ボッチプレイヤーの冒険 ~最強みたいだけど、意味無いよなぁ~ 作:杉田モアイ
パチパチパチパチ。
「おおっ!」
「素晴らしい!」
「この様な演奏を無料で聞かせてもらえるとは」
最後の一音が鳴り、バイオリンを下ろしたサチコが一礼するとラウンジには数多くの拍手が鳴り響いた。
当日、ただ踊る曲をカロッサさんに前もって聞かせるというだけの目的でサチコにバイオリンを弾いてもらうだけだから、わざわざ人払いをするまでのことでもないだろうと考えたので宿の支配人に許可を取って他の宿泊客もいる前で演奏してもらおうとしたんだけど、なぜか貴族が聴く音楽が演奏されるという話がどこからか伝わったらしくって、ラウンジは演奏前から人でいっぱいになっていた。
まぁ、宿の支配人が宿泊客へのサービスの一環としてリークしたんだろうと想像はできるけど、此方も無料で場所を貸してもらう手前、何も言わないで置く事にした。
ただ、この宿に宿泊しているほぼすべての人が集まっているのでは? なんて程の人が集まってしまったのは予想外で、これでは演奏をするサチコが緊張するんじゃないかな? と少し心配したんだけど、
「数が多いとは言え、あくまで見知らぬ者たちですからその視線などいくらあろうとも、たいした負担でもありません。そしてなにより我が主であるアルフィン様に御聞かせする栄誉、この状況よりも緊張する事など他にはございません」
なんて言われたのでそのまま弾いてもらう事にした。
結果はこの通り、本当に素晴らしい演奏を披露してくれたおかげで私も鼻高々だ。
「カロッサさん、この様な曲なのですがロクシー様のパーティーで演奏してもらっても失礼にならないでしょうか?」
「・・・あっ、いや、大丈夫です、アルフィン様。これ程壮大な曲ならば我がバハルス帝国の宮廷音楽にも引けをとらない事でしょう。しかし・・・」
そう言うと、カロッサさんの顔が少し曇ってしまった。
なんだろう? 何かこの曲に問題でもあったのだろうか?
でも、曲自体はロクシーさんに聞いてもらっても大丈夫と言ってくれたし。
「どうなされたのですか? やはりこの曲に何か問題でも?」
「いえ、そうではないのです。どちらかと言うと、私の方に問題があると言いますか・・・」
えっ? カロッサさんの方に問題があるの?
言われた事の意味が解らず、私は少し呆けてしまう。
そしてその顔を見たカロッサさんは少し慌てて、何が問題なのかを私に話してくれた。
「アルフィン様、言葉が足らず申し訳ありません。私の問題と言うのは、この曲調でダンスを踊った事がないということなのです。この曲は3拍子ですが、微妙に1拍目にためがあります。いや、2拍目が少し早いと表現した方がいいのでしょうか? なので普通に踊ってはステップが少しずれると申しましょうか・・・」
「あっ!」
そう言えば聞いたことがある。
社交界で一般的に踊られているウィンナ・ワルツは普通の3拍子とは少し違うって。
私の場合はあくまでダンスが踊れるというだけで競技ダンスに出るとか言うわけではないから、普通の3拍子ワルツとの違いをなんとなく程度で踊っていたけど、この変則3拍子を踊った事がない人にとっては気になる事なのかもしれない。
「そう言えば私の国の音楽は他国の曲と同じ3拍子でも少しずれがあると聞いた事があります。私はそれ程ダンスがうまくはないので気にせず他国の曲も踊れていたのですが・・・。そうですか、では他の曲に変更を・・・」
「いえ、それには及びません。ただ少し練習をさせていただきたいのと、予めどなたかにこの曲で踊っている所を見せていただきたいのです。そうすればテンポが違うとは言え小さなものですから、パーティーまでに修正は可能だと思います。それに、折角アルフィン様がお気に入りの曲を紹介してくださったのですから、私もこの曲で踊りたく思います」
よかったぁ、今から曲を変えても何とか踊れなくはないだろうけど、大勢の前で一組だけで踊るとなると練習時間が足らなさ過ぎるから困ってしまうところだったわ。
「子爵、もう一つ問題がございます」
「アンドレアス、私がこの曲を踊った事がない以外に何か問題があるのか?」
話が纏まりかけた所で、カロッサさんのお供として来ていたリュハネンさんが何かに気が付いたみたいで、カロッサさんに言葉を掛けてきた。
