パンドラ日記   作:こりど

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9/29 改稿


1話―超エンリさん伝説

「ぐはぁ!」

「セドラン!」

 

 大質量の物が空を引き裂くぶおんと言う音。重装備の全身鎧(フルプレート)に身を包んだ『巨盾万軍』が轟音と共に地面と水平に吹き飛んで背後の巨木に叩きつけられた。巨大なハンマーの一撃を受けたようにざわりと木と葉が揺れる。

 

 ずるりと巨体が滑り落ちる音、「うぐぅ……」と呻く同僚の声。信じられない光景に動揺してざわめく今回彼らの手足として連れてきた風花聖典総勢20名。だが『一人師団』人類の擁護者、スレイン法国の誇る最強部隊、漆黒聖典第5次席に名を連ねるクアイエッセ・ハゼイア・クインティアは眼前の少女から目を離す事ができなかった。

 

「き、貴様……いったい何者だ?」

「そうですねぇ……ただの村娘、エンリ・エモット……かしら?」

 

(はぁ?何を言っているのだこの娘は?)

 んんっ? 金髪の少女は考えこむように可愛らしい唇にちょこんと指をつけた。緊迫した場面であるにも関わらず、どうにも間の抜けた会話である。彼の目に写る素朴な美少女の表情は可愛いらしくもどこか嘘臭く(・・・)、麗らかな森の木漏れ日の中、見ている者達の現実感も希薄になってくる。

 その小さな体から山のような重圧(プレッシャー)を感じるのだ。そんな事は自身が超越者とも言える彼の人生でも数える程しか無かった。そう彼らの隊長と謎に包まれた漆黒聖典番外と呼ばれる存在以外は。

 

(この少女も……もしや神人なのか?)

 

 スレイン法国のその長い歴史は建国当時から今に至るまで、それは即ち人類の英知と力を結集する歴史であった。

 殻らの誇りとする祖国は人類と言う世界においては最先端の先進国であり、この世界にしては例外的に国民の一人一人をきちんと管理した戸籍台帳が存在していた。

 それは時折出現する異能者や超絶的な力を発揮する先祖返りを余さず国の戦力として組み入れる為だったのだが。かく言う彼自身もそうした法国のシステムによって拾いあげられた才能の一人である。

(だが……)

 この任務にこんな展開は予想外だった。王国の辺境にこのような者が存在しているとは。是が非にでも生きてこの情報を持ち帰らなくてはならない。けろりとした顔で足を踏み出した少女に思わず一歩後退しそうになり後ろ足に力を込める。例え内心はビビッていようが指揮官である彼がそんな様子を見せるわけにはいかない、クアイエッセは森の暑さではない背中にじっとりと汗が滲むのを感じていた。

 

 

 

 

 

「はぁーまたしても今日は暇っスねぇ……」

 

 陽光がさんさんと降り注ぐトブの森の南端。カルネ村を眼下に一望できる大木の一つの枝に場違いなメイド姿が寝そべり、手と足がぷらーんとぶら下がっていた。

 世の男性諸氏が見れば庶民であれ貴族であれ目を見張るほどの美しい女性の名はルプスレギナ・ベータ。褐色の肌が健康的な特徴的な赤毛を三つ編みにふた房垂らしている、ナザリックの戦闘メイドプレアデスの一人である。

 

「退屈だなー退屈だなー、また何か村に攻めてこないっスかねぇ♪」

 

 抜けるような雲一つない青空、歌うように能天気に独り言を言い出したのは気分がいいからではなくその逆である。彼女の性癖的な好みから言って生粋のサディストの彼女には、『ちょうちょ』でも舞ってそうな平和な村の光景が純粋に欠伸が出るほどつまらないのだ。

 

 先日トロールの襲撃を退けた後、こっぴどくアインズ様から叱られた事を、彼女は無論忘れているわけでは無い。が、だからと言って彼女ルプスレギナの性格が根本から矯正されたわけでもまた無かった。

 今度はもっと上手くやろう、叱られないように。と決意を新たにしていたのは正しく彼女の犬のような気性の現れであった。流石に言い過ぎたかと思っていた彼女の上司アインズとの間には未だ決定的な意思のすれ違いが起きていたのだが、未だ両者ともそのズレには気がついていなかった。

 

