―智謀の王
「……ば、馬鹿なこれは……」
「これは流石に私にも少々予想外でした……」
デミウルゴスほどの者をもってしても、この驚くべき眼前の光景に半ばほど口が開いたままだ。
「フ…フールーダよ、お、お前女だったのか?」
愕然とするアインズの顎がカパッと開いた。
「……いえ、恐れながらアインズ様、それは少々……これはマーレと同系統の…その、事案かと存じます」
デミウルゴスの冷静かつ控え目なツッコミが入る、「おおっ」とアインズ。確かにアインズはどこかで見たことある光景だと思っていた。そうこれは、かつ、業の深さでは仲間の中でも最高と言われた茶釜さんの作成した
そこに居たのは癖の無いサラサラの銀髪、くりくりした淡いブルーの大きな瞳、桜色の艶やかな唇、女の子と見まごうばかりの白皙の美少年。年の頃はまさにマーレらと同年代だ。きょとんとした表情でぶかぶかのローブの中に埋もれていた。
おずおずと自分の手を見つめていた少年、ここでは仮にショタルーダと呼ぶ事にする。がデミウルゴスに向けられた手鏡により己の姿を確認し、ついで歓喜の可愛らしい声を爆発させた。
くるりと輝くような笑顔を顔いっぱいににアインズの足元にダイビングした。あまつさえ、そのまま「師よぉお!!」と泣きながらアインズのつま先をぺろぺろしようとして、アインズを大いに慌てさせた。ローブがはだけて白い肢体が覗いて非常に一部筋の人が喜びそうな光景である。女性守護者から喜悦と悲鳴のミックスした叫びが沸く。
「……こっこれは美少年と美の結晶たる御身の絡み!これはこれで極上の組み合わせ。美味しい構図でありんすえ!」と紅潮させた頬に鼻息を荒くするシャルティア
ペロロンチーノぉ!と心の叫びを上げるアインズ。
「ああああ!アインズ様のおみ足にぃい!私もっ私もぉおお!」と桃色絶叫ボイスを上げるアルベド。すでに獲物を狙うようににじり寄っている。
「よよせっ!よすのだアルベド、フ…フ…フールーダよ、お前もちょっと落ち着け、とりあえず離れろ。ちょっ、この構図は世間的にも色々不味い」
目に狂気を映し赤い舌から唾液を垂らし息を荒げる美少年に足に頬ずりされ、もう片方の足にはアルベドが抱きついている。
恐慌に陥った
「アルベド及び傍観してたシャルティアも同罪、謹慎二日」言い渡されてしゅんとする階層守護者と守護者統括。
フールーダも追って沙汰と言う事でとりあえず教室に戻るように指示をされてこの日は解散となったのであった。
教室に帰ったフールーダは何事も無かったかのように授業を再開したのだが。それを見て当然騒然とした一同。
そんな中、リザードマンの夫婦は「フールーダ様は人間なのに脱皮がお出来になったのか」と愕然とし。ピニスンとハムスケは意味が解らないなりに「すごい」「すごいでござる!」を連呼し。
アルシェはなどは「し、師が……こんな、可愛い」と言って頬を染めると、ナザリック入り以降の
「なるほどそれで小生にお鉢が回ってきましたか」
「パンドラ様にはお忙しい中、ご迷惑をおかけしてまことに申し訳ない」
老フールーダに頭を下げるショタルーダ(仮)。ガタゴトと言う整備の良くない道を進む車輪の音が僅かな振動と共に聞こえてくる。こんな道であるにもかかわらずこの静音と心地よい乗り心地は
室内の豪奢な装飾と高級なホテルと変わらぬ高級でゆったりしたクッション。見るものが見ればそれだけでこの馬車が並の人間の財力で到底はまかなえぬ物である事が解っただろう。
(とにかくなってしまったものはしょうがない、しばらくはパンドラに老フールーダを代行させて、ボロが出そうなところは、すぐ近くに本人を付けて対応させよう、とにかく怪しまれないようにいつもと同じである事を最重要に演技をしてくれ)
と言うアインズのいつも通りのその場しのぎの発案によって二人は帝国に向かう馬車の中であった。
無論二人ともアインズの言葉を額面通りに受け取ってはいない、普通に対応するつもりではあるが、その結果が自分達ごときでは思いもよらぬ遠大な計画の一部であるに違い無いと心から信じている。
