ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~ 作:杉田モアイ
「普通はリハーサルをしないのですか?」
「はい。皇帝陛下主催のパーティーならば開催時に陛下がお座りになる席に対して身分によって近づく事のできる距離が変わりますから、陛下と謁見する際に失礼の無い様に予めリハーサルが行われる事があります。ですが、今回のように普通のパーティーではリハーサルが行われるというのは聞いた事がありません」
まだ日が高い中、バハルス帝国の衛星都市イーノックカウの道を都市国家イングウェンザーの紋章を携えた4頭立ての大きな馬車が走って行く。
その豪奢な馬車に揺られて私たちは”今夜”行われるパーティー会場である迎賓館へと向かっていた。
というのも、ロクシー様から予めリハーサルをするから当日はパーティーの時間よりも早めに来て欲しいと書かれた手紙を持った使者が、私たちが宿泊している高級宿を訪れたからなのよ。
それでこの国ではパーティー前に毎回リハーサルが行われるのだと考えて、道すがらカロッサさんに聞いてみたところ、こんな返事が帰ってきたというわけである。
「普通は行われないのに、今回は行われるって事は何か特別な事でもあるのでしょうか?」
「特別と言えば特別でしょう。普通、地方都市で行われるパーティーに他国の来賓が参加することなど殆どありませんから」
そう言ってカロッサさんは微笑む。
「考えても見てください、アルフィン様は外交官や一貴族ではなく都市国家イングウェンザーの女王陛下です。その様なお方がこの様な衛星都市で開かれるパーティーに参加する事などまずありません。主催者であり皇帝陛下の愛妾であるロクシー様よりも御立場が上なのですから、アルフィン様がこのパーティーで一番身分の高い方となると言うのは容易に想像できます。この様な事情なので、貴族たちが謁見する際の作法を確認する為にリハーサルが必要なのではないでしょうか?」
なるほど、言われて見れば都市国家とは言え私は他国の女王なんだから謁見する為にはそれ相応の作法が必要となるはずなのよね。
たとえば帯剣して同じ部屋に入ってはいけないとか、正式な場で謁見する際は侯爵ならこれくらい、伯爵ならこれくらいと、どれくらいまで近づいていいかとかもしっかりと決められているはずだし。
国によっては直接話す事ができず、まず宰相に話しかけた後、その内容を宰相がわざわざ目の前で聞いていた王様にもう一度話すなんて面倒な事をする国もあるって話(ギャリソン談)だし、私の国がどのような作法に則っているかを確かめる意味もあるわけか。
「なるほど、バハルス帝国のパーティーのしきたりと言うよりイングウェンザーのしきたりを知るために呼ばれたというわけなのですね?」
「はい。普通ならば前もって国の外交官同士が話し合って確かめる内容なのですが、今回はロクシー様が個人的に呼ばれたという形でアルフィン様が参加なさるのですから、本来の謁見ではなく略式で貴族たちの謁見を許してもらえるかの確認をしたいと考えて、アルフィン様に直接ご足労いただいて許可を頂きたいのだと思いますよ」
イングウェンザーには外交官なんていないし、それに近い立場で言えばギャリソンかメルヴァなんだろうけど、ギャリソンは私の執事兼護衛と言う体で離れられないし、そもそもメルヴァはこの都市に足を踏み入れた事がない事になっている。
そういう事もあって、当日少しだけ早く来てもらってリハーサルをしようって考えたのかもしれないわね。
まぁ、なんにしても私はその程度の手間を惜しむほど偉いわけじゃないから乞われれば足は運ぶし、何よりこの国の作法が解らないのだからリハーサルをやってもらえるというのなら此方としてもありがたい。
折角だから色々と聞いて、私が知っているパーティーとの違いを確認しておく事としよう。
それからしばらくの間、カロッサさんやリュハネンさんとの会話を楽しんでいるうちに馬車は迎賓館へと到着した。
前回は迎賓館前で待ち構えていた人たちが私を招き入れてくれたけど、今回はパーティーの準備に人手がいるだろうから予め大げさな出迎えは無用と伝えてあるので御者台に乗っているヨウコが私たちが降りる準備をしてくれる手筈になっている。
因みにこの馬車に乗っているのは私とシャイナ、後カロッサさんとその騎士であるリュハネンさん、そして御者台にギャリソンとヨウコという構成だ。