 いい加減愚痴を言い飽きたルプスレギナがうつ伏せに半ば寝ていた体をぴくりと反応させた。ゆっくりと顔を上げた彼女の金の瞳はほのかに輝いているようだった。

 

「……お客さんっすか」

 ニヤリと肉食獣を思わせる笑みを浮かべると三つ編みを揺らし巨大な聖杖を引き寄せた。

 

 

 

「姐さんそろそろ帰りましょうよ……無理は禁物です」

「う、うん、解ってる。でももう少しだけ…こないだので備蓄も減っちゃったし……」

「なぁ~帰ろうぜ族長。ここいらでも危ないヤツは居るんだぜ?」

「てめぇアーグ! 姐さんに対して口の利き方に気をつけやがれ」

「……待った。リーダー……姐さんも静かに。何か来てます」

「えっ?」

 

 村から半日、森の端からは1時間と言う距離に彼女らは居た。ゴブリンと村娘と言う見る者が見れば奇妙な一団だ。少女を中心に守るようにリーダーと呼ばれたゴブリンは一際大きく立派な体格で背にグレートソードを背負っている。下っ端と思われる子供のゴブリンは別として身を伏せたゴブリンも鎧着(チェインシャツ)を着込み腰に備えたマチェットはそこらの村人では太刀打ちできないような歴戦の雰囲気を感じさせている。

 

 少女の名はエンリ・エモット、15歳ぐらいの先日村長と言う大役を仰せつかったばかりの何の変哲も無い村娘である。

 ゴブリンのリーダーの名はジュゲム、ひょんな事件で助けたアーグと言う現地のゴブリンの子供を除き、彼も含めそのメンバーの名の由来は物語に出てくるゴブリンの勇者『ジュゲム・ジュゲーム』から来ている。村を救ってくれたアインズ・ウール・ゴウンと言う高名な魔法詠唱者(マジックキャスター)によってもたらされたゴブリンの角笛で呼び出された彼らは少女に絶対の忠誠を誓っていた。

 

 ただならぬ雰囲気に一同は緊張感を高める。精鋭であるゴブリンは元より、エンリと言う少女もこの所立て続けに望まぬ形ながらも戦火を潜り抜けて生きてきている、息を飲み緊張してはいるが慌てる事なくゆっくりと腰を沈めている。声をひそめてゴブリン・リーダーが尋ねた。

 

『近いのか?どっちだカイジャリ?』

 カイジャリと呼ばれたゴブリンが無言で手合図を送り地面に耳をつける、規則正しい集団の足音が草栄えや小枝を踏む音が振動を通して彼の耳には聞こえ、小声を返す。

『あっちか……まだもう少し距離は離れてますが……獣じゃねぇな、ゴブリン、いや人か?』

 

人と聞いてエンリがびくりと震えた、村を騎士によって襲われ両親を殺された彼女にとってはある意味森獣よりも正体不明の人間は恐ろしい。

『ご、ごめんなさい、私が欲張っちゃったから』

『いえ姐さん、それよりも急いで村に帰りましょう、なるべく静かに移動して。ンフィーレアの旦那と対策を。……おいアーグ、お前姐さん先導して先に行け』

『わ、解った』

『……リーダー急いだ方がいい、こりゃかなり訓練された連中だ、人数の割に静か過ぎる』

『解った、さぁ姐さん……』

 

弓矢がそう言ったジュゲムのすぐ隣の幹に突き立ったのが同時だった。

 

 

「うひょーこれは大ピンチっすね」

 

 ワクワクと言う言葉が体から湧き出ているルプスレギナは、それでも万が一が起きる前には飛び込む準備をしながら高い樹上から高みの見物を決め込んでいた、適度にエンリ達が恐怖に晒されるのはサディストのルプにとっては娯楽である、だがエンリ達に迫る一団を眺めているうちに次第に表情が険しくなり、ふいに「チッ」と小さく舌打ちした。

 敵の総数は20と少し程度。その謎の一団の大部分は確かに彼女にとっては雑魚だが、約2名ほど彼女より一回り下か、あるいは匹敵するかもしれない存在を感じた。

 

 バトルクレリックであり人狼(じんろう)でもある彼女のレベルは60レベルにも達し、40レベルで英雄級と言うこの世界に転移して以来彼女に匹敵する者などめったに居るものでは無く、現に今までのところ警戒に値する者すれあ無かったのだ。