「ちょうどフールーダどののタレント調査の番で幸いでしたな、ストックの中にフールーダどのの外装パターンがありましたのは。不幸中の……と言っていいかどうか解りませんが」
「パンドラ様の存在、真にナザリックになくてなならぬもの、この身もこの度はおかげを持ち、助かりましてございます。このご恩は必ずや」
「いやいやこれも私の任務、至高のお方の為でありますゆえ。それに小生一人では経験不足ゆえフールーダどのの代役が不安、それが為貴方にお付き合い頂いているのは私も同じ事、お気になさらずに」
老フールーダの外装のパンドラは景色を眺め、鷹揚に手を振り、少年フールーダは深くお辞儀をした。
「しかしフールーダどのも中々見目麗しい美童であられたのですな、まぁ私は人間種でありませんので姿形が整っているという程度しか解らないのですが、異性からもてたのではありませんかな?」
「さて、この身は幼少の折より魔導の道に没頭しておりまして、家が裕福だったせいもありほとんど人付き合いがありませなんだな、気がつけばいい歳でありましたし、ようやく魔法に自信が持て始め、帝国の皇帝に見出された頃にはすっかり爺でありましたな。結婚の経験も無くずっと独り身でありました」
「ほう、なるほどそのような事情が、人生色々と言うやつですな」などと人に在らざる
窓から見える空は青く、
「それにしても<
「真その通りかと、魔法を使えばすぐの距離でも形式と言うものが……私個人としても馬鹿馬鹿しいとは思うのですが」
若者のような言葉の老フールーダがおどけた顔で長い髭をしごき、銀髪のの美少年、ショタルーダが老人のような言葉で魔法の偉大さを確認し機嫌良さそうに相槌を打った。
バハルス帝国、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。鮮血皇帝と呼ばれる苛烈な手腕で知られる現帝国の支配者は金髪にとても整った顔立ちを歪めて気難しげな表情だった。
視線の先には信頼する秘書官ロウネ・ヴァミリネンと帝国最強の4騎士の筆頭、バジウッドの顔。
フールーダがその体を投げ出して、あの恐るべき魔導王アインズ・ウール・ゴウンの支配するナザリック地下大墳墓……今となってはどこが墳墓なのだとジルクニフは言いたかったのだが―入りをしてからかなりの時が過ぎた。
定期的に続く連絡会議。それは表向きは友邦であるナザリックの欲するところを知りたいジルクニフと、理由はよく解らないがデミウルゴスらに交流の維持を進められたアインズによって開かれていた会合で、そのナザリック側の使者として選ばれていたのが元帝国最高の
両者それぞれの思惑から選ばれた同意の下の人選ではあったのだが、未だにジルクニフにとっては、己の切り札だった人物が、敵方、例え表面上だけは味方であったとしても、敵の代表で自分と相対していると言う事実は毎回面白いものではなかった。しかも今回は何故か予定日がずれ込んでいた。確かにナザリックからその旨の連絡は来ていたのだが。一体何があったと言うのか、またぞろ嫌な予感のするジルクニフであった。
「しばらく見ないうちになかなかに良いご身分になったものだなフールーダよ」
「お褒めにあずかりまして光栄ですな皇帝陛下」
いささか以上に気取った返答にむっとジルクニフ。ほんの一瞬顔をしかめた。すぐさま不敵な微笑を浮かべた顔に戻ってはいたが。
(む、今のはどういう意味でしょうか?」
(はて自分にもよく解りません、ジルの負けず嫌いな性格からして何かの牽制と思われますが)
(ふむ、ナザリック入りして日が浅いのに従者を付けているとは、と言ったところですかな)
パンドラ・老フールーダは、はっはは、いやそれほどでもと笑った。
一瞬虚を突かれたようなジルクニフはすぐさま体勢を整えなおしてにこやかに会談は進んだ。