ただ、私にではなくカロッサさんにだから、こちらに問題があるわけではなさそうだね。
「はい。本日は私がアルフィン姫様から曲の楽譜を受け取り、当日曲を演奏する楽団に届けるということになっていたのですが、テンポが特殊であるのならば楽譜だけを届けてもうまく伝わらず、アルフィン姫様の満足がいく演奏が出来ない恐れがあります。ですから、この曲を演奏できるサチコ殿にご足労御願わなければなりません。でもそうなりますと」
「ふむ、私の練習ができないと言う事か」
ああなるほど。
特殊な曲調だからこそ、それを演奏する人たちに曲を聞かせながら譜面を読んで貰わなければ曲の印象が変わってしまうというのを問題視したのか。
確かにこの曲を普通の3拍子で演奏されたら、同じ曲だけに初めて聞く曲以上に違和感を感じて踊れなくなりそうだ。
だからこそサチコについて来て貰って楽団の前で演奏してもらい、また、ある程度演奏が形になったところで確認をしてもらいたいというのだろう。
でもそうなると唯一この曲を弾く事が出来るサチコがここからいなくなるという事でもあるのだから、今度はカロッサさんの練習をする為の曲を弾く者がいなくなるというわけだ。
「仕方がない。当日はアルフィン様が主役なのだから私が多少無様を晒した所で問題はないだろう。それよりアルフィン様が折角用意してくださった曲を完全な形で披露できないほうが問題だ。サチコ殿、アルフィン様付きのあなたの手を煩わせるのは心苦しいですが、アンドレアスと同行し、楽団の指導をお願いできないだろうか?」
カロッサさんの言葉に困惑し、私の方を見るサチコ。
私付きのメイドと言う仕事を遂行中である以上、普通ならこの申し出は即座に却下されるべきものだとNPCである彼女なら考える所なんだろうけど、内容が私のために必要な事なので迷ってしまったのだろう。
「サチコ、一緒に行って差し上げなさい。私の世話はヨウコに任せれば大丈夫だから。それより楽団の方にきちんと教えてきて頂戴。当日曲調が変わってしまっていては私が困ってしまうもの」
「畏まりました、アルフィン様。パーティー当日に楽団が完璧な演奏を出来るよう、しっかりと指導してまいります」
「お願いするわね」
なんだろう? なんか不穏な雰囲気が漂ってきている気がするけど。
まぁ、気合が入って不都合があるなんて事はないだろうから気にしないで置くとしよう。
「それではアルフィン様、私も先程の曲を思い出しながら少し練習をしたいと思いますので、これで失礼させていただきます」
「あっカロッサさん、それには及びませんよ。先程のサチコの演奏のような生演奏と言う訳にはまいりませんが、練習用に曲を流すというだけならできない事はありませんから」
「そんな方法があるのですか?」
「ええ」
そう言って私はカロッサさんに微笑んだ。
あるんだなぁ、これが。
流石にダンスの練習をそのまま宿のラウンジでするわけには行かないので、私たちは一旦部屋に移動した。
「少し待っていてください。ギャリソン、ヨウコ、カロッサさんのお相手をお願い」
「「畏まりました」」
私はそう言うと一旦部屋を退室し、ゲートを開いて前にユミちゃんと合流して馬車に乗った場所まで転移する。
その場でフライの魔法を唱えて浮かび上がり、少しだけ街道から外れて林の上を飛び越え、館を建てても問題のなさそうな広場を探し出すとそこに着地した。
「うん、ここなら大丈夫そうね。林が目隠しになって街道からは見えないし。<クリエイト・パレス/館創造>」
そして私はそう呪文を唱えて広場に小さな館を創造する。
ただ、この館はボウドアのあるものと少し違い、住居と言うよりはダンスホールや舞台、それに衣裳部屋や控え室を完備した劇場のような造りになっていた。
要はダンスの練習や披露を目的とした施設ね。
「さて、お次はっと」
私は懐から小さな鉄の人形を二つ取り出し、首を押しこんで放り投げる。
すると辺りはまばゆい光に包まれ、それが消えるとそこにはずんぐりとしたアイアン・ゴーレムが2体、鎮座していた。
「外れ課金アイテムだけど、使い捨ての館の護衛には丁度いいよね。こんなのでも、この辺りの魔物や野盗では倒せないみたいだし。あなたたち、私が命令をとくまでこの館を守り続けなさい」
指示を伝えるとアイアン・ゴーレムたちは、館の周りを警護するように回り始めた。