 だがそこは彼女は神をも凌ぐ存在、至高の御方に創造された戦闘メイド、その誇りとしても甘い予測は立てない。一回り下であれ複数を相手どればどうなるか判らず、ましてこの世界には戦力の予測するのが難しい武技やタレントの存在もあった。

 どちらにせよ全力で戦闘する必要に迫られるであろう、今更ながらナザリックの戦力を配置していなかった事を後悔したルプスレギナであったが、もはや迷ってる暇は無かった、一当たりして注意を引くか?梢を揺らし不本意ながら決意を決めた彼女が聖杖を握り締め飛び出そうとした時、高所にある彼女のさらに上から声がかかった。

 

「厄介ごとですかな?」

 

 頭上からの声にそちらを見上げたルプスレギナは、私が気配を感じなかった?ありえないと驚愕の視線を向け、再び驚きの声を上げた。

 

「パンドラ様!?」

 

 そこには森には場違いな、ネオナチの軍服に、軍帽、ピンクのつるつるとした頭に表情の無いハニワのような面持ち、ナザリックの知られざる黒歴史と言われる、二重の影(ドッペルゲンガー)パンドラズ・アクターが背を幹に預けくいっと帽子の鍔に指をかけ気取ったポーズを取っていた。

 

 

 ルプスレギナは飛び上がり膝をついて状況を説明する。

「村の周囲貴女が居なかったので一応見に来たのは幸いでした」とパンドラ

「ンフィーレアの外装コピーですか?」「特殊タレントのコピー実験の外にも彼の現地人のアルケミストとしての能力など…」「…なるほど流石はアインズ様」「いえ、司書長とデミウルゴス様の提案ですが……」

 などと言うやり取りの間にも眼下ではエンリ達小集団が、より大きな集団にゆるやかに包囲されていく、チラリとそちらを見たパンドラが口を開く。

 

「……大体の事情は解りました微力ながら、私も力を貸しましょう」

 それを聞いて表情を輝かせるルプスレギナ。

「うひょーパンドラ様のお力添えがあれば百人力っす!」

 と言ってルプスレギナは口を押さえる。パンドラはナザリック地下大墳墓の支配者アインズ様の創造した(NPC)である、領域守護者でもある彼は彼女が気安い口調で話かけていい相手では無い。パンドラの方は「お気になさらず」と気取った様に肩をすぼめた。

 

 取り急ぎおおまかな指示をパンドラから受けるとルプスレギナは完全透明化を発動しながら飛び降りて行った。

(ナザリックの智と暴の王、アインズ様の直轄の守護者パンドラ様の戦いが見れるなんて超ラッキーすよ!)

 先ほどまでの緊張感はどこにやら、降って沸いたイベントに先ほどまでの危機感が頭から抜けたルプスレギナはご満悦であった、ナザリックの最高戦力の一角であるパンドラが動いたのならもはや戦闘の心配などどこにも無いのだから。

 

 

 

「エーンちゃん♪」

「えっ?」

「当身♪」

 ふいに聞こえた、横合いからの知り合いの声、楽しげなルプスレギナの声に首の後ろに軽い衝撃を感じたエンリの意識はそれきり闇に落ちた。

 

 突然姿を現したルプスレギナに驚いたのはすぐ後ろに居たジュゲムだったが、よっこらしょと意識を失ったエンリを担ぐルプスレギナと視線を合わせ、とりあえずはその意図を察した。

 それでも何か言おうとしたが「先に行ってるっスよ」と言い放つと返事も待たず再び二人の姿が消えるまでがあっと言う間の早業である。上げかけた手を下げジュゲムは考える。これで最悪の事態だけは避けられる。自分達は?などとは言わない。彼らゴブリン将軍の角笛によって呼ばれた存在にとってはエンリの安全こそが全てに優先される。彼女さえ助かれば全ては二の次だからだ。

 

 素早く思案を巡らせたジュゲムはルプスレギナが彼女に危害を加える事だけは無いだろうという事だけは確定として次にどうするか考えた。

 敵を防ぐ、逃げ帰って防御を固める、どちらも同様に重要だ。アーグだけでも伝令に返し、自分達は敵の足止めに回るべきか?しかしそれでは村の戦闘の指揮を取る自分が先に死ぬわけにもいかない。

