喉を鳴らす。コキュートスなどは「コノ緊張感、戦ノソレニ劣ラヌ…」などとのたまう程である。無論純粋に食欲からゴクリとなっている狼娘なども中には居たのだが。

 

「よし、待たせたな皆。十分に鍋の温度も上がり煮えにくいものにも火が通ったようだ。肉は入れっぱなしだと硬くなるので注意するように、さぁ食べるがいい」

 

「ははっ」一斉に唱和する守護者及びプレアデス一同、アインズ様の言う『正しい作法』に従い一斉に「いただきます」を唱和した。

 

「はふはふ、このつみれって言うのほいひーねマーレ」

「お、お姉ちゃん食べながら喋るのは良くないよ」

 

「ううー、やっぱりこの箸と言うのは難しいでありんす、もう少し練習しておけば……なっアルベド!?」

その横アルベドの箸がしらたきと肉を次々にさらって行く。なんと言う箸さばきなのか、大きさの大小にかかわらず得物の扱いには一家言あるコキュートスもその流麗な動きに目を奪われる。「ヌウ、見事ナ」

「ふふん……私はこう見えても家事百般をタブラ・スマラグディナ様から、そうあれと設定されているのよ。箸の扱いなどお手のものだわ」

 

「ぼ、僕は箸は難しいので今回は匙を使わせてもらってます」

「マーレそれは『蓮華』って言うのよ、茶釜様から聞いた事があったわ。ちなみにあの御方は『とうにゅう鍋』なる種類の鍋がお好きだと言われていたわ」

ふふん、と得意そうに語るアウラに「おぉ」と守護者達から嘆声が漏れる。至高の御方に関する新しい情報だからだろう。

 

「ふむ、この人間の耳のこりこりした感じも良いのですが、椎茸の歯ごたえも悪くありませんね……」

と言いかけてはっと副料理長を見る、すまないねと口をつぐむ。お気になさらずにと目で頷く副料理長。

 

「ちょっとアルベド一人で肉取りすぎぃ」

「野菜もバランス良く取るのが美容にも良いのだよアルベド?」

「このトーフと言うのは味がありませんえ……」

「イヤ、コレハ悪ク無イ……好ミダナ」

「えっ!?見た目からしてコキュートスって樹液みたいな甘いのしか食べられないのかと思ってた」

「違ウ……好キ嫌イハムシロ少ナイ方ダ」コキュートスは解ってないなと首を振る。

「なるほど……って、ちょっと鍋のそっち側凍ってるんだけど?」

「熱イノハ苦手ナノデナ」

「いい加減にしたまえコキュートス、これは流石に鍋の範疇を越えている」

「野菜が一部フローズンになってるわね……」

 シャリシャリと白菜の凍ったものを齧るアルベド。

 

 アインズは満足そうに楽しげな皆の様子を見ていた、これこそが彼の夢見た光景だった。そんな想いとは別に時折材料の盛ったザルを片手に肉の減り具合などに鋭い目を光らせて逐次新しい食材を投入していく、そのたびに守護者らが恐縮するのだが、まだ煮えてない肉を取ろうとしたマーレらに優しくだが断固とした注意を与えるなど、その鍋奉行ぶりはなかなかのものだ。

「パンドラ、お前も遠慮せずに食べるのだ」

「はっ……今回はこのような事態になった事、真に申し訳ありません。アインズ様にこのような恐れ覆い事をして頂いた挙句に、シモベたる自分がこのように席についたままなど……」

「ハハハ……今更何を言っておる、お前は私の代わり(NPC)なのだから、むしろ私の分まで食べるのこそが主に対する真の奉公と知るがいい」

 アインズは我ながら今日は自然体で何か風格が出てるんじゃないかと思い上機嫌だ。

 おおと声が上がり、なんとお優しい、流石はアインズ様慈悲の王でもありんす。などなど階層守護者各位からも口々に主の態度に感動の声が上がる。

 

「……畏まりました。しかし副料理長どのにも申し訳ありません、私一人発案者の中で座っているようで」

 傍らに立つ副料理長を見やりパンドラ。しかし、せっせと材料の乗った皿を運んでいた副料理長は初めて気がついたと言う風に顧みた。

「いえいえ、なんの。私も最初は戸惑いましたが、今は大いに感謝しております……確かに思っていたところとは少々違うかもしれませんが、皆様と、それに何よりアインズ様にも大層お喜びいただけたようです。このような発想はとても私だけでは思い至る事はできなかったでしょう」