それを見て満足すると、私は扉を開いて中に入る。
そして館中央にあるダンスホールに入ると、アイテムボックスからおもむろに大きな鏡を取り出した。
「これをここに設置してっと。さて、帰るかな」
私はそう独りごちると、ゲートを開いて宿の自室へと帰った。
「お待たせしました。カロッサさん、どうぞ此方へ」
「お帰りなさいませ、アルフィン様。今回はどのように私を驚かせていただけるのでしょうか? 楽しみです」
私はカロッサさんをある一室へと案内する。
そこには少し大きめな姿見らしき物が、鏡面を覆うように布をかけられて置かれていた。
先程私がダンスホールに置いて来た転移門の鏡(ミラー・オブ・ゲート)の片割れだ。
「これは我が国に伝わる二点間を移動できるマジックアイテムです。場所が固定される上に一度に大人数は移動できませんが、大変便利なアイテムなんですよ。その分貴重ではあるのですけどね」
「移動する場所が固定とはいえ、転移が行う事ができるマジックアイテムですか。凄いですね」
にっこりと微笑みながら感想を述べるカロッサさんを見て、もう少し驚くかなぁなんて思っていただけに、思ったより簡単に受け入れられてちょっと肩透かし感。
でもまぁ、今までも色々やっちゃってるし、これくらいでは驚かないほど耐性が付いているのかもしれないなぁと思い直して私はかかっていた布を取り、鏡の門を通った。
続いて何の疑問も持たない風のカロッサさんが鏡を通ってホールに入り、
「ほう」
そう、感嘆の声を上げる。
う~ん、転移のマジックアイテムには驚かないのに魔法で作っただけのホールに驚くとはこれ如何に。
別に特別豪華に作ったわけではなく、私がリアル世界で連れて行ってもらった事がある、大企業の人たちが訪れる平均的な社交場として使われているラウンジをイメージして作っただけのダンスホールなんだけどなぁ。
でもよかった、イングウェンザー城のホールをイメージして作らなくて。
これであの反応なら、あんな派手で豪華な造りにしていたら何言われていたか解らないものね。
「ここは私の練習用にと建てられたホールです。ここなら町からも離れていますし、多少大きな音で音楽を奏でても宿とは違い誰にも迷惑をかけないので、周りを気にせず練習が出来ますよ」
「なるほど、これ程のホールを練習だけの為に建てられるとは。聞いてはいましたが、アルフィン様のクリエイトマジックは凄いものですなぁ」
私が魔法で建てたと言う所は濁して話したんだけどばれちゃったか。
まぁボウドアの館を私が建てた事をカロッサさんは知っているんだから当たり前なのかもしれないけどね。
「ところでホールは申し分ないのですが、楽団が見当たりません。音楽を奏でる者たちはどちらにいるのでしょうか?」
「ああ、説明をまだしていませんでしたね。ここでは楽団の生演奏で練習するのではありません。それではダンスを踊る私たち以上に曲を奏でる者たちの方が疲れてしまいますからね。ですからこれを使って練習します」
カロッサさんの質問を受けて私はそう答えると、壁付近に置かれたアイテムに手をやる。
「これは音楽プレイヤーと言う物で、ここに音楽データーを・・・そうですね音楽を記憶したマジックアイテムを装着するとあのスピーカー・・・音が鳴るマジックアイテムから音楽が流れ出すのです。これを使えば演奏者の疲れを気にせず、何時までも練習できるのですよ」
「”音楽ぷれいあ”と”すぴかー”ですか、便利なマジックアイテムですね」
カロッサさんの言葉に曖昧に笑う。
別にこれってマジックアイテムじゃなく、城の図書館にある音楽データーを記憶媒体にコピーして他の部屋のプレイヤーで再生させる、いわば機械なんだよね。
ユグドラシルはファンタジーのゲームであるからこんな物があるのは少しおかしい気がするけど、それを言ったらオートマトンが使う銃とかもおかしいという事になるし、何よりコンソールとかチャット機能自体がファンタジーとしてはおかしいのだから、こう言う便利な機能があっても仕方がないだろう。
ちなみに、この他にも市販品や著作権切れの映像を見る装置も存在する。
そう言えば、金庫のあの子は今日も昔のアニメとか見ているんだろうか?
あそこには誰も行かないし、放置しっぱなしも可哀想だよなぁ、今度顔を出すかな?