いつもは私と行動を共にしているもう一人の私付きメイドであるサチコだけど、準備に時間が掛かったり、出来上がってからあまり時間を置きたくない物もある今日のパーティーでお披露目するお菓子類をユミちゃんと一緒に後で運んできてくれる手筈になっていて、その時シャイナのエスコート役であるライスターさんも一緒につれてくる事になっていた。
そのライスターさんだけど、地方都市の騎士だけに正装に当たるものを持っていなかったのよね。
それならば帝国騎士団の鎧でもいいのだけれど、何せエスコートする相手がシャイナだ。
生半可な鎧では見劣りしてしまうから彼の持っている装備では正直力不足だし、何より腰の帯びる儀礼用の剣を彼は持っていなかったので、剣と共にセルニアに幾つか見栄えのよい鎧を用意するよう頼んでおいたから、今頃は衣装班によって着せ替え人形と化している事だろう。
パーティーの時、へろへろになってないといいんだけど・・・。
そんな事を考えている内に扉が開いた。
この馬車は大型で扉も観音開きなので一度に複数の人が降りる事ができる。
そこでまずカロッサさんとリュハネンさんが降り、そしてそれぞれが私とシャイナの手をとって降ろしてくれた。
いつも私たちが降りるのを手伝ってくれるギャリソンは今回、馬が動かないよう御者台の上にいるままだ。
まぁ、アイアン・ホース・ゴーレムなんだから命令なしには絶対に動く事はないんだけどね。
さて、ギャリソンが馬車を移動させている間に私たちは門を潜って迎賓館へと入っていった。
すると門の前で待ち構える人影が。
ロクシーさんだ。
私はその姿を確認すると嬉しそうに満面の笑みを作って、しかし急ぎ足にならないようゆっくりとその前まで移動した。
今回は前回のような会談じゃないし、いわば遊びへのお呼ばれなんだからやわらかく微笑むより、私は招待されて嬉しいんですよと言う姿を見せる方がいいだろうと思っての満面の笑顔だったりする。
もし自分が誰かを招待したとき、相手が警戒したような微笑だったら嬉しくないだろうからね。
「ロクシー様、本日はお招きありがとうございます」
「アルフィン様、此方こそ招待に応じていただき、大変光栄に思っておりますわ。その上パーティー開始前にリハーサルとしてご足労願うなんて失礼な事をしたのにそのような笑顔で挨拶をしていただけるなんて。このたびの失礼、ご気分を害してはいませんか?」
「失礼なんてそんな。私など女王などと偉そうな地位についているとは言え、小さな都市国家です。所詮世間知らずの小娘ですから、このような大国とでは作法も違っている事でしょう。それを察して予めお教えいただけると言う心遣いに私、大変感謝をしているのですよ」
「いえ、そのような事は。しかし、気分を概していないと聞いてほっとしましたわ。ささ、この様な場で立ち話もなんですから中へどうぞ。リハーサルが始まるまで少しの間休んでいただく部屋をご用意しております。シャイナ様も、カロッサ殿もご一緒にどうぞ」
ロクシーさんの言葉にシャイナは控えめなカーテシーで答え、カロッサさんは恐縮する。
そして私たちは、導かれるまま迎賓館の中へと入っていった。
リハーサルと言うのは結構細かいもので、予め個人の控え室で待っていてそこに儀典官が呼びに来る所から始まり、移動した控えの間では名前が呼ばれたのをメイドさんが確認して扉を開き、パーティーホールへと繋がる中央階段へ。
上からカロッサさんの手を取ったまま、会場にいるであろう架空の招待客たちにカーテシー。
そしてゆっくりと階段を下りてから、主催者であるロクシーさんに再度カーテシーをしてその横に移動する。
と、ここまでが入場の手順だ。
因みにシャイナだけど、私と一緒に入場する。
これは身分的に少しおかしい気がするんだけど、私たちはこの国の貴族ではなく都市国家イングウェンザーからの来賓と言うひとくくりだから一緒に入場するんだってさ。
こうしないとこの国で言う所のどの位置にシャイナの爵位があるのか解らないから、そんな彼女をどのタイミングで名前を呼べばいいのか解らないというのもこの様な手順を取る理由なんじゃないかなぁ? いや、そもそも来賓は国ごとに纏まって呼ばれるのかもしれないわね。
それに私はロクシーさんに、立場上女王の座についている私の方が上と言う事になっているけど、6貴族は基本同格と伝えてあるから公爵的な立ち位置であると考えての事かも知れないけど。
この後、少しだけ質問を受けた。
たとえば私への謁見はどのくらいの爵位までならよいかとか、シャイナには他の貴族からダンスのお誘いをしてもいいのかとか。(私は女王だから初めからダンスの相手としては除外らしい)