会談は概ね順調に推移し帝国からはナザリックの欲しいもののリスト。帝国の土地の使用権や通行に対する便宜など、ナザリックからは……これといった要求が帝国から無かったのでアインズからの友誼の言葉と友好関係の確認などが行われた。事実上この交流は帝国によるナザリックへのご機嫌伺いと、彼らの要求するものからアインズの狙いを知ろうとする情報収集活動的なものだったのでその性格上仕方ないのではあったが。
いつに無くきびきびした動きの老人とは思えぬフールーダと今回からと付随していた経歴不明の謎の美少年を見送ったジルクニフはしばらくの間無言だった。
時折、「まてよ」「いや…しかし」とぶつぶつと呟く声が聞こえてくる。怪訝に思ったロウネとバジウッドだが、こうなった時の皇帝がいらぬ口をきかれるのを事のほか嫌っているのを長いつきあいから知っていた。慎ましくじっと皇帝の思索の果てが来るのを待っていた。
扉の脇には四騎士の一人、唯一の女性である、『重爆』レイナース・ロックブルズがうつむき加減で時折ハンカチを取り出しては顔の半面にあてている。会議の内容にはまったく興味が無さそうだ、まぁ彼女はそういう契約で帝国に仕えているのだから仕方ないのだが。と言うのは同僚の『雷光』の思うところ。
やがて深い思考の海の底から浮上してきたように、苦しそうな表情でジルクニフは言った。
「……そうか!違和感の正体、理解したぞ、おそらくは…あの従者の少年がフールーダだ…違いない、本物と思われた方、あちらは、おそらくは影武者か何かだ。」
恐ろしいほどの強い視線と言葉でジルクニフは告げる。
数瞬の沈黙
「そ、そんな馬鹿な、陛下いくら何でもお戯れを」
「いや、陛下それは流石に…」
当然の反応である、親しい側近二人はジルクニフがここ最近の心労がたたって精神に異常をきたしたのでは無いかと半ば本気で危惧した。
そんなセリフを聞きたいわけではないのだ、オレだって信じたくない、自分とてこれ以上の面倒事はまっぴらなのだ。
ギラリと二人を睨みジルクニフの心が叫びをあげる。
不自然な挙動のフールーダ、今回から急に同席した従卒の少年、ジルクニフの鋭い観察眼はそれら全てを見逃しては居なかった。
謎の少年がかつて長い時間ジルクニフと居たフールーダがよくしていた癖を、まったく同じように行って居た事を。最初は偶然だと思った。だが何度も確認するうち、老人のフールーダが若干の答えに詰まった時、助け舟を出したのはその年端もいかぬ少年だったのだ。もちろん両者は自然を装ってはいたが、ジルクニフのような騙しあいの世界に生きる人間には見てとれるほどそれはハッキリと見えた。
彼はこの嗅覚を持って権謀渦巻く宮廷においても貴族どもを駆逐して来たのだ。絶対の自信があった。あの少年はフールーダだ信じ難いが間違い無い。
いかなる魔法を使ったのか解らないが……『あの』魔導王なら若返りの魔法ぐらい使えたところで何の不思議もない。
ちっ… 『若返り』と言う呟きをジルクニフの口もらした時に何か舌打ちの音が聞こえたがこの際それはどうでも良かった。
「お前たち、あの少年がフールーダだとして今回の魔導王の狙いが見えないか?」
「ど、どういう事ですか陛下?」
ジルクニフ自身も今ようやく辿り着いた自分の考えをまとめながら、苦悶の表情でゆっくりと喋り始めた。
「まず最初にフールーダの影武者だ、お前たち、私も含めてだが当初は誰もあれが偽者だなどとつゆほども疑わなかっただろう。それほどの偽装技術を持っているにもかかわらず、フールーダそれ自身の演技は違和感を覚えるほど大げさな動作だった、これがどう言う事か解るか?」
「い、いえ…」
「さっぱり解らないですが、たままた中身が演技が下手な奴じゃなかったのでは?」
「愚か者……そんなわけがあるか、あの見事な偽装だか変装術を駆使する術者がそんな初歩的なミスをするか、間違いなくあれは偽者である事が露見しても構わないと言う事、つまり挑発行為だ」
「むむ」
「つ、つまりは?」