 先を行くアーグが「何だよ、早く来い」と戻り、殿を務めていたカイジャリが「どうした?」と追い付いて来たので、取り急ぎ事情を説明して指示を出そうとしたジュゲムは、驚愕の光景に二たび目を見開いた。逃がしたはずのエンリが「さぁ早く逃げましょう」とひょっこり茂みをかきわけて出てきたのだ。

 

「ええええーー姐さん!?どうして?ルプスレギナさんは!?」

「えっとルプスレギナさんは――あっ!ジュゲムさん大変、追い付かれて着ましたよ!」

 振り返るとガサガサと茂みを乗り越えて正体不明の人間達が姿を現してきていた。

 

 

 一方森の中を飛ぶように駆けたルプスレギナは、充分に距離を離した事を確認すると獣よけと人払いの結界をエンリに施すと周りの木々でカモフラージュを施し、大急ぎで取って返すのであった。面白い場面を見逃さないために。

 

 

 

 

「これは一体、何が起こってるんだリーダー?」

「い、いや、それが俺にも……」

「こ、これが族長の本気なのか?」

 

 三者三様に先刻からの展開に困惑している、内一匹は二重の意味で。

(多分あの人(ルプスレギナ)の仕業なのは間違いねぇ、…間違いねぇが、訳がわからねぇ)

ジュゲムから見ても目の前のエンリは声も容姿も彼の敬愛するエンリそのものだ、何もおかしいところは無い。

 ただし彼女の足元に伸びている正体不明の人間達と先刻エンリの手刀で叩き落とされた矢を除けば。

 

 人間達は皆、顔をすっぽり布で隠していてどう見ても普通では無い、だが山賊にはありえない立派な装備も統一されており、どこかの国の特殊部隊員と思われた。

3人の人間に追い付かれ逃げ切れないと戦闘を覚悟したゴブリン達を尻目に手刀を閃かせたエンリによってあっと言う間に叩き伏せられ地に這わされていた。

 呆然としていると新たに弓矢が飛来して、ハッと二人の大人のゴブリンは円形盾(ラウンドシールド)を構え直した。10本ほどの矢が飛来して地面に盾に突き立つ。だが驚愕の光景は再び展開される。守るべき主人の周りを囲もうとしたゴブリン達は見た。エンリは飛んで来た矢を事も無げに掴むと「やぁ!」と投げ返したのだ。

 スキルで加速されたかのような冗談のようなスピードで矢は来た方向に飛んで行き、くぐもった悲鳴が聞こえて来た。どこからどう見ても異状な事態である、飛んできた矢を掴む事自体おかしいが、それを投げ返して効果を上げるなど彼らには不可能だし、話に聞く人間種の最高種『英雄』とか言うレベルでも無理なのではないか?だがアーグだけは普段から大人のゴブリンに冗談半分にエンリの強さを吹き込まれている為、初めて見るエンリの真の力に圧倒されつつも興奮気味にため息を吐いていた。

 

「すっげえぇぇ……」

「ジュゲムさんカイジャリさん」

「「は、はい!?」」

「このまま退がるのは返って危険そうです、いっそ敵に一当たりして、首魁らしき者を叩いちゃいましょう」

 

「「……えっ?……えええ!?」」

 一瞬の間の後、驚愕する3匹を後にすると、エンリは「皆さんは後ろに回られないように援護をお願いしますね、とう!」とさっさと茂みの向こうに飛び出して行ってしまった。

半瞬の後我に返ったゴブリン達が続く。

 

「何を言って!?う、うわぁああ!ま…待って下さい姐さん」

「ち、ちくしょう姐さんを一人で行かせるわけにいかねぇ!俺達も行くぞアーグ!」

「お、おう!俺だってやってやる」

 

 

 

 

 

 

「……おい、生きてるかセドラン?」

「うっ……何とか、背骨がイったかと思ったぜ……危うくまたあの世行きだった……」

視線を不気味な少女から逸らさずクアイエッセは同僚と言葉を交わした。セドランもようやっと立ち上がり前に出てきた。

 

「ありゃあ一体何だ?」

眼前には暢気と言うべき表情の村娘が立っている、少し子供ぽいがもう何年かすれば辺境では珍しいぐらいの美人になりそうだ。

「わからん、解らんが……単なる村娘じゃないのは確かだ、あるいは神人なのかもしれん……糞ッあいつが居れば正確なところが解るんだろうが…」

「マジかよ、可愛い顔してんのに、件の吸血鬼といい、俺らの運勢最近どうなっちまってるんだ……」

 