 

「その通りだパンドラよ、料理とは食するだけが楽しみにあらず、振舞う方に回ってみてもそれはそれで楽しい物なのだ。現に私は今十分楽しんでいるぞ。さあ副料理長そんな事より早く次ぎの材料を持つのだ、肉が切れかかっておるではないか」

「おお、何ともったいなきお言葉。承知致しました、ただちに次をお持ちいたします」

 

 一礼した茸生物(マイコニド)の副料理長は非常に満足そうに、あるはずの無い喜びの表情をそこに浮かべているようにパンドラには見えた。

 

 

 

一方プレアデスの席

 

「と、言う事で私達も早速指定された『鍋』をやってみるっすよ!」

「何か始める前から嫌な予感がするのだけど……」とはナーベラル

 「何言ってるっスかナーちゃん、アインズ様のお好きな料理と言う事ならやらない手はないっすよ!」

「それはそうだけど……各自好きな材料を持ち寄ると言うのは一体…」

 

 ぐつぐつと煮え立つ鍋の上には魔法の効果により闇がどんよりとゆたっていて彼女の目をもってしても見通す事はできない。この闇は暗視などスキルの一切拒否する仕様で、当然プレアデスの全員もそのいかなる能力も中身を見通す事が出来なかった。箸を持ったまま皆、異様なその鍋を前に戦慄していた。

 

「アインズ様言ってた、これが……『闇…鍋』」

「たしかに闇がかかっているけど……」とソリュシャン。ちらりとアインズ様の方を見た、期待でいっぱの目で見つめている。ならば恐らくは大きな間違いは無いはずだ。

「ええアインズ様が仰るには、仲間の連帯感を高めるのに最高とされる鍋の形態がこの『闇鍋』なのだそうよ。

 

 アインズの説明を思い出す。

(よいかユリよ、私もこの鍋は残された記録映像を見た事があるだけで、実際に私も参加した事はない。だがこれは鍋をやる以上は避けては通れぬ非常に重要なネ……道なのだ。それと……あと重要なルールだが一度箸を付けたモノは絶対に鍋に戻してはならない、らしい。それがマナーなのだ、たぶんな。後は頼んだぞ)

 

 そう言われては至高の御方に仕える身としてもプレアデスのリーダーとしても否などあろうはずもない。あとは覚悟を決め全身全霊をもってプレアデス全員でこの闇鍋に挑むのみ。

 

「みんな準備はいいわね?」

「言われた通り…好きなもの……持ってきた」オイルの汚れがある袋をすっと掲げるシズ。

「私もぉ、たくさん持ってきましたぁ」産地直送お、エントマ。

「シズ……それなんかタプタプしてるんだけど、あとエントマのそれは何か激しく動いているわね……」

「これ…栄養価……とても高い、一応……ゼリー状?」

なぜ疑問系なの?と若干引きつった表情のナーベラル。

 

「カルネ村の近くに居たのたくさん捕まえてきたっス悪霊犬(バーゲスト)とか色々!」

「私のは王国で捕まえたオーソドックスな人肉なんだけど……」

「はいストップ、ソリュシャン、ルプスレギナ。アインズ様のご命令は伝えたはずよ。ルール(マナー)何を入れたのか事前に言ってはなりません!」

 ごめんなさいっす申し訳ありませんと頭を下げる二人の戦闘メイド。

 

「では、こほん、こちらのテーブル、プレアデス番外会『闇鍋』を開始いたします」

 ユリ・アルファの厳かな宣言と共に一斉に材料が投入された。ザラザラ、どぼん、ピキーピキーなどと色々な異音が魔法の闇の中でぐつぐつ煮える鍋の中に消えていく。

 

「………今何度か光ったような」

「何かがうねうね未だ鍋の表面が蠢いているような気がするっすけど……」「刺激臭が感じられますわね」「甘いようなぁ苦いようなぁ複雑な香ぃ」「んんっ皆覚悟はいいですね?」「で、では……開始!」

 

 ざざざっと一斉にプレアデス達の箸が魔法の闇の中に突入し、思い思いのモノを掴んでは浚っていく。もう彼女達に引き返す道はない。前進あるのみである。

 

もぐもぐ、ガリガリ、ごきゅごきゅ、ぷちぷち………

 