「あれは脅しよ、我々が気が付く事もできないレベルの偽装術、言わば『いつでもお前たちのそばの者が自分達の部下と入れ替えできる、いつでも見ている、いつでも殺せる』そう言って来ておるのよ、それがまず第一段階」
「な、なんと、しかし第一段階とは?」
「……その上で少年のようなフールーダの存在だ、先に立つのが偽者なら本物がどこかと言うのは我々が真っ先に考える事。我々の洞察力を読んだ上であえて、本物のフールーダを……方法は解らぬが魔法による変装か、もしくは本当に若返らせて、目の前、この場に出す。……その意味を考えさせる為にな」
「最後が良く解らねぇんすけど、フールーダの爺さんが本当に若返ったりしたとして、帝国に何の脅しになるので?」
「……いいか良く聞けバジウッド、若返りとはすなわち不老不死の一種だ、何度でも若返れれるならそれは不死と変わらん言う事になる。定命で、また寿命の短い人類にとっては永遠の夢でもある。
国の力ですでに我々帝国はアインズ・ウール・ゴウン魔導王の国との間に、軍事力、文化力どちらも大きく水を開けられている、そこに奴らが更に人を若返らせる事まで可能、死ななくて済むかもしれない。などと言う話が加わったらどうなると思う?」
ごくりと喉を鳴らして青ざめた優秀な秘書官が答える
「恐怖……による支配なら打ち破る事はできるかもしれませんが、そんな事まで可能となれば、自分から望んで、かの魔導王の元に人々が雪崩れをうって身を投げ出すやもしれませんな……その支配を望むやもしれません……」
ジルクニフは大きく頷いた。
「その通りだヴァミリネン、あってはならん事だが、今回はその事を軽く匂わせて、その力の存在を印象付け、こちらの出方を伺っているのかもしれん、外からだけでは無く、人の心の内からの支配。くそっ……あれが魔法による幻影、偽装によるハッタリだと言う可能性もあるが……甘い予想はするべきではないのだろうな」
ジルクニフは豪奢な金髪を指で掻き苦悶する。
「アインズ・ウール・ゴウンやはり恐ろしい奴だ……その真の恐ろしさはやはり強大な魔法では無い、どこまでも悪魔のような智謀よ、ただ一回の会合でここまでの布石を打って来るとは、次回の会合までにもっと譲歩するべき案を……いやしかし一体やつは何をこれ以上望んでいるのだ、解らん……だが何か行動を起こさねば」
つるつるのお肌…ちっ、と言う呟きが聞こえてきたが、そちらは努めて無視をする。
どうにかして奴に怪しまれぬように今は耐え、人類の大同盟を組まねばならぬ、ジルクニフの苦悩は今日も深い。
随伴する側近二人も深刻な顔を見合わせるのであった。
その後帝国との間驚くほどの有利な不平等条約が締結されるのだが、アインズがその理由に思い当たらず「流石アインズ様」の合唱にわけのわからないまま頷いていた事は言うまでもない。そのうちフールーダの若返りは予想以上に短く半年をもってその効力が切れ、一回目の実験は終了しパンドラもこの任を解かれた。
若返っていた間のフールーダだが、その間なぜかアインズが自分が近づくのを避けているような気がして大いに気に病んでいた。「この身いついかなる時でも好きなようにお使い潰し下され!」と必死にアピールはしていたのだが、師の反応はどこか他所他所しいもので、そんな主の様子に少年フールーダはこの世の絶望を味わっていた。
またアインズはアインズで「この体いついかなる時でも好きなようにして下さい!」などと人前で叫ぶ
両者の懸念は魔法の効力が切れると同時に消え、元通りになった相手を見てアインズ・フールーダの師弟両名はそれぞれの胸を撫で下ろしたのであった。
雷光「ど、どう言う事ですかジルクニフ様!?」
ジル「つまりショタルーダとはああでこうで、魔導王の狙いは……だったんだよ!」
ロウネ・雷光「な、なんだってー!?」
重爆「転職したいなー……ちっ」
誰も使わないなら先に使わせてもらうぜ!と言うことでオチはアインズの行動は全て人類滅亡……もとい狙いがあると深読みしてくれる皇帝ジルクニフにさせて頂きました。