 彼らと言うか最近のスレイン法国はこのところ呪われていると言うしかないほど急な不幸続きだった。情報収集していた土の巫女が謎の爆死、漆黒聖典の二人が任務中に突発的に強大な吸血鬼に遭遇して死亡、法国でも代わりの居ない神々の遺産(マジックアイテム)を使用可能な重要人物まで巻き込んで重態となっていた。

 セドランなど死亡したその当の本人である。ようやく蘇生してリハビリがてらの出動したと思ったら初回でいきなりこれであった。

 

 その到底人類では敵わないと思われた強大な吸血鬼が彼らの撤退後間も空けずに滅ぼされ、国の上層部が驚愕していた所に、それを成したのがトブの森の森の賢者と呼ばれる大魔獣を力で従えた漆黒の英雄と呼ばれる、王国の3つ目のアダマンタイトチームと言う情報が伝わり、調査に派遣されたのが風花聖典。とその一団のガードに付いた二人であった。

 だが漆黒聖典でも特に守備と森での行動に適した理由で選抜された戦いのプロフェッショナルの両名から見ても、目の前に現れた敵―謎の少女は異状でり、その戦闘能力は彼ら二人の力を大きく凌駕していた。

 

「くそっ…風花の連中を下げさせよう、おい、そこの死体を担がせろ」

 痛みをこらえ近くの風花聖典のメンバーに声をかける。

「逃げるぞセドラン、とびきり嫌な予感がする、俺が時間を稼ぐが……『あれ』を見た目で判断するなよ。うちの隊長並にヤバイと見ておけ…」

そう言うと『一人師団』の二つ名を持つ男は彼のタレントで巨大な魔獣を呼び出した。

「おいおい、ぶっとばされたから普通じゃないとは思ったけどよ。そこまでなのかよ勘弁してくれ……」

 風花聖典のメンバーからは呼び出された魔獣の巨大さに、密かな興奮とこれで勝ったと言う余裕の雰囲気が漂って来たが。漆黒聖典の二人にはそれすらも苦々しかった。

 

「「「ギガントバジリスク!?」」」

「まぁ」

 眼前に展開する光景に驚愕するゴブリン3人、可愛らしく口に手を当てたエンリは、きょろきょろと周りを見回すとおもむろに傍らの風花聖典の隊員が落とした剣を拾った。軽くそれを空中でくるくると回転させ、キャッチすると勢い良く振りかぶって投擲した。

 ヴオン!

 空気を引き裂き、風が鳴る、一瞬後、僅かな血煙が上がり、重音と共にギガントバジリスクの頭は巨木に縫いつけられていた。

 バタバタしているその姿に「バ、バカな…」と、風花聖典の面々からうめき声が漏れる。

 半ば予想していた男の口からは「……撤収だ!」と言う苦しげな声が上がり同僚も頷いた。そしてもう一匹のギガントバジリスクが召還された。

 

「なにぃ!?2匹目だと!?」

 ジュゲムは驚愕の声を上げる。

「ほう?おかわりと言うやつですかな…もとい、おかわりかしら?」

木の上から「ぶぷっ」と噛み殺すような笑い声。

 可愛く言い直したエンリがもう一本の剣を拾い上げ散歩するように前に出てくると、どよめきと共に底知れない鬼気を感じたスレイン法国の誇る特殊部隊員達は後ずさった。

 

 

 3匹目のギガントバジリスクの頭を踏みつけると、暴れるその首をエンリは跳ね飛ばした。血飛沫が舞い、戦闘が始まって以来手を出す余裕も無くゴブリン達は固まっていた、ふと見れば3匹ともその姿が消えていく、既に敵は逃げ去ったようだ。

 

「……召還魔術だったのか、あいつら一体何もんだ……」

「いやそれ以前の問題だろリーダー」

「……まぁそうなんだが、俺にも何が何だか」

「族長こんなに強かったのか、俺こんな強い人、いや生き物見たことないぞ!」

 

 