「それでは早速始めましょうか」
「御待ちください、アルフィン様」
私が早速カロッサさんとダンスの練習をしようと振り返ったところ、ギャリソンに止められてしまった。
「あらギャリソン、どうかした?」
「アルフィン様、カロッサ様はウィンナ・ワルツを踊っている所を御覧になられた事がないご様子。そのような状況でいきなりアルフィン様にあわせようとしてもうまくいくとは思えません。ですから僭越ながら私とヨウコがまずアルフィン様とカロッサ様の前でダンスを披露いたします。そうすればカロッサ様も雰囲気を掴みやすいのではないかと愚考する次第です」
ああなるほど、いきなりなれない曲をカロッサさんと踊ると”私が"失敗するからそれを防ごうと言うのね。
確かにフォローになれていない私が、この曲調で踊った事がないとは言え社交界でダンスを踊りなれているカロッサさんと一緒に踊った場合、失敗する確立は私のほうが遥かに高い。
でも、リード役であるカロッサさんが無難にこなせる程度まで踊れるのなら私も失敗する可能性はかなり低くなるだろうから、確かにここは前もってカロッサさんにダンスを見せておくべきだろう。
「確かにそうね。カロッサさん、まずはギャリソンとヨウコが踊る姿を見ましょう。もしかするとダンスに至る動作もこの国と我が国とでは違うかもしれませんから。」
「アルフィン様が宜しければ、私としても願っても無いことです」
カロッサさんの許可も出たのでギャリソンたちにダンスのお手本を踊ってもらうことにする。
「それではギャリソン、お願いね」
「畏まりました、アルフィン様」
ギャリソンはそう言うと音楽プレイヤーをなにやら操作してからヨウコの元へ行き、一礼してから手をとる。
そしてホールに足を進めると、まずヨウコが右手を羽根を優雅に広げるかのように上げ、数歩進んでからギャリソンも左手を上げる。
そのままホール中央付近まで歩いて行った所で手を離し、一旦離れた所でギャリソンが右手を上げ、背筋を伸ばすとヨウコが近づいていき、ホールド。
するとタイミングよくホールに音楽が流れ出した。
なるほど、さっきギャリソンがやっていたのはタイマーで音がなるタイミングを合わせていたのか。
こうしてダンスが始まったんだけど・・・。
おいおい、綺麗に踊りすぎでしょ。
こんなにうまく踊られてしまったら、私のダンスの下手さ加減が際立ってしまうじゃない。
もしかしてさぁ、もしかしてカロッサさんはこのダンスを見ながら私もこれくらい踊れるなんて思ってるんじゃないわよね?
そんな事を考えながら横目で伺って見ると、彼はなにやら難しい顔をしていた。
なんで?
そうこうしているうちにダンスは進み、フィニッシュ!
二人は離れると向き合ったままでギャリソンは右手を腰の前で折り曲げるようにして軽く一礼し、ヨウコはカーテシーで答える。
これが競技ダンスならばこの後客席に手を振るのだろうけど、今回は社交の場でのダンスだから主催者に見立てた私達のほうを向いて同じ様に挨拶をしてからホールからはけて行った。
因みにカーテシーだけど、私も最初はかなり苦労させられた。
何せ今まではされる側だったのに、いきなりする側に変わったんですもの、最初は戸惑ったわよ。
でも、見ればどこがおかしいかは解る程度に社交界で目にしていたから、自室で姿見を見ながらいっぱい練習をしたわ。
だってNPCたちにかっこ悪いところ、見せられないものね。
まぁ、メルヴァの前で披露したら即座に看破されて、
「アルフィン様が身につけたいと御考えなら私が指導します」
との鶴の一声で猛特訓させられたのはいい思い出だ。
ただ、一人で苦労するのは嫌だからとアルフィスを除く4人のNPCたちも道連れにしてやったけどね。
おかげで全員できるようになったんだけど、ここでも一番最後までうまく出来なかったのは私だったのよねぇ・・・。
私って、どんくさいのかしらん?
閑話休題
全てが終わったところで拍手をしていると、隣でカロッサさんが相変わらず難しい顔をしているのが見えた。
「カロッサさん、どうかなされたのですか?」
「はい、アルフィン様。大変申し上げにくいのですが、どうやら我が国とアルフィン様の国とではダンスのテンポだけでなく、少々ダンスに至るマナーも違うようでして。アルフィン様が男性ならば宜しいのですが、女性ですから男性から誘われた際のマナーを少し知っていただかなければいけないようでして。」
・・・どうやら私はこの国のダンスの作法も少し覚えなければいけないらしい。
ここに来て覚えることが増えてしまい、少々困惑するアルフィンだった。
あっ、待って? それならシャイナにも覚えさせなきゃだわ。
当日はシャイナも参加するんだから。
途中で音楽プレイヤーが出てきます。
これに関してはオーバーロードでは出てきていないのですが、前にも書きましたがブループラネットがモモンガに昔の地球の映像を見せていたので、ユグドラシル内で映像や音楽を再生する事はできたと思うんですよ。
そしてユグドラシルで出来た事はほぼナザリックでもできたようなので(形だけだったはずの大浴場やネイルサロンが使用できるようになってますよね)これもあるだろうと考えて登場させました。