私への謁見は別に規制するつもりはない。
だってボウドアの村では平民とだって遊んでいるくらいなんですもの、選別できるほど偉いなんて考えていないからね。
でも警備の関係上誰でもOKと言う訳にはいかないらしく、伯爵までと言う事になった。
後、シャイナのダンスに関しては、気後れせずに誘う事が出来る人がいるのなら別に誰でも構わないという事になっている。
だってシャイナも私同様、みんなの前でダンスを踊る事になっているのだ。
他国の来賓と言う立場の上にあの美貌と私とは違って完璧なステップを踏めるシャイナのダンスを見た後に、堂々と彼女をダンスに誘えるほどの猛者がそうはいるとは思えないからね。
まぁ、
「私の場合、ずっと踊り続けても疲れる事はないでしょうから、アルフィンが受ける事ができない変わりに何人相手でもお相手しますよ」
なんて本人もロクシーさんに言っているから、最初の一人が度胸を決めて誘えば引っ張りだこになるかもしれないけどね。
最後に先日渡した楽譜どおり楽団が演奏できているかの確認をして1時間ほどのリハーサルは終了、私たちは控えの間へと移動してパーティーが始まるまで待つことになった。
この間に私とシャイナはパ-ティー用のドレスに着替える事にした。
予め着て来なかったのはリハーサルでどのような事が行われるか解らなかったし、その間にドレスが汚れてしまっては困ると言う判断だった。
それにどうせならロクシーさんにも当日のドレスをパーティー会場で初めて見てもらいたいという気持ちもあったからね
幸いカロッサさんたちは違う控えの間が用意されているのでこの部屋にはギャリソン以外男性はいない。
と言う事でギャリソンにはドアの外へと出てもらい、部屋に誰も近づかないよう門番をしてもらう事に。
着替えを手伝うのはヨウコ一人になってしまうので少し大変かもしれないけど、まさかここでゲートを開いて他のメイドを呼ぶわけにも行かないので彼女にはがんばってもらおう。
でも、その分自分でできることは私もシャイナも自分でする。
外見はドレスだけど、基本はユグドラシル時代の装備だから一人で着られない事はないのよね。
ただヘアメイクや化粧、頭に着けるアクセサリー類は自分ではできないから、どうしたも彼女任せになってしまう。
この様な状況になって、やっぱりサチコもつれて来るべきだったかなぁなんて今更な事を考えながらも、テキパキと動くヨウコのおかげで私もシャイナも無事、ドレス姿へと着替える事ができた。
私のドレスは白地に袖やスカートの端に向かって薄ピンクのグラデーションが施されたドレスで、肩から袖にかけてとオーバースカート、それに腰の両横についているピンクのリボンとそこから下にたれる飾り布が透けたレース生地でできていて、回るとふわりと揺れてとても綺麗に広がるダンス仕様のドレスになっている。
特に袖はラッパのように手首の辺りが広がっているので、普段ではとても着られないデザインではあるものの、事ステージ栄えという部分だけで見れば完璧なチョイスといえるだろう。
流石セルニアが選んだだけの事はあるわね。
これにミスリルとピンクダイヤでできたティアラと、同じく小さなピンクダイヤをあしらったペンダントトップの金の鎖でできたネックレスをつけて私のコーディネートは完成。
次にシャイナだけど、髪を豪奢に結い上げ、額には真っ赤なルビーがはめ込まれた金の鎖でできたサークレットが光っている。
またドレスも私と違って彼女のイメージカラーである真紅一色の光沢のある生地で作られており、飛ぶ時に羽根を出す事ができるよう背中が大きく開いたデザインで、その上鎖骨辺りから上は富士山のような形の透けたレース生地でできているから、褐色の細い肩を露出したまま首周りを金糸を織り込んだ紐で後ろに結んだだけのその姿はとても色っぽい。
また、黒い上腕まであるレースの手袋と真っ赤なハイヒール、そして真っ赤な口紅も彼女の褐色の肌と相俟って妖艶な魅力を引き出していた。
こんな外見だけど実は中身、可愛いものが大好きな乙女なんだけどね。
しばらくしてサチコたちが到着し、彼女たちがどのタイミングで持ってきた御菓子類をパ-ティーに出すか等の細かい連絡をしているうちに開始時間に。
短くない時間が経過した後、儀典官が呼びに来たので私たちは導かれるまま廊下へと出た。
「「「っ!?」」」
するとそこには私たちのエスコート役であるカロッサさんとライスターさん、そしてカロッサさんの護衛であるリュハネンさんが立っていたんだけど、なんだろう? なんか様子がおかしいような?