『追わなくていいんでしょうか?』

頭に響くルプスレギナ<伝言(メッセージ)〉に額に指を当てパンドラ(エンリ)は返した。横目にギクリとしているゴブリン達ににっこり微笑み返す。

『止めておきましょう、他国との過分な接触は控えるようにとの事。まずはアインズ様にご判断を仰ぎます。それで避難をお任せした保護対象の少女はどちらに?』

『はい、先導致します』

 樹上のルプスレギナの気配が移動を始める、その方向に目をやりエンリは後ろを振り返った。ビクッとした3匹のゴブリンに「みんな村に帰りましょう」とにこやかに告げた、パンドラ視点では可愛らしい村娘の仕草であったはずだ。

 

 帰路に着くパンドラ(エンリ)はご機嫌で鼻歌を歌っていたが、先導するゴブリン達は終始無言であった。頭の中は先ほどの戦闘で一杯だったが、彼らの主人の様子がいつもと明らかに違い過ぎていたから到底声がかけれる雰囲気では無かった。例えて言うなら見知った主人が急に巨大な獣のように感じていた。

『……おい、リーダー一体何がどうなって……』

『解ってる、帰ってから説明するから村まで待て』

ひそひそと話す大人のゴブリンのただならぬ様子に子供のゴブリンであるアーグは口を挟む事もできずにいた。

 

 ふいに「よっ!」とまたしても突然現れたルプスレギナに一行が目を奪われた瞬間、誰にも気づかれずパンドラ(エンリ)は身を翻し梢の中にその姿を消していた、。

 それを確認したルプスレギナは「ああっ!」と叫び後ろを指差した。ギョッと振り向いた一同はそこに居たエンリを見失い達が狼狽えた。だが同じ方向の藪の中からフラフラとエンリ・エモットが出現してきた。

 

「あ、あれみんな?」

「あ、姐さん?姐さんですよね?」

「え?何を言ってるの?」

「姿消したからびっくりしたんだよ族長」

「え?あ、ごめんなさい……よく覚えて無いんだけど、ルプスレギナさんが居た気がしたんだけど……」

 

 訳の解らないと言う顔のエンリの顔、周りを見渡しいつの間にやら姿を消したルプスレギナの事に気がついた。

何だか知らないが本日の異常事態はこれで本当に去ったようだと妙な直感が沸いてきて、わけの分からない安堵を覚えるジュゲムであった。

 

 

 彼らの遥か樹上では元の姿に戻り腕を組むパンドラと、膝をついたルプスレギナが興奮気味に話していた。

 

「メチャクチャ格好良かったですよ、パンドラ様!」

「いやいやお恥ずかしい、あの姿ではスキルも何も使えませんでしたので…単なる力技になってしまいましたな」

「それにしたって凄かったです、いやーいいもの見れました♪」

「それでアインズ様への報告は私の方からしておきましょうか?」

「え?あ、……いやーこの場合どうしたらいいでしょう…」

 

 ふと我に帰って楽しかったこの処置の仕方が良かったのか悪かったのか不安になってくるルプスレギナであった。

 

 

村に帰ったゴブリン達は迎えに出たンフィーレアと事の顛末を説明するエンリを横目に話し会っていた。

「すっげえよなぁ!凄すぎるよ族長の強さ。ジュゲムさん、オレ半分ほど信じて無かったんだけど、オレが思ってたのと山一つぶんぐらい違う、強い方に。オレもう一生族長に付いて行くぜ!」

「お、おう、そうかアーグ……まぁ頑張れ」

「まぁ……姐さんの秘めた力はまだまだあんなもんじゃないからな…」

 

はしゃく子供のアーグをよそに大人のゴブリン二人はひそひそと相談した。

『……結局あれは何だったんだリーダー?』

『いや、ルプスレギナさんが現れて……それから姐さんがおかしくなったんだが』

『おかしいってレベルじゃなかったぞ、つまりあれはあの人に変な魔法かけられたのか?』

『い、いやそれがどうにも良く解らないんだ、強化魔法にしてもあのパワーは常識外れすぎるし……』

 

 その後、現場を見てないゴブリンからなどは真面目に、「いや姐さんはマジで隠された血の力が覚醒とかそんなんじゃ?」とか「ルプスレギナさんに秘密特訓受けてるとか……」とか「よせ、そういうのを当てにすんのはヤバイ……」「と言うか姐さんがあの人みたいになるとか冗談じゃない」などなどの意見が噴出し、暫くの間、ゴブリン達の間でも物議をかもしたのであった。

 

 

 


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