「おごぉおおぅっす!なっ何か自分のお肉にかかってるソース?なんすかコレ?すごい濃いんですけど!?」

「肉……硬い」

「箸をつけたものを鍋に戻すのはご法度よ、覚悟して最後まで食べるのですシズ」と言うか青黒いそれは肉なのかと思ったが心を鬼にして命令するユリ。彼女も何か触手ぽいものがのぞく口元を抑えている。

「くすん……動作不良を予告する」ともぐもぐと口を動かすシズ。

 

「うっ………こいつ口の中で動き回ってるわ、これまさかエントマの…」

 口を押さえて無表情のまま青くなると言う事態、それでもそのまま噛み潰すナーベラルは流石であった。アインズ様のご提案になった物を戻すなど最初から選択肢は無い。口の端から白いものが少し滴るのを無言でナプキンでぬぐっている。

 

「た、耐性持ちの私が気が遠く……なってきたんだけど、こ、これは一体……」

ぐらりとしたソリュシャンの持つ取り皿には虹色の液体が光っている。その中には毒物のほとんどを体内で無効化できる彼女をして戦慄させる半透明の塊がぶるぶると震えている。

 

「あーこれはぁ当たりですぅ、肉付たぶん大腿骨ぅ、こっちは正体不明のお肉ぅ」

元気のいいのはエントマ他一名。ボリボリぷつぷつ、ゴリュッという音が響き渡った。

「なんか私もビンビンになってきたっスよぉお!」

 

 隣のテーブルの後ろからは先ほどまでワクワクしながら見ていた彼女達の主も、ぐるぐる目を回しながらガツガツと鍋を書き込むメイド達の姿に流石に「うわぁ…」と一言つぶやき次第に一歩引いていた。

 流石に悪い事したかと思い視線をそっとそちらのテーブルから逸らしている。

 今や物理的に首まで回る娘さえ居て、さながらそのテーブルは魑魅魍魎の麻薬パーティの様相を見せていた。

 これじゃ『るし★ふぁー』さん辺りがやりそうな事だよ、とそこまで危ないモノは入ってないと思うんだけどなぁ……と思うアインズであった。

 

 

 

 

 

「……で、今日はシズとソリュシャンそれにナーベラルの3名。プレアデスの半数がダウンしていると」

「も、申し訳ありませんアインズ様、誠に……」

 忠義の塊のような彼女らをして行動不能に追い込むとはどんな状態であろう、恐るべきは『闇鍋』実際それでも這ってでも任務に出ようとしたのをアインズとの相談後、半強制的にベッドに縛りつけてきたユリの表情にも疲れが見える。

 

「いや、よい、お前達の全てを許そうユリ・アルファよ。私としても悪いなとは思いつつも予想以上に楽しかっ……いやまさかアレを最後まで食べるとは流石に……んんっ、気にするな、闇鍋の完食、真に大儀であったな。皆にもよく、特に3名には気にせずゆっくりと休むように伝えてくれ、これは命令だと」

 

「は?はい、アインズ様の寛大なお心使い、この場に居ぬ者も代表しまして、このユリ・アルファ深く感謝いたします」

 

 跪くユリ・アルファの姿に、自分の好奇心の為に流石に悪ノリし過ぎたかとアインズも多少の居心地の悪さを味わっていた。でもまぁ材料持ち寄ったのはプレアデス自身だし、そこまで俺悪くないよね?と自己弁護もしていたのだが。

 

「うむ、しかし。エントマ、ルプスレギナ当りはまぁ解るとして、ユリ、お前も結構胃が丈夫なのな……」

「え? は、はぁ……お、お褒めに預かり恐縮でございます」

 

 

 

 ともあれナザリック大地下墳墓の主はこの一件で大いに鍋の楽しさを満喫し、この後も第二回、第三回と開催される事になる鍋の会なのであったが。そこには常にアインズの鍋奉行助手として副料理長の姿があったと言う。両手に皿を持ち忙しく鍋の間を飛び回る事になった彼の願いは、とりあえずは今回叶えられたと言えるのではないだろうか。

 

 




「鍋と言えばカニもいいよな、あっ……」
「イエ、アインズ様、微妙二違イマスノデ。ヲ気二ナサラズ……」
「割と同系統食いも多いよね鍋って」

料理長の話書いてたら、いつの間にかナザリック鍋大会になってたでござる。
次回はちょっと10年くらい未来の話になるかなーと。

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