「えっと、どうかなされました?」
私のこの一言で真っ先に再起動したのはカロッサさんで、彼はその場で片膝を付き、頭を下げて私に臣下の礼をとった。
「あっ、いえ失礼しました、アルフィン様。あまりの神々しさに声を失っていただけでございます」
もう! これじゃあ、私がカロッサさんの主みたいじゃない。
この人は自分がこの国の貴族なんだという自覚があるのかしら?
「カロッサさん、私はあなたの主ではありません。この様な場で私に対して臣下の礼をとるのはおかしいですよ。はい、立って立って。今日はあなたが私をエスコートしてくださるのでしょう? それなのにそのようなご様子では私が困ってしまいます」
「これは失礼しました。確かにその通りでございますな。それではアルフィン様、お手を」
「はい、お願いしますね」
こうして私はカロッサさんの手を取ったんだけど・・・。
「ライスターさん、どうしたんですか? どこか体の具合が悪い所でもあるのですか?」
「あっ、えっ、いや、その、なんでも、なんでもないでありますでございます」
もう一組の方はちょっと問題があるみたい。
変な会話につい目を向けると、こんなに粧し込んだシャイナを見るのが初めてだったライスターさんがおかしな事になっていた。
しまった! 今までの反応からして、こうなることは予想できたんだから予めこの姿を見せておくんだった。
とは言え、今更後悔しても後の祭りなのよね。
ライスターさんには何とか、がんばって立て直してもらわないと困る。
「ライスターさん、シャイナの姿に動揺するのは解りますが、ここは深呼吸でもして一度心を落ち着かせてください。そのような態度では、シャイナも困ってしまいますわ」
「はっはい、解りました! スゥ~、ハァ~、スゥ~、ハァ~・・・、はい、少し落ち着きました。アルフィン様、シャイナ様、カロッサ子爵様、大変お騒がせしてすみませんでした。それではシャイナ様、御手、をぉっ!?」
大きく数回深呼吸して何とか立て直したような姿のライスターさんだったけど、どうやらまだ完全に立て直せていたわけではなかったみたいね。
だって、シャイナの手を取ろうと一歩踏み出そうとしたところで、足がもつれてしまったもの。
そしてそうなると・・・。
むぎゅっ。
「ヒィッ!?」
次の瞬間シャイナとライスターさんの時が止まる。
あまりの事に硬直するシャイナと、倒れないよう何かに捕まる為に伸ばした手の先にある柔らかいものが一体なんなのかを理解して、これまた固まるライスターさん。
そして。
「きゃあ!」
「シャ、シャイナ様! わっ私とした事が、なんと言う事を!」
胸を両手に抱きしめてしゃがみ込むシャイナと、おろおろするライスターさん。
いやぁ、お約束な光景だよねぇ。
これが音に聞くラッキースケベかと思い、話には聞いて予想はいたけどやっぱりシャイナ専用なんだなぁと私は妙な所で関心をする。
要は現実逃避の一種なんだろうね、そのまま私は何をしたらいいのか解らず立ち尽くしたんだから。
「あのぉ、時間がございません。お早く移動をお願いします」
その後、儀典官がその一言を発するまでの少しの間その場では誰も動かず、耳まで真っ赤になり、目にいっぱいの涙を浮かべたシャイナとおろおろするライスターをただ見つめ続ける一同だった。
「もう! シャイナ様のアイメイク、やり直しじゃないですか! 儀典官さん、2分だけ待ってください」
ただ一人、ヨウコだけがぷりぷりと怒っていたけどね。
ライスター君ですが、あいも変わらずラッキースケベやろうです。
本当はもう一度この様な場面を作るつもりだったのですが、その話はお蔵入りしそうなので、もしかすると彼のラッキースケベ場面はこれが最後かも。
でもなぁ、もう一度位やりたいんだよなぁ、今回は色々制約があってこの程度しかできなかったし。
もう一度できる場面を書くことができたら、ジャンプのラブコメ主人公並みのを書きたいと思いますw
登場人数が増えたと言うことで登場人物 その2を先週第8章のラストに追加しました。
こいつ誰だっけと解らなくなっているキャラクターがいてもその1と合わせて読んでもらえれば理解していただけると思います。
また、もし抜けているキャラがいるようならご一報ください。追加するので。
さて来週ですが、また東京へ行き月曜まで帰ってきません。
出張ではないので代休もありませんし、おまけに今週は中盤に泊まり出張もあるので平日に書くこともできません。
この様な事情ですので来週はお休みさせていただき、次回更新は5